第二十三話 噂は早い、仕事は遅い
23話です。
朝、畑に来る人数は揃っていた。
欠けていない。
増えてもいない。
ただ、
集まる速度が遅い。
「……おはよう」
「おはよう」
挨拶は交わされるが、
昨日より声が低い。
理由は単純だ。
噂が、先に走っている。
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「ねえ、聞いた?」
「……何を?」
「セラの」
名前が出た瞬間、
言葉が止まる。
「……体調、悪いんでしょ」
「それだけ?」
“それだけ”という聞き方が、
一番厄介だ。
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先生は、板を出さなかった。
今日は、
数字で整理する日ではない。
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午前。
作業は進む。
だが、
人の配置が噛み合わない。
「そこ、空いてる」
「……今行く」
一拍遅れる。
誰も怠けていない。
だが、
頭が別の場所にある。
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セラは、軽作業に回っていた。
縄を結び、
種を数え、
記録を確認する。
「……大丈夫?」
「うん。今日は」
返事は短い。
無理をしていないが、
余裕もない。
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昼前。
井戸のそばで、女たちが集まる。
「誰の子なんだろ」
「やめなよ」
「でも気になる」
声は低い。
だが、止まらない。
先生は、少し離れた場所から聞いていた。
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「先生」
女の一人が、耐えきれずに声をかける。
「これ……放っておくの?」
「放っておきます」
即答だった。
「え?」
「仕事が止まっていないからです」
納得はされない。
だが、反論も出ない。
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午後。
作業の途中で、
余っていた男が言った。
「……今日、少し楽だな」
誰も反応しない。
「いや、その」
「人が抜けたのに、回ってる」
ようやく、何人かが顔を上げる。
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「配置、慣れてきたな」
「……確かに」
「昨日ほど混乱してない」
それは、
成功ではない。
ただ、
破綻していない証拠だ。
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セラが、小さく言う。
「ごめんね」
「何が?」
「……色々」
「仕事してるじゃん」
誰かが返す。
「それで十分」
その一言で、
場の空気が少し緩んだ。
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夕方。
畑の端で、子どもたちが遊んでいる。
まだ仕事ではない。
だが、
邪魔にもなっていない。
「……あの子たち」
「うん」
「見てると、時間かかるって分かるね」
誰も笑わない。
だが、
誰も否定しない。
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夜。
集まりは短い。
「今日は……」
「……静かにしよ」
それで決まる。
灯りは少ないが、
消えない。
誰かが、
誰かの隣に座る。
触れない。
だが、
離れもしない。
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先生は、板に短く書く。
噂
→ 早い
仕事
→ 遅い
だから
→ 壊れにくい
誰も消さない。
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翌朝。
畑は、昨日より少し滑らかだった。
劇的な変化はない。
成果も、見えない。
だが――
止まっていない。
セラが言う。
「先生」
「はい」
「これ……成功じゃないよね」
「ええ」
「でも……」
「はい」
「失敗でもない」
先生は頷いた。
「それが、一番長く続きます」
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噂は消えない。
だが、
仕事は積み重なる。
農村は、
拍手されるような成功を、
まだ必要としていなかった。
必要なのは――
明日も回ることだけだった。
誤字脱字はお許しください。




