Episodio 8 L'isola di Shodoshima(小豆島)
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それから暑い日が続いた。
それでも教会のある場所は高台だし、まるで湖のような巨大な川のそばなので川風も入り、割と涼しかった。
学生たちは夏休みに入った。
夏休みとはいってもすべての学生が郷里に帰るわけではなく、神学校に残る学生もいる。家が遠方で帰省が難しい学生だが、そいういった彼らにとっては夏休みといってもただ授業がないだけで、生活は普段とあまり変わらない。
そんな長いと思っていた夏休みも、終わる頃にはとてもあっけなく感じる。もうすぐ新しい期が始まるということで、帰省していた学生たちもぼちぼちと戻ってきていた8月も下旬ごろ、小豆島に行っていたセスペデス師が、ジアン兄とともに戻ってきた。
「いやあ、あの島は本当に美しい。紺碧の海の中に浮かんでいて、それでいて周りにも多くの島があって、陸地にも近くて、絶海の孤島というわけでもない小さな島です。とにかく緑が美しい。あれはほとんど地中海ですよ。いや、間違いなく地中海だ」
ほとんど興奮して、教会の司祭館に入るなり彼はそうまくし立てたので、オルガンティーノ師も苦笑していた。
「ま、とにかく中へお入りください」
セスペデス師とジアン兄は、今日の昼過ぎに堺に着いたのだという。
彼らを休ませがてら、オルガンティーノ師と私は二人と話しに、彼らがいる応接間に向かった。
「ちょうど一カ月になりますね」
オルガンティーノ師と私も座って、床の上に円居する形になった。
「はい。最初は牛窓という港に向かいまして、そこで山口を目指す準管区長達とは別れて、我われ二人はアゴスティーノの船で小豆島に向かいました。いやあ、本当に美しい島ですね。そんなに大きくはないけれど」
たしかに淡路島ほど大きくはない。
こちは私は昔、ヴァリニャーノ師とともに初めて都に来た時に、小豆島には一泊しているから話を聞いて景色がすぐにまぶたの裏に浮かんだ。小さい島だけれど、島全体に小高い山があって、その下に港町があったのを覚えている。
「人びとがまた純朴です。都や大坂の人とは全く違う。全く信徒はいないと聞いていたのに、我われが乗って行った船がドン・アゴスティーノの旗を挙げていただけで、『領主様の船、領主様の船』とみんな大喜びでして、ドン・アゴスティーノはだいぶ慕われているのだなと思いましたよ。それで島の人々も我われに親しみを感じてくれたようで、ジアン兄が早速村の人通りの多い所に立って公教要理の話を始めましたら、まあどんどんどんどん人々が集まってきて話に聞き入るのですよ。大坂や都でこんなことやっても、誰も足を止めませんよね」
「たしかに」
オルガンティーノ師も相槌を打っている。
「まあ、ジアン兄が、お若いながらも話が上手だったということもあるのでしょう」
「いやいやいや」
ジアン兄は照れたように手を左右に振って否定していた。
「辻説法」
笑いながらも不意に、オルガンティーノ師は日本語の単語をぽつんと言った。
「そういうのを日本語ではツジセッポーというのです」
私が日本に来る前には、そういった方法が日本での福音宣教のやり方だと勝手にイマージネしていた。だが、実際に来てみるとそのような形での福音宣教は日本のイエズス会はしていなかった。今回初めて、もとのイマージネ通りの宣教方法を耳にしたことになる。
「みんな純朴で、そして素直なのです。ジアン兄の話に驚き、どんどん受け入れて洗礼を志願する者が初日で多数出ました。皆、間違いなく聖霊に満たされていたのです」
「聖霊といえば」
ジアン兄も口をはさんだ。
「私も不思議な体験でした。人びとの前に立った時、何を話そうかなどあらかじめ考えてもいなかったのに、公教要理の内容がどんどん口をついてい出るのです。私が自分で語った内容に、私自身がなるほどと思って感心したくらいです。これも聖霊の働きでしょうか?」
オルガンティーノ師はうなずいた。
「十分にあり得ます」
私とてミサで説教をするときに、何度も経験していたことだった。
