第三十話 決めない自由、決められる恐怖
30話です。
朝、畑は回っていた。
配置も、作業も、
昨日と同じ。
違うのは――
誰も、安心していないことだけだった。
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「……おはよう」
返事はある。
だが、短い。
誰も怒っていない。
誰も不満をぶつけていない。
それが、
一番、怖い。
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午前。
作業は静かだ。
鍬の音。
水の音。
その間に、
余計な沈黙が挟まる。
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セラが、小さく言う。
「ねえ、先生」
「はい」
「昨日……何も起きなかったよね」
「ええ」
「それって……良かったの?」
先生は、すぐに答えなかった。
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昼前。
井戸のそばで、
誰かがぽつりと言う。
「……誰も決めてくれない」
声は弱い。
だが、
確かに届く。
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「決めないって、
自由じゃないの?」
別の声。
「……自由すぎる」
それが、答えだった。
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先生は、板を立てた。
今日は、
線を引かない。
言葉だけを書く。
欲
→ 自由
→ 不安
→ 探り合い
→ 恐怖
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「決めない自由は、
強い人間に有利です」
ざわめきが起きる。
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「声を出せる人」
「拒める人」
「断られても平気な人」
先生は、淡々と続ける。
「そうでない人は――
待つしかない」
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誰かが、息を飲む。
「……それ、
夜の話?」
「昼も同じです」
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午後。
作業の途中で、
二人がぶつかる。
肩。
肘。
「……ごめん」
「うん」
だが、
視線が離れない。
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誰も、次の一歩を出さない。
出した方が、
責任を負うからだ。
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セラが、先生の横で言う。
「ねえ」
「はい」
「決めないって、
優しそうだったけど」
「ええ」
「一番、冷たいね」
先生は否定しない。
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夕方。
集まりが、起きる。
だが、
誰も中央に来ない。
「……今日は」
言いかけて、止まる。
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誰かが、言う。
「決めてほしい」
声は小さい。
だが、
昨日より多い。
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「誰が?」
「……先生が」
視線が、集まる。
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先生は、板の前に立つ。
「決めます」
その一言で、
空気が変わる。
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「ただし」
全員が息を止める。
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「私は、
欲の理由を考慮しません」
ざわめき。
「回数」
「相性」
「好意」
「それらは、
扱いません」
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板に、書かれる。
夜の選択
→ 完全ランダム
沈黙。
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「……それって」
「怖くない?」
正直な声だ。
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「ええ」
先生は頷く。
「だから、恐怖を平等にします」
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誰も、笑わない。
誰も、反論しない。
それが、
一番の証拠だった。
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夜。
灯りは一つ。
布は、敷かれない。
板の前に、
全員が立つ。
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「番号を振ります」
紙片が配られる。
誰も、開かない。
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「今夜は、
開かないでください」
ざわめきが走る。
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「結果は、
朝に分かります」
誰かが、声を荒げる。
「それ……意味ある?」
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「あります」
先生は答える。
「期待も、拒否も、
今夜は存在しません」
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夜は、
静かに終わった。
だが、
誰も眠れなかった。
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翌朝。
紙片が、開かれる。
数字が、見える。
誰が、選ばれたか。
誰が、選ばれなかったか。
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誰も、喜ばない。
誰も、怒らない。
ただ、
空気が重い。
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セラが、先生に言う。
「……これ、正解?」
先生は、少しだけ目を伏せた。
「正解ではありません」
「じゃあ?」
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「逃げ道です」
その言葉が、
ゆっくり染みる。
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板に、最後の一文が書かれる。
欲
→ 放置すると壊れる
→ 管理すると嫌われる
→ だから
→ 誰かが背負う
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農村は、
次の段階に入った。
欲を、
「話題」にする段階から
「制度」にする段階へ。
誤字脱字はお許しください。




