第二十六話 余った時間、余計な感情
26話です。
朝、畑に集まった瞬間、先生は気づいた。
作業は足りている。
水も回る。
人も揃っている。
――なのに、
視線が合わない。
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「……おはよう」
挨拶は返る。
だが、
昨日より短い。
誰も機嫌が悪いわけではない。
ただ、
見比べている。
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作業が始まる。
鍬を振る速度は同じ。
だが、
終わる順番が違う。
「……もう終わった?」
「うん」
その一言が、
小さく刺さる。
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昼前。
木陰に、二人が座る。
「……あの人、最近楽そうだよね」
「配置、軽いから」
「ずるくない?」
声は小さい。
だが、
はっきりしている。
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先生は、板を出さない。
今日は、
数では整理できない。
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「先生」
余っていた男が声をかける。
「……俺、前より楽じゃない」
「そうですね」
「でもさ」
一拍置く。
「あの人よりは、キツい」
それが、本音だった。
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午後。
作業の途中で、
誰かが手を止める。
「……なんで、私だけ?」
「何が?」
「重い」
誰も即答しない。
正論を言えば終わる。
だが、
感情は終わらない。
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セラが、小さく言う。
「余った時間ってさ」
「うん」
「比べる時間なんだね」
誰も否定しない。
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夕方。
選ばれない仕事が、
今日は選ばれないままだ。
理由は単純だ。
「……今は、やらなくていいよね」
「余裕あるし」
“余裕”が、
初めて言い訳として使われる。
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夜。
集まりは、ある。
灯りは多い。
だが、
距離がある。
「今日は……」
「……どうする?」
声が、探る。
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誰かが言う。
「最近、夜も偏ってない?」
空気が、一段沈む。
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「控えてる人、多くない?」
「……選ばれる人、決まってる気する」
誰も名前を出さない。
だが、
全員、思い浮かべている。
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先生が、初めて口を挟む。
「それは、事実です」
即答だった。
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「え?」
「偏りは、あります」
ざわつく。
「じゃあ……」
「不公平?」
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「不公平ではありません」
先生は続ける。
「管理の結果です」
「……それ、違い分かる?」
分からない。
だから、荒れる。
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板が出される。
久しぶりだ。
余裕
→ 比較
→ 不満
→ 声が出る
一行、下に足す。
声が出ない
→ 腐る
誰も、消さない。
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翌朝。
畑は回る。
だが、
昨日より、重い。
体ではない。
気持ちが、だ。
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セラが言う。
「ねえ、先生」
「はい」
「これ……失敗?」
先生は、首を振る。
「正常です」
「え?」
「余裕がなければ、
比べられません」
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少年が、板を見る。
比べる
→ 不満
「先生」
「はい」
「大人って、めんどくさいね」
「ええ」
「でも……」
「はい」
「余裕ないより、マシ?」
先生は、一拍置いた。
「次に進めますから」
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夜。
布は敷かれない。
だが、
誰かが誰かの隣に座る。
触れない。
視線だけが、残る。
※①
余裕は、
欲だけでなく
嫉妬も育てる。
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農村は、
初めて
「足りない」ではなく
「比べてしまう」段階に入った。
これは、後戻りできない。
だが――
次の制度を作れる段階でもあった。
誤字脱字はお許しください。




