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とある司祭(パードレ)の憂鬱(メランコリア) ~聖なる侵略者~  作者: John B.Rabitan
Capitolo 10 Il sogno di Naniwa(難波の夢)
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Episodio 6 Permesso missionario di Kanpaku(関白殿下の布教許可証)

                  1


 翌日、コエリョ師とフロイス師は堺へと戻って行った。その日の午後のうちに折り返し同宿が彼らの使いとして堺からやってきた。

 なんと、昨日のうちにドン・フランシスコはさっさと豊後へと船で帰っていってしまっていたそうだ。やはりドン・フランシスコにとっては、関白殿下に会うというのが目的だけだったようで、このまま聖体祭までこちらで過ごそうという頭はなかったようだ。


「まあ、はるばる豊後からやってきて関白殿下に窮状を訴えたくらいなのだから、国元での薩摩との争いも切羽詰まっている状態なのでしょう。大坂でゆっくりしている余裕などなく、ドン・フランシスコとしては用が済めば一刻も早く豊後に帰りたかったのだのでしょうな」


 オルガンティーノ師は、そう分析していた。結局私は、ドン・フランシスコとは会えずじまいだった。


 そしてあっという間に一週間が過ぎて、翌週の日曜の主の御昇天の祝日のミサにやって来たジュストから、聖体祭の行列パラータを大々的に執り行う許可が関白殿下から下りたという知らせがあった。

 聖体祭は木曜日であるから四日後である。季節も6月に入り、間もなく雨季の梅雨となるから天気も心配だった。

 現に御昇天の日の前日の土曜日などは、朝から一日ずっとまとまった雨が降っていた。その後しばらく天気は持ち直したので梅雨に入るのはまだ先のようだったが、6月になってもまだかっと暑くなるような日はなかった。


 木曜日当日も雲が多い天候ではあったが、雨が降るには至らなかった。高槻の教会のような大きな聖堂ではない大坂の教会だが、この日は都、高槻、堺の各教会の信徒クリスティアーノの代表の者が集まり、また河内に点在する信徒たち(クリスティアーニ)も多く参集した。さらには大坂城内の多くの信徒クリスティアーノの殿もほとんどがミサに与っていた。

 当然、人々は御聖堂おみどうには入りきれずに庭からの参列の者も多かった。ただ、高槻の教会は内部がエウローパの教会同様に椅子がならべてある状態だが、ここは日本のほかの多くの教会同様に祭壇の前は畳なのでその方がとにかく多くの人を入るだけ詰め込める。


 司式はコエリョ師で、ミサの中で祈願を行う所では関白殿下からの布教許可証が降りるようにと強く祈っていた。もちろんラテン語なので、参集している日本人の信徒クリスティアーノには、何を祈っているかは分からなかったはずである。

 聖体拝領も長蛇の列となり、ざっと七百人ほどがご聖体を頂いた。今日、この日のために今週は月曜日から、教会の台所では修道士や同宿たちによってホスチアを焼く作業で大忙しだった。

 ミサが終わると、いよいよ圧巻の行進である。大きな十字架を先頭に神学校セミナリヨの学生たちによる聖歌隊、そして四本の柱の天蓋の下には聖体顕示台オステンソリウムを持つコエリョ師、その後ろには我われ司祭団と修道士が続き、そしてそれに大勢の信徒たちが聖歌を斉唱しながら続いた。

 天蓋の柱を持つのはその地方の領主ということになっているが、これはエウローパでは領主が異教徒という状況はあり得ないからであって、ここ日本では事情が違う。ましてや、まさか関白殿下に天蓋の柱を持ってもらうわけにはいかない。

 そこで関白殿下の家来の殿である信徒クリスティアーノ、すなわちジュスト高山殿、ジョアキム小西殿、ドン・シメオン黒田殿、ドン・レオン蒲生殿の四人で天蓋を持っていただいた。


 いつもは教会のある高台の上を一周して終わりだが、今回は行列は高台をお城の方へと下り、お城のお堀近くまで練り歩いた。沿道は見物する大坂の町の人々で埋め尽くされ、ちょっとした騒ぎだった。その中を、聖歌を歌いながら行列は進んだ。多くの大坂の町民に十字架と、御聖体を見ていただく格好の機会だった。

