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第二話『頭は真っ白』




白の都において最も由緒ある貴族、

ワイティ公爵家の長男、ダリアル・ワイティ。

彼は自分の部屋で荷造りをしていたところ、

突然父親に呼び出された。

現公爵は威厳のある重い声で、

実の息子に向けるとは思えない言葉を

ダリアルに向けて言い放った。



「ダリアル、貴様には今日出ていってもらう。」


「今日、ですか?

申し訳ありません父上、まだ荷造りが

終わっておらず……。」


「そんなものは後でこちらから

持っていってやる。

今すぐ外に出て“黒の”馬車に乗れ。

二度と戻ってくるなよ。」



そうして部屋を追い出されたダリアルは、

まとめ終わっていた鞄一つ分の荷物だけ

持って屋敷の外へ出る。

“家族”から、こんな扱いをされるのは

慣れたものだが、ろくな説明も無しに

放り出すのは如何なものか。


何もない自分に、どうしろと言うのだろう。

とりあえず待っている“黒”の馬車に乗れと

父は言っていた……黒の馬車!?

白しかないこの都で、黒という事はつまり。



「やっほー!

君がダリアル君でおけっスか?」



黒い馬、黒い御者、そして黒い馬車が

ダリアルの前に現れた。

口元しか見えない御者はギザギザの歯を

剥き出しにして、笑いながらダリアルに

声をかけてきた。


態度は非常に軽いが、御者からは

「絶対に逃がさねえ」というオーラが

滲み出ている。

もしここで逃げれば、実力行使も厭わずに

追って来て、必ずダリアルを捕まえるだろう。


家族にも捨てられ、運にも見捨てられたようだ。

ダリアル・ワイティはため息を吐いて、

御者に促されるまま黒ずくめの馬車に

乗り込んだ。

……先客がいるとも、知らずに。
















ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「あらまぁ、そんなに怯えないでくださる?」


「いえ、別に怯えては……。」


「ダァリアルくぅん!

