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第5話「“王宮の檻”から外へ――王女と歩く初めての朝」

王宮で孤独に過ごすジーク。

そんな彼に、王女リュシアが“お忍び”の外出を持ちかけます。


偽りだらけの城を抜け出し、

二人きりで歩く街――

それは、誰にも見せられない素顔と本音を分かち合う、ほんのひととき。


束の間の自由と、静かな癒し。

だけど、日常はすぐに非情な顔を見せる――


“誰かとなら、息ができる”と信じた、その先で。


 王宮に通い始めて、もう二ヶ月が過ぎた。


 ジーク・バルガハルは執務室の隅に座り、目の前を行き交う人々を見つめていた。

 

 どの顔も笑っていたが、誰一人、本心でそうしているようには見えなかった。


 政務官、貴族、王家の分家の人間たち――。

 皆が丁寧な言葉で応対しながら、腹の底では他人の失言や失脚を待ち構えている。そんな空気が、日々肌に貼りついてくるようだった。


 ジークは拳を握ったまま、それでも黙っていた。


 あの日ティロンは言った。

 「....こ、ここは、そういうところ。……君の席も、いつ消えるか分からない」

――あの夜、宴の後の廊下の影で投げかけられた言葉が、ジークの脳裏からはなれなかった。


 不意に、視線を感じた。


 庭に面する窓辺の外からこちらをのぞいているリュシア・エルディアが、控えめにこちらを見ていた。すぐに目を逸らす。


 何か言いたげではあったが、彼女もまた、この宮廷においては“王の娘”としての仮面を外せずにいるのだろう。


 少しの逡巡の後、彼女がほんの少し、声を落として囁いた。


 リュシア「……明日。よければ、街へ出ませんか」

 ジーク 「え……?」

 リュシア「変装をして。お忍びで……少しだけ、散歩でも」


 小さな声だったが、確かに微笑みを含んでいた。

 あまりにも唐突な誘いに、ジークは数秒、返事を忘れていた。


 誰も信じられないこの場所で――

 たった一人、息ができる人間がいるかもしれないとジークは予感した。


 翌朝、ジークとリュシアは城の裏口から密かに出た。

 粗末な旅人の外套に身を包み、顔を隠すためのフードを深く被っている。歩き方にも、貴族の気品を感じさせぬよう気を遣った。


 リュシア「歩幅、広すぎます」

 ジーク 「……すまない」


 そんなやり取りを交わしながら、二人は城下の石畳を踏みしめる。

 この時間、市場はすでに活気づいていた。行商人が布を広げ、果実の香りと焼き菓子の甘さが風に溶ける。露店の軒先には、錆びた鐘と干し肉、染めの粗布が並んでいる。


 さらに視線を伸ばすと絹のような布を扱う隣の店、炭焼きの煙がのぼる路地――視線は、自然と奥へ奥へと引き込まれていく。


 リュシアが足を止めた。

 小さな陶器の店だ。


 棚には小ぶりな皿や盃が丁寧に並べられ、そのひとつひとつに、波や朝日を象った模様が描かれていた。


 リュシア「……あれ、東側の模様ですね」

 ジーク 「東側?」

 リュシア「海沿いのほう。陽の出と波を描くのが、あの地方の工房です」


 ジークはふと、ひとつの小皿に目を留めた。

 白磁に、青い波紋だけが静かに描かれている。飾り気のない素朴な意匠だが、どこか品があった。

 手に取ると、想像よりも軽かった。


 ジーク「……似合いそうだ。気に入ったなら、受け取ってほしい」

 リュシア「え……? そんな……」

 ジーク「このくらいしか、できないけど」


 戸惑うような表情のあと、リュシアはほんの僅かに微笑んで、うなずいた。


 道を進むうち、街のざわめきに混じって、旅人たちの会話が耳に入ってきた。

 「最近、東の港はまた新しい船着き場ができたってな」

 「西とは大違いだよ。あっちは……飢えと寒さしかないらしいぜ」


 リュシア「……経済特区と、飢饉の村々。まるで別の国ですね」

 ジーク 「西には山脈が続いている。冬が長く、畑も痩せてる」

 リュシア「西から流れてくる噂、少しずつ増えてます。“何かが起きる”とまで……」


 すぐ隣、野菜を選ぶ主婦が小声で呟くのが聞こえた。

 「……昨夜の隊商が、皮まで喰ったとか言ってたってさ……」

 「西の兵は、もう目の色が違うって……うちの旦那、怯えてるんですよ


 風が吹き抜け、リュシアのフードがふわりとめくれた。


 リュシア「あ……」

 ジーク 「っ……!」


 咄嗟にジークが手を伸ばし、フードを掴んで押さえる。

 その指先が、彼女の肩に軽く触れた。

 目が合った。思わず、お互いに目を逸らす。


 リュシア「……助かりました」

 ジーク 「……いや」


 ジークが頬を赤めたまま目を逸らす。

 甘ったるくもぎこちない空気のなか、二人はまた歩き出した。


 軽やかな笑い声と、遠くで鳴る鐘の音が混ざり合っていた。


リュシア「……そろそろ、戻りましょうか」

ジーク「ああ……もう、そんな時間か」

リュシア「……また、行けたらいいですね」

ジーク「そうだな。……いつか、何の気兼ねもなく」


 ふと風が吹き、街のざわめきが遠のいていく。さっきまでの笑い声が、幻のように感じられた。


 城へ戻ったのは、昼過ぎだった。

 裏門から入った瞬間、空気が変わった。

 廊下の先――重臣たちが顔を強張らせながら、会議室のある方角へと殺到していく。


 誰も立ち止まらない。

 ただの一歩が、どこか戦場に似ていた。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます!


ジークとリュシアの“お忍び外出”回、少しでも何か感じていただけたなら、とても嬉しいです。


ご感想や「ここが好き」「もっとこうしてほしい」など、

一言でもレビューやブックマークをいただけると、今後の励みになります。


皆さまの反応が創作の支えです――

どうか応援よろしくお願いいたします!


次回も、ぜひお付き合いください。

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