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とある司祭(パードレ)の憂鬱(メランコリア) ~聖なる侵略者~  作者: John B.Rabitan
Capitolo 11 La decisione di un Padre(とある司祭の決断)
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Episodio 6 Morte de Dom Bartolomeo(ドン・バルトロメウの最期)

                  1


 長崎に着いて十日ほどして聖霊降臨の祭日となり、その頃になるともう5月も中旬を過ぎ、時には汗ばむことすらあった。

 そしてその次の週の三位一体の主日には、前日に大村からルセナ師が来た。まだ三十代の若い司祭だ。そのルセナ師とも私は五年ぶりの再会である。三位一体の主日のためにわざわざ来たのだということだった。


「人手が足りないのです。司祭は一人も多い方がいい」


 そう言ってコエリョ師は喜んでいた。


「でも、あまり長居はしていられなのです。ミサが終わったらとんぼ返りです」


「何かあったのですか?」


 フロイス師が聞く。


「ここのところ大村の殿のドン・バルトロメウが気分がすぐれないということで、寝込まれていることも多いのです。ただ、今日は三位一体の主日なので長崎に行きたいと願い出ましたら、今日は体調もいいので行ってきていいけれど、終わったらすぐに戻ってほしいとのことなんです」


「そんなお悪いのですか」


 ルセナ師は、フロイス師を見た。


「のどが痛いと言われてましたけど、時々血を吐かれましてどんどん衰弱してほとんど寝たきりです」


「それはお気の毒な。まだお若いのに」


 フロイス氏はそう言う。私がかつてドン・バルトロメウにお会いしたときはかなりご高齢の方のように思っていたが、たしかにフロイス師やコエリョ師よりかは若い。

 明日のミサで司式をするアントニオ・ロペス師も、話を聞いてそこに顔を出した。


「明日はミサの中で、ドン・バルトロメウのために祈りましょう」


 そうして、翌日には三位一体の主日のミサが厳かに行われ、町からも多くの信徒クリスティアーニが参列していた。

 そのミサが終わった頃である。長崎の町に馬の蹄の音が響いた。そのまま教会の庭まで馬で乗りこんできたのは、一人の若い武士サムライだった。


「バテレン様! バテレン・ルセナ様はいいんしゃってますか?」


 大声で司祭館の方へ庭から呼ぶので、すぐにルセナ師は何事かと出てきた。


「おお、ペトロ、どうしました?」


 ペトロと呼んだということは大村の殿の家来の信徒クリスティアーノのようだ。


「昨日、昨日……大殿がみまかられました」


 ルセナ師は大声を挙げて驚き、その場に泣き崩れた。


「昨日は気分もいいから、私に長崎に行ってよいと言われていたのに……」


 何ごとかと出てきたコエリョ師やフロイス師も、その言葉に呆然としていた。ルセナ師はすぐに手を合わせ、庭の土の上にひざまずいて祈っていた。


「実はその後すぐに容体が急変されましたけん、すぐにバテレン様ば呼び戻すための使者が出たとですばってん、どっかで行き違いになったとかで、戻ってきたらそのすぐ後で……」


 使者のペトロも馬から降りて、うずくまっているルセナ師の近くで屈んだ。


「すぐにお行きなさい」


 コエリョ師がルセナ師に言った。


「私たちも後ですぐに行きます」


 ドン・バルトロメウは日本で最初に信徒クリスティアーノになった殿であるし、この長崎の土地をイエズス会に寄進してくれたのもドン・バルトロメウだった。

 ペトロと呼ばれた武士サムライとルセナ師、そしてルセナ師が連れてきた修道士は馬を並べてすぐに浦上の方へ向かった。

 コエリョ師とフロイス師はすぐに支度をはじめ、私にも同行するように言った。留守番はロペス師とディアス師だ。


 大村は馬を飛ばせば昼過ぎに出ても暗くなる前には着く。今の季節はだいぶ日が長くなっているし、またこのあたりは都よりも暗くなる時間が二十分ほど遅い。

 あとは船に乗る港……たしか時津とかいったが、そこで船があるかどうかだ。それはもう『天主様ディオ』にお任せだった。

 幸い先に出たルセナ師も船に乗っていったであろうにもかかわらず、すぐに我われの船もあった。

 船はどう見ても絶対的に湖にしか見えない大村湾の鏡のような海上を滑り、やがて見覚えのある巨大な十字架が見えてきた。

 