「ただやはり」
セスペデス師が話を続けた。
「みんな異教徒ですから、これまでのそれぞれの信仰があります。多くの人は仏教徒ですが、やはり自分が所属する寺の僧侶にも話を確かめてみないわけにはいかないとのことでした。そして何日か後に、寺に行っていた数人の人々が我われの所に来て、僧侶とのやりとりを報告してくれました。まずはジアン兄から聞いた話を僧侶に尋ね、日本の神や仏はこの話の『天主』やイエズス・キリストによる救いと同等かあるいはそれ以上の救いをもたらしてくれるのかどうか問い詰めたそいうです。まともな答えができる僧侶はいなかったということで、彼らも我われのところに戻り、なんと僧侶までもが話を聞きに来ました。僧侶の信じる神や仏はあくまで観念のものにすぎないのに、『天主』は「在りて有るもの」、厳として実在する有力なお方であることを悟ったようで、なんと僧侶の職を捨てて改宗するといって、洗礼を志願してきました」
「小豆島の寺の宗派は?」
「真言宗だそうです」
オルガンティーノ師の問いに、セスペデス師はすぐに答えた。オルガンティーノ師は少し笑ってうなずいた。
「あの、根来衆の寺の宗派ですね。もし一向宗や法華宗の寺だったら、こうはいかなかったでしょうな。それにしても、怖いくらいに順調すぎる」
「いえ、それが」
セスペデス師がオルガンティーノ師の言葉を遮って言った。
「やはりどうしても我われの話を受け入れられないという人も一部おりました。ところが、その中の一人に悪魔がとり憑いたのです」
「悪魔?」
ちょうど、フロイス師が何でもかんでも悪魔のお邪魔のせいにするのはどうかと、私とオルガンティーノ師で話していたこともあったので、オルガンティーノ師は機敏に反応した。私とてそうだ。
「それまでは全くまともな温厚な漁師だった男が急に人が変わり、怪力で暴れ出し、髪は振り乱し、目をむき出してわけの分からない言葉で騒ぎだしたというのです。我われの住んでいた家から一里ほど離れた村でしたけれど、私とジアン兄はすぐに駆けつけました。驚いたことに、その悪魔はポルトガル語でわめき散らしていたのです。もちろん、その人本人はポルトガル語など話せるはずのない人だと、村の人たちは言っていました」
「それはもう、悪魔ですね」
オルガンティーノ師も認めざるを得なかった。
2
「それで、どうしました?」
「はい、私は司祭として十字架と聖水で、イエズス・キリストの御名によって悪魔退散を命じました。すぐに悪魔は離脱しました。やはりフロイス神父の言わるように、こういった目に見える形で悪魔の妨害が入るものなのですね」
オルガンティーノ師は、少し考えていた。そして目を挙げた。
「あなたがその悪魔を祓った結果は、どうでした?」
「村の人たちはみな私の力に驚いてますます信仰を深め、その悪魔にとり憑かれた男も含め最終的には一ヵ月で五十人ほどの島民に洗礼を授けてまいりました」
「そうでしょう。悪魔がとり憑いて表面に浮き出たために、かえって『天主』の栄光を人びとの前に示すことになったのですよね。これは悪魔の妨害というよりも、やはり『天主』様のみ仕組みでしょう。誰の心にも悪魔は入りこんでいますけれど、表面に浮き出ることはありません。でも、その男は悪魔が表面に出たということは、すべて『天主』様がそうさせたのです。『天主』様の許しがなければ、悪魔も表面には出られないはずですから」
私は、悪魔がとり憑いて、司祭がそれを祓ういということは話としては知っていたし、一応その方法も司祭として知らされていはいる。だが、目の前で見たわけではないにせよ、実際の話として聞くのは初めてだった。
「本当に、悪魔が表面に出るということはあるんですね」
だから、そんなふうにつぶやいた。
「この国でも、昔から事例はあるようですね」
さらりとオルガンティーノ師は言う。
「私は日本に来てから数年間は日本の古典や仏教を学び尽くしました。日本でも仏教の僧侶が悪魔を追い出しています」
「でも、イエズス・キリストの御名によるのではなければ、それはただの迷信にすぎないのでしょう?」
セスペデス師の問いに、オルガンティーノ師はうなずいた、