 もちろんお城の警護の武士たちには関白殿下から下知が下されているので、行列を咎めるどころかむしろその安全を警備してくれていたりした。

 そして聖歌が響く空の向こう、堀をはさんだ石垣の上に黒い天守閣がそびえてお入り、その最上階から手筈どおりならば関白殿下が今この行列を見下ろしているはずだ。

 都の教会での同じ行事の行列は人数も少なく、また周辺の住民からは何か珍しいことをやっているなあくらいでほとんど関心を示されなかったのとは大きな違いであった。

 

 こうして聖体祭コルプス・ドミニも終わったその翌日の夜から、雨になった。


「『天主デウス』様が仕組んで、雨を止めていてくださったんだなあ」


 教会の窓から滴り落ちる雨を見ながら、オルガンティーノ師がつぶやいた。コエリョ師とフロイス師は聖体祭コルプス・ドミニが終わり、教会暦も「年間」に入るととまたさっさと堺へと帰っていった。


 いよいよ布教許可証を頂くための交渉が始まるのだが、ほとんどオルガンティーノ師にまる投げしているという感じだった。

 まずはドン・ジョアキムからその奥方のマリア・マグダレナへ、関白殿下への取り次ぎを北政所様にお願いしてもらうよう伝えてもらうのが最初だ。

 次の日曜日にオルガンティーノ師の依頼を受けたジョアキムが城中に戻ってから、しばらくは何の音沙汰もなかった。

 うまく頼めたのかどうか、妻のマリア・マグダレナは快く引き受けてくれたのだろうか、全く情報が来ないのでオルガンティーノ師も焦りを覚えているのではないかと思った。

 だが、たとえそうでもそれを表に出すような人ではなく、いつも通り明るく高らかに笑って時を過ごすオルガンティーノ師であった。


 この週は月曜、水曜、木曜と雨の日が多く、いよいよ梅雨に入ったということが実感させられた。

 そのマリア・マグダレナからの知らせどころか、次の日曜日の十五日にはマリア・マグダレナ本人が夫のジョアキムとともに主日のミサに与るために教会に来た。

 やはり異教徒の北政所様のおそば近くに仕えしているだけあって、日曜ごとに暇をもらって教会に来るのは難しいようだ。

 そもそもこの国の人たちは曜日というものを知らないので、ましてや異教徒だと毎週日曜日というのがなかなか理解してもらえない。

 ミサが終わると、早速ドン・ジョアキムとマリア・マグダレナの方からオルガンティーノ師のもとへ来た。オルガンティーノ師は二人をすぐに司祭館の広間の方へと案内し、私とセスペデス師も同席した。


「いやあ、家内も北政所様のお付きとあっては、夫である私でさえよう会わんです」


 弁解めいてジョアキムは言ったが、たしかに夫婦といえども城の中で働く部署が違えば会えないだろう。


「ほんに申し訳ありません。今日のごミサのためにやっと政所様からお暇を頂戴しまして、昨夜屋敷に戻りましたら突然主人からお話を伺いました」


 マリア・マグダレナも昨日初めてこの件を耳にしたというのだ。


「そうですか。では、詳しい話もお聞きしましたね」


 オルガンティーノ師が念を押すと、マリア・マグダレナはうなずいた。


「はい」


「では、この話、いかがでしょうか?」


「難しゅうございます」


 即答だった。さすがに簡単にいくとは思ってはいなかったにしても、いきなり言われてはオルガンティーノ師の顔も少し曇った。


「政所様の側近には、古くからの方々が三百人はいてはります。中には長浜からずっという方もいらっしゃいまして、政所様もそのような方々を厚く信頼しておられます。そしてその方々は、全部が異教徒でありまして、私のような新参のキリシタンの申すことなどお聞きくださるかどうか」


 しばらくオルガンティーノ師は何かを考えていたが、やがて優しく諭すように言った。


「まあ、やりもしないうちに決めつけるのはどうでしょうか」


「はあ」


「使徒パウロはその手紙の中で、“すべて『天主デウス』を信ずるものは辱められじ”と言っています。『天主デウス』様を信じ、イエズス様への信仰を口にする者には不可能はないのですよ。政所様にお願いするのも、関白殿下を説得するのもあなたではなく、あなたの中の聖霊なのです」


