Episodio 10 Santuario Hakozaki(筥崎宮)
1
そうこうしているうち週も変わった翌火曜日、やっと関白殿下からの使者が来た。
もう7月も中旬であって、いつのまにか雨も降らなくなっていた。
我われはフスタ船を抜錨し、ほんの小さな岬を回って博多の港へと向かった。わずか数十分の船旅である。そして、博多の港に直接接岸した。
港の周りはほとんど何もなく、ところどころに思い出したように商人の屋敷が点在している。
「ひどいものだな」
昔の博多をよく知るフロイス師がため息をついていた。
「以前はこの港からすぐに。あの堺と同じくらいの大きな町が広がっていましたよ。みんな戦争で焼かれてしまったのですね。まるで原っぱだ」
フロイス師は、吐き捨てるようにコエリョ師にそう話していた。
関白殿下はこの海岸沿いにある筥崎という大きな神社にいるという。それは我われが接岸した所からすぐで、港に降りると海沿いに神社の門である大きな赤い鳥居が見えた。そこから参道が続き、鳥居とは別に寺と同様の楼門もあった。
かなり広い境内だが、この日はその境内に関白殿下の軍勢が部隊ごとに陣を敷き、それぞれの家紋の入った旗を立てていた。
ここはこの筑前ではいちばん大きな神社だそうだ。モンゴリア襲来の時も、時の帝がこの神社で戦勝の祈願をしたという。
エウローパでも東の方はモンゴリア侵攻で悲惨な目に遭い、もう三百年もたった今でも東エウローパでは子供が言うことを聞かないと「モンゴリアが来るよ」って脅しつける母親がいるとかいないとか……。
そのモンゴリアがエウローパだけでなく、この東の果ての日本まで襲撃したというのは大したものだと思う。もっとも『Il Milione』によると、モンゴリアの軍は日本の都まで攻め入ったように書かれているが、ロレンソ兄やヴィセンテ兄に聞いたところ、そのような事実はないそうだ。
マルコ・ポーロもかなり誇張して書いている。結局は伝聞に基づくものなので、正確さに欠けるのだろう。
さて、その筥崎宮の中の関白殿下の本陣ともいうべきところは、神社の神官である禰宜といわれる人たちの屋敷があてがわれていた。
修道士たちは外で待たせてコエリョ師とフロイス師が関白殿下との会見に臨むので、私も勝手についていった。
もはや、コエリョ師はあきらめたのか面倒なのか、そのことについては何も言わなくなっていた。
「おお、おお、バテレン様たち、よう来られた」
関白殿下はただでさえしわの多い顔をさらにくしゃくしゃにして、満面の笑みで迎えてくれた。
我われはその前に畏まり、まずはコエリョ師が戦勝を祝う言葉を述べた。それをフロイス師が伝える。
「このたびは勝ち戦、真におめでとうございます」
関白殿下は満足そうにうなずいていた。
「いろいろとあって大変だったけれどよ、ようやく九州は平定したで。島津は降参した。これで日の本の大部分はこのわしの手の中よ。あとは小田原の北条と仙台の伊達だけだが、それもすぐにかたずくだろうよ」
大声で笑う関白殿下は、まさに時の人、天下人であった。
「なんとか、九州の新しい大名の配置も決まって、おとといそれを発表した」
おとといといえば、日曜日だ。
「あ、そうそうそうそう」
急に関白殿下は笑みを消した。
「豊後の大友宗麟殿は、残念なことだったな。あの人はキリシタンであったろう」
「はい、そうです」
フロイス師も少し悲痛な顔をした。ドン・フランシスコの帰天は、すでに関白殿下の耳に入っている。
「実は小倉についてからすぐそのあとの秋月との戦の陣中に、不意に宗麟殿は現れたのだ。自分の要請でわしがわざわざ九州まで出向いたということで、挨拶と御礼に見えたようだ」
それは初耳だった。コエリョ師たちも同じのようだ。驚きの表情をしている。
「あれはまだ四月のことだったから、かれこれ二か月前だ。あの時は宗麟殿もまだ元気だったのになあ」
日本の四月だから、我われの5月だ。たしかに二か月前である。
「本当は豊後一国はせがれの義統に与え、宗麟殿には日向を丸ごと治めさせようと思っていたのだけれど、固く辞退してきた。もしかして自分の寿命が分かっていたのだろうか」
