Episodio 2 Il battesimo di Yakuro-Dono e la tragedia di Goa(弥九郎殿の受洗とゴアの悲劇)
1
ジュストの言葉だと羽柴殿はすぐにでも三河に引き返すはずのようだったが、実際は一ヵ月ほど大坂にいて、再び出陣して行ったのは8月の中旬だった。
だが、今度はすぐに、十日ほどでまた大坂に戻ってきた。ジュストもことごとくそれに同行しているようだが、彼は羽柴殿とともに大坂に戻るときは自分の居城である高槻を素通りすることはなく、そのたびに必ず教会にも顔を出した。
そんな8月も下旬の頃、オルガンティーノ師から我われ三司祭に大坂へと招集がかかった。
留守は修道士たちに任せて、フルラネッティ師とフランチェスコ師そして私は、召集の伝令を伝えてきた同宿の少年が到着した翌日の早朝には淀川を下る船に乗り込んだ。
なんでも今回の招集は我われだけではなく、都の教会のカリオン師、セスペデス師も同時に大坂に招集されているという。
「なんだか途方もない大きな動きがあったのではないですかね」
船の中で、フルラネッティ師が言った。
教会や神学校ではポルトガル人や日本人の修道士も多いのでいつもポルトガル語で会話をしているが、この三人だけの時は心置きなくイタリア語で会話ができる。
やはり、かなり気が楽である。
だがこの時ばかりはことがことだけに、私はフルラネッティ師の言葉に思わず緊張していた。そうでなくても、布教区長のオルガンティーノ師が招集をかけたということは、ただ事ではあり得ない。それだけにもうほとんど緊張でこちこちのまま船に乗っていた我われだった。
とにかく、どんな話があるのか気になって仕方がない。
そうしているうちにやがて川幅がぐんと広くなり、ほとんど湖のような様相を呈し始めた。そして、左手からの別の大河との合流地点の向こうの岸の高台の上に、十字架が見えてきた。
この行き方で来れば、大坂の町に入る前に先に教会に着くことになる。
周りには無数の帆船が相変わらずおびただしい数で停泊し、あるいは航行していた。
長い天満の橋のたもとの船着き場で船から降りて、そのそばの石段を登ればすぐに教会だ。
高台の向こうに大坂の町が広がっていることになり、一時は雑賀衆と根来衆によって焼き払われたと聞いていたが、今見る限りその爪痕もあまり見られず、町は見事に復興していた。
そしてすぐそばに新しい城の巨大な石垣がそびえているのが見える。ほぼ平らな地に築かれた大坂の城だ。その意味では、高槻の城と同じだ。だが、高槻の城とは比べ物にならないほどに石垣は高かった。
まだ、天守閣のような建物は見当たらないが、そのうち着手されるだろう。
そんな大坂の町と城を見物しながら、都から陸路で来るためまだ到着していなかったカリオン師とセスペデス師を待った。
そこに、さらにもう二人、別の司祭が顔を出した。
一人はヴァリニャーノ師とともに長崎からマカオに行ったモレイラ兄だった。マカオで叙階を受けて今は司祭となり、ゴメス師とともに再来日していたことは長崎からの手紙で知っていた。
久し振りに見るモレイラ師だ。
「準管区長の命で、都布教区付になりました」
その人事はオルガンティーノ師も初めて聞くようだったが、準管区長の命となればオルガンティーノ師も異論ははさめない。
そしてもう一人の司祭……その顔を見て、私はあっと驚きの声をあげてしまった。
「パシオ神父!」
「おお、おお、おお、おお!」
懐かしいパシオ師も私を見て相好を崩し、我われは軽くハグを交わした。
「なぜこちらへ?」
「つい先月、長崎から着きました。今、堺です」
もう、思い切りイタリア語で会話をした。
「五年ぶりですね」
「もう、そうなりますか」
私は驚いた。
