第三十三話 戻ってこない選択
33話です。
朝、畑に一人、来なかった。
誰も声に出さない。
だが、
全員が気づいている。
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「……ユノは?」
小さな声。
「来てない」
「逃げ場、行ってたよね」
「うん」
それ以上、言葉は続かない。
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先生は、板を持ってきていなかった。
今日は、
数える日ではない。
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午前。
作業は始まる。
配置は守られている。
役割も、説明もある。
――それでも、
一人分、軽い。
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「……一人抜けただけで、
こんな違う?」
誰かが言う。
否定は出ない。
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昼前。
倉を覗く者がいる。
「……いない」
水路の向こうも。
木陰も。
畑の端も。
どこにも、いない。
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「先生」
セラが、声を落とす。
「……戻らない、ってこと?」
先生は頷いた。
「そう判断したのでしょう」
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「引き止めないの?」
「引き止めません」
即答だった。
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「逃げ場、作ったんだよね」
「はい」
「それって……」
言葉が詰まる。
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先生は、板の代わりに、
地面に線を引いた。
逃げ場
→ 戻る
→ 残る
逃げ場
→ 去る
→ 欠ける
「どちらも、
制度の結果です」
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午後。
作業は、遅れる。
誰もサボっていない。
だが、
誰も無理をしない。
それが、
余計に遅さを強調する。
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「……補充、どうする?」
「外から?」
「子ども?」
言葉が出て、
すぐ消える。
今は、
どれも現実的ではない。
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夕方。
畑の端で、
余っていた男が言う。
「……正直、
戻ってくると思ってた」
誰も否定しない。
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「逃げ場ってさ」
別の声。
「戻る前提で作るもんだと思ってた」
先生は、静かに答える。
「戻る義務を作った瞬間、
逃げ場ではなくなります」
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夜。
集まりは、ある。
だが、
輪が歪んでいる。
空いた場所が、
はっきり分かる。
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「……ユノの分、
誰がやる?」
誰も答えない。
やる気がないわけではない。
覚悟が、まだ足りない。
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セラが、先生を見る。
「ねえ」
「はい」
「これ……失敗?」
先生は、首を振った。
「選択です」
「成功でも、失敗でもない?」
「結果です」
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翌朝。
畑は回る。
昨日より遅い。
だが、
止まってはいない。
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少年が、先生に聞く。
「先生」
「はい」
「逃げた人の分、
誰が損するの?」
先生は、少し考えた。
「残った全員です」
少年は、眉をひそめる。
「それ、嫌じゃない?」
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先生は、否定しない。
「嫌です」
「でも……」
「はい」
「それでも、
引き止めないんだ」
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先生は、はっきり言った。
「去る自由を認めない村は、
長く続きません」
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板は出ない。
だが、
全員の中に、
同じ一文が残る。
残すために作った制度が
去る選択を生む
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農村は、
初めて欠けた。
数字ではなく、
人が。
だが、
それを隠さなかった。
隠さない村は、
強くもならない。
だが――
嘘はつかない。
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次回予告(PVフック)
第三十四話
「欠けた分を、どう埋めるか」
補充するのか。
耐えるのか。
変えるのか。
初めて、
“外を見る”議論が始まる。
誤字脱字はお許しください。