一つ息をついてから、関白殿下は顔を挙げ笑顔を取り戻した。
「それはそうとして、薩摩ではある策略が功を奏した。八代で会った時にわしはつい口を滑らせそうになって慌てて止めけど、これからの戦の謀略を事前に話すわけにはいかにゃあからでのう。でも、もう終わったからいいにして話すと、今回本願寺の光佐上人をつれてきている。その光佐をうまく使ってだな、門徒を薩摩に事前に侵入させて布教させ、薩摩の領民をほとんど一向宗門徒にしてしまったのだ。一向宗門徒は、領主のいうことなど聞かなくなる、そこが狙いよ。兵を集めようにも百姓たちは門徒になってしまって招集しても集まってこない。それで兵も少なくなって、そこが攻め時となったのよ。どうだ、賢いだろう」
関白殿下は大笑いをしていた。
「たしかに日本の将棋は」
フロイス師が口をはさんだ。
「我われの国のシャドレスという遊戯に非常に似ておりますが、大きな違いは敵の駒を取ったら、自分の味方の駒として仕えることですね。そのような感じですか?」
「そうよ、まさしくそれよ。光佐はもともと敵だったのがこちらが取った駒、味方の駒として張ったのだ」
また関白殿下は大笑いをした。
「領民を一向宗の門徒にすることで戦に勝つ……こんなこと考えたものはこれまでにおるまい」
その時私は見た。
コエリョ師はフロイス師からその関白殿下の言葉を伝え聞いた後、なんと薄ら笑いを浮かべたのだ。私は背中に冷たいものがさっと走った。蒸すような暑さの中を全身が震えだした。
そんなことを考えた者……エウローパには五万といる。私はまたあのヴァリニャーノ師からもらったあの本を思い出していた。
スパーニャのコンキスタドーレスはアステカ帝国を占領するためにキリスト教を使った。宣教師を送り、布教をし、領民がキリスト教の信徒になった頃に攻め込むと、民衆は当然スパーニャの味方だ。あっという間にアステカはほろんだ。
しばらく読むこともなく大坂の司祭館の自室の書棚の中でほこりをかぶっているその本のことを思い出し、そしてコエリョ師の薄ら笑い……。
私がその本を初めて読んだ時、スパーニャはなんとひどい国だと非難し、イエズス会を庇護してくれているポルトガルにはそのような考えはないと安心していた。
ところが今は安心できない。スパーニャとポルトガルは実質上は一つの国だ。しかもコエリョ師は、フィリピーノのスパーニャ総督とどうもつながりがあるらしい。
危ない……そう思うとまた私は背筋が凍る思いだった。
私は一刻も早く飛んで帰って、オルガンティーノ師に訴えたかった。できればヴァリニャーノ師に訴えたいが、今どこにおられるのか……まだマカオか、もうゴアか……。それよりもオルガンティーノ師に告げたところで、激怒した後にオルガンティーノ師はどうされるのか……どうもできないだろう。
相手は我われが絶対服従しなければならない準管区長なのだ。
私のそんな胸中をよそに、コエリョ師やフロイス師と関白殿下は話を続けている。
「九州分国も終わったし、次はこの博多の町よ。まずは市街地の区割りを行って、元の栄えた博多に戻す。そうなったら博多はこの関白が直々統治する」
つまり、堺がかつて商人の自治都市だったのを織田殿が自分の直轄地にし、今も関白殿下の直轄地になっているのと同様ということになる。博多の自治は失われるようだ。
「わしは関白になる前は筑前守と名乗っていた。でも八代でも言った通り、この筑前には一度も来たことがなかった。そしてこの博多がわしのものになれば、わしは名実ともに筑前守だで。筑前守でなくなってから筑前が手に入るというのもおかしなものだに」
また関白殿下は爆笑だった。
その時コエリョ師は、頭を低くした。
「お願いがあります」
それをフロイス師が伝える。
「博多の町の区割りに際しては、どうかかつて博多にあった我われの教会を再建することをお許し賜りたく、そのための土地もぜひ区分の中に入れていただいのです」
その言葉をフロイス師を通して聞いた関白殿下は、また大笑いした。
