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とある司祭(パードレ)の憂鬱(メランコリア) ~聖なる侵略者~  作者: John B.Rabitan
Capitolo 10 Il sogno di Naniwa(難波の夢)
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Episodio 4 Stanza dorata del tè(黄金の茶室)

                  1


 それが、案の定である。

 翌日の月曜日の午前、城の方から関白殿下の使いとして関白殿下の秘書である信徒クリスティアーノのドン・シモンが教会にやってきた。応対に出たオルガンティーノ師と私、そしてセスペデス師は、彼の機嫌があまり良くないのをすぐに察していた。

 司祭館の広間で対座した彼は、開口一番に切り出した。


「昨日の準管区長様の言葉ですが」


 言いかけて、ドン・シモンは周りを見渡した。


「その、コエリョ様はまだおられるのですか」


「いえ、もう昨日のうちに堺に戻りました」


 オルガンティーノ師の言葉に、ドン・シモンは少しため息をついた。


「そうですか。実は関白殿下ははっきりとは仰せにはなりませんが、少々不快に思われたようですよ、あのバテレン様のお言葉には」


「あの件ですな」


 ドン・シモンが言う前から、オルガンティーノ師はすでに察しているようだった。いや、オルガンティーノ師でなくても、私もセスペデス師もすぐに見当がついていた。


「私もまずいと思って止めようとしたのですけれど、できませんでした。申し訳ないと思います」


 オルガンティーノ師はそう言って頭を下げた。


「私も関白殿下がからりのお志をお持ちだと知って驚いたのですが、もしそれが本当だとしたら諸大名も動揺するは必定」


 それは分かる。昨日の夜も、我われはそれについて話し合っていた。

 かつてカリオン師と織田殿との会見で、スパーニャによるアステカやインカ侵攻のコンキスタドーレスの話をしたことが昨夜も我われの間で話題になった。

 実はカリオン師がというよりも、カブラル師やフロイス師がすでに織田殿にそのようなことを吹き込んでいたようだ。

 だから織田殿は野望を持った。だが、そのことをいち早く察した明智日向殿が、身内同然の長宗我部殿と織田殿とのいざこざに加えて、織田殿のチーナ侵攻の野望を阻止するという意図で織田殿を殺した可能性は高いことはもうかねがね感じていた。

 そうなると、関白殿下が同じような野望を持てば、第二の明智日向が出る可能性は十分にある。


 我われの修道会の会則にもあり、ヴァリニャーノ師が厳に戒めたこの国への内政干渉を準管区長自ら破ろうとしているのではないかと、そんな話をオルガンティーノ師やセスペデス師と私は昨夜していたのだ。ましてや特定の殿への武器提供も、ヴァリニャーノ師は固く禁じていたはずだ。

 私がそんなことを思い出している間にも、ドン・シモンは話を続けた。


「バテレン様の方から関白殿下に武力を提供して協力するなどという申し出は、関白殿下のそのようなお心に油を注ぐようなもの。いや、困る、それは本当に困る」


 確かにその通りだ。


「でも、関白殿下はなぜご不快に?」


 セスペデス師が口をはさんだ。たしかにコエリョ師の申し出で関白殿下がシーナを攻略しようという野心を固めたのならば、武器の提供は関白殿下にとってむしろ好都合ではないかともいえる。


「関白殿下としては、あなた方が提供できるようなかなりの武力をお持ちであることを誇示しようとしたと受け取られた可能性もあります。唐入りに協力できるほどの武力、すなわち裏を返せば関白殿下に、いえ、この日本の国に対して対抗し得る武力が自分たちにはあるということを誇示しようとしたのではないかと、関白殿下がお考えになったとて不思議ではありません」


 本当に関白殿下はそこまで考えただろうか……それよりも我われにとって恐ろしいのは、もしかしてコエリョ師に本当にそのような意図があったのではないかということである。

 昨今のコエリョ師とフィリピーネのスパーニャ総督府との癒着のことを考えたら、十分にあり得る。その後どうなったかは分からないが、いずれにせよコエリョ師とフロイス師は何かを企んでいるようだ。


「実は昨日、関白殿下はバテレン様方を天守閣にも案内し、武器庫をも見せましたよね」


「はい」


「あれは実は当初の予定にはなかったのです。関白殿下は女中は別としてごく側近の心知れた人以外はあの天守閣に決してお入れにならない。それを外国人とつくにびとであるバテレン様方をその最上層までお入れ申した。これは異例なことです。だから下から普請の人足たちも見上げて驚いていたでしょう。それはバテレン様の武力の誇示に対抗してのことだと、十分に考えられるのです」


