第三話『色眼鏡』
ダリアルがピアに貰われ、“黒の森”へ
連れて行かれて早数日。
あっという間に迎えた卒業パーティーの
真っ白な会場にて異様な存在が二人いた。
一人は、白の都産の服にも負けない
最高級品の黒いタキシードを纏った
ダリアルである。
周囲から、向けられる蔑みの視線には
慣れたものだが、今までとは比ではない圧だ。
特に出席している両親からの視線が
とても痛い。
(ちなみに、父に後で送ると言われた例の荷物。
黒の森の外に捨てられていたので
黒の民達が勝手に盗っていき、
結局ダリアルの手元には何も届かなかった。)
白一色の世界に、黒が二滴だけ
飛び込んでいるのだからまぁ仕方ない。
何とか会場に立っていられるのは
同じく黒く艶やかなドレスを纏うピアと
腕を組んでいるからだ。
肌を見せないように、隠れるように
デザインされたものが白の都においての
主流なドレスデザインである。
だがピアは大胆、されど下品ではない程度に
肌が露出する黒のドレスを着こなしていた。
長い髪の間からチラリと見えるデコルテ、
女性らしい身体にフィットしたドレス、
夜の海辺に打ち寄せる波のように広がる裾。
ピアの魅力を引き立てる素晴らしい
ドレスだが、白の都の民達は「はしたない」と
眉をしかめている。
なお、ダリアルは黒い御者から
「ピアちゃんに恥かかせたら殺すっス」と
笑顔で言い含められている。
まだ死にたくないので、ミスなんて
出来る訳がない。
緊張しながらも、何とか入場時の
エスコートはミスなくこなせた。
国王や学園長の長々とした話も終わり、
後に残っているイベントは王太子殿下の婚約発表。
そして、首席で卒業したピアのスピーチだ。
「ピア嬢、王太子殿下は
どなたと婚約したんでしょうか?」
「私とお名前が一文字違いの
ピュア・シハロク侯爵令嬢ですわ。
今年入学された一学年の方ね。」
王太子妃に選ばれた相手について
話していると、ちょうど王太子とその相手が
入場するタイミングだったようだ。
二人の入場を告げる厳かな声と、
ファンファーレが鳴り響く。
白の都では、婚約発表の際に
花婿と花嫁のような服装を着る事が
習慣となっており、二人が歩く姿はまるで
ヴァージンロードを進む新郎新婦のようだった。
離婚、不倫、婚約の解消や破棄は
決して許されておらず、婚約した相手と
一生を添い遂げる事を義務付けられるので、
婚約発表も非常に重要な場なのだ。
真っ直ぐに前を向く王太子は、堂々としており
まさにこれからの国を率いていく
次期王に相応しい姿。
現国王夫妻は、表情こそ変わらないが
息子の晴れ姿を見てどこか誇らし気に見える。
件の侯爵令嬢は繊細な刺繍が施された
ヴェールを被り、王太子の腕に
そっと手を添えながらゆっくりと壇上へ向かう。
学年が違うダリアルですら名前を
聞いた事のある才女だ。
今年度入学してきた新入生だが、
ピアと並ぶ、いや侯爵家の“純白”という
生まれ故にピアよりも評価は高かった。
「俺からしたら、敵だらけのここで
一位を守ってたピア嬢の方が
スゴいと思いますけどね。」
「まぁ、分かってくれて嬉しいですわ
ダリアル様。」
黒の森生まれで、明らかに黒の民の血が
入っている彼女が王太子妃候補として
白の都の学園に通っていたのは、
今は政から離れた王家の祖、“白王”が
一枚噛んでいたらしい。
ダリアルが聞いた話では、ピアは
白の都と黒の森の融和政策の一つとして
単身、この白の都にやって来た。
白の民にとって“白王”は絶対の存在である。
だからこそ王太子達は“白王”の顔を
潰さないように、ピアと同じかそれ以上に
優れた貴族令嬢が出るまで彼女との婚約をせず、
ギリギリまで粘っていたのだ。
“候補”より最適な相手がいるならば、
そちらを選ぶべき……というのが
白の都の言い分である。
正直、ピアを間近で見てしまった
ダリアルとしては「バカなの?」という
感想しか頭に浮かばないのだが。
美人で、頭も良くて、肝も座っている
女傑をプライドに負けて手放すなんて。
白を貴ぶくせに、彼らがこぞって
身に付けているのは色眼鏡だ。
「……よってこの私は、
ピュア・シハロク侯爵令嬢と婚約する!」
そうこうしている内に、王太子による
婚約宣言は終わってしまっていたらしい。
声高々に叫ばれたその宣言に、
多くの拍手が送られた。
齢十五歳とは思えない、凛とした
立ち姿でピュア・シハロク侯爵令嬢は
王太子の側に寄り添っていた。
ヴェールを上げて未来の夫と共に、
卒業生やその家族達に手を振る。
既に学園を卒業している王太子は
今年で二十三歳。
貴族の結婚であるならこの程度の
年の差は問題ないだろう。
「ウフフ、確かにピュア様は
未来の王妃に相応しいですわね。
でも……」
「ただいまから、卒業生の中で
最も優秀だった生徒によるスピーチを行います。
ピア・シュバリー、壇上へ来なさい。」
「あら、お呼ばれしてしまったわ。
それではダリアル様、“手筈通り”に、ね?」
「……はい。」
壇上から降り、貴賓席へと座った
王太子とその未来の妃に、意味深な視線を
向けていたピアは司会者から名を呼ばれて、
入れ替わるように壇上へ向かう。
彼女へ向けられる白い視線は
ますます厳しいものへと変わる。
当たり前だ、「自分達白の民より劣る」と
強く信じていた黒の民の小娘に、首席の座を
かっさらわれたのだから。
だが、彼女が一番だった事実は変えられない。
秩序たる白の民の誇りとして、嫉妬で貶めたり
「嫌いだから」「面倒だから」でなんて
感情論でスピーチをボイコットも出来ない。
彼ら白の民は、自分を律せず常に誘惑に
負け続けて混沌を産み出し続ける
黒の民とは違うのだと思い込んでいる。
王太子も、貴族も、ダリアル以外の卒業生達も。
苦々しい思いを飲み込みながら、
お利口にルールを守って白黒の娘のスピーチを
大人しく聞くしかない。
ピアが壇上に上がったと同時に
ダリアルは彼女の言う“手筈通り”に事を運ぶ為
己が胸元へ手を差し入れて、とあるモノを
握りしめた。
とんでもない大罪人になるかもしれないが、
白の世界からは既に捨てられたのだから
ダリアルにはもう関係ない。
自分の所有者が、望むままに。