「お安い御用だ。博多に南蛮寺をというのはもちろんそのつもりで、もうとっくに考えている。心配ご無用」
それから酒や食べ物が運ばれて、関白殿下も我われの近くに座ってともに酒を酌み交わした。
「さあ、日の本が平定できたらいよいよ朝鮮、そして明国でござる」
関白殿下は上機嫌で高らかに笑っていた。
2
こうして我われは関白殿下による区割りを待ち、教会のために与えられる土地を確認するため、もう少し博多に滞在することになった。
一度、我われの船は姪浜に戻った。
また、関白殿下からの呼び出し待ちだ。
すると、十四日の日に新たに博多に居住することを希望するものを全部集めるので、我われもともに来てほしいとの連絡があった。十四日というのは日本の暦による日付の六月十四日のことで、我われでいう19日、つまり次の日曜日だった。午前中は船の中でミサがあるので、午後になる旨をコエリョ師は知らせていた。
その日は、筥崎で関白殿下と会見してから五日後ということになる。その五日の間、私はコエリョ師ともフロイス師とも、最低限の必要な会話しかしていない。
話したいことはたくさんある。というよりも、問いただしたいことというのが正確だが、さすがに準管区長相手に切り出せる話ではなかった。
だが、もう時間がない。
もしコエリョ師が長崎に帰るということになったら、私はもうそこで彼らと別れて大坂に帰ることになる。早く帰ってオルガンティーノ師に現状を訴えたい気持ちはあるが、そのためには徹底的に彼らの腹の内を確認しておく必要がある。私の推測で物事を進めるわけにはいかないのだ。
だから私は焦っていた。もうこんな機会は二度とないだろう。このあと、彼はどういう暴走をするか……それを考えたら寒気が止まらない。
結局何も言いだせないまま、日曜日が来た。
船内のミサに参列するのはともに来た修道士だけだと思っていたら、関白殿下の軍勢の信徒の武将や兵士も、全員ではないにしろそうとうな数が来て船に乗り込み、ミサに参列した。曜日というものがないこの国においても、そして戦争の陣中であったとしても、彼らはちゃんと日曜日を覚えていたのだ。
午後、信徒の武将や兵士たちが船から降りて博多に戻ってから、我われは錨を上げた。多分彼らより、我われの船の方が先に博多に着くと思われる。
岬を回って港の方に近づくと、港の海上におびただしい船が出ているのが見えた。
我われは甲板からそんな船を観察していると、近くなるにつれそれが関白殿下を乗せた船であることが分かった。船の上の武将たちは我われの船が近づくのを見て騒いでいるし、そのうちのいちばん大きな船がほかの船を従えてこちらへ向かってきた。
コエリョ師たちが甲板の船べりから顔を出すと、船の上の鎧と陣羽織を来た関白殿下がこっちに向かって白地に赤い丸の文様の入った扇子を広げて振っている。
頭は兜ではなく、エウローパのものと思われる黒い帽子をかぶっていた。
関白殿下の船は我われのフスタ船に近づくと、自分を乗せよというようなしぐさをこちらに送ってきた。コエリョ師の合図で修道士が縄梯子を、フスタ船の甲板から関白殿下の船へとおろした。
「いやあ、ちょうどたまたま海上から博多の土地全体を見て区割りの最後の仕上げをしようと船を出していたら、こんな大きな船が港に入ってくるから度肝を抜かれてにゃあ。そしたらあれはバテレン様の船だとキリシタンの家臣が言うだで、少し見せてもらいますぞ」
関白殿下は上機嫌でそう言った。
我われとてまさか関白殿下が船で港の海上にいるなどとは思わないので、コエリョ師も驚いていた。
突然の乗船だけに、何の準備もしていない。フロイス師がが修道士たちに命じて、慌ててもてなしの用意をしていた。
その間、関白殿下は供の武将二人とともに、勝手に船内を動き回り、あちこちを見物している。
「これが帆柱か。太いなあ」
そして側面の艪を漕ぐ所も見て、驚いていた。
「帆船と艪の両方で動くのか」
あまりにも素早く動き回るので、一応説明のために着いているコエリョ師は追い掛けるのがやっとだった。
「なんと」
