前編
本作品は別名義で投稿していた「放課後の缶コーヒー」という作品をベースに加筆、改稿した作品になります。
精一杯書きましたのでよろしくお願いします。
「ふぅ」
白い吐息が冷たい空の下にもれる。
駅のホーム、自販機の前で俺は缶コーヒーを片手に電車を待っていた。
いつもの日課、少し贅沢かもしれないけれど、これといった趣味がない俺としては唯一の楽しみだったりする。
そんな俺の目の前を、一人の少女が通り過ぎる。彼女は俺の方を見かけると、小さく目礼をする。俺も彼女に倣い小さくお辞儀をする。
彼女は同じ学校の一つ下の後輩で、たまにこうして挨拶をする関係だ。
特に会話をすることもない、そんな彼女と俺がどうしてそんなやり取りをしているのか。
それは、彼女が定期券を落としたのを俺が偶然見つけただけのなんてことの無い出会いだった。
ある日、俺がいつものように缶コーヒーを片手に、電車を待っていると、ふと声をかけられた。
「あの、それって美味しいんですか?」
声をかけてきたのは例の彼女だった。
いつも俺が飲んでいるのを見て気になったのだろうか「どうだろう」と答える。
飲んでいるのはブラックだ。普段飲まない人には苦いのではないだろうか。
「コーヒーは飲むの?」そう質問すると「いえ、全く」と彼女の返事。
それだとやはり美味しくはないかもしれない。
「これはブラックだから美味しくないかもしれないよ?飲むならカフェオレとか、微糖の方が良いかも」
「そうですか」
彼女は自販機を見つめると、少し悩んだ様子でボタンを押した。取り出したのは、俺が飲んでいるのと同じものだった。
「試しに飲んでみます」
そう言って彼女は、ひとくち飲むと顔を顰める。
「苦い」
「だから、言ったのに」
俺はその言葉に苦笑すると、自分のコーヒーを一口飲む。
仄かに苦みが口の中に広がる。
殆ど毎日飲んでる自分でも、そう感じるのだから、普段飲まない彼女からしたら未知の味だろう。
そう思いつつ、彼女がチビチビとコーヒーを飲むのを横目に見ながら電車を待っていた。
**********
学校帰りの駅のホーム、その自販機の前でたまにすれ違う人がいる。
その人は同じ学校の男の子で、いつも同じ飲み物を片手に電車を待っている。
ある日の登校中、私が改札の前で定期券を落としたことに気づいて慌てていると、声をかけられた。
「あの、これ落としましたよ」
そういって声をかけてくれたのは、たまに見かけていた、缶コーヒーの男の子だった。
「ありがとうございます」
そういって頭をさげてお礼をすると、彼は当然のことをしたまでだ、とでもいう様な返事を返すとそのまま学校へ向かっていった。
その後、彼をまた自販機で見かけた。私は彼の前を通ると定期券のお礼を込めて小さくお辞儀をした。
そうすると、彼は少し驚いた顔をしつつもお辞儀を返してくれた。
以前すれ違っていた頃に見かけた時の彼は、なんだか近寄り難い雰囲気をしていたけれど、その時に見た彼の表情は年相応の男の子だった。
それから私は、彼を見かける度に、お辞儀をするようになっていた。
最初は困惑していた様子だった彼は、次第に慣れたのか、今では自然と返してくれるようになった。
そんなある日の学校帰り、いつもの様に缶コーヒーを持つ彼に私は声をかけてみる事にした。
「あの、それって美味しいんですか?」
変な人だって思われたかな?そう思った私だけど声をかけてしまった物はしょうがない。そんな思いを抱きながら返事を待った。
彼は、声をかけられると思っていなかったのか、少し困惑していたけれど、ちゃんと返事を返してくれた。
「コーヒー、飲みます?」
「いえ、全然」
そう、実は私はコーヒーを飲んだことがない。苦いってよく聞くけれど、どんな味なのだろうか、そんな風に考えていると
「飲むならカフェオレとか、微糖の方が良いかも」と彼は答えてくれた。
「そうですか」
私は自販機を見つめると、少し悩んだ末に彼が飲んでいるのと同じ物にした。
違う物を勧めてくれたけれど、彼自身は毎回同じ物を飲んでいるのだ、そんな飲み物がどんな味なのか気になったのだ。
「試しに飲んでみます」
そう言って私は、ひとくち飲むと顔を顰めた。
―苦い
「だから言ったのに」そんな彼の声には、どこか困ったような響きがあった。
思わず感想を口に出してしまっていたらしい。彼の方を見ると缶コーヒーを飲みながらいつも通り電車を待っている。
私はそんな様子を眺めながら、彼はただ単に、少し人づきあいが苦手なだけなのだろうな、という感想を抱きつつ、苦いコーヒーが飲める彼を少し羨ましく思いながら、自分のコーヒーを少しずつ飲むのであった。
**********
いつも通りの駅のホーム、俺が電車を待っていると、少ししてから彼女がホームに来ることが多い。そんな中、今までとは二つだけ変わったことがある。
一つ目はあのコーヒーの一件以来、彼女は俺の真似をして自販機で飲み物を買うようになった。
ただ少しその時と違うのは、彼女が選ぶのが、ブラックではなくカフェオレの甘いやつだという所。
もう一つは、そんな彼女と二人で電車を待っている傍ら、少しずつ話をするようになった。
授業の内容だったり、ニュースの話や趣味の話、学年が違うし俺は殆ど趣味なんてないから一方的に彼女の話を聞く側だったけれど、今まで一人でコーヒーを飲んでいた時よりは待っている時間が短くなった気がした。
いつも通りのあいさつをして、隣で彼女が飲み物を買う。
いつしか、そんな光景にも慣れている自分がいた。
ある日、彼女はいつものカフェオレではなく俺と同じブラックコーヒーを買った。
いつもと選ぶ物が違った彼女の様子に「今日はブラックなんですね?」と声をかける。
『うん、ちょっとね。今日はそんな気分なの』そういう彼女の横顔は、どこか儚げで寂しく見えた。
『苦い』そう呟く彼女に、俺はただ「ブラックですから」と静かに返す。
彼女からの返事はない。その後はお互い静かにコーヒーを飲みながら電車を待つ。
あれから彼女はカフェオレを買わなくなった。買うのは俺と同じ缶コーヒーだ。
『苦いなぁ』と彼女はいう
そう思うならカフェオレを買えばいいのに、と思いつつ俺は自分のコーヒーを少しずつ飲む。
そんな日が暫く続いて、缶コーヒーの温もりが心地よい季節から、少しずつ春めいてきた頃、いつも通り電車を待っていると彼女が現れた。
今日も彼女は缶コーヒーを買う
暫くしてから、彼女はそっとひとくち飲むと『やっぱり苦いな』とこぼした。
そんな彼女はどこか遠くを見ているようで、その目には少しだけ光るものが見えた気がした。
俺はただ「ブラックですから」と静かに返す。
『そうだよね』
返事をする彼女の声が少し震えていたのは、寒さのせいなのか、それともまた別の理由なのか。
俺はコーヒーのほろ苦さを感じながら、少し悩んで口にする。
「やっぱり、先輩はブラックより、甘いカフェオレの方が似合いますよ」
そういうと、彼女は無言でコーヒーを飲んでから『やっぱり苦い』とつぶやくのだった。
俺はそれ以上何も言わずに、そのまま彼女と静かに電車を待っていた。
コーヒーをひとくち飲むと仄かに苦みのような物が口の中に広がる。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
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