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『チョーク一つで世界を変える〜異世界教育改革農村編〜』  作者: くろめがね


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32/60

第三十二話 逃げ場を作るという仕事

32話です。

朝、畑に来る人数は揃っていた。


だが、

全員が中央に集まらない。


自然に、端ができる。

木陰。

倉の影。

水路の向こう。


誰も指示していない。

だが、

誰も咎めない。



「……今日は、静かだね」


誰かが言って、

誰も返さない。


静か=悪い、ではない。

この村は、もうそれを知っている。



先生は、板を持ってきていた。


久しぶりに、

線を引かない板だ。



「今日は、仕事の話ではありません」


ざわめきが起きる。


「え?」

「じゃあ、何?」



「逃げ場の話です」


一瞬、空気が固まる。



午前。


作業は始まるが、

全員ではない。


「……あれ、ユノは?」

「倉」

「ロウは?」

「水路の向こう」


理由は聞かれない。

それが、変化だった。



先生は、板に短く書く。


逃げ場

→ 役割を持たない

→ 評価しない

→ 説明しなくていい


「……サボり?」

誰かが言う。



「違います」

先生は首を振る。

「機能です」


ざわめき。



「働かない時間があるから、

 働ける時間が続きます」


セラが、小さく言う。


「……それ、

 昨日まで言われなかったやつ」


「昨日までは、

 必要ありませんでした」



昼前。


倉の影で、

ユノが座っている。


何もしていない。

だが、

眠ってもいない。


「……来たの?」


声をかけられて、

驚いた顔をする。


「誰にも、

 何も言われないのが……」


言葉が続かない。



先生は、近くの板に一行足す。


逃げ場

→ 何もしない

→ だが

→ 壊れない



昼。


集まりは、起きない。


代わりに、

小さな島がいくつもできる。


二人。

一人。

三人。


それぞれ、距離が違う。



「……話したくない」

「……一人でいい」

「……今日は、誰とも」


それが、

許されている。



午後。


畑の端で、

余っていた男が言う。


「……逃げていいってさ」

「いいの?」

「先生が」


二人で、苦笑する。


「……助かるな」

「うん」



作業量は、落ちた。


だが、

止まらない。


誰も無理をしていないからだ。



夕方。


セラが、先生の横に立つ。


「ねえ」

「はい」

「逃げ場ってさ」


「ええ」


「……責任放棄に見えない?」



先生は、板を指す。


逃げ場がない

→ 無理をする

→ 壊れる


逃げ場がある

→ 戻れる


「戻るための場所です」


セラは、静かに頷く。



夜。


集まりは、ある。


だが、

輪は大きくならない。


「今日は……」

「……来なくていい人もいる」


それだけで、決まる。



灯りは少ない。


布は敷かれない。


だが、

誰も孤立していない。


一人でいることと、

独りになることは、違う。



翌朝。


畑は、昨日より軽い。


声が戻る。

挨拶が増える。


劇的ではない。

だが、

折れていない。



少年が、先生に聞く。


「先生」

「はい」

「逃げた人、

 戻ってくる?」


先生は、少し考える。


「戻れる人だけが、戻ります」


「戻れない人は?」

「去ります」


「それで、いいの?」



先生は、はっきり答えた。


「去る自由がない村は、

 牢屋です」



板の下に、最後の一文が書かれる。


制度

→ 人を縛る


逃げ場

→ 人を残す



農村は、

新しい段階に入った。


働かせる村から、

残す村へ。


成功ではない。

だが、

長く続く形だった。



次回予告(PVフック)


第三十三話

「戻ってこない選択」


逃げ場を作ると、

必ず出る。


――戻らない人間。


その選択を、

村は受け入れられるのか。


誤字脱字はお許しください。

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