彼は私より年下なのに先に司祭になった、いわば年下の先輩だった。ずっとリスボンからゴアまでともに船で旅をしてきた。そしてゴアで別れたのが五年前だ。
「いやあ、ずいぶん変わったので驚きましたよ」
あの頃はまだ彼は二十代で、青年という感じだったがすっかり大人になっていた。
「立派になった。あ、司祭としては私よりも先輩なのだから、そういう言い方は失礼かな?」
「何を言います。わたしは昨年日本に来たばかりで、この日本ではあなたの方がずっと先輩だ」
確かに去年、ゴメス師とともに日本に来た司祭たちの名の中に、モレイラ師とともにパシオ師の名前もあった。だから私は早く会いたいと思っていたのだ。
それが、私が長崎に行ってではなく、パシオ師の方がこの都布教区に来ることになるなど、『天主』も粋なお仕組みをなさると思った。
「リッチ神父からの手紙は届きましたね?」
「あ、わざわざ託ってくれてありがとう」
「彼もルッジェーリ神父とともに、もうおととしにはチーナ大陸の方へ行きましたよ」
「すると、ともにリスボンを出航した五人のうち、今でもゴアにいるのはアクアヴィーヴァ神父だけですね?」
今のイエズス会総長の甥である。だが、その名前を聞いた途端、パシオ師の顔が曇った。
「それが、実は」
その時、都の教会からのカリオン師たちが到着した。
「その話は、また後で」
私は何かあると、胸騒ぎがしたものだった。
カリオン師らがが到着したので、オルガンティーノ師は早速我われを教会の司祭館の大広間に集めた。
エウローパ式の大きな円卓を囲む椅子に腰かけた我われを、オルガンティーノ師は見渡した。いつもの陽気な面立ちの中にほんの少し翳りが潜んでいるのを私は感じた。
「皆さん、今日は突然お集まりいただき恐縮です」
ポルトガル語で話し始めたオルガンティーノ師の声は、いつもと同じ張りのある明るい声だった。
まずはオルガンティーノ師によって、モレイラ師とパシオ師が一同に紹介された。私以外の司祭では、彼らと初対面という人も多いのだ。
「モレイラ神父は都の教会に行ってもらいましょう。パシオ神父には、これまで司祭不在の教会の巡回をしてもらっていましたが、このたび堺の日比屋のディオゴの邸宅内の教会に来てもらいました。これで、ディオゴの屋敷の御聖堂も、正式の教会となりました」
オルガンティーノ師の説明に、私はあの城のような三階建ての屋敷を思い出していた。ヴァリニャーノ師とともに初めて堺に着いた時に招かれたあの屋敷だ。
熱心な信徒である堺の大商人の日比屋ディオゴは、自分の屋敷のひと部屋を聖堂としていた。そこで枝の主日のミサを行ったのを覚えている。
だが聖職者が常駐するか、近隣の教会から司祭が巡回するかしない限り、ご聖体を安置できないので正式の御聖堂とはいえなかった。
これで晴れてディオゴの屋敷の一部が、正式の御聖堂となったのである。パシオ師はそのディオゴの屋敷に一室をもらって住んでいるとのことであった。
「パシオ神父はまだ長崎から来たばかりなので、あとで下の布教区の方の話をしていただきたいと存じます」
オルガンティーノ師は、その後で少し言葉のトーンを落とした。
「悲しいお知らせです。マカオの前の司教様が、実は昨年八月に天に召されておりました」
「え?」
私は目をあげた。
「前の司教様って?」
「カルネイロ司教様です」
「ああ」
私がマカオ滞在中に、非常にお世話になった方だ。そしてカリオン師を見た。カリオン師も驚いていた。なにしろ私とカリオン師の司祭叙階をしてくださった司教様なのだ。背はお小さく丸顔で、ほとんど頭髪がない状態の老人だったが、気さくな方だった。
前の司教様ということは、すでに司教を退任されたのだろう。
「帰天されたのはいつですか」
パシオ師も知らなかったようで、驚いている。
「去年の8月19日だそうです」
