第十八話 祝われない命、触れられない夜
第18話です
朝、泣き声がした。
高くもなく、長くもない。
だが、村の空気を一段だけ重くするには十分だった。
「……起きたね」
誰かが言った。
声は低く、淡々としている。
喜びはない。
代わりに、息を整える音があった。
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畑に人が集まる。
視線は合うが、
触れ合おうとする動きはない。
昨日までなら、
肩が当たれば笑い、
腰が触れれば冗談が飛んだ。
今日は違う。
距離が、意識されている。
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先生は板を立てた。
昨日の数字は消していない。
兆し:五
確定:未
想定:増
女の一人が板を見て、唇を噛む。
「……減らないね」
「ええ」
「増えるって、体が重くなる感じする」
誰も否定しない。
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午前の作業。
重い仕事から外れた五人は、
日陰で座っている。
「……手、余るな」
「動きたい?」
「動くと、逆に邪魔」
使われない身体が、
落ち着かなさそうに揺れる。
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昼前。
赤子を抱いた女が、畑の端に立つ。
汗をかいた首筋が、
妙に生々しい。
「先生」
「はい」
「この子……何年で役に立つ?」
言い方は乱暴だが、
声は震えている。
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「七年」
先生は答える。
「それまで?」
「食べます」
「……抱かれるだけ?」
一瞬、沈黙。
「ええ」
先生は視線を逸らさない。
「それが、村の選択です」
女は、腕の中の重みを確かめるように、
指に力を入れた。
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午後。
配置が変わる。
動線が詰まり、
人が近づく。
近づくが、
触れない。
触れれば、
何かが始まってしまう気がした。
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セラが、先生の横に立つ。
距離は近い。
だが、腕は組まない。
「先生」
「はい」
「子ども増えたら、村、強くなるって言ったよね」
「言いました」
「……今は?」
先生は一拍置く。
「今は、欲が増えます」
セラは小さく息を吐く。
「それ、厄介だね」
「ええ」
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夕方。
集まりは自然に起きた。
だが、誰も中央に座らない。
「……今日、どうする?」
「……どうもしない方がいい」
声が重なる。
欲はある。
体は覚えている。
だが、
判断が先に立つ。
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夜。
灯りは二つ。
赤子のそばに一つ。
大人たちの間に、間接的に一つ。
布は敷かれない。
距離は縮まらない。
誰かの手が、
一瞬、誰かの腰に伸びる。
止まる。
「……今日は」
「うん」
それだけで、
全員が分かる。
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先生は板に書く。
人口増
→ 欲が増える
→ 判断が必要
→ 抑制が必要
一行、下に足す。
抑制できない
→ 管理が壊れる
誰も、目を逸らさない。
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翌朝。
畑は回る。
だが、
空気が張り付く。
セラが言う。
「ねえ、先生」
「はい」
「これ……耐えられる?」
先生は、即答しない。
「耐えられない時のために、
仕組みを作ります」
「仕組みって?」
「教育です」
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昼。
港の少年が、板を見る。
欲が増える
→ 判断が要る
少年は呟く。
「……大人って、我慢するんだ」
先生は頷く。
「ええ」
「楽しくない?」
「必要だから、やります」
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赤子の泣き声が、また響く。
誰かが、無意識に胸を押さえる。
誰かが、視線を逸らす。
触れない夜が、
続くことを、
全員が理解していた。
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人口増は、
喜びではない。
欲と判断を同時に突きつける試練だ。
村は、
“触れて回す場所”から、
“抑えて続ける場所”へ、
確実に変わり始めていた。
誤字脱字はお許しください。