「聖霊、そのようなものが私に?」


「使徒たちはイエズス様が御昇天になってから十日後に天から下った聖霊に満たされました。二週間前のミサは、そのことを記念するミサでした。でも、あなた方は洗礼を受けた時に同時に、すでに聖霊に満たされています。使徒パウロはさらに言っています。“我らの受けし霊は世の霊にあらず、『天主デウス』よりでし霊なり。これ我らに『天主デウス』の賜いしものを知らんためなり。また我らこれを語るに人の知恵の教うる言葉を用いず、御霊の教うる言葉を用う。すなわち霊の事に霊のことばを当つるなり”と」


「はあ」


 マリア・マグダレナはまだよく理解できないという顔をしていた。ジュストのような人ならいざ知らず、修道士でもないこの国の一般信徒にはまだ話が難しいだろう。


「要は、『天主デウス』様にはおできならないということは一つもないということです。“恐るるなかれ。我、なんじとともにあり。驚くなかれ。我、なんじの『天主デウス』なり。我、なんじを強くせん。真になんじを助けん。真に我が正しき右手(なんじ)を支へん“。これは『イザヤの書』という本に書かれた『天主デウス』様のみ言葉、まさしく『天主デウス』様に感謝ですね」


「なんだかよく分かりませんが、力が湧いてきたような気がします」


 オルガンティーノ師はにっこりと笑った。


「想いは必ず形となって現れます。ただそこで忘れてはいけないのは、信仰と祈りです。信仰を告白しそして祈れば、『天主デウス』様は「在りて有る者」、すなわち厳として実在しお力のおありになる方、『天主デウス』様は必ずこたえてくださいます。()()です!」


 最後の言葉には、力が入っていた。マリア・マグダレナはなんとかうなずいてくれた。

 だが、オルガンティーノ師の言葉で彼女は希望を見いだしたことは、私にも感じられた。さすがはオルガンティーノ師である。

 もしこれがコエリョ師とかフロイス師だったら、悪魔の妨害が必ずあるから心して行けみたいなことを言って委縮させるに決まっている。コエリョ師とフロイス師はさっさと堺に帰ってくれてよかったと、私は内心思っていた。もちろん、そのようなことは口に出しては絶対に言えないことではあった。



                  2


 その二日後の火曜日、朝から雨が降っていた。

 その雨の中を昼過ぎにお城の方からということで、とある女性が傘をさして一人で教会を訪ねてきた。お城にお仕えする女官というような服装であったが、マリア・マグダレナからの内密の使いであるということだった。

 私はその時神学校の方で学生たちとともにいたが、緊急の用件だという同宿の知らせですぐに司祭館の方へ行った。

 オルガンティーノ師のそばには、すでにセスペデス師も来ていた。


「私がお使いで来たことは、くれぐれもお城の方々には内密にとわくさ様より仰せつかっています」


 わくさとはマリア・マグダレナの日本人としての名前だから、マリア・マグダレナの下で北政所様に仕える侍女だろう。


「実は政所様はわくさ様のお願いを快くお聞きくださいまして、バテレン様のためならば何でも致しましょうと、皆さんにとっては心強いお言葉をくださいました」


「おお」


 私たち三人の司祭は互いに顔を見合って、一斉に笑顔をこぼした。


「すばらしい!」


 オルガンティーノ師は感嘆の声を挙げていた。


「ただですね」


 侍女の話はまだ続く。


「政所様はそのような布教許可証をお願いするに当たっては、まずは下書きを関白殿下に示した方がよろしいのではないかと。ただ、皆さんがその下書きを書くというのはおかしな話なので、政所様が書いて関白殿下にお見せするのがいちばんよいとのことですが、なにしろ政所様はキリシタンではありません。ですから、やはり皆様方に書いていただきたいと。それを、皆さんがお書きになったことは伏せて、あくまで政所様がお書きになったということにして関白殿下にお示ししようとの御意向でございます」


