第4話「王宮会議――父と息子、それぞれの戦場」
名ばかりの王のもと、重臣たちの静かな駆け引きが始まります。
“正義”か、“合理”か――
国を支える者たちの本音が交錯し、王宮には朝から重たい空気が流れていました。
そんな中、ジークは初めて政庁の会議に立ち会います。
父バルドとの対話は、彼の中に小さな決意の火を灯すのか。
新たな局面の幕開け――
それぞれの忠義と孤独が、静かに交錯する朝です。
朝の王宮は、祝宴の余韻を引きずったまま、薄く静まり返っていた。
高窓からの光が政庁の長い卓を照らし、床にいくつもの影を落としている。
政庁の円卓には、王家の重臣たちが並んでいた。
その上座――王は姿勢を正して座っているものの、終始無言。誰も王の顔を見ようとしない。その空気は重く、どこか張り詰めていた。
会議の主導権は、南部軍総司令バルド・バルガハルと、王家分家の長男レイロン・エルディアスの二人が握っていた。重臣たちは、いくつかの政策案件について議論を交わしている。
レイロン「――次に、城下南部の水路整備について。予算の調整案はこちら。……まあ、現場の士気が下がるのは伝統のようなものですね。どこにでも、無駄に“情”を持ち込む者がいる」
レイロンは書類をパラパラとめくりながら、わずかに鼻で笑う。
バルド「……“情”がなければ人は動かん。帳簿でしか人を見ぬ者には分かるまい」
円卓の端、財務長が、静かに咳払いをする。
財務長「現場への配慮も大切ですが、財政規律を崩せば、全体が瓦解します。ここは合理的に――」
軍務官が、財務長の言葉にかぶせるように口を開く。
軍務官「ですが、士気の維持は現場の要。数値のために人を犠牲にすれば、結局は失うものが多いかと」
レイロン「おや、相変わらずお優しいことで。――現場のご機嫌取りも将軍の“得意分野”でしたか」
バルドは一瞬だけ軍務官に視線をやり、再びレイロンを睨む。
バルド「“ご機嫌取り”など一度もした覚えはない。ただ、兵も職人も“使い捨て”では国は回らん」
レイロンはフッと鼻で笑いながら返す。
レイロン「“使い捨て”――そう言う割に、将軍は現場で首が回らなくなった者たちを、何度“救済”したつもりですか? 優しさも度が過ぎれば組織を腐らせますよ」
参謀が、空気を和ませようと、軽く笑みを浮かべて割って入ろうとするが、、。
バルド「それがお前の“正義”なら、好きにすればいい。だが――“成果”のために人を犠牲にするのは、ただの臆病者の論理だ」
円卓の一角、治安長が、わざとらしく王の方に頭を下げる。
治安長「陛下のご判断に従うのが、我らの務めと心得ております」
重臣たちは、それぞれの腹の内を隠しながら、一瞬一瞬の会話の隙間に、自分たちの立場を探る視線を交わしていた。
レイロン「……面白い。将軍の理想とやらで、果たしてこの国はどこまで持ちますかね。ご裁可を、陛下」
王「……任せる」
王の声が、ひどく遠く聞こえる。その一言すら、もう会議の“儀式”にしか過ぎなかった。
ジーク・バルガハルは、見学の立場で席の端に控えていた。
議論の内容は理解できても、その“重さ”や“静けさ”にはどこか圧倒されるものがあった。
場を回しているのは王ではなく、バルドとレイロン。重臣たちも、そちらにばかり視線を向けている。
王は、もはや誰も頼らない“名ばかりの頂点”なのだと、ジークは気付きかけていた。
会議が進むにつれ、空気はじわじわと冷たく、重くなっていく。
――扉の外、廊下の奥の影に、銀髪の青年が立っている。ティロン・エルディアス。
会議のざわめきとは無縁の距離から、ただ無言で政庁を見つめていた。
彼は誰にも気付かれない“蚊帳の外”で、冷ややかなまなざしだけを残している。
そして朝の政庁には、“名ばかりの王”と、“静かな主導者たち”――
その均衡の上に、言葉にできない不穏な気配が、そっと漂っていた。
ジークは、ただその空気に押しつぶされそうになりながら、黙って座っていた。
***
会議が終わった後、バルドの執務室には静かな午後の陽射しが差し込んでいた。
ジーク・バルガハルは、重い扉の前で一度深呼吸してから入室する。
バルドはデスクに資料を並べ、ひとつひとつを無駄なく片付けていた。
バルド「……疲れた顔をしているな、ジーク」
ジーク「……正直、圧倒されました。会議の空気も、父上のやりとりも」
バルドはふっと笑い、さきほどまでの鋭い名将軍の顔から一転、息子を見つめる柔らかな眼差しに変わる。
バルド「まあ、あれが“あの場”だ。無理に馴染もうとする必要はない。――それより、ちゃんと食事は摂っているか?」
ジーク「……昨日はあまり、眠れませんでした」
バルド「(小さくため息)若い頃の俺もそうだったよ。緊張すると、胃の方が先に音を上げる」
ジークは、少しだけ口元を緩める。
バルド「……お前はまだ若い。間違えても、遠回りしてもいい。だが――何か迷ったときは、“自分の命を一番に考えろ”“お前”がいなければ、俺は何も守れないからな」
いつもの仕事口調と違い、その声にはどこか親らしい不器用な温もりがあった。
ジーク「……父上」
バルド「俺は、お前の父親だ。“盾”である前に、“親父”でいる。……それだけは忘れるな」
ジークは、ぐっと唇を噛み、うなずいた。
バルド「王がなぜお前を重用したか、分かるか?」
ジーク「……分かりません。血筋もない、僕がなぜ……」
バルド「――誰も“王”を見ていないからだよ。いや、正確には……皆、自分しか見ていない。だから王は“外”から目を入れるしかなかった」
ジーク「それが、僕……?」
バルド「お前は何も染まっていない。だからこそ、いずれ“選ぶ側”に立てる。……焦らず、今は目と耳を使え」
ジーク「父上は……なぜ、あのやり方に何も言わなかったんですか?」
バルド「正直なところ、俺もあの会議が好きじゃない。だが“今”の俺の役目は、“場”を壊さずに済ませることだ。いずれ、“壊す”役はお前の世代の仕事になるかもしれんがな」
ジーク「……できるでしょうか、僕に」
バルド「できるさ。――だが急ぐな。今は見て、考えろ」
バルドは、そっとジークの肩に手を置く。
バルド「……お前が“選ぶ側”になるまで、俺が盾になってやる。だから今は、好きなだけ“外”を見てこい。それが俺の――父親としての願いだ」
ジークは、今度こそ顔を上げ、静かに、しかししっかりとうなずいた。
執務室の窓の外には、春の風が静かに吹いていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
今回は政庁での重臣会議、そしてジークとバルド親子の静かなやり取りを描きました。
それぞれの思惑や、“名ばかりの王”の影に、少しでも興味を持っていただけたら嬉しいです。
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