そんな関白殿下が目を停めたのは、甲板の前の方に据え付けられた大砲だった。
「これは軍船なのか」
「戦争で使われることもありますが、主に輸送です。この大砲は、とりあえずのため。でも実際に戦争になったら、この船は船足が早いので一目散に逃げるのに使われます」
フロイス師が冗談半分でそう説明したが、関白殿下はここだけは笑っていなかった。
それから関白殿下は船室の方へおりて全部の船室を見物し、食糧貯蓄の船底まですべて巡った。
「いや、こんな大きな船は初めてだ。この船でお国からバテレン殿は来られたのか」
「いえいえ、この船はそんなに長い航海は無理です。我われの船としては、この船は小型の高速船です」
フロイス師がそう説明した。そこへ修道士が、もてなしの準備ができたと呼びに来た。
我われ三司祭と関白殿下は船室の一室で、卓を囲んで椅子に座った。
「これはブドウの実から造った酒です」
フロイス師が関白殿下のコップに葡萄酒を注ぎ、いくつかのつまみの菓子を提供した。平戸の商館から積み込んだと思われるエウローパの菓子だった。
「この赤い色はブドウなのか。このようなものを飲んでいるから、バテレンは人の生き血を飲んでいるなどと風説が立ったがに」
関白殿下はようやくまた笑った。
「わが国にはないが、明国にはブドウの酒は古来からあると聞く。いや、美味じゃ」
関白殿下はかなり気に入ったようだ。
「しかし、長居はできぬ。岸に博多に住むのを希望している者たちを待たせてある」
「それでは、この船で岸までお送りしましょう、その前にこのブドウの酒と菓子はまだたくさんありますので、どうぞお持ちになってください」
フロイス師が言うと、関白殿下は手を横に振った。
「いやいや取り込み中で持ち帰るのは大変だから、後で筥崎の陣営まで届けてほしい。ただ、厳重に梱包して送って下され。なにしろこの命を狙う敵がどこにいるか分からぬ。途中で毒でも入れられたらたまらんのでのう」
そんな物騒なことを、関白殿下は笑いながら言っていた。漕ぎ手が所定の位置について、船は動き出した。
「速い速い」
関白殿下は船べりに立って、大喜びだった。
岸ではざっと千人以上の商人たちが待ち構えていた。皆、博多の町の区割りを聞きに集まった者で、自分たちの屋敷を建てる土地を今日関白殿下から指示される。
関白殿下や我われが船から降りとと、多くの進物を持った商人たちが順番に関白殿下にあいさつをした。それだけでかなり時間がかかったが、関白殿下は商人たちに言った。
「そなたらこれから屋敷や店の普請で物要りだろう。金塊や銀は気持ちだけ受け取ったので持ち帰れ。食べ物はこの南蛮のお船に積むがよい」
それからフロイス師の方へ向かって言った。
「恐らくは山海の珍味でござろう。すべてバテレン様方に進ぜよう」
その言葉をフロイス師から聞いたコエリョ師は、軽く頭を下げていた。
「かたじけのう存じます」
礼を述べたのはフロイス師だった。
関白殿下は自分にその食べ物を贈呈した商人たちの方を見た。自分達の進物が我われ司祭にたらいまわしされたと彼らが不快に思うかもしれないのを、関白殿下は制しようと思ったのだろう。
「わしはなあ、バテレン様方の弟子なんじゃ。だからこれは師匠のバテレン様方に差し上げる。異議はないよのう」
そう言って関白殿下は大笑いをしていた。
「あ」
そして突然、関白殿下は叫んだ。
「帽子を忘れた」
そういえば船に乗るときにかぶっていた帽子は船中ではとっていたが、今もかぶってはないない。船の中に置き忘れてきている。
「あの帽子は竜造寺の家臣の鍋島からもらったものだ」
「しかし殿下。あの帽子はあまり上等なものではありません。新しい帽子を進ぜましょう」
フロイス師が関白殿下にそう言っている間に、コエリョ師が修道士に言いつけて船中に関白殿下の帽子を取りに行かせるのと同時に、新しい帽子を持って来させた。
「こちらを進呈します」
「おお」
それはビロード生地の黄色い、遥かに上等な帽子だった。
「こちらの方がよい」
関白殿下は早速上機嫌で新しい帽子をかぶった。