 つまり、関白殿下の方も自らの軍事力を我われに見せつけたということか。


「これはまずい状況です」


 オルガンティーノ師は私とセスペデス師に対して、ポルトガル語で言った。


「せっかくの関白殿下と我われの良好な関係がこれで悪化したら、福音宣教にも支障をきたす」


 そしてオルガンティーノ師は私を見た。そして今度はイタリア語で言った。


「申し訳ないが、今すぐにまたお城にいって関白殿下に会ってきてくれませんか。あくまで昨日の会見の御礼ということで、今の件には触れなくてよろしいから関白殿下の機嫌をも見てきてください」


 そして、オルガンティーノ師はドン・シモンを見た。


「昨日の御礼にバテレンをあなたに同行させたいのですが、関白殿下にお会いすることはできますか?」


 ドン・シモンは少し考えていた。


「今日でしたならば大丈夫でしょう、殿下も特にご予定はおありにならない」


 こうして私はドン・シモンが城に帰るのに同行して、ロレンソ兄とともにまた大坂城に登ることになった。



                  2


 我われはドン・シモンとともに、またあの屋根のついたきらびやかな橋を渡り、渡った所の左手に入り口の門がある表屋敷に通された。天守閣からはちょうど真下に見降ろされる位置にある。

 昨日よりは少し小さい部屋で、私とロレンソ兄は待たされた。ここも内装は黄金を基調とした色とりどりの極彩色で飾られた豪華な部屋だった。


 あまり待たされずに、関白殿下は姿を見せ、我われのそばに座った。私は関白殿下が昨日のコエリョ師の発言に不快感を示したと聞いていたので、幾分緊張した心で顔を挙げた。

 ところが関白殿下は、昨日にも増してにこやかな笑顔で我われを見ていた。


「いやあ、わざわざまた来てくださって、むしろこちらの方が恐縮してしまうでぃああも」


 やけににこにこしている関白殿下の顔を間近に見て、我われも緊張が一気に解けた。


「どうです。あなた方のいちばん偉いバテレン殿、コエリョ殿は我が歓待を気に入ってくれましたかな?」


「それはもう、大変喜んでおりました」


 私はとりあえずそう答えておいた。ほとんど嘘である。


「そうか、そうか、それは何より。何か粗相があってはと心配しておったが、安堵致した」


 本当に満足そうに関白殿下は、満面の笑みでうなずいているのである。

 ドン・シモンが言っていた、コエリョ師の言葉に関白殿下が不快の様子を示したというのは、果たして本当なのかといぶかってしまう。

 私は関白殿下に、威を正して頭を下げた。


「むしろ我々の方が御礼を申すために、今日はまかり越しました。昨日は心づくしの御もてなし、忝くも有り難き幸せにございます」


 もちろん私の日本語の力では、まだこのような言葉が流暢に出てくるはずはない。出かける前にオルガンティーノ師が、このように言えばいいと教えてくれたのだ。それを丸暗記しての棒読みである。

 さらにはロレンソ兄が隣で助け船を出してくれる。


「関白殿下の我われに対するご厚情、まさしく痛み入り申します。またこの城の素晴らしさは、めしいである私めにも肌で感じさせて頂きました」


「またまたまた了斎殿、古い付き合いではござらぬか。そのような堅苦しい挨拶は抜きにして」


 関白殿下は大声をあげて笑った。

 そこへまた菓子と茶が運ばれてきた。


「ささ、珍味でござる、ご遠慮なく」


「頂戴します」


 私とコエリョ師は、その菓子を口に入れた。

 そして考えた。

 恐らくはこれが関白殿下の人心掌握の術なのだろう。織田殿は武力で天下を取ろうと考えていた。だが、この関白殿下は武力だけではなく、巧みな人心掌握術で天下人にのし上がったのではないかとも思われる。


「時に昨日、城内の女たちがバテレン様いにお会いしたでござろう。中にはキリシタンのくせに用もないのに駆けつけなかった女もいて、叱っておきましたぞ」


 私は苦笑するしかなかった。


「それで、キリシタンではない女たちもバテレン様方にお会いして、またそのものたちからも話を聞いて、ぜひ南蛮寺へ行って話を聞きたいという者もおりましてな、そのうち城内の女どもが大挙して南蛮寺に押しかけるかもしれませぬので、その時はよろしゅうに」