 我われは、再度顔を見合わせた。


「分かりました。我われで協議して下書きを作成しますが、どのようにしてお城の政所様のもとへお届けしたらよいのでしょうか?」


「いえ、私がお持ちします。完成しますまで待たせて頂きます。それがわくさ様のお言いつけです」


「そう言われましても」


 そのような内容を今すぐここでぱぱっと書いて渡せるものではない。


「少々お待ちいただくことになりますが」


「はい」


 我われは侍女を残して、別室に移った。


「いや、困ったな」


 そういうオルガンティーノ師は、本当に困っているようだった。


「以前、織田殿からもらった許可証の内容は、覚えておいでではないですか?」


 セスペデス師が尋ねたが、オルガンティーノ師は首を横に振った。


「その布教許可証が出たのは私が日本に来る前の年のことで、私が都に来てから一度その許可証を見たこともあったけれど、なにしろまだ来たばかりで今のように日本語の文章がすらすら読めたわけではないので、内容もうろ覚えですよ」


 そう言いながらも、オルガンティーノ師は紙とペンナ((ペン))を持ってきて、記憶の糸をたどって書き始めた。


「まずは都の居住の保証と税の免除、織田殿の両国での滞在の自由の保障。布教を妨害する者への断罪、そんな感じでしたかな」


 書きながらオルガンティーノ師は、それを一つ一つ読み上げていった。


「今回もそれでいいのではないですか?」


 私が言うと、セスペデス師が口をはさんだ。


「準管区長に見ていただかなくていいですかね?」


「いや、それは無理だ」


 オルガンティーノ師が言った。


「今から堺に使いを走らせて呼びに行かせ、そして到着を待っていたらかなり時間がかかる。それから討議を始めたら、おそらく夜になってしまう。それまであのご婦人をお待たせするのは申し訳ない。日本全土にかかわることなら準管区長の職権だけれど、ここ都や大坂に関しては都布教区長である私にすべて任されています」


「では、今すぐ書きましょう」


 まずはオルガンティーノ師がペンナ((ペン))を日本の筆に持ち替え、今思い出した織田殿からの布教許可証の内容を基にして現在の状況もも加味し、新たな布教許可証の下書きを完成させた。

 それについてセスペデス師や私がいろいろと意見を言って何度も書き直したりしたものだから一時間以上もかかり、出来上がった下書きもかなりの長文で紙一枚にぎっしりという感じになった。


「やはりナティーヴォ((ネイティブ))の人に見てもらおう」


 オルガンティーノ師は日本人のロレンソ兄とヴィセンテ兄を呼びに行かせた。

 まずは目が不自由なロレンソ兄のために、ヴィセンテ兄がそれを朗読した。


「いや、長い長い」


 これがロレンソ兄の言葉だった。ヴィセント兄もそれを受けた。


「たしかに長すぎます」


「しかし」


 オルガンティーノ師が反論した。


「布教を許可する背景、いきさつを書いたらこれくらいにはなります」


「そのようなもの、必要ありませんよ」


 明るく笑って、ヴィセント兄は言った。


「確かにお国では法令や命令書はそういったものをこまごまと、そして長々と書くもののようですけれど、日本では要点のみを簡潔にびしっと書きます」


 そしてヴィセント兄は筆をとり、オルガンティーノ師が書いた文章を見ながら、簡潔な法令の下書きを書いた。


「一、我が領国内においては自由に『天主デウス』の教えを説くことを許すとともに、一切の妨害を与えるものを許さず。

二、南蛮寺およびそれに付随する施設は他の寺院に課すべき賦課を赦免するとともに、大名およびそのの兵力の宿泊所となさざること。

三、町中において寺院をも含むすべてのが負うべき課税を、バテレン等は外国とつくにの人(ゆえ)差し免ずべきこと。」


「おお、こんなに短く、簡潔に、しかも要点をついて書けるのですか」


 オルガンティーノ師は感嘆の声を挙げていたが、それでもまだいくつかの修正が入り、そのたびにヴィセンテ兄は最初からすべて書き直したので、結局またさらに一時間以上の時間を要した。