我われがそんなことをしているうちに、関白殿下の家臣が同じ図面を何枚も持ってきた。町の住民希望者に配るのだろう。
「ちょっと待て」
関白殿下は、それを止めた。そしてコエリョ師を見ながらフロイス師に言葉をかけた。
「まずはバテレン様が、南蛮寺建築に希望の土地を申して下され。それが最優先じゃ」
コエリョ師がそれを聞いて、すぐそばの土地を指差した。
「港に近い方がいいでしょう」
なにしろ何もないところに建てるのだから、どの場所でも使い放題だ。
「昔の教会はもっと内陸の方でしたね」
フロイス師はそう呟きながらも、先ほどのコエリョ師の言葉を関白殿下に伝えた。
「了解致した」
関白殿下は筆で図面にその位置を書きこみ、本来その土地を割り当てられるはずだったものに代替の土地を決めていた。
「では、ここは暑うござる。日差しも強いので、バテレン様方はどうぞ船にお戻りくだされ」
我われはその言葉に甘えることにした。
「では明日、あらためてご挨拶に参ります」
コエリョ師の言葉をフロイス師が関白殿下に告げて、我われはフスタ船へと引き上げた。私は終止無言で立っていただけだった。
何も言うことはないし、言いたくもなかったからである。
3
コエリョ師は関白殿下との約束通り、翌日の月曜日の午後に再び筥崎の神社の、関白殿下の陣営を訪問した。
我われがその神社の敷地に入ると、待ち構えていたように多くの武将が寄って来て我われの周りに群がった。
彼らは信徒ではなく、むしろキリストの教えを知りたいと考えてきたものたちであった。
フロイス師が彼らを日陰に誘導して座らせ、ごく簡単に公教要理のさわりを話して聞かせた。その根幹は使徒信条の内容を骨子とすれば、初めてキリストの教えに接するものにはいちばん分かりやすいことが分かった。
そこでだいぶ時間をとった。コエリョ師は彼らに向かって言った。
「皆さんは我われの話を聞くのにわざわざ我われの船に乗らなければなりませんでした。我われの船もこの港に停泊しているとも限りません。姪浜というところと行ったり来たりしています」
フロイス師がそれを逐次日本語で伝えた。
「そこで私は今日これから関白殿下にお会いしますが、我われが博多の町に教会を建てるための土地はすでに頂いています。その場所に簡単な小屋を作って、皆さんにお話しができるようにしたいと思います」
この話には、どんどん膨れ上がって集まっていた武将や平太tの喝采を浴びた。
私は少し安心だった。コエリョ師がこういうことを言いだすということは、彼がもう少しこの博多に居座るつもりらしいことを物語っていたからだ。
やがて、我われが関白殿下の陣営に行き、会見を求めた時はもう日が傾き始めていた。
まずは昨日、関白殿下が所望していたぶどう酒とエウローパの食品を進呈した。我われが自ら修道士に運ばせて持ってきたのだから本当はその必要はないのだが、関白殿下の言いつけ通り厳重に梱包して修道会の割り印まで押して持ってきた。
「これはこれは」
関白殿下は大喜びだった。
「昨日はたくさんの珍しい食品をこちらこそ賜り、かたじけのう存じます」
フロイス師が代表して、まず例を言った。
「九州の国分けも完成し、博多の町の区割りもでき、これで万々歳だ。これでようやく落ち着いた」
「まことにおめでとうございます」
関白殿下への戦勝の祝いは前にすでに述べていたが、フロイス師は再度あらためてその言葉を送った。
「また昨日は、あの珍しい船を見せてもらった。いやあ、あのような船があるとはうらやましい」
「恐れ入ります」
そう言ってから、フロイス師はコエリョ師への通訳に入った。
「あの船ならばそう日数はかからぬかもしれないが、長崎はやはり遠い。ずっとバテレン様方もこちらにおられてたいへんであろう。そろそろ長崎に帰られても構わぬ」
「は、ありがとうございます」
私は困った。先ほどもう少しコエリョ師たちはこちらにいるつもりなのではないかと安心したが、今の関白殿下の言葉でさっさと長崎に帰ったら私は何もできないまま大坂に帰らねばならない。