 我われは一度大村の教会に行った。

 そこには久々に会うレオン師、そして私にとっては初対面のジョルジェ・カルヴァリャール師という司祭がいて、ルセナ師はドン・バルトロメウが亡くなった隠居所の屋敷にいるといった。

 我われも馬をつなぐとすぐに教会から坂口という所にあるその屋敷に向かった。教会からお城の城門までは徒歩でも一分もかからない至近距離だが、そのお屋敷は北の方へ歩いて四十分くらいかかる、ほんの少し海から離れた所にあった。

 そんなに大きくない屋敷なのだが、そこにお城の家来たちや教会から駆けつけた修道士たちがあふれていた。我われが着くと皆庭に出て、場所を我われに譲ってくれた。側にはルセナ師だけがいた。


「終油の秘跡は?」


 コエリョ師が聞くとルセナ師はうなずいた。


「いつ何があるか分かりませんから、すでに済ませてありました」


「それはよかった」


 コエリョ師とフロイス師、そしてルセナ師が遺体の前に並んで座り、その後ろに私も控えて使者のための祈りを捧げた。ほとんど感情を表さないフロイス師さえ、この時はさすがに涙ぐんでいた。

 故人の十八歳になる長男のドン・サンチョは、今は関白殿下の武将として島津との戦争に参加していて不在だ。本当ならば関白殿下に大村家の所領の保証をしてもらうためにドン・バルトロメウが参戦しなければならなかったのだが、病気であるので息子のドン・サンチョが父の代理として戦争に加わっていた。


「二、三日前でしたか」


 祈りが終わってからルセナ師は、涙ぐんだままコエリョ師やフロイス師にに言った。


「ドン・バルトロメウはもうご自分の最期を感じていたのでしょうか、お城から家来の代表格の人を呼んで、それでこう言ったのですよ。『あなた方を今日呼んだのは、私を忘れた時に思い出してもらうためではない。あなた方がイエズス様の御名をしっかりと心に刻んでおくためだ。私の心の中には、常にイエズス様の御名がある。私がいなくなっても、主キリストはいつでもあなた方と共におられる。そのことを忘れないでほしい』と、それがお城の家来の人たちへ遺言となりました」


 この話に、また皆一層の涙を誘うのであった。自身も病気でつらい時には、キリストの受難の道行きのことをいつも思い祈っていたとも言っていたそうだ。


 我われはルセナ師を残して一度教会に戻り、翌日教会でこれ以上はないほどの盛大な葬儀を執り行うべく準備を始めた。

 そして翌日の早朝、坂口のドン・プロタジオの居館から葬儀の列が教会まで続いた。ドン・プロタジオのひつぎを家来衆たちが八人で担ぎ、その脇を妻のドンナ・マリア、そして戦争に行っている長男以外の幼い息子や娘が従った。


 大村の町に修道士たちの聖歌が響き、それが余計に悲しみを誘った。沿道には多くの市民が最後の別れをし、嗚咽にむせび、中には号泣するものもいた。

 彼らは一人残らず信徒クリスティアーニである。


 葬儀ミサの司式は普通なら大村の教会の主任司祭であるルセナ師のはずだが、異例破格のこととして準管区長であるコエリョ師が執り行った。ドン・プロタジオの功績を考えたら、それは当然のことだと誰もが思っていた。

 狭い教会にお城の家来が数百人も押し寄せて入りきれなかった。彼らもまた全員が信徒クリスティアーニである。そしてここにも城下の市民がどっと押し寄せて、身動きがとれないほどであった。


 私は五年前にここで過ごしたナターレ((クリスマス))の夜のことを思い出していた。あの夜も町中の群衆が教会に詰めかけ、そしてミサの合間にはその日だけ解放されたお城の門内で日本人の信徒クリスティアーニだけによる日本語のキリスト聖誕劇が上演された。


 今日は悲しみの中で人々は集っている。

 そして厳かに、葬儀ミサは始まった。


「真理の源なる『天主デウス』、主は御大切のまなざしをわれらに注ぎ、尊きみ教えを示してこれを信ずる恵みを賜いたれば、願わくは主のみ言葉に頼りて信仰の道を歩みしこのしもべ、バルトロメウの霊魂に御約束の報いを与え、御国みくににおいて限りなき福楽を得しめ給え」