 かなりの長時間待たせた侍女のもとへ、オルガンティーノ師がその下書きを持参した。

 念のためそれを改めた次女は、目を丸くしていた。


「これを皆さんで? まるで日の本の人が書いた文字そのものではありませんか」


 オルガンティーノ師はいたずらっぽく笑っているだけで、実は日本人のヴィセンテ兄の筆であることは伏せておいた。


「さ、雲行きが怪しいので、降りだす前にお帰りになった方がいいでしょう。何とぞ、よろしくお願い申し上げます」


 オルガンティーノ師は、日本式に頭を下げた。



                  3


 その翌日、城から別の男の使いが来て、関白殿下からお話があるので明日にでも城に来てほしいとのことだった。しかも、重要な話なので準管区長もともにとのことで、オルガンティーノ師は早速堺に使いを走らせた。

 夕方にはコエリョ師とフロイス師は馬で大坂の教会にやってきた。

 昼ごろ軽い雨があったので道が湿っており、馬をは進めても砂埃が上がらずに済んだとのことだった。


 ところが翌日は、また朝から雨だった。梅雨だから仕方がない。堺の二人に大坂の三司祭の計五人の司祭のみで、蓑を着て徒歩で城へと向かった。

 今回は極楽橋を渡ってすぐ左の門から入り、表屋敷の玄関で我らは雨のしずくをぬぐった。

 通されたのは大広間で、すでに関白殿下の上位の家来たちが左右に列をなして座っていた。

 我われが関白殿下の御座に向かい合う形で座ると、そう待たされることもなくすぐに関白殿下は姿を見せた。秘書のドン・シモンとともにであった。


「いやあ、雨の中、ご苦労ご苦労」


 いつもの気さくな笑顔であった。笑うとその小さめの顔がしわでいっぱいになる。


「お呼び立てして済まなかった。実はかつて上様がバテレン殿方にキリシタン布教安堵の書状を与えられたが、その時は、フロイス殿、あなたに対してでありましたな」


 フロイス師は名指しで呼ばれて頭を下げた。


「あのときはわしも都の警備のためにその場に居合わせたが、まあ、あの頃から比べたらフロイス殿もわしも互いに年をとったものよのう」


 関白殿下は声をあげて笑い、めったに笑わないフロイス師も愛想笑いを少し浮かべた。


「そこでわしも上様に倣ってそこもとたちに安堵の書状を渡したいと思うが、」


 居合わせった我われの全員が内心で歓喜の声をあげ、本当なら躍り上がって喜びたい衝動にかられたが、皆冷静さを持ってそれを抑えていた。あくまで関白殿下には、我われは初めてそのことを聞いたというふうに装わなくてはならない。

 フロイス師の通訳でそれを聞いたコエリョ師も、深く頭を下げた。


「ありがとうございます」


 フロイス師がそれを通訳して関白殿下に伝えた。関白殿下を満足げにうなずいた。


「さて、ここにどなたが書かれたのやら、一通の草案がござる」


 関白殿下の手にあるのはまさしくオルガンティーノ師が発案し、ヴィセンテ兄が清書した下書きであった。


「非常によくできた草案で、ほぼこの通りでよいかと思われるが、二、三問題がござる」


 オルガンティーノ師が顔をこわばらせた。


「まず、他の寺院に課すべき賦課を赦免とあるが、まさかこの大坂や都でも、バテレン殿方にそのような賦役を課そうなどという者はいにゃあでよ。だからこの条項は無用だで」


「お待ちください」


 オルガンティーノ師が顔を挙げた。


「確かにそうではございますが、一応形にしていただかないと、あとあとに憂いを残します」


「ふむ」


 関白殿下は少し考えていた。


「わかった」


 オルガンティーノ師の顔がぱっと輝いた。


「ただ、この部分はまずいぞ。ここには『我が領国内において』とあるが、わしは日の本すべてを帝よりおあずかりもうしておる関白じゃ。いわばこの日の本すべてが我が領国だから。ここは『日の本全国において』とすべきだな」


 関白殿下のすぐそばに座っているドン・シモンの前には小さな机があり、その上には紙が乗っている。そして、関白殿下が目で合図すると、そドン・シモンはその紙に筆ですらすらと何かを書きだした。紙は二枚に及んだ。

 書き終わると、ドン・シモンは机ごと関白殿下の前においた。関白殿下は机の上の紙の一枚をとって、我われへと示した。そこには箇条書きの条文があったが、遠くて読めなかった。