ただ、逆にできるだけ早く帰って、オルガンティーノ師に逼迫した事態を相談した方があるいはいいのか、私には判断がつかなかった。
「わしはまだひと月くらいはこの博多にいるつもりだがのう」
関白殿下は、ここまでは満面の笑顔だった。
「時に」
少し関白殿下の顔が笑顔から真顔が入った。
「あれは戦船のようであったが、わしが今後考えている朝鮮や明国を攻略する際に、あのような船があったら助かるのう」
「前に大坂でもお約束しましたように、その節は我われも支援致します」
始まった。
私は身を固くした。オルガンティーノ師がいちばん問題視したコエリョ師の発言だ。もしここでも話が大きくなるようだったら、それを止めるのが私の役目と私は身構えた。
「おお、バテレン殿は武力もだいぶお持ちのようですな」
関白殿下は大笑いした。だがそれは、どうも恐ろしい笑いのような気が私にはしていた。
「八代でお会いするため迎えに行かせた我が手の者の話によると、長崎はほとんど城のごとく武装しているとか」
「わが身を守るためでございます」
コエリョ師はそう言って、フロイス師が伝えた。
「守る必要があるのか?」
「はい。大村の殿と敵対していた深堀という海賊がたびたび長崎をせめて、攻撃を仕掛けてきたりします」
「何?」
関白殿下は目を吊り上げた。そして自分の秘書の振りかえって見た。
「その深堀とやらのことをよく調べよ、場合によっては攻撃してよい」
関白殿下は、もう一度我われの方を見た。
「そういえば、あの船は航海には適さないと申しておったな」
「はい」
「そなたたちがお国から乗ってきた船はもっと大きな帆船だということだが、その南蛮船を堺までという話があったけれど、どうじゃ、この博多にもぜひ南蛮船が来航して、ここの商人どもと直接交易を致さぬか」
コエリョ師とフロイス師は顔を見合わせた。そしてうなずき合ってからフロイス師が言った。
「我われとしても、それは大変うれしいことです。ただ、我われのナウ船という船はかなりの水深がある港でないと入れないのです。どうも見たところこの博多の港はそれほど水深はないような感じましたが」
「そうなのか」
「ただ、私どもはあくまでキリストの教えのをべ広めるためこの国に来たものであって、交易となりますとまた別のものが司っております。航海に関しましてもそれ専門の者がおります」
「この間八代に来ていた南蛮人か」
「はい。あの人々の上に総司令官とでもいうべき者が今平戸におりますが、我われのナウ船がこの博多の港に入れるかは、そのものでないと分かりません。また交易もすべてそのものが司っております」
「そうか」
関白殿下は少し何か考えていた。
「ではその者を博多に呼んでくれ。そしてその南蛮船で来るようにと。わしはまだそなたたちの南蛮船を見たことがない。あの昨日乗った船よりも何倍も大きいというのだから、ぜひこの目でみたいものだ」
「分かりました、まずはその総司令官に手紙を送って聞いてみます。そしてこの博多への航海や入港が可能だとその者が判断しましたならば、彼はきっとそのナウ船に乗ってこの博多を訪れるでしょう」
「おお、楽しみにしておるぞ」
それから奥の部屋に我われは通されて、夕食の接待を受けた。そしてもう暗くなってはいたが、関白殿下は以前と同様に小さな部屋で、黄金の道具を使って我われに茶を振る舞ってくれた。
最後に、例の教会建設予定地にとりあえず布教のできる小屋の建設をお願いして、我われは関白殿下の陣営を辞した。
フスタ船に戻ると、コエリョ師はカピタン・モールあてに今日の関白殿下の要請を手紙に認めた。そして翌朝にはそれを持たせて、修道士を二名を平戸へと馬で出発させた。
関白殿下からの長崎への帰還の許可は下りたものの、カピタン・モールからの返事か、あるいは自身が来るまでコエリョ師は長崎には帰れなくなった。私にとっては、『天主』から時間が与えられたようなものだった。
平戸のカピタン・モールの乗るナウ船がこの博多の港の姿を現すのを待ってはいたが、状況的に難しいと思うのは航海については素人である我われ司祭も容易に察していた。