「願ってもない幸せでございます」


 確かに、これをききっかけに多くの人がキリストに出会ってくれれば、福音宣教も一気に伸びるはずである。

 これほどまでに我われに好意を持ってくれる関白殿下が入信しないのは、やはり十戒の第六戒が本当に関白殿下にとってそんないも大きな障壁なのだろうか。


「実は昨夜、うちのかかあにもバテレン様方の話をしましてな」


「カカア?」


 私が首をかしげていると、隣からロレンソ兄が耳打ちしてくれた。


「奥方様、すなわち北政所きたまんどころ様のことでございます」


「あいつはこれまでバテレン様に会うなどとんでもないって感じで、昔の長屋住まいの頃と違って天下人の妻たるもの、軽々しく男と会うなどできぬ、ましてや外国とつくにの僧となど会えませぬなどとぬかしておったくせに」


 関白殿下は、鼻毛を抜きながら話していた。きらびやかな服装にはおよそ似つかわしくない、身分の低いもののしぐさのようであった。


「それでな、昨日の夜にバテレン様方の話をしたら、どうして私も会わせてくれなかったのかって今さら言いよる」


 また関白殿下は高らかに笑った。


「ということで、うちのかかあもそのうちお目にかからせていただくやもしれぬので、よろしゅうお頼み申す」


「はあ、こちらこそ」


 私は頭を下げておいた。


「時に」


 今日の関白殿下はよくしゃべる。その点も、信長殿とは対照的だ。


「あなた方の南蛮寺に、なんと言ったか日本人の修行僧でヴィセンテとか申す者がおりませぬか」


「はい、イルマンにヴィセンテ修道士はおりますが」


 かつて私が都でともにベルシオール先生から仏教の教えを学んだものだ。


「今朝うちの家臣どもとも昨日のバテレン様のことが話題になった時、あるものからそのヴィセンテという人の話が出ましてな」


 大坂の教会きっての秀才で、それだけにこの城の中にまで名声は届いているのだろうか?


「前にヴィセンテ殿は禅を学ぶため寺を訪れたそうだが、その家臣はすぐにやめさせたという話をしておった。理由を聞くと、ヴィセンテ殿が禅の知識を持ってしまうと、それを盾にキリシタンの教えで禅を論破してしまうかもしれぬからとのことだったが、わしはそのものを怒鳴りつけておいたぞ」


 また関白殿下は、高らかに笑った。


「禅よりもキリシタンの教え方がはるかに優れている。そんな振る舞いは無用の長物だと言ってな」


 さらに大声で関白殿下は笑う。この我われに対する行為が本心からならばこれは我われにとって大いなる助けであり、またそうであることを祈らずにはいられなかった。

 こうして小一時間ほど会談してから、私とロレンソ兄は大坂城を後にした。


                  3


 そんなことがあってから約十日後の5月15日が、今年は主の御昇天の祝日だった。

 季節はだんだんと初夏の色を増してきて、さわやかな晴天が続いていた。

 その間も、コエリョ師とフロイス師は堺にこもったままで全く大坂には姿を見せなかった。シモでも本来準管区長は長崎にいるべきなのに、何もなければすぐに口之津に引っ込んでしまうのと状況が似ているような気がした。


 そんな堺のパシオ師から、大きな知らせが届いたのは御昇天の翌週の月曜日だった。

 同宿がもたらしたパシオ師からの手紙によると、堺の港に船団が現れて、一人の年老いた殿が大勢の家来たちとともに堺に上陸し、まっすぐに教会ともなっている日比屋の屋敷を訪れてきたというのだ。

 しかもその殿は、日比屋の屋敷の屋根の上で輝いている巨大な十字架を見て驚き、迷うことなくやってきたのだという。その屋敷が教会にもなっていることを知った殿は、バテレン様がいるのなら会いたいというので、パシオ師とフロイス師で応対に出て、その殿の顔を見て驚いた様子が手紙には細かく書かれていた。


 その殿とは、あの豊後の臼杵の城にいた大友宗麟ドン・フランシスコだったというのだ。


「ええっ!」


 私もその手紙の内容をオルガンティーノ師から聞いて、驚きの声を挙げた。

 フロイス師はドン・フランシスコとは昔からの顔なじみだし、ドン・フランシスコもこのようなところでフロイス師に再会するとは思っていなかったようなので驚いていた様子だったという。