「たしかに。でも、浮き出てくる悪魔は同じものですよ。でも、日本では絶対的善の『天主』と対極的な絶対的悪の悪魔とは考えてはいない。その悪霊はあくまで人霊、人の魂なのです」
「え?」
私もセスペデス師も同時に声を挙げた。オルガンティーノ師は話を続けた。
「多くは死んだ人の霊魂で、それが人にとり憑いて障りをなす。それを日本では古来物の怪と呼んでいます」
私はやはりあの曲直瀬ベルシオール先生について仏教の諸派の教えを学んだので、なんとなく見当がつく。だが、セスペデス師にとっては理解の範囲を超えているようだ。
「そんな、人の霊魂が悪魔?」
確かに我われの知る範囲では人の霊魂は死んだらすぐに私審判を受けて天国か地獄に振り分けられ、また煉獄で苦しむ者もいるが、死後の霊魂がこの世に残って他人にとり憑くなどという話は聞いたことがない。
オルガンティーノ師は話を続けた。
「私もこの間それを聞いた時は驚いて、福音書をもう一度調べました。悪魔が出てくるのはイエズス様が弟子たちに教え始める前に荒野で断食をした際、イエズス様をさまざまに試みて誘惑してきた悪魔、これは本当の悪魔でしょう。でも、ガリラヤ湖の近くで墓場に住む悪魔憑きの悪魔を祓った話」
もちろんセスペデス師も私もよく知っている話なので、うなずいた。
「その時イエズス様は悪魔に『汝の名は何か』とお尋ねになり、悪魔は『我が名はレギオン』と答えていますね。このレギオンという名は、同じ話が載っている三つの福音書の中でも、マルコ伝とルカ伝にだけ出てくる名前です。もともとこれが悪魔の名前だと思われていました。でも、レギオンとはローマの軍隊の軍団のこととも捉えられます。そこから、この悪魔は一体ではなく軍団のごときおびただしい数の悪魔が一人の男に憑依していることを表していると考えられるようにもなりました」
それが、私も神学校で学んだ内容である。
「でも、この悪魔は悪魔ではなく人の霊魂で、生きていた時はローマの軍隊の兵士だった霊とも考えられます」
驚いた。間違ってもコエリョ師やフロイス師はこのような考えには至らないだろう。
「ですから、イエズス・キリストの御名による悪魔祓いも悪魔が人霊である可能性も考えて、無理やり命じるのではなく、その霊をサトして浄化し、改心させることによって救っていくのでなければ、かえって災いにもなる。イエズス様はこんな話をされましたね、『穢れし霊、人を出づる時は、水無き処を巡りて、休を求む、されど得ずして言う、“我が出でし家に帰らん”。帰りてその家の掃き浄められ、飾られたるを見、遂に往きて己よりも悪しき他の七つの霊を連れ来たり、共に入りて此処に住む。さればその人の後の状は、前よりも悪しくなるなり』と。『人を出づる』とは、無理やり追い出された状態です。霊は叩きだしても、浄化し改心させていなければ、また霊に憑かれていた本人がさらに浄まって昇華していなければ、霊はまた戻ってきて前よりももっと悪さをするということですね」
「ああ」
私は思わず声を挙げていた。どうもこの個所の意味が分からなくて、悩んでいたこともあったのだ。
「イエズス様の場合は、さすがに我われとはケタが違いますから、追い出した霊を砂漠でさまよわせたりせずに、豚の群れに入れます。その豚がどうなったかは、ご存じですよね」
その豚の群れが一斉に湖に飛び込んで死んだことはよく知っている話なので、誰もがうなずいただけだった。
「ユダヤ人は豚肉は食べないから、豚を飼っていたなんて異教徒の土地なのかもしれませんけれど、ユダヤ人にとっては最も穢れた動物とされる豚にその霊を入れたのです。もちろん私たちはそんなイエズス様のようなことはできませんから、心してかからなければ大変危険なことになりますね」
理路整然としている。私はあらためて『天主』と今はマカオにいるヴァリニャーノ師に感謝した。
ヴァリニャーノ師が私を都布教区に派遣し、このオルガンティーノ師という素晴らしい司祭のもとに配属してくれたのだ。もし長崎にいて、あのコエリョ師やフロイス師とともにいたとしたらと思うと、ぞっと背筋が寒くなるのだった。