ナウ船入港には、この博多の港の水深は足りない。
カピタン・モールが博多入港を無理だと判断してコエリョ師の手紙を黙殺するようなことがあったら、関白殿下にどう申し開きをすればいいのかコエリョ師も見当がつかないようで、コエリョ師もフロイス師も毎日いらいらして船上で生活していた。
4
そして二日後の水曜日、何人かの供をつれた一人の殿が、船の下から乗船の許可を求めてきた。
見ると、実によく見知った顔……ジュストであった。
「いやあ、このたびはご苦労さまでした」
私にとってなじみの顔であるジュストの来訪に嬉しくなってコエリョ師やフロイス師よりも私が先に声をかけた。この時ばかりはコエリョ師もフロイス師もイライラを隠し、丁寧に客人を持てなした。
「バテレン様方が博多に来られてからすぐにでも挨拶に来たかったのですが、諸事多端でどうしても体が空きませんでした」
「それは、ジュストが今や関白殿下の側近中の側近、なくてはならない人になっているからでしょう」
フロイス師もそう言いながら、ジュストにぶどう酒を勧めた。
「私も早くこの戦が終わって、明石に帰りたいし、大坂の屋敷にも戻りたいです」
ジュストはぶどう酒を飲みながら、ポルトガル語で話していた。だから、フロイス師がコエリョ師にいちいち通訳する必要はなかった。
「今回の戦争で、九州の殿たちはどのような感じになったのですか?」
コエリョ師が直接聞いた。
「だいたいは今までの領地を関白殿下に保証してもらったという形です。敵であった島津でさえです。新しくは黒田官兵衛殿、つまりドン・シメオンが豊前の領主になりました。豊後は大友宗麟殿の嫡男の義統殿が領有を認められ、大村は喜前殿が父君の領地を引き通ことが認められました」
「九州は大村がドン・サンチョ、有馬にはドン・プロタジオがいるし、豊後はドン・コンスタンティーノ大友殿、豊前にはドン・シメオン黒田殿、これは九州はほとんど信徒の殿で固められたという感じですな」
コエリョ師は、久しぶりにうれしそうな表情を見せた。
「完璧です。関白殿下は九州を五畿内と同様の盤石の体制にしたいと言われてました」
「盤石にするために信徒の殿ですか」
コエリョ師もフロイス師も笑った。この二人が笑うところを見られるなんて、そう滅多にあることではない。
「私もそこに加えてもらいたいくらいですが」
ジュストの発言に、私もまた珍しく口をはさんだ。
「いやいやいやいや、ジュストは大坂にいてもらわないと困る」
「そう言っていただけるとありがたい」
ジュストは照れて笑った。今度はフロイス師が口をはさんだ。
「ドン・フランシスコ、ドン・バルトロメウとそしてジュスト、この三人は日本の信徒の殿の三本柱だった。今や最初の日本の柱がなくなった以上、ジュストにしっかりと日本の教会を支えてもらいたい」
ジュストは大きく息を継ぎ、少し黙って遠くを見つめていたようだった。そして少し間を置いてから、真顔で我われ三人を見た。
「これだけ信徒の数も増えて、信徒の大名も盤石に配置され、日本のキリスト教は大いに発展していると言えるでしょう。でも私は心配があるのですが」
「何でしょう?」
コエリョ師は聞いた。
「こんなに順調だと、絶対に悪魔が妨害しようとするのではないかと思うのですが、いかがでしょう」
「ジュスト」
刺すように、コエリョ師は言った。
「あなたがそのようなことを言いだす何か具体的な根拠があるのですか?」
「根拠?」
「悪魔が我われの宣教を妨害するために利用しそうな、そんな具体的な状況が起こり得るのかということです」
ジュストは口ごもった。そしてばつが悪そうな顔を模した
「い、いえ、特には」
そして、答えを濁した。
「あなたの予感ですね」
フロイス師が念を押す、ジュストはうなずいた。
「まあ確かに、順調な時は油断をしてはいけない。でも、悪魔がどんなに強くても、我われには『天主』のお力添えがある。ですからジュスト、我われといっしょに祈ってください」
諭すようにフロイス師は言う。私などよりもフロイス師の方が、遥かにジュストとの付き合いは古いのだ。