 パシオ師もかつてフィゲレイド師を送って豊後まで行っているし、そこでドン・フランシスコとも会っているだろうから顔は見知っていたはずだ。


「ドン・フランシスコは関白殿下に会いに来たようですね」


 全員が手紙を回し読みし終えた後に、オルガンティーノ師は言った。それにしてもあの遠い豊後からわざわざ関白殿下に会いに来るなど、これは尋常なことではないと思われた。


「やはり薩摩との関係が悪化しているのでしょうか」


 私は思いつくままに、そのようなことを言っていた。


「たしかに」


 オルガンティーノ師もうなずいた。


「あちらのことはよく分かりませんが、やはり危惧したように織田殿が亡くなってから豊後と薩摩の関係は以前の敵対関係に戻っているのかもしれません」


「そういえば」


 私は、パシオ師が長崎からこの都地方に来たばかりの頃に話していたことを思い出した。


パシオ神父(パードレ・パシオ)が長崎から来たばかりの頃に、有馬のドン・プロタジオが薩摩と手を組んで竜造寺を滅ぼした戦争があったと語っていましたよね」


「そう。でも、ドン・プロタジオと手を組んだとはいえそれは一時的なもので、やはり薩摩はこれまで何度も福音宣教が失敗しているし、教会にとっては脅威だとパシオ神父(パードレ・パシオ)は語っていました」


「あのう、実は」


 我われのポルトガル語での会話をなんとか聞きとっていたヴィセンテ兄が、日本語で言った。


「実際に薩摩は豊後の大友様にとっても脅威のようで、かつて激しく敵対し、戦闘も繰り広げていた薩摩と豊後をとりなして均衡を保たしめたのが織田様でした。今、織田様亡き後、そして竜造寺も亡き今、薩摩は豊後に対する野心を丸出しでたびたび襲いかかっているそうです。昨年、関白殿下は薩摩に対しても停戦を命ぜられましたけれど薩摩は聞く耳を持たないようで、今や大友様は最大の窮地に立たされております」


 やはり日本人には日本人の間での、我われの知らない情報の網が張り巡らされているようだ。ヴィセンテ兄の父のパウロ兄も、まだ豊後にいる。父からの情報も入ってきているのだろう。


「ドン・フランシスコが自ら大坂に来て関白殿下にお願いするなど、よほど事態は差し迫っているのだろう。もはや手紙や使者では間に合わないくらいに」


 オルガンティーノ師はそう言って、ため息をついた。


「でも」


 私は口に出しかけたけれども、やはりやめた。

 よりによってドン・フランシスコは大坂ではなく堺に着いた。まだ大坂に町や城が築かれる以前は瀬戸内の海を航行してきた船が付く港は堺だったので、その慣習で堺に着いたのだろう。

 だが今堺には、ちょうどコエリョ師とフロイス師がいる。そこにドン・フランシスコは合流してしまったのだ。どうもよくない予感がしていた。


 案の定、その四日後の金曜日にドン・フランシスコは堺を発って、住吉を経て大坂に向かったという。そして、そのまま大坂城に入ったという知らせも、様子を見に行かせた同宿から聞いた。

 すでにドン・フランシスコは城中で関白殿下に会っていると思われる。

 そしてその日の夜、ドン・フランシスコはこの大坂の教会には来なかった。素通りである。おそらくはまた、堺に戻ったのであろう。

 もしかしたらドン・フランシスコは、この大坂にも教会があることは知らないかもしれない。だから、コエリョ師なりフロイス師なりが案内しなければ、ドン・フランシスコはこの大坂の教会には来ようがないのだ。

 もしかしてコエリョ師が故意に大坂の教会のことを教えなかったのか……。


「明らかにここを避けているな」


 オルガンティーノ師は苦笑していた。


「ドン・フランシスコに教えないばかりか、準管区長自らも堺からこちらに顔を出そうともしない」


 オルガンティーノ師がまだ日本に来たばかりの頃に、布教区長の座を巡ってあのカブラル師と確執があったらしいことは私も小耳にはさんでいる。今はもうカブラル師は日本にはいないが、その息のかかったコエリョ師である。あまりオルガンティーノ師とは顔を合わせたくないのかもしれない。

