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孤独の正当化

作者: P4rn0s
掲載日:2025/10/22

僕はたぶん、逆張りの馬鹿だ。

それは自覚している。

世の中に対して文句ばかり言って、誰かが楽しそうにしていると無性に冷めてしまう。

「いいじゃん、別に」って笑って済ませられない性分なのだ。


街を歩いていても腹が立つことばかりだ。

公共の場でいちゃつくカップル。

スマホ片手に大声で笑ってる若者。

TikTokの音楽をスピーカーで流す中学生。

まるで自分が存在している世界に興味がないみたいに、彼らは自分の快楽だけを優先して生きている。

いや、快楽ですらない。

流行という名の空気に流されて、自分が何者かもわからないまま生きている。

その群れが、僕は心底うざい。


でも、こういうことを言うと、決まってこう言われる。

「そんなこと気にしなきゃいいじゃん」

「人のことなんて放っとけよ」

それができたら苦労はしない。

放っとけないから苦しいのだ。

僕は他人の無神経さに耐えられない。

世界がどんどん鈍感になっていく音が聞こえる。

人が人であることを忘れていくような、そんな匂いがしてくる。


駅のホームで恋人同士が抱き合っている。

それを見て、「幸せそうだね」と思えない自分に嫌気がさす。

電車の中ではイヤホンから漏れるシャカシャカ音。

スタバの中では、ノートパソコンを開いてドヤ顔で仕事してるフリの男。

SNSでは「これが今のトレンドです」とか「バズる曲まとめ」とかが溢れている。

みんな自分を持っていない。

誰かが流した正解らしきものに群がって、同じ言葉を発して、同じリアクションをして、同じ笑い方をする。

それを“共感”と呼ぶらしい。

僕には、ただの同調圧力にしか見えない。


正直に言うと、羨ましいときもある。

あんなに簡単に笑えて、あんなに簡単に世界と繋がれるなら、それはそれで幸せだろう。

でも僕は、どうしてもそれができない。

心のどこかで、「そんなもん偽物だ」と思ってしまう。

僕が間違っているのか、世の中が壊れているのか、もはや判断もつかない。

ただ、ひとりになってようやく呼吸ができる。


夜のコンビニに行くと、照明の白さが妙に落ち着く。

誰も話しかけてこない。

誰も僕を観察しない。

レジの店員は無言で会計を済ませ、僕は缶コーヒーとタバコを買って店を出る。

この無関心だけが、僕にとっての優しさだと思う。

街の喧騒も、笑い声も、流行の言葉もない。

ただ冷たい空気と自分の呼吸音だけが残る。


家に帰ると、スマホを机に置いて通知を全部切る。

タイムラインなんて見たくない。

「幸せアピール」も「病んでるアピール」も、どれも同じくらい気持ち悪い。

誰かに見てもらう前提でしか生きられないのか。

誰かの承認がないと、自分が存在できないのか。

そんな社会に、僕は何の魅力も感じない。


僕はいつからこんなに拗らせたんだろう。

昔は少しくらい素直だった気がする。

「流行り」とか「人気」とか言われれば、とりあえず興味を持ってみた。

でも、ある日気づいた。

“好き”という言葉が、誰かの口から出るたびに薄っぺらくなっていくのを。

“好き”という感情すら、他人の評価によって左右されるようになっているのを。

そこに真実なんてない。

それを悟ってしまった瞬間、僕の中の何かが冷めた。


たとえば、誰かが「この映画泣けるよ!」って言えば、僕は絶対に泣かない。

誰かが「このカフェおしゃれだよ!」って言えば、行っても何も感じない。

反射的に構えてしまうのだ。

心のどこかで「それ、本当にいいと思ってるの?」と問うてしまう。

そして、そう問うた瞬間にもう楽しめなくなる。

誰も僕を裏切っていないのに、僕は勝手に世界を疑っている。


でも、その逆張りは一種の防衛本能でもある。

群れに入らなければ、失望しない。

期待しなければ、裏切られない。

孤独でいることは確かに苦しいが、嘘を飲み込むよりはずっと楽だ。

僕はその静かな孤独を、自分なりの誇りとして抱えている。


夜、窓を開けると遠くの繁華街の音が聞こえる。

笑い声、車のクラクション、ビルの隙間を抜ける風。

誰かの人生がちゃんと動いている音。

僕の部屋は静かで、冷たい。

でも、この静けさの中でしか、自分が自分でいられない。


それでもたまに、思うことがある。

もし、僕みたいな人間が世界にもう少しいたら、世界はどうなっていたのだろう。

たぶん息苦しくて、退屈で、冷たくて、誰も笑えない社会になっていただろう。

つまり、僕みたいなのは少数派でちょうどいいのだ。

世界のバランスを取るための“ノイズ”みたいな存在。

そう考えると、少しだけ気が楽になる。


世の中がうざくても、世界は止まらない。

人々は恋をし、笑い、写真を撮り、SNSに上げる。

誰も僕のことなんて知らないし、僕も誰のことも知らない。

それでいい。

僕は僕の目でこの世界を睨みつけ、

誰も見ようとしない場所を見て、

誰も聞かない音を聞いて、

誰も気づかない違和感を集めて生きていく。


それが僕の「生き方」なんだと思う。

くだらない群れの外で、

ただ一人、冷めた目でこの世界を見ている。

そして、いつか誰にも見えないところで静かに笑って死ねればいい。

流行にも、同調にも、誰かの“いいね”にも縛られないまま。


僕は、そういう逆張りの馬鹿として、今日も息をしている。

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