後編
後編です
本作品は別名義で投稿していた「放課後の缶コーヒー」という作品をベースに加筆、改稿した作品になります。
精一杯書きましたのでよろしくお願いします。
私が自販機で飲み物を買うようになって暫く経った。
いつも買うのはカフェオレの甘いやつ。最初に一度だけブラックコーヒーを試したことがあったけれど苦くてやめてしまった。
だけど、缶コーヒーの彼はいつもブラックを飲んでいる。私にもその美味しさが分かる日が来るのだろうか。
そう思いつつ、日課となったカフェオレを買い、缶コーヒーの彼といつも通りの会話をする。
彼はこれといった趣味が無いらしく、私が一方的に話すことが多かったが、話をすればちゃんと返事を返してくれるし、何よりその時間のおかげで電車を待っている時間が短く感じられるようになった。
ところがある日を境に、彼の姿を見なくなった。
それでも私はいつもの様に日課となったカフェオレを買って電車を待つ。
そこには慣れ親しんだ会話はなく、私は電車を待っている時間が少しだけ長く感じていた。
そんな中、季節も変わり、私は彼と同じ学年になった。
学校帰りの駅のホーム、いつもの様に自販機で飲み物を買う。
―ブラックコーヒーか
いつもはカフェオレを買っていた私だったがふと彼の飲んでいる物が頭に浮かんだ。
これを買うのは初めて自販機で飲み物を買うようになった以来だっけ、そう思いながら私はブラックコーヒーのボタンを押す。
―今日はブラックコーヒーなんですね
そんな彼の声が聞こえた気がする
「うん、ちょっとね。今日はそんな気分なの」そんなことを思いながら私は缶コーヒーを飲む
―
――苦い
結局出た感想はそれだった。
何か聞こえた気もしたが、私はこの買った苦いコーヒーを飲むことに専念する。
駅のホーム、電車を待ちながら同じように缶コーヒー飲んでいた彼の気持ちを、私は聞くことが出来なかった。
それから私はたまに彼と同じ缶コーヒーを思い出したように買う。
ひとくち飲むと、それは苦くて、やはり全然美味しさなんて分からなかった。
「苦いなぁ」
それが唯一の感想で、私はチビチビとコーヒーを飲みながら電車を待つ。
――夏が来て、冬が来て、また春が来る。時が経つのは早いもので、私は3年生になった。
駅のホーム、自販機の前で私はカフェオレを片手に電車を待っていた。
1年生の時からの日課だ。
たまにブラックの缶コーヒーも買うけれど、苦いのであまり得意ではない。
それでも、初めて飲んだ時に比べたら慣れてきたとは思う。
初めて飲んだのは缶コーヒーの男の子に影響されて、今では月に一度思い出したように飲んでいる。
1年生の時は彼が先輩で、今では私が先輩になってしまった。
彼と話すことはもうないけれど、こんな私のことを彼はどう思っていたんだろう。
出会ってからの電車の待ち時間は少しだけ短くなり、今はそれよりも少しだけ長くなってしまった。
カフェオレを飲みながら電車を待ち、たまに缶コーヒーを飲みながら電車を待つ。
缶コーヒーを飲みながら待つ電車の時間は長い。それが今の日常になっていた。
それでも私は電車が来るまで今まで通りの日常を過ごす。
電車がホームに来ると、私は飲み終わったカフェオレをゴミ箱に捨て、電車に乗り込む。
駅のホームの自販機を見ながらふと考える、この日常が後何回続くのだろうか、と―
それからまた季節は巡り、私は卒業を迎えた。
この自販機で飲み物を買うのも最後、そう思うと私はいつものカフェオレではなく、自然と缶コーヒーを選んでいた。
いつもの様に開けて飲む。
この苦さにも慣れてきたつもりだった。それでも今日のこのコーヒーはなんだかいつも以上に苦い気がした。
「やっぱり苦いなぁ」と独り小さく呟く
―先輩はブラックより、甘いカフェオレの方が似合いますよ
と彼の声が聞こえた気がした。
私はもうひとくち飲むと「やっぱり苦い」と誰にともなく口にする。
私は缶コーヒーの口いっぱいに広がるほろ苦い味さを感じながらもコーヒーを飲み切るとゴミ箱へと捨てる。
電車が来る前に飲み切れたのは初めてかもしれない。そう思っていると電車の到着を告げるアナウンスが流れる。
私は自販機の方を振り向くと
「―――。」
私の声をかき消す様にホームに電車が到着する。
彼に私の言葉は届いただろうか、私はなびく髪を押さえながら電車へと乗り込むともう一度だけ自販機の方を振り向くと電車がホームを出発する。
私は思う、コーヒーが美味しく飲める日は来るのだろうか、と―
**********
俺の彼女との間に会話はなく、ただ電車を待つ。
出会った当初はあどけなさが残っていた彼女は会うたびにどこか大人びていて、今では彼女の方が学年が上なのではないかと思う時がある。
そんな折、突然彼女がぽつりとつぶやく
「もう卒業だって、早いね」
何のことか分からず、聞き返す。
「最後まで、苦くて美味しさはよく分からなかったけど、ちゃんと飲めるようになったよ」
そういって飲み終えた缶コーヒーをゴミ箱に捨てる彼女の姿はどこか哀愁が漂っていた。
俺はそんな彼女が乗った電車を見送ると、ポケットに1枚の切符がある事に気が付いた。
行き先の書いていない1枚の切符
ーーーーー
それを持って佇んでいると、しばらくして音もなく電車がホームへとやってくる。
「やぁ、その切符を持ってるって事はもう良いのかい?」
車掌が彼に声をかける
その言葉に彼はもう一度だけ切符を見てから答える
「そうですね、もう僕がここにいる必要も無さそうですし」
そういって彼は電車に乗り込む
「そうかい」
車掌はそういうと汽笛を鳴らし電車は静かにホームを走り出す
いつもの様にコーヒーを飲もうとして缶を傾けた彼は、何も出てこないことに気づき――ふと笑った
「…次はカフェオレ、飲んでみたいなぁ」
見慣れた自販機が遠ざかっていくのを見つめながら、そう呟く彼の手には、空になった缶コーヒーが握られてた
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