 もっともそんなことがなくて、もしコエリョ師がずっとこの大坂の教会に滞在していたとしたら……あの人と毎日顔を合わせる……考えただけでも背中が寒くなる。

 イエズス様は弟子たちに「あなた方は互いに愛し合いなさい」と仰せになった。そして、この日本という異教徒が大多数を占める国での福音宣教には、こちらが一枚岩にならなければいけないことは理屈では分かっている。でも、弱く罪深い人間である私はどうしてもみ言葉の通りになれずにいた。

 

 そんなふうにしてドン・フランシスコが堺に帰った翌日の土曜日、大坂のお城から関白殿下の使いと称する武士サムライが、関白殿下からの伝言を携えて教会にやって来た。

 なんと、ドン・フランシスコをもてなすために例の黄金の茶室を組み立てたので、先日は見せられなかったがこれを機会に我われ司祭にもそれを披露したいということだった。

 当然、関白殿下の誘いは準管区長であるわけで、それに対して大坂の司祭だけでのこのこと城に行って、その茶室を拝ませていただくわけにはいくまい。

 知らせは堺に走った。なんとその折り返しで、コエリョ師とフロイス師は大坂の教会にやってきた。


「とにかく、お城に行きましょう」


 関白殿下から指定された時刻が近かったので、コエリョ師とフロイス師、パシオ師を含めて、大坂の教会の司祭、修道士は列をなして大坂城の城門へと向かった。


 例の屋根付きのやたらと派手な極楽橋の麓で、ジュストが出迎えてくれていた。ジュストに案内され、我われは今日は橋を渡りきった所の左手に玄関がある表屋敷には寄らず、そのまま石垣の上へ続く坂道を登って、直接奥座敷の入り口へとたどり着いた。

 靴を脱いで奥屋敷に上がった我われだが、その屋敷は廊下を歩いただけで素通りして、前にも来た天守閣の入り口まで来た。

 そこに、関白殿下がにこにこしながら、立って我われを待っていてくれた。


「さ、どうぞ、どうぞ。この前は組み立てていなくてお見せできなかった茶室だけど、今日はまだ組み立ててあります」


 我われは関白殿下に促されて、天守閣の中へと入った。

 前回と同様に急な木の階段を上って、フロイス師が黄金の茶室を見せてくれと懇願した階に至った。


「おお」


 誰もが驚きの声を発した。前に来た時は大きな木の箱に収納されていた組み立て式の茶室が、今日は天守閣内のある広間に組み立てられてある。そこのところは大きく窓が開かれて、外からの光を受けて茶室の側面は黄金に輝いていた。

 茶室自体はそれほど大きくはない。ここにいる全員が入った座ったら、かなり窮屈だろう。それ以前に入りきれるかどうかも心配だ。

 中は昼間なのに燭台がいくつも置かれ、内部を煌々と照らしていた。

 当然、中もまた壁といい柱といいすべてが黄金である。正確には黄金で作られているというよりも、この天守閣の随所に見られる黄金細工と同様に、黄金を薄く紙のように伸ばしたものを木材の上に貼ってあるだけだ。

 それでも本物の黄金に引けを取らないまばゆい茶室であった。床面は赤い絨毯が引かれ、奥には床の間があって掛け軸がかかっていた。


「これがワビ・サビびでしょうか?」


 私は小声のイタリア語で、オルガンティーノ師に聞いた。オルガンティーノ師も苦笑いをしていた。私は茶の湯の文化の特徴は、「ワビ・サビ」すなわちセンプリーチェ((シンプル))なのを尊ぶと聞いていたからだ。これまで見てきたどの茶室もそうであった。

 だが、ここのは違う。


「さ、どうぞ、お入りなさい」


 関白殿下に促されて、我われはひしめき合って中へと入った。関白殿下が湯の湧いた茶釜のそばに座り、自ら茶を立ててくれるようだ。


「バテレン様方は、茶の湯は初めてですかな」


「いえ」


 フロイス師が即答した。


「今大坂に来られている豊後の殿の大友様のお城で何度も茶の湯には呼ばれましたし、豊後の我われの南蛮寺には茶室もあります」


「ああ、大友殿も茶の湯には精通されているようでしたな。それになんと素晴らしい名器を土産にと持参してくれた」


 関白殿下はそれがかなり嬉しかったらしく、満面の笑みでにこにこしていた。

 フロイス師も私も豊後で茶の湯は経験済みだし、フロイス師に並んで日本通のオルガンティーノ師が茶の湯の席に呼ばれたことがないわけがない。ただ、フロイス師の通訳を聞いたコエリョ師だけは、首を横に振っていた。

