第二十四話 選ばれない仕事
24話です。
朝、畑の端で、誰も手を出さない場所があった。
目立たない。
だが、無くなると困る。
「……ここ、今日やる?」
誰かが言って、
誰も答えない。
先生は、その沈黙を見ていた。
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仕事は三種類に分かれる。
重い仕事。
目立つ仕事。
そして――
選ばれない仕事。
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午前。
重い仕事は、いつも通り進む。
声も出る。
動きも早い。
目立つ仕事には、人が集まる。
分かりやすく、成果が見えるからだ。
だが、
畑の端のその場所には、
誰も来ない。
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「先生」
余っていた男が、声をかけてくる。
「……あれ、今日も空いてる」
「ええ」
「誰か、やるべきだよな」
「やるべき仕事は、
だいたい選ばれません」
男は、苦笑した。
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昼前。
セラが、軽作業を終えて戻ってくる。
「……何、あそこ」
「ああ」
「溝の手入れです」
「地味だね」
「ええ」
「でも、やらないと?」
「詰まります」
詰まる、という言葉に、
セラは一瞬だけ眉をひそめた。
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先生は、板に短く書く。
選ばれない仕事
→ 見えない
→ だが
→ 止まると壊れる
誰も反論しない。
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午後。
ついに、男が一人、溝に向かった。
「……俺、やるわ」
「いいの?」
「空いてるし」
理由は、それだけだ。
誰も拍手しない。
だが、
誰も止めない。
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溝の掃除は、地味だ。
腰をかがめ、
泥を掻き、
石を除ける。
「……臭いな」
「そりゃそう」
冗談は出る。
だが、
人は集まらない。
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セラが、水を運んできた。
「はい」
「……ありがとう」
短いやり取り。
一瞬、視線が合う。
すぐ外れる。
※①
欲はある。
だが、
今は“使う場面”ではない。
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夕方。
畑の流れが、少しだけ変わった。
水が、
均一に回っている。
「……あれ?」
「今日、楽じゃない?」
「水、足りてる」
誰かが気づく。
だが、
誰も溝を見に行かない。
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「先生」
女が言う。
「これ……誰のおかげ?」
先生は、溝を指した。
「選ばれなかった仕事です」
女は、少し黙ってから言う。
「……ああ」
それ以上は言わない。
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夜。
集まりは短い。
「今日は……」
「……各自で」
自然に決まる。
灯りは少ないが、
消えない。
誰かが、誰かの隣に座る。
触れない。
だが、離れない。
※②
欲は、
夜だけのものではなくなっている。
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翌朝。
畑は、昨日より静かだった。
だが、
動きが滑らかだ。
「今日、楽だね」
「うん」
それだけで、十分だった。
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先生は、板に書く。
選ばれない仕事
→ 成果が遅い
→ だが
→ 全体を楽にする
少年が、それを読む。
「先生」
「はい」
「これ、誰が評価するの?」
先生は、少し考えた。
「誰もしません」
「え?」
「でも、
評価されなくても、
続ける人が出たら――」
少年は続きを待つ。
「村は、壊れません」
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昼。
溝のそばを通る人が、
足を止める。
「……ありがとう」
小さな声だ。
男は、照れたように肩をすくめる。
「別に」
その二言で終わる。
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セラが、先生の横に立つ。
「ねえ、先生」
「はい」
「これ……成功?」
先生は首を振る。
「成功ではありません」
「じゃあ?」
「維持です」
セラは、息を吐いた。
「……それ、楽だね」
「ええ」
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夜。
誰かが、そっと言う。
「……今日は、少し余裕ある」
それだけで、
場の空気が緩む。
※③
労働が整うと、
欲も、
暴れにくくなる。
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選ばれない仕事は、
拍手されない。
だが、
確実に効いている。
農村は、
“成功を祝う場所”ではなく、
**“失敗を防ぐ場所”**として、
少しずつ形を整えていた。
誤字脱字はお許しください。