 コエリョ師の祈りの声が聖堂に響く。聖堂にひしめくドン・バルトロメウの家来たちや庭につめかけて領民たちはそれがラテン語なので意味は分からないだろうが、それぞれに人々の胸を打ったようだ。

 福音書エヴァンゲリウム朗読は「ルカ伝」で、その後の説教はここだけラテン語ではなくポルトガル語で行われ、フロイス師が通訳した。

 聖体拝領はあまりにも多くの人が想定外に押しかけていたのでホスチアの準備がなく、堂内の家来のみとなり町衆の一般信徒クリスティアーニの人々には霊的拝領ということでお願いした。

 ひつぎへの献花は妻と息子、娘の親族に限定した。


「主よ、真心もて願い奉る。我らの祈りに御耳を傾けて、御慈しみを垂れ給え。主のお召しによりて逝きししもべ、バルトロメウの霊魂を、平安と光明との御国みくにに迎え、諸聖人の栄えに加え給わんことを、われらの主キリストによりて願い奉る」


 ミサの最後は、コエリョ師のこの祈りで締めくくられた。人々はそのラテン語が分からないまでも、みごとに「アーメン」と唱和した。


 遺体はそのまま、この教会の墓地に埋葬される。日本では仏教の影響で火葬が多いが、教会では土葬である。


 葬儀が終わり、もう一日大村で故人の妻子や家来たちと語らって、明日は帰ろうとコエリョ師は言っていた。

 せっかく来たのだからもっとゆっくりしたかったが、今週の木曜日が聖体祭である。長崎では特に盛大に聖体祭の行進が行われるであろうし、その準備も必要だ。

 とりあえず信徒たちが帰った後の急な静けさに包まれた教会で、我われは司祭館で疲れをいやしていた。


 聖体祭か……と私は思う。日本に来て初めての聖体祭は高槻で迎え、そのものすごい数の信徒の行列に度肝を抜かれた。今年は初めて長崎でそれを迎える。ここ、大村でもあれだけ盛大にナターレ((クリスマス))を祝ったのだから聖体祭も盛大であろうと思うが、それについてルセナ師は首を横に振った。


「今年はミサのみにして、聖体の行列は自粛しようと思います」


 聞くと、日本には「」といって、身近な人が亡くなった後は一定期間華やかな行事は自粛するという風習があるという。


「それは仏教か神社の風習でしょう? この大村の領民は百ポルセント((パーセント))信徒クリスタンスでしょ。こだわることはないのでは?」


 これがコエリョ師の意見だ。


「しかし」


 私は思わず口をはさんだ。


巡察師ヴィジタドールヴァリニャーノ神父様パードレ・ヴァリニャーノは現地適応主義を…」


 私がそこまで言いかけた時、コエリョ師はじろっと私を睨んだ。そしてすぐにフロイス師が手で、私の発言を制した。

 だが、私は黙ってはいられなかった。



                  2


 私がまだ話を続けようとしたその時、教会の外で蹄の音が響いた。

 見ると、長崎の教会の日本人修道士が馬で駆けつけてきたようだ。日本人の修道士ならば、一人で外出してもイエズス会の規約に反しない。


「関白殿下からの書状が参りました」


 彼は船ではなく、陸路を馬で飛ばしてきたようだ。

 司祭館の一室で、コエリョ師やフロイス師の前にその修道士は座り、書状をまずはフロイス師に手渡した。フロイス師はその文面を読むと、内容をポルトガル語にしてコエリョ師に伝えた。


「豊前で秋月殿と戦ってそれを降した関白殿下は、すでに肥後の隈本クマモトに入った。間もなく阿蘇にも近い八代ヤツシロという所に参るので、その地で司祭たち(パードレス)とお会いしたい。ついては船団を迎えに長崎まで遣わすので、それにてまいられよ。そういう趣旨ですね」


「何?」


 これにはコエリョ師も驚いていた。


「関白殿下からの船はいつ?」


「明日には着くのではないかと」


 コエリョ師は立ち上がった。


「すぐに戻ろう」


 日はまだ高い。陸路で馬を飛ばせば何とか暗くなるまでには長崎に着くだろう。そうでないとまずい。今の時期は月が出るのも遅い。暗くなって少したってからでないと、満月よりも少し欠けた月は昇ってこない。


