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『チョーク一つで世界を変える〜異世界教育改革農村編〜』  作者: くろめがね


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第二話 測る、数える、継がせる

第二話です。

夜は、村を選ばない。


先生が目を覚ましたとき、身体の重さで、ここがどこか理解した。

梁の低い天井。

乾いた藁の匂い。

そして、腹の上にかかる、他人の腕。


セラだった。


裸のまま、眠っている。

昨夜、布を掛け直す余裕もなかったことを、身体が覚えている。


行為は短くなかった。

だが、長さは問題ではない。

村では、結果がすべてだ。


息を潜めて身体を起こすと、腰に鈍い疲労が残っている。

働けるか。

今日も畑に立てるか。

それだけが、評価基準になる。


セラが目を開けた。


「……起きた?」

「ええ」


「大丈夫?」

「はい」


それで会話は終わった。

確認は済んだ。


村では、

抱くことは感情ではなく、選別だ。

よそ者を泊めるなら、

女は身体を差し出し、

男は“使えるか”を示す。


服を着る。

外に出ると、もう女たちが水を汲み、男たちが畑に向かっている。

昨夜のことは、誰も口にしない。

だが、皆が知っている。


先生は縄を手に、畑の中央に立った。


「今日は、人を数えます」


ざわめきが走る。


「畑だけじゃない」

「働く人、休む人、産む人」


セラが一歩前に出る。


「……産む人も?」


「はい」


誰かが、舌打ちした。

農村では、妊娠は神の領域にしておきたい。

数えると、責任が生じる。


「妊娠中、どれくらい畑に出られないか」

「産後、どれくらい戻れないか」

「その間、誰が穴を埋めるか」


先生は淡々と地面に書き出す。


「今までは?」

誰かが問う。

「何となく、だった」


「だから、何となく人が減る」


言い切ると、空気が冷えた。


午前中、女たちが集められた。

年齢、出産経験、体調。

聞かれることは、どれも現実的だ。


「次の月、畑に出られますか」

「腹は重いか」

「夜、眠れているか」


赤裸々だが、卑猥ではない。

これは問診だ。


若い女が、視線を落としたまま言う。


「……先生、昨日」


昨夜のことだ。


「はい」

「ちゃんと……働けましたか」


その“働く”には、二つの意味がある。

畑と、寝床。


「問題ありません」

「……そう」


女は小さく息を吐いた。

自分が“次に回される側”ではないと知って、安心したのだ。


村では、

女は選ぶ側であると同時に、

選ばれる側でもある。


昼、休憩。


木陰で、女たちが身体を横にする。

脚の間に布を挟み、

腰を冷やす。


妊娠は、喜びだ。

だが同時に、

労働から一時的に外れる宣告でもある。


「子どもが増えれば、畑も増える」

「でも、土地は増えない」


先生は、数字で示した。


「今年、生まれる予定は四人」

「来年、働き手になるのは……十五年後」


沈黙。


十五年は、遠すぎる。


「だから」

先生は続ける。

「今、誰が産むかは、村全体で考える必要があります」


セラが唇を噛んだ。


「……先生」

「はい」

「それ、女の腹を管理するってことだよ」


「はい」


否定しなかった。


「管理しなければ、

 飢えが管理します」


午後、畑は静かだった。


分けられた人。

分けられた作業。

分けられた未来。


遠くで、港の少年が作業を見ている。

縄の長さ。

人の配置。

そして、夜に起きることも。


少年は、目を逸らさない。


夕方、セラが先生の隣に立った。


「昨日の夜」

「はい」

「今日の話と、繋がってる?」


「繋がっています」


セラは、乾いた笑いを漏らした。


「……私、道具みたいだった?」


「いいえ」

「じゃあ何?」

「判断材料です」


正直すぎる答えに、

セラはしばらく黙った。


「嫌?」

「……分からない」


それが、この村の答えだ。


夜が来る。

また、誰かが抱かれる。

子どもが生まれるかもしれない。

生まれないかもしれない。


先生は空を見上げた。


この村では、

性も、労働も、命も、

すべて同じ地平にある。


港の少年が、

縄を結び直している。


教えられたわけではない。

見て、理解しただけだ。


先生は、声をかけなかった。


次に教える者は、

数えられる側に立った人間からしか生まれない。

誤字脱字はお許しください。

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