 関白殿下はその書状を自分の方へ向け、読み始めた。


「一 伴天連之儀、日本国中いづれの地においても居住きょじゅう事是することこれ不苦くるしからず

一 伴天連南蛮寺及其住院に兵を留ムル義務(これ)無く亦仏寺に賦課せるがごとき一切の賦課はこれ可免事めんずべきこと

一 伴天連きりしたんの教えを説くに当たり乱暴狼藉(これ)有間敷事あるまじきこと

 天正十四年五月四日」


 読みあげてから関白殿はドン・シモンから筆を受け取り、その書状の最後にさらりと何か書いた。恐らくは署名したのであろう。さらに大きな印鑑を受け取り、朱肉をつけてしっかりと捺印した。

 関白殿下がもう一枚の紙にも同じように署名捺印している間、フロイス師は我われだけが聞こえるような小声で、ポルトガル語で言った。


「この国では本来署名する時は署名だけで、朱印を押す時は署名をしないのが普通です。それを、署名もして捺印もするというのは破格の待遇ですね」


 関白殿下は二枚の書状を我われに示した。全く同一の内容の書状だった。


「二通作成しておいた。一通はそなたたちが保管し、もう一通は天竺なりそなたたちの国元に送るとよろしい」


 これもまた、破格の待遇だそうだ。


「これでもうこの国でのキリシタン布教については心配ご無用、そんなたたちの思うがままだ」


 フロイス師がコエリョ師の耳元で小声でどのように振る舞えばいいかを伝え、コエリョ師はその通りに関白殿下の前に進み出てまた座り、折りたたんだ書状を受け取ると頭の上に頂いて、また元の座に戻った。

 それが終わってから関白殿下は一段高くなっている自分の席から立ち上がって、我われの近くにまで来て我われの至近距離にまた座った。

 そして、並んでいる殿たちの方を振り返って見た。


「そなたたちはもう帰っていいぞ」


 殿たちは立ち上がってぞろぞろと退出した。


「いやあ、堅苦しいのはここまでにして、またともに語りましょうぞ」


 関白殿下は気さくに笑って、主にフロイス師と互いの健康状態のことや、昔話、そしてフロイス師の通訳を通じてコエリョ師に九州の様子などを少し聞いた。

 さらには我われの国の話などを関白殿下は好んで聴いていた。さらにはゴアやマカオの話をも我われは織り交ぜて話し、気がつけばもう一時間以上、あるいは二時間近くも話しこんでいた。

 その途中で、女官が背の高い一本足のついた盆に乗せた果物を、我われのもとに運んできてくれた。


「北政所様からです」


 我われがまだ一度も直接には会ったこともない方が、今回の布教許可証下賜のために尽力くださり、今もまたこうして厚意を下さることがとてもありがたく感じた。


「北政所様は、どのようなお方なのですか?」


 これを機にという感じで、オルガンティーノ師が聞いた。関白殿下は声をあげて笑った。


「うちのかかあは嬶よ。わしがまだ足軽で長屋に暮らしていた時に祝言しゅうげんを挙げたのだが、その時以来の人生の相棒だがね。どうもあいつにだけは頭が上がらにゃあで」


 今回の件を北政所様に頼むというジョアキムの発案は大正解だったわけである。


「そうだ、ここで食事をなさって行くがよい」


「いえ、そんな厚かましい」


「何を、遠慮ご無用」


 関白殿下は大笑いしながら、そう言って遠慮したフロイス師の肩をぽんと叩いた。


「旧知の仲ではないか」


 関白殿下は手を打って、小姓を呼んだ。そして食事のことを言いつけているようだった。

 それからしばらくして、次々に我われの前に膳が運ばれてきた。日本式の一人ひとり別々の小さなお膳だ。そこには乗り切れないほどの山海の幸が調理されていた。


「さ、酒もありますからごゆるりと。わしは申し訳ないがこれで失礼する。後は皆さん方でどうぞ。酒も料理もたんと召しあがって、ごゆっくりなされてからそのままお帰り下され」


 その言葉を残して、関白殿下は別室へと退出して行った。あとは何人かの侍女と若い武士サムライが数名、我われへの給仕をしてくれた。

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