 関白殿下がててくれた茶を飲みながら、我われはいくつかの会話をした。

 ただ、関白殿下は我われのうち特にフロイス師とオルガンティーノ師のみごとな茶の作法に、ただただ目を丸くして驚いていた。コエリョ師だけは見よう見まねという感じだったが、この席にあまり乗り気ではないようで、早く帰りたいという波動がひしひしと伝わってきた。


「時にその大友殿だが、何やらまた薩摩が豊後の境を冒しているということで、その窮状を訴えてきた」


 その話を聞いても、フロイス師らは驚きもしなかった。おそらく堺に滞在している大友殿ドン・フランシスコからすでに直接聞いているのだろう。


「わしの停戦命令にも薩摩はどうも言うことを聞かん。と、いうことで、これはもうわしが直々九州まで出向くしかないなということになった」


「おお」


 これにはさすがにフロイス師も驚きの声をあげ、すぐにコエリョ師に通訳していた。


「おお、九州に来られたら我われの本拠地の長崎にも、ぜひいらしてください」


 そのコエリョ師の言葉も、すぐにフロイス師によって関白殿下に伝えられた。

 私はオルガンティーノ師と、思わず顔を見合わせていた。

 コエリョ師は何か含むところがあってそのようなこと言ったのか、あるいは単なる社交辞令として軽く言ったのか……だが、その言葉はとてつもなく思いものになるような予感が、私にはしていたからだ。



                  4


 そしてその夜、珍しくコエリョ師とフロイス師は大坂の教会に泊まっていった。

 翌日の日曜日は聖霊降臨ペンテコステの祝日で、翌週は三位一体の祝日、聖体祭と続くので、そのへんの行事をどうするかということを話したいと、オルガンティーノ師が持ちかけたのである。


 ただ、日比屋のディオゴの屋敷を間借りしている堺の教会の主任司祭であるパシオ師が聖霊降臨の祝日にいないというのはまずいので、パシオ師には堺に戻ってもらった。堺にはドン・フランシスコもまだいるはずだ。

 そんな聖霊降臨の前夜の夕食後の聖務日課の後で、フロイス師がオルガンティーノ師に持ち出したことがあった。もちろん大坂の教会の司祭はすべてそろっていたし、コエリョ師も同席の上でだ。


「今までこの発想がなかったのが不思議なのだが、かつて織田殿がおられた時は、織田殿より布教の許可証をもらっていましたね。かれこれ十七年も前のことですが、あの時はまだ和田殿がおられてその仲介ででした」


「ああ、たしかにそう聞いています。まだ私が日本に来る前ですが」


 オルガンティーノ師も、そのような話を聞いていたのを思いだしたようだ。


「関白殿下は我われの教会の福音宣教には極めて好意的で協力的ではありますが、形としての許可証はやはりあった方がいい」


「それならばなぜもっと早く」


 思わず私が口をはさんだ。


「準管区長が関白殿下にお会いした日、その時にお願いするのがいちばん手っ取り早かったでしょう」


「あの時は、まだその考えを聞いていなかった」


 ぶっきらぼうにコエリョ師は言った。


「では、今後どうやってそれをお願いすればいいのか」


 オルガンティーノ師も思案顔だった。


「先ほども申しましたが」


 フロイス師が顔を挙げた。


「前に織田殿からその許可証を頂いた時は、和田殿が仲介でした。今、その和田殿に相当するような立場にある人といえば」


「ジュスト、それとジョアキム」


 オルガンティーノ師の言葉に、フロイスはうなずいた。


「和田殿は受洗の意志がありながらも、その直前に惜しくも戦死されてしまった。でも、このお二人ならすでに立派な信徒クリスタンです。適役でしょう」


「明日の聖霊降臨ペンテコステのミサにはお二人とも教会に来られるでしょうから、ミサの後にでも相談してみましょう」


 オルガンティーノ師の発案で、とりあえずこの問題は明日に持ち越しとなった。


「ところで豊後のドン・フランシスコは堺の教会にお泊まりで?」


 私が気になっていたことを、フロイス師に聞いた。フロイス師は苦々しい顔で、首を横に振った。


「それを勧めたのですがね、ドン・フランシスコお一人ならそれも可能でしょう。でも、おびただしい数のお供の武士サムライたちを連れていますから。しかも堺の教会はあくまでディオゴの日比屋さんのお屋敷を間借りしているのが現状、日比屋さんにも迷惑がかかるということで、地方の殿が都や大坂に来た時の慣例通りに寺に泊まりましたよ」