 後のことはルセナ師に任せて、コエリョ師をはじめ我われは馬上の人となった。

 その時、教会からすぐそばに見えるお城の城門の方で、ものすごい騒ぎがしている様子だった。多くの人の群れがぶつかり合い、怒声が飛び交い、もみ合う姿も見られた。

 大勢の領民たちと同じく大勢の城の武士サムライたちがぶつかっている。なぜか領民たちの方がお城の門から出てきたようにも見受けられる。

 我われはむしろ唖然としてしまった。

 やがて領民たちは固まりとなって教会の方へ向かってくる。しかもなぜか殺気立っている。よく見ると、領民というよりもボロボロの服をまとっただけの、あまりきれいとはいえない人々であった。


「バテレン、出て行け! キリシタン、死ね!」


 その人々は声々に叫んで、何人かはこの教会に向かって石を投げてきた。まだ遠いので当たらなかったが、お城の武士たちが刀を抜いてその人々と教会の間に入り、防御してくれている。

 石がいくつか武士の頭に当たった。武士たちは刀を反対にして、刃がない斬れない方で暴徒たちの頭を殴って気絶させている。だが、お城の中から次々に暴徒は出てきて、その数は二百人ほどはいるのではないかと思われた。


「おまんら、大殿様の恩を仇で返すとね!」


 武士たちが叫ぶと、暴徒たちは嘲笑した。


「なんが恩ね。恨みはよけいあるばってん、恩なんてなか!」


「そうたい! おらのおとうも兄いも、大殿に殺されたとばい。ねえは南蛮さん売られた」


「おらの娘も売られたと」


「おいらの村ではお寺が焼かれて、坊さんも大殿に殺された」


 どうも彼らは信徒クリスティアーニではないようだ。


「ええい、黙らんね」


 武士たちはそれに向かって一喝している。


「大殿様は天国に行きなさる前に、『天主デウス様』の御大切のお心を分かち与えようと、本当なら南蛮に売られるはずのおまんらをすべて許して村に返そうとありがたかお心で今日おまんらを解き放ったとばい。そのご恩も感じずに」


「当たり前たい。恩どころか、俺らはみんな大殿が憎か! バテレンが憎か! キリシタンが憎か! 南蛮が憎か!」


 暴徒たちは武士たちに遮られながらもそれを押して、じわじわとこっちへ来る。日本語が分からないコエリョ師は、ただ茫然としたままだ。

 その武士の中から馬に乗ったものがこちらへ駆けてきた。


「バテレン様方! 早うお逃げなされ! お護りば致す!」


 その武士に促されて、我われは馬の尻に鞭を当てた。かなりの速さで駆け始めた馬につかまってその場を後にすると、いっしょに走っていた武士も併走してきた。

 そして暴徒たちが人の足で走ってでは追いつけないであろうところまで来ると、とりあえず馬を停めた。コエリョ師もフロイス師も、馬上で肩で息をしている。

 そして武士に向かって、コエリョ師はポルトガル語で言った。


「あの騒ぎは何かね」


 フロイス師がそれを通訳する。武士は言った。


「あん者たちは捕らえられてお城の牢に入っとった捕虜ですたい」


 私はそれを聞き、かつての竜造寺との戦争か今回の薩摩との戦争での捕虜かと思った。

 だが、そうなら我われの教会を恨んで攻撃してくるというのはおかしい。


「大殿様は間もなく天に召されなさることがおわかりになっとったみたいで、あの捕虜たちば許して釈放せいと命じられたのござる」


 その話をフロイス師の通訳を通して聞いたコエリョ師は、あからさまに顔を曇らせた。


「なるほどあの暴徒は、奴隷として近々平戸へ護送する予定だったものたちではないか。ドン・バルトロメウも私に無断で勝手なことをしてくれたものだ。これでは平戸のイスパニア商館やポルトガルのカピタン・モールに対して私の面目が丸つぶれだ」


 この言葉は、フロイス師は通訳しなかった。だが、私は何度も耳を疑った。


 ――この人は何を言っているのか……


 私の聞き間違いだと、切実に思いたかった。


「あの襲ってきたものたちは、何の捕虜なのですか?」


 私は少しとぼけたふりを装って、フロイス師に聞いてみた。


「何を今さら言っているのかね。ドン・バルトロメウの領内で、洗礼を受けるのを断固拒否し、福音宣教を妨害したものたちですよ」


「その者たちを、奴隷として売り飛ばしていたのですか? コエリョ神父(パードレ・コエリョ)、あなたが!」


 私は語気を荒くした。


「人聞きの悪いことは言わんでもらいたいですな」


 コエリョ師が、ますます私を睨む。


「私は聖職者ですよ。奴隷を売ったりするわけがない。売っているのは信徒クリスタンの殿たちだ。私はちょっとお手伝いをしたまでだ。なにしろ若い娘だと、五十人で銃の火薬ひと樽が手に入るからね。だから彼らは売る。彼らが売るからポルトガル人も買う」