それからまた少し、ジュストは何か考えていた。
「関白殿下が、この船をもし所望したら?」
これにはコエリョ師もフロイス師も互いに顔を見合わせて、首をかしげていた。そしてコエリョ師が言った。
「それは無理だ、絶対にできない」
「あなたはなぜそうのようなことを?」
フロイス師が聞く。
「いえ、特に。ただ、関白殿下が所望するならば、やはり差し上げた方が……」
せっかく機嫌がよかったのに、コエリョ師もフロイス師も顔を曇らせてしまった。そしてジュストがそろそろ戻ると言いだした時には、簡単な札をしただけで船室に入ってしまった。
残された私は、ジュストを船の外まで送った。
そして港に降り立ったときに、聞いてみた。
「ジュスト、あなたが先ほどあのようなことを言われた裏には、何か言いにくい状況があるのではないですか?」
ジュストは立ち止まってうつむいて、そして目をあげた。
「たしかに。私はここ数日、関白殿下からいろいろと詰問されています。まずはこの船です。なぜこのような軍船をイエズス会は所有しているのかとか、長崎に行ったものがいろいろ報告したそうですが、長崎がほとんど要塞化しているということにも懸念を示しております。それよりも何よりも、長崎がイエズス会の知行地となっている件、長崎を見て関白殿下に報告したものの目には、長崎はほとんど異国の領土になっていると報告したそうです。私はそういうことではないとだいぶ力説しておきました。ところが、関白殿下は実際に見てきたものの報告だけを鵜呑みにされています。そして私に、おまえは長崎を見たわけではないだろうと言われました。たしかに、私は実際に長崎に行ったことはないので、分が悪い」
ジュストは少し目を伏せた。
「あくまで他の寺社の知行地と同様で、寄進を受けただけだと私は説明しました。でも、関白殿下は言うのです。たとえそうでも、外国の組織であるキリスト教会が日本の土地を所有するのは問題があると。長崎が軍事要塞化しているということは、まるでイエズス会が日本の一大名のようになってしまっている感があるし、ましてやそれが外国人であるなら、日本の土地の一部が外国の領土になってしまっているのではないかと懸念しておられます」
「いや、我がイエズス会は特定の国に所属しているわけではありません」
「それは私も分かっています。だからそう申し上げたのですが、なにしろ関白殿下は南蛮といえばポルトガルしかご存じではない」
それは仕方がないかもしれない。スパーニャが来たのはつい最近のことで、これまで日本にはポルトガルしか商人は来ていないからだ。
「さすがにコエリョ殿にこういったことを申し上げるのは憚られた。せめて関白殿下の疑惑を解くためには、この船を献上するのがいちばんよかったのですが」
「あの人の性格では、無理でしょうね」
私は思ったことを率直に行った。さらにあの司祭の、聖職者にはふさわしくないような腹のうちも少し分かっているが、今ここでそれをジュストに言うのはやめた。ジュストの純粋な信仰心を傷つけたくもなかった。
「関白殿下は表面では教会に対して寛容で、大いに支持しているようにふるまっていますが、実は何を考えているか分かりません。その点、まだ織田の上様の方が、お心うちが透明だったと言えます」
我われはポルトガル語で話していてよかったと思った。こんな話を博多の港で白昼堂々と話していたら、大変なことになっただろう。ジュストのすぐそばに控えている供の者に聞かれてもまずい。
「でもそうだとはっきりと言えないので、私はさっきコエリョ殿に、悪魔の予感などとぼかした言い方をしたのです。関白殿下が悪魔だというわけではありませんが、今の状態だと大いに悪魔に利用される隙がありますね」
私は大きくため息をついた。
「コニージョ神父!」
船の上から私を呼ぶ声がした。フロイス師だ。
「九時課の時間です」
午後三時の聖務日課だ。私は戻らざるを得ない。
ポルトガル語で話していても、船の上からは遠いので、彼らに我われの話が聞かれたことはないだろう。
ジュストには礼を述べて、この場で別れた。