今手ぇ出したらぶっ殺すかんね!」


「だ、出しませんし出せません……。」


「ウフフ。」



ダリアルの前に座っているのは

同じ学園、同じ学年の生徒であり、

首席で卒業する予定のピア・シュバリー。

彼女は王太子妃候補として白の都の

学園に通い、非常に優秀な成績を出していた。


声をかけた事は無かったが、ダリアルは

ピアの存在自体は知っていた。

白一色の世界で、黒の混じった彼女は

良い意味でも悪い意味でも目立っていたし、

何よりダリアルは四年間、一位の座を

彼女と争っていたのだ。

まぁ、最終的に負けて二位だったが。


そんな才女が、自分の目の前で

にこやかに笑っている。

感情を出さない事が美徳とされる

白の民達の中にいてもなお、鉄仮面とまで

言われていた冷たい貌を緩ませている。


混乱を好み、人殺しも強盗も、ありとあらゆる

黒い事が日常茶飯事(オンパレード)だと言われている

“黒の森”から来た独りぼっちのご令嬢。


……怖い、怖すぎる。

自分は家に捨てられて売られたのだ。

なら、現在のダリアルの生死の権利は

きっと貰い手であろうピアの手の中にある。



「……あの、俺はこれから

どうなるんでしょうか。」


「どうもしません、と言いたいところですが。

ウフフ、貴方には卒業パーティーで、

私のパートナーになってもらいたいの。」



ピアから、王太子が言った言葉を

教えられたダリアルは顔をしかめる。

確かにピアは美しく賢いが、あの王太子や

高位貴族の思考なら是が非でも

王太子妃にはしたくなかっただろう。


白の都に住む者達は清廉潔白を求め、

規則正しさを重要視する。

一度も黒の民の血が入っていない事が

白の貴族にとって最大のステータス。


立場が上になればなるほど純血主義者が多く、

その髪と目が少しでも灰色がかっていれば

通称〖混ざり柄〗として、汚らわしい者と

扱われてしまうのだ。


一方、黒の森に住む者達はルールや

窮屈を嫌う性質だ。

束縛は嫌いでもその分、身内同士での結束は固い。

だからか、「どうせいつかは灰色になる」として

混ざり柄には比較的寛容な者が多い。



「パートナーのいらっしゃらない方なら

誰でも構わないと言質は取りましたの。


ワイティ公爵に、王太子殿下の

お名前を出したらとてもスムーズに

いただけましたわ、貴方を。」


「そ、そうですか……。」



家臣の中で、何よりも誰よりも

王家に忠誠を誓う父の事だ。

ピアから王太子の名前が出た時点で

即決したのだろう。


……ダリアルは公爵家の長男だが、

婚約者もいないし跡取りからも外されている。

成績優秀なはずの彼がそんな目に

遭っているその理由は、彼の髪色。


最低限の手入れが施された白い髪に、

犬のブチ模様のごとく点々と浮かび上がる黒。

祖先に黒の民がいないはずなのに

ダリアルの身体には黒が宿っているのだ。


白の民、特に貴族の中でたまに生まれる

〖染まり柄〗と呼ばれる現象。

混血である〖混ざり柄〗は灰色になるのだが、

〖染まり柄〗は白の中に黒がポツリと

存在しているのが特徴である。


白の都を治める王家の先祖にして、

今も若く美しく君臨し続けている“白王”。

その“白王”の妃だったが、都から逃げ出して

森に住み着いた“黒妃”の呪いだと言われる

〖染まり柄〗として生まれた者は

「心も黒いのでいつか王家に牙を向く」として

忌避されており、成人と同時に

家を追い出されてしまう。


そして大体は黒の森に辿り着いて

生き残れず、ただただ淘汰されていく運命。

ダリアルも卒業と同時に公爵家を

追い出されるはずだった。

……その前に、ピアに貰われたのだが。



「その、俺で良いんですか?

俺は〖染まり柄〗で、あの……。」



正直、あの白の都の生活は合わなかった。

理想ばかりを追って、不利益を誰かに被せて。

惨めなまでの傲慢さを自覚出来ない

間抜けな連中。

知れば知るほど心が冷めていき、

最終的には家族のように国に尽くしたいとも

思わなくなった。


この性格の悪さは、生まれもって

黒を宿して生まれたからなのだろうか。



「白の都基準で貴方は腹黒なのかも

しれないけれど、黒の森では可愛いものよ。」


「えっ。」


「貴方、いつも冷たい目をしていたわ。

私が白の都の人々を見る時と同じ目。」



白と黒が並んだ少女は、

ダリアルの白い目を覗き込む。

まるで心臓を掴まれたかのように、

動く事が出来ない。



「だから貴方を選んだの。

今から貴方は、私の“共犯者”よ……きゃっ。」


「えっ!?」



ピアからの突然で唐突な告白に、

ダリアルが目を丸くして驚いた時だった。

馬車が急に止まり、ピアが

ダリアルの方に倒れ込んできたのだ。


めっちゃいい匂いがする。

咄嗟にピアを受け止めたダリアルだったが、

男子は勿論、女子からも近寄られず

孤独に過ごしていた彼には刺激が

強かったらしい。


受け止めた姿勢のまま、

頭が真っ白になって動かなくなってしまった。



「あら、どうしたの?」


「盗賊~。

潰すからちょい待っててっス。」



“盗賊”と聞いてフリーズしていた

ダリアルの頭が動き始める。

この馬車には御者が一人、大丈夫なのだろうか。


「あの人、一人で大丈夫ですか?」


「問題なくってよ。

あの人はあれでも玄人だから。」



バキ、ボキッといった骨が折れる音と、

複数人の悲鳴が聞こえて来たと思ったら

すぐに静かになった。


明らかに暴力沙汰があったのだろう、

扉を開けて確認すべきか?

ダリアルがそんな事を思って

扉に手を掛けた瞬間。



「終わったっスよ~。

おいガキ……テメェ、どさくさに紛れて

ピアちゃんに何かしてないよなぁ?」



扉越しに聞こえるドスの効いた御者の声に

ヒュッとしたダリアルだったが、

抱き締められる形になったピアは

美しく微笑みながら、細い指でゆっくりと

ダリアルの顔を撫でてくる。



「フフ、初すぎてむしろ

私が何かしちゃいそうだわ。


ね? ダリアル様。」


「こ、ころされるぅ……。」



前門の白黒令嬢、後門の御者。

そんな危機的状況で元公爵令息は

何とか拒否の意を示そうと、

その顔を横に振るしかなかった。









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