第一話『白黒』
昔々、神様が空からとある国を
眺めていた時のお話です。
争い、いがみ合い、陥れ。
見る分には退屈しませんでしたが、
見続けるのは疲れてしまいます。
その国の人間達があまりにも愚かなのは
“鮮やか”だからだと神様は思いました。
だから人間達の色を全て奪い、
白と黒だけを残しました。
そして人間達の中から白と黒を管理する
二人を選出し、国王夫婦としてこの国を
より良くするように命じます。
彼ら以外の人間は、二人からこぼれ出た
白と黒が混じり、灰色の存在になったのです。
ですが、色を管理していたお妃様は
王様の元から逃げ出しました。
そのせいで灰色の国は白の都と黒の森、
白黒半分に別れてしまったんだとさ。
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「厳正なる審査の結果、君ではなく
“白の都”の令嬢を王太子妃とする事にした。
婚約発表は今から一週間後、
学園の卒業パーティーで行われる。」
「左様でございますか。」
「四年間、婚約者“候補”として
共に勉学に学んだ君が選ばれず、
とても残念だ。」
ここは灰色の国と呼ばれる王国の
半分を占める、“白の都”の王城の内部。
白い壁、白い床。
全てが白い部屋の中で一際白く
美しい王太子は、目の前に座る少女へ
白々しい言葉を並べ立てる。
王太子から告げられた言葉を、
表情も変えずに淡々と受け入れた少女の
長い髪は、ピアノの鍵盤のように、
黒と白が並んだ独特な髪色をしている。
王太子に負けず劣らずの美しさを誇る
顔立ちの少女の右目は黒、左目は白という
特異なオッドアイだ。
「王太子妃教育や学業の成績では
基準を越えていたと自負しておりますが、
選ばれなかった理由を念の為に
お聞きしてもよろしいでしょうか。」
「あぁ、確かに君は優秀だったね。
だからこそ、君を選ばない為に
基準を越える他の令嬢が出てくるまで
四年も必要になってしまった。
簡単だよ、貴き我等王家の白き血を
君の“黒”で汚すわけにはいかないからだ。」
王太子は平然と、「最初から
選ぶつもりはなかった」と言い放った。
少女の四年間を無駄にしておいて
全く罪悪感のない振る舞い、いや、
悪いとすらも思っていないようだ。
それを聞いてなお、黒と白の令嬢は
相変わらず表情を変えない。
「だが最上位の成績である君が
パートナーも無しで、卒業パーティーに
出席するのは哀れだと我々も思っている。
この際、君の故郷の“黒の森”の民でも
構わないので適当な人間を見繕っておくように。
僕の慈悲で参列を許可しよう。」
“黒の森”とは、白の都の反対に広がる
巨大な黒い森の事である。
そこに住まうのは白一色の都の民達とは
見た目も性格も正反対の黒き民達。
お互いの民達の違いは髪と瞳の色で、
白髪白眼が白の民、黒髪黒眼が黒の民。
(混血は両方とも灰色になる)
混沌たる真っ暗な森を、秩序たる
白の都の民達は嫌っているのだが……
どうやら、白黒令嬢は黒の森出身らしい。
「パートナーの件、畏まりました。
ですが時間がございませんので
代理の方にエスコートの依頼をする際、
王太子殿下のお名前を使っても
よろしいでしょうか。」
「既にパートナーがいる者でなければ
問題ないよ。」
「ありがとうございます。
それでは王太子殿下、
私は退出させていただきますわ。」
「ではピア嬢、
卒業パーティーでまた会おう。」
白黒令嬢こと、ピア・シュバリーは
淑女に相応しい動作で王太子に礼を取り、
背を向けて去っていく。
汚れ一つない、長い廊下ですれ違う
白い民達は彼女を見て「醜い者を見た」とでも
言わんばかりに露骨に顔をしかめて
無言で去っていく。
この城では、特定の場所以外での
私語は禁じられているからか、
罵詈雑言も噂話も聞こえない事だけが
救いだろうか。
白い城を出て、待ち構えていた
黒い馬車に乗り込んだピア。
その時の彼女は先程までとは違い、
心の底から楽しそうな顔をしていた。
馬車でピアが出てくるのを待っていたのは
深く帽子を被り、顔がほとんど分からない御者。
彼は、身分など気にしていないかのごとく
如何にも軽い口を開く。
「ピアちゃん、えらくご機嫌っスねぇ。
あの漂白剤で身体洗ってそうな
王子様からなんか言われたんスか?」
「四年かけてやっと、私の他に
妃の基準を満たす白側の貴族令嬢が
現れたんですって。
だから私はようやく用済み。
卒業パーティーまでに代わりの男を
用意して出ろと言われたわ。」
「なにそれ~、ギリギリまで唾つけといて
ポイ捨てされたってこと?」
「イエス!」
先程までの冷たい声と顔ではなく、
気心知れているらしい御者と賑やかに
会話をしているピア。
城と同じように静かな街で、声を響かせながら
走る馬車を見る白の民達の目は厳しい。
だがそんなものを一切気にせず、御者は
ご機嫌に馬車を走らせた。
「というか、私がどこに向かうか
言ってませんけれど……勝手に走らせてません?」
「えーっ、一週間後の
卒業パーティーなんてブッチしちゃお?
このまま黒の森に帰ろうよぉ。」
「帰りません、先に行くところがあります。
このままだと私は、パーティーで
レディをほったらかしにしてひたすら
タダ飯堪能しそうなどこぞの御者を
パートナーにしなければならないでしょう?」
「なはは、手厳しぃ!
んで、相手に目星はついてんの?
これからどこに行くんスか?」
ピアは座席にもたれ、ゆっくりと目を閉じる。
脳裏に浮かぶのは自身と同じくらい
優秀な成績を残しながらも、白の都の
表舞台では決して輝けないとある青年。
この白い社会において“色”物扱いされている
彼ほど、相応しい存在はいないだろう。
ピアは透き通る声で、剽軽な己の
御者に行き先を指示した。
「ワイティ公爵家のご長男、
ダリアル様に用がありますの。」