 だから、フロイス師は苦々しい顔をしていたのだ。彼に言わせればまた、悪魔信仰の偶像崇拝の場所に信徒クリスティアーノの殿が泊まらなくてもという感じなのだろう。


「ま、仕方ないことです。ドン・フランシスコはまだしも、お供の武士サムライたちは皆が信徒クリスタンというわけではありませんから、それを全部教会に泊めるというわけにもいかないでしょう」


 内心とは裏腹に表面上はそう言って、コエリョ師もうなずいていた。


「まあ、確かにそうだ」


「どちらの寺に?」


 オルガンティーノ師が聞くと、フロイス師はオルガンティーノ師を見た。


「妙国寺です」


「ああ、あの寺なら堺でいちばん大きい。どんなに大勢の武士サムライたちでも容易に宿泊できるでしょう。たしか法華宗の寺ですね」


「それに教会からも近くて、歩いて十分もかからない」


 私も日比屋の大邸宅の周辺の風景を思い出してみると、たしかに海とは反対側に塔と大きな屋根がいくつも並ぶ寺があったのを思い出した。

 そういえば、あの織田殿が亡くなった本能寺屋敷の事件の時に、三河の徳川殿は堺にいたというが、その徳川殿がこの寺に泊まっていたという話も聞いたことがあるような気もした。

 そのままコエリョ師とフロイス師は大坂教会に泊まり、翌日の聖霊降臨ペンテコステのミサはこの教会で初めて準管区長が司式した。

 ドン・フランシスコも教会と至近距離に宿泊しているのなら、堺の教会でミサに与っていると思う。


 そのミサの後で、我われ司祭団はジュストとジョアキムを司祭館の方へ招いた。


「お二人に今日は、折り入ってお話があります」


 フロイス師が旧知である二人に、かつて織田殿から布教許可証をもらった時のように、関白殿下からも布教の許可証をもらっておいた方がいいのではないかという考えを簡潔に伝えた。


「どうなのでしょうか」


 ジュストが首をかしげた。


「もはや関白殿下はキリシタンを保護し、とても好意を寄せてくださっております。今さらそのような形をとらなくてもという気はしますが」


「難しゅうおすな」


 ジョアキムも顔を曇らせていた。


「織田様は他の寺社への安堵と同様に、妨害に対する禁制の書状を下さったわけですさかい」


 フロイス師がそれを聞いて、意外な顔をした。


「十七年前、織田殿から布教の許可証をもらった時は、和田殿がいちばん尽力してくれましたけれど、その和田殿を引き会わせて下さったのもあなたと、それからこちらのジュストの父上のダリオだったではないですか」


 たびたび名前が出てくる和田殿という人は、私が日本に来るずっと前に亡くなっている方なので私は全く知らないのだが、高槻にいた時に、高槻の城はもともと和田殿の城で、高山殿のダリオとジュストはその和田殿の家来だったということは聞いていた。

 かなり手厚く我われの教会を庇護してくれて、自らも洗礼を受けることを志願していたが実現する前に亡くなってしまったというのは前に聞いた通りだ。


「フロイス様、あの時とは状況が違うてます」


 ジョアキムは力なく言った。本来コエリョ師への通訳の任にあるフロイス師が主だって二人の殿と話をしているので、例によってオルガンティーノ師が要所要所をかいつまんでコエリョ師に通訳して伝えいていた。


「あのときは織田様はまだ美濃と尾張の二カ国の領主にすぎず、都を制圧したいうても、都にはまだ足利の公方様がいてらした。織田殿はまだ天下人やなかったです」


「私はあの頃はまだ十代の若者でしたし、都にはいなかったのでよく分かりませんが」


 ジュストは遠慮がちにそう言った。フロイス師はオルガンティーノ師を見た。


「あの時の織田殿の布教許可証は?」


「こちらへは持ってきておりません。都の教会で保管してあるはずです」


「そうですか。それがあればそれを関白殿下にご覧にいれ、これと同じものをくださいと言えたのですが。確かちょうどあの頃関白殿下は都の警備を任されていたとおっしゃっていましたから、織田殿のこの許可証についてはご存じだったでしょう」


