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1話ー② リボルバーは銀の月に輝く

 思っていたよりもビリー・ザ・キッドという男は聞き分けがいい男だった。

「世界を救え」なんて大それた言葉に面食らっていたようだが、この世界の実情を伝えると、何度も質問を繰り返して問題について正確に把握しようとする姿勢が見られた。


 悪魔や魔物、精霊や人間など様々な種族が混在していたはるか昔。アルビル様の兄君でもある知識と魔術の神ヴェロスは魔族と結託して人間どもの支配を試みようとした。アルビル様はシュラという人間の少女に世界の理である天秤の教えを与え、天秤教を開かせ、魔族に対抗するべく精霊とともに立ち上がる力、「ギフト」を与えた。のちにこの戦いは百年戦争と呼ばれる世界規模のものとなり、魔族と人間らの勢力が均衡になったころ、天界は邪神ヴェロスを追放し、アルビル様が天秤を一振りして世界大陸を東西二つに分けた。その結果生まれた西大陸には悪魔や魔物といった悪性がある者が、人間や精霊といった善性がある者は東大陸に住み着くようになった。

 それによって千年以上、お互いに関わらず争いのない平和な時代が続いていたが、人間が航海術を覚え、西大陸海岸にネヴァリスという港を創設すると、厳格派の天秤教徒からは「秤を動かす者」という意味で非難された開拓者たち「アスカリオン」が次々に西大陸へ進出していった。精霊の加護が少ないためほとんどが荒れた大地となっていた西大陸であったが、鉱物資源が豊富で、例えば金の埋蔵量だけでも西大陸と比べ800倍以上の差があると推測されているくらいであったため、各地で鉱山を開いては東大陸に資源を持ち帰るアスカリオンたちが急増していった。

 もともと社会を形成せず、鉱物資源を必要としない原始的な生活を送っていた魔族たちであったが、アスカリオンたちの進出に快く思わないものが増え、人間を排除しようという思想が広がり、人間の組織力に対抗するべくレグラスを首都とするレグラシア帝国を誕生させ、アスカリオンたちを次々に追い払うようになった。金に目がくらんだアスカリオンたちは軍事組織を形成し、一時はレグラスを囲むほど勢力を拡大したが、魔族側がヴェロスが残した古代黒魔術「転生術」を習得すると戦況は一変。次々に戦場に召喚された異世界の強者どもによって、人類はなすすべがなく、西大陸の拠点を全て奪われ、むしろ東大陸に上陸することを許してしまった。

 このままでは再び百年戦争が起きてしまうと危惧したアスカリオンたちは諜報活動に徹し、魔族側が行った「転生術」の手立てが記載された古文書と召喚に必要なための「混沌の沼」の一部を持ち帰ることに成功した。

 そうして東側でも「転生術」が行われ、その召喚する対象にビリー・ザ・キッドの魂が呼応したのである。


「ようはその戦いで俺は成果を上げろということか?」

 ビリーは余裕綽々といった感じで、そう言った。

「簡単に言うとそうだ。貴様にはアルビル様から「ギフト」と呼ばれる世界の理を覆すほど強大な異能力が与えられる。並の兵士のような戦果では許されないぞ」

「もちろん戦いに参上するとなれば、そんなヘマはしない。とはいってもねぇ」

 ビリーは再び肩をすくめた。

「そのアスカリオンとかいう連中の自業自得だろ? 他人の尻拭いをするのは気に食わんな」

「西部にまだ見ぬ金脈を夢見て荒野をさまよった貴様らと同じようなものだろ?」

「一緒にされるのは気分が悪い。……まあ、アンタらからすれば違いがないように見えるだろうが」

 そういう彼の表情は微笑みを崩さず、気を悪くしているようには見えないほどだった。

「とにかく貴様は再び生を謳歌するチャンスを得たのだ。どんなにケチをつけようが、これほど喜ばしいこととはないだろう?」

「そりゃ、そうだ。言われたらなんだってするさ。一か月で戦況をひっくり返してやれる。その代わり……」

 そこまでつらつらと喋ると、一つ間をおいて私の体を舐めまわすように見て最後にニッと笑った。

「お前が欲しい」

「…………え?」

「力になると言っているんだ。お前を俺にくれ」

 そう言ってビリーは私を指さした。

 恐れを知らない浅ましい愚か者とは思っていたが、これほどとは……。

 私が内心呆れて言葉を失っていると、アルビル様は「ほっほっほ」と珍しく声をあげて笑っていらっしゃる。

 笑い事じゃないですよ、アルビル様! 確かに私は月の女神スヴェトラテ様によって生み出された天使で、人間どもからすれば絵にかいたように美しい女性に見えているのでしょう。しかし天使は単なる神の使い。スヴェトラテ様が好んだ造形に不遜にも魂を宿らせている身として、こんなふざけた人間のオスに劣情を抱かれても、寒気がするほかないのです!

「冗談はよせ、大海を知らぬ若人よ。貴様はもう一度生を頂戴するだけではなく、アルビル様のご厚意で『ギフト』まで与えられるのだ。まだ事も始まっていないのに多くを望むでない」

「なら、協力はできない」

「ならば、ただ、地獄行きだぞ」

「あのニューメキシコより地獄があるってんなら、見てみたいね」

 まるで用意したかのように減らず口が返ってくる。

 私が何を言っても無駄なのかもしれないと察し、目線でアルビル様に助けを求めると、主様は思わぬ言葉を口にした。

「よかろう」

「…………え!?」

「そなたに我が忠誠なる大天使セイナをつけよう」

「話が分かるじゃないか」

「ちょっと、ちょっっっっと待ってください! アルビル様!」

 アルビル様は何か言葉を続けようとなさっていたが、思わず口を挟んでしまった。

「正気ですか? 大天使である私を人間につけるなんて!」

 アルビル様は相変わらず私ごときに優しい眼差しを向ける。

「よいではないか。君も天界で我々ばかり相手をするのではなく、人間についても少し勉強するといい」

「しかし……」

「天界は君も知っての通り、ヴェロスの企てによって再び事が動いたのではないかという疑惑が広まり、彼に与する者がいないかと犯人探しに躍起だ。私も常に下界の戦況を覗いておきたいのだが、やはり時間が限られる。できれば随時戦況を報告してくれる優秀な連絡係を遣わせたいのだが」

「……勿体なきお言葉。戯言を申したことはお忘れくださいませ。喜んでその使命、果たします」

「うむ」

 ……なるほど、それほど深淵なお考えがあったとは。

 しかし、しかしですよ、アルビル様! ちゃんと見てくださいませ、あのビリーとかいうイカれた野郎の面を! してやったりと言わんばかりの顔ですよ! 私は奴の思い通りになっていると思われることが嫌で嫌で仕方がないのです!

「私が寵愛する大天使を向かわせるのだ。今一度、誓いの言葉を聞かせてはくれないか?」

「もちろんだとも」

 調子よくビリーは返事をする。反面、アルビル様の表情は睨めつけるかのように摯実だ。

「ビリー・ザ・キッド。君ならこの世界を救ってくれるな?」

「You bet。 俺に任せな」

 静まった大広間に陽気な彼の声がこだまする。

 月明かりを受けて、ビリー・ザ・キッドの瞳は未来に希望を持つ煌々とした光を映していた。

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