「ちょっと手伝いって、立派な仲介者ではないですか。かつてポルトガルの国王陛下が、日本での奴隷貿易は禁止したはずでは?」


「もうその時の国王はこの世におられない。今はイスパニアの王がポルトガル王だ。それに、奴隷となった者にはキリストの教えと接する機会が与えらる。これは『天主デウス』のみ恵みではないですかね」


「そんなの詭弁でしょう」


「君はちょっと黙りたまえ」


 フロイス師がきつい口調で私に言った。そんな会話を聞き取れないお城の武士は、我われが何を話してもめているのか気になっているようなので、とりあえず私は一度黙った。


「暗くなるといけない。もう行こう」


 コエリョ師が立ち上がった。フロイス師が武士に礼を言って、ここから帰らせた。

 それからは、かなりの速さで皆で馬を飛ばした。

 その間も、私はずっと気になっていた。

 かつてリスボンからゴアに向かう船が、モサンビーケでかなりの数の現地の人を積み込んでいた。あれが全部奴隷だったのだ。ヤスフェもそんな中の一人だったはずだ。

 我われが比較的快適に過ごしていた船旅の、その同じ船の船底にはそういった売り買いされる奴隷たちが、ひしめき合うように鎖で繋がれて詰め込まれていたのだ。

 もうすっかり忘れかけていたが、あのモサンビーケで聞いた女の歌を今さらながら思い出した。


 そんなことと同じことが、この日本でも行われていた。しかも、イエズス会がそれにかかわっていた。

 もちろん組織だってやっていたわけではなく、コエリョ師が個人としてそれに手を染めていたにすぎない。しかし、この人は準管区長である。誰も個人の行為とは思わないだろう。

 フロイス師もまたスープと浸したパン((同じ穴のむじな))らしい。

 そしてもう一つ思い出したのは、マカオで日本からの定期船が着いた時にその船から鎖に繋がれた大勢の日本人が降ろされてきたことである。その時は何が何だかわけがわからなかったし、アルメイダ師に見るなと目を隠された。


 切実にこの現状をヴァリニャーノ師に伝えたい、と私は思った。恐らくヴァリニャーノ師は激怒するだろう。だが、個人で海外に手紙を書くことはできない。手紙は総て準管区長が検閲する。カピタン・モールに内緒でことづけることもできなくはないが、それは定期船出航の時にその場にいなければ無理だ。

 とにかく都に帰ったら、オルガンティーノ師には絶対に伝えようと思う。オルガンティーノ師もまた激怒するだろう。

 それにしても、私が初めて大村を訪れた時に覚えた違和感はこれだったのだ。

 家来だけでなく領民全員が信徒クリスティアーニだと聞いて、あまりにもうまく行きすぎると思った。

 この仏教徒が多い日本で、領民を一人残らず改宗させるなど至難のわざだろう。豊後の府内や臼杵でも、領民全員が信徒クリスティアーニだったわけではない。

 高槻に関しては領主のジュストの人柄を考えると、ほぼ九割がたが信徒クリスティアーニであるということに違和感はなかった。

 だが、大村は違う。そこになんか不自然さを感じていたが、要はドン・バルトロメウの強制力だったのだ。

 そしてそれでも改宗を拒んだ人々は弾圧、追放、挙句の果ては殺害、さらには奴隷として海外に売り飛ばす……そういうことだったのだ。火薬ひと樽を代価にして……。


 私はうすら寒くなってきた。前を見ればコエリョ師とフロイス師の馬の上で跳ねる背中が見える。できればこんな背中はもう見たくなかった。

 そうこうしているうちに、少し薄暗くなった頃になんとか長崎に着いた。真っ暗になる前には、間にあった。


「明日はもう出発だろう。疲れた。寝る」


 コエリョ師は私を避けるように、司祭館の自室にさっさと籠もってしまった。

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