「しかし」


 ジョアキムはまた顔を曇らせた。


「まあとにかく、我われにあの時の和田様と同じような仕事をせいと言わはるんどしたら、それは我われにとって荷が重すぎます。あの頃の織田様と和田様との間と、今の我われと関白殿下との間は全然違います。あの頃の和田様が織田様に話を持ちかけたようには、我われは関白殿下にはそのようなことはよう言わんですわ」


「うーん」


 フロイス師は少し考えていた。そして顔を挙げた。


「では、あの頃の和田殿と同じような感じの人はおりませんかね? 関白殿下の秘書のドン・シモンは?」


「安威了佐殿ですか? いえいえ、あの方はそういう感じではありませんな」


「関白殿下の軍事顧問のドン・シメオンは?」


「黒田様はまだキリシタンになってから日も浅うございます。蒲生様も同様」


 しばらく沈黙が流れた。私もいろいろ考えてはいたが、どうもいい知恵が浮かばない。


「いや、実は」


 しばらくしてから、ドン・ジョアキムは口を開いた。


「いや、これ、言うてよろしいのかどうか……。実は、関白殿下には弱点がおありどす」


 皆が一斉に身を乗り出した。


「関白殿下が唯一頭が上がらない存在がおす。その方の言うことなら、逆らうということはあり得へんようどす」


「誰ですか? それは」


 フロイス師はじめ、誰もが驚いた顔でドン・ジョアキムを見た。ジュストでさえ意外そうな顔で目を見開いている。


北政所きたのまんどころ様どす」


「ああ」


 つまり、関白殿下の奥方様である。関白殿下はこの国の風習に従って多くの妻を持っているが、その中でも最初に結婚したいわば本妻である。我われは誰も会ったことはないが、この間の関白殿下とコエリョ師のとの会見以来、我われに好意的になったという話は聞いている。


「そして北政所様のいちばん近くに仕えておりますのが、うちの家内のわくさどす」


「マリア・マグダレナ」


 フロイス師もオルガンティーノ師も、そして私もセスペデス師もよく知っている人だ。なにしろ都の教会では毎週日曜日にはジョアキムとともにミサに与っていた。


「うちの家内から北の政所様に話を持ちかけ、北の政所様から関白殿下に申し出てくだされば、関白殿下は逆らえません」


 そう言って、ドン・ジョアキムは少し笑みを浮かべた。


「しかし、北政所様は異教徒で、我われの願いを聞いてくれるでしょうか」


 フロイス師はまだ怪訝な顔をしている。ジョアキムはうなずいた。


「うちの家内に任せてみましょう」


「その前に」


 コエリョ師が直接話に入った。


「来週、聖体祭の行列がありますよね。ジュスト、かつて高槻ではかなり盛大に行われたと巡察師ヴィジタドールからも聞いていますが」


 フロイス師が通訳するまでもなく、ポルトガル語の分かるジュストはすぐにうなずいた。


「はい。私が高槻におりました頃は、毎年盛大にさせていただいていました」


 ジュストもポルトガル語で答えた。彼がポルトガル語に精通していることをこの中で唯一知らなかったコエリョは、大いに驚いていた。


「ほう。ポルトガル語を話すのですか」


「は、少し」


「それは話が早い。実は来週の聖体祭コルプス・ドミノの行列を、この大坂で大々的にと私は考えている。あなたの高槻でのそれよりも、はるかに盛大に。そしてそれを関白殿下はじめ、お城の方たちにも見ていただく。その許可を関白殿下から頂きたいのだが、それくらいはあなたが言ってくれますね?」


「はい。それでしたら喜んで」


 今度は話がポルトガル語になったので、私がジョアキムの耳元で日本語に通訳した。これまでも例年小規模ながら行列は行っていたが、やはり大々的にとなると関白殿下の許可をとっておいた方がいい。


「ジョアキムの奥さんを通じて北政所様にお願いするのは、それから後でいいでしょう。大坂の町の信徒クリスタンやお城の中の信徒クリスタン、それに堺、高槻、河内のあちこちや都の信徒クリスタンも、全員大坂に集めましょう」


「高槻はかなりの数になりますよ」


 自信ありげに、にこやかにジュストは言った。


「久々に高槻の皆さんにも会えるのですね」


 ジュストはうれしそうだ。


「堺にいるドン・フランシスコにも参列してもらいましょう」


 オルガンティーノ師も乗り気だった。皆が浮かれて来たところで、とりあえず相談はまとまった。


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