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第2話「婚約の夜、柱の陰から“あいつ”が見ていた」

※この話には階級差別や政治的な圧力描写が含まれます。


王都の祝宴にて、ジークと王家の姫・リュシアの婚約が発表されます。

華やかに彩られた王宮――けれど、その場に集う貴族たちの笑みはどこか冷たい。


その陰で、ひとりの“王族”が黙ってこちらを見ていました。

吃音を抱え、王政の表舞台から外された青年――ティロン。


この夜、ふたりの視線が交わったことで、物語は静かに動き始めます。

 王宮の大広間は、黄金と白銀の光に満ちていた。


 天井の高みに吊された巨大なシャンデリアが千の火を揺らし、列柱の影を床に落とす。

 磨き抜かれた大理石の床には王家の紋章と紺碧の絨毯が走り、今宵は“選ばれた者たち”のためだけの空間となっていた。


「本日より、ジーク・バルガハルを、我が娘リュシア・エルディアの許婚とすることを、ここに告ぐ」


 老王の宣言が、空気の膜を破るように場を包んだ。

 声に威厳こそあれど、すでに政務を離れたその存在に、実権を認める者は少ない。


 壇上に立つジーク・バルガハルは、まだ二十歳。


 王の腹心・バルドの息子であり、士官学校に籍を置く若き軍人。だが血筋は貴族にあらず、軍家――すなわち王政の「外様」だ。


 そんな彼が今、王家本家の姫との婚約を王の口から発表されている。

 どよめきこそ抑えられていたが、広間のあちこちに、冷笑と侮蔑が張りついていた。


 その隣に立つのは、リュシア・エルディア――王家本家の直系姫、十八歳前後。

 薄金の髪は綺麗に結われ、王家の紋章をあしらった正装がその華奢な体を包む。

 リュシアは一歩前に出て、柔らかな笑みとともに、気品ある一礼を見せた。


 無垢で、優しく、どこまでも品のあるその振る舞いに、場の空気が一瞬だけ和らいだようにすら思えた。


「……」


 ジークはその笑みに戸惑い、つい目を逸らした。

 あまりにも“理想的”で、あまりにも“眩しすぎた”からだ。


「これが……平民の出か」

「貴族の血も引かぬ者が、王家に名を連ねるとはな」


 場の隅から聞こえる声。

 杯を傾ける者たちの中には、王家分家――“エルディアス家”の貴族たちも多く混ざっていた。


 本家である王家が“血筋の頂点”として爵位を持たぬのに対し、分家は王政を補佐する実務機構として貴族階級を保ち続けていた。

 政治・軍事の多くは今、むしろこの“分家”に握られている。

 本来、本家のほうが“力”としては上位――だが、現実には逆転していた。


(……なるほど。ここにいる誰も、俺を歓迎してなどいない)


 ジークはゆっくりと周囲を見渡し、そしてもう一度、隣のリュシアへ視線を向けた。

 彼女は、変わらず微笑んでいた。まるで本当に、この婚約が喜ばしい出来事であるかのように。

 その笑顔には、偽りも陰りも見えなかった。

 気品、純真、そして穏やかな受容――まるで、理想の王妃そのものだった。


「ジーク、緊張しすぎだ」


 父・バルド・バルガハルの声が、そっと肩に乗った。

 ジークが振り向くと、黒の礼装に身を包んだ壮年の軍人が、堂々たる佇まいで立っていた。

 五十代半ば、南部防衛軍の総司令。“エルバニアの盾”と呼ばれた実戦の英雄であり、現王に最も信頼される腹心でもある。


ジーク:「……父上。面目ありません」


バルト:「顔を上げろ。今日は“盾”ではなく“的”として立っている。それを忘れるな」


 厳しさと励ましが混じるその声に、ジークは背筋を正した。


 ――が、そこへ静かに近づく別の足音があった。


「ふふ……なかなか、良い面構えだ。駒としては、なかなか“絵になる”」


 声の主は、レイロン・エルディアス。三十五歳、王家分家の長男にして、北方軍の実質的支配者。

 貴族の礼装を簡素に整えたその姿は、華美さよりも鋭利な静けさをまとっていた。


 彼は長身痩躯。切れ長の目元にわずかな笑みを浮かべ、ジークとバルドに視線を投げかける。


「おめでとうございます、バルガハル将軍。

 血筋という壁を越えるには、あなたほどの功績が必要だった……まこと、皮肉なものですな」


バルド:「……それは我が家への賛辞か、それともこの場への侮蔑か?」


 バルドが返すと、レイロンは静かに口元を緩めた。


 その背後――柱の陰に立っていたのは、ティロン・エルディアス。二十五歳。

 レイロンより十歳下の実弟でありながら、吃音ゆえに王政の前線には立てず、王宮の奥に半ば“幽閉”される形で暮らしている。


 銀髪に青白い肌、ほとんど音も立てぬその存在は、宴のざわめきから切り離された“影”のようだった。

 ティロンは杯を手に、ただ無言で壇上を見つめていた。


(……祝宴の主役は、いつだって“蚊帳の外”だ)


 誰にも届かぬ声で、ティロンは心中に呟く。

 祝福とは名ばかりの政治劇。誰も本気で笑っておらず、ただ駒が置かれ、役目を果たす。


 ジークはもう一度、隣の少女に視線を送った。

 リュシアは、やわらかな瞳でこちらを見ていた。


「……」


 その微笑みに、ジークは言葉を失った。

 どうしようもなく美しく、優しさと気高さを湛えた笑顔。

 まるで、彼女だけがこの場で心から祝ってくれているような――そんな錯覚すら覚えるほどに、彼女は“完璧な姫君”だった。


 だが。


(……なぜだ。さっきから、この胸の奥に引っかかるものは)


 祝福されるはずのこの場に、何か“異物”のようなざらつきが残っている。

 それが誰から放たれているのかは、まだわからない。

 だがそれは、確かに――この宴のどこかに、ある。


 ジークは、思わず周囲を見渡した。

 その視線の先、柱の陰でひときわ沈んだ影が、じっと彼を見ていた。


 ティロン・エルディアス。

 祝宴の喧騒とは無縁に佇むその男は、杯を持つ手すら動かさず、ただ、何かを探るようにこちらを見つめていた。

 その視線に気づいた瞬間、ジークは不思議と――目を逸らせなかった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました!


祝福の裏に漂う冷笑と緊張。

ジークとティロン――ふたりの“目線の交錯”が、物語の最初の火種です。


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