「ああ、やはり私がマカオを発ったすぐ後ですね。もうほとんど寝たきりで、そろそろ危ないという状況でしたから」
「まあ、次の司教様のフェルナンデス司教様がすでにゴアから到着しておられるとのことですから、司教座の方は大丈夫ですがね」
それから、皆でカルネイロ前司教様のために黙とうを捧げた。
2
「さて、ご存じのとおり」
オルガンティーノ師の口調が、明るく変わった。
「この大坂の町は4月下旬の復活祭の直後に雑賀衆と根来衆の兵隊に攻められ、放火されて火は燃え広がりました。でも、彼らはまだ建築中で無防備であるはずの城を落とすことはできなかった。大規模な工事で簡単には責め落とせない強固な作りの城であると同時に、留守を預かる殿たちがよく戦いました」
その留守を預かる殿というのが、私が姫路で会った黒田官兵衛の息子であったことはよく知っている。
「それだけではありません。『天主様』のご加護はもちろんですけれど、実は敵に対する海上からの攻撃がここよりも南の岸和田という所でありまして、敵を食い止めたのです。岸和田とは根来衆の本拠地の紀伊国から大坂に行くにはどうしても通らなければならない通り道です。そこの城は羽柴殿の家来の殿が守っていましたけれど、雑賀・根来衆の本隊は強くてその城を攻撃しつつ堺へと北上してきたのです。それを海上から羽柴殿の海軍が攻撃して、ほぼ全滅させてくれた。その羽柴軍の海軍を指揮していたのが……」
オルガンティーノ師は一度言葉を切った。
「なんと信徒の殿の息子さんです」
「ほう」
一同の間に、感嘆のため息が漏れた。
「その信徒の殿とは、都の教会に通っておられるあのジョアキム小西殿ですよ。海軍を指揮していたのはその次男です」
「ああ」
カリオン師らとともに、私も声を発した。だが、私にとってはあのジョアキムの息子というだけの驚きではなかった。私はその殿を直接に知っている。
「弥九郎殿……」
私が室津という港にかつてロレンソ兄とともに訪れた時に、世話になったのが小西弥九郎で、その殿はジョアキムの息子だった。
彼が今や羽柴殿の全海軍を任されている海軍の長であるらしい。室津で会った時も、確かそのようなことを言っていた。
私はその旨を一同に告げた。誰もがうなずいていた。
私がロレンソ兄とともに室津に赴いた時、ここにいる人々はほとんどが安土にいた人びとなので、私からの室津での報告を覚えているのだろう。
「あの時のあのお方か。たしかあのときは洗礼を受けるのを見合わせたのでしたね」
オルガンティーノ師も目を細めていた。はっきりいって私にとってはあまり触れたくない過去だ。
「いやあ、あの時はコニージョ神父はだいぶ落ち込んでいましたけれど、喜んでください」
オルガンティーノ師の顔は明るかった。
「昨日、この教会で私の手により、小西弥九郎殿はその奥さんのお菊さんとともに洗礼の恵みを頂かれました」
「え!」
私は思わず声をあげていた。
室津にいた時は私の至らない話のせいで受洗を取りやめた領民の手前、領主として受洗を見合わせた弥九郎殿だったが、あれから三年たってようやく『天主』は弥九郎殿の入門を許されたのだ。
「突然ジュストが連れて来られた。もともとお父上が熱心な信徒だし、すでに公教要理も学んでおられるし、実質上ほとんど信徒でしたからジュストのほんのひと押しで受洗に結びついたようです。霊名は今日が聖アゴスティーノの記念日ですから、アゴスティーノとなりました。お菊さんはジュストの奥さんと同じジュスタです。弥九郎殿は、これからはドン・アゴスティーノとお呼びしましょう。そのドン・アゴスティーノのお蔭で大坂は守られた。今は復興も着々と進んでいます」
そのオルガンティーノ師の言葉通り、我われ高槻組は大坂に着いたその時から昔のように、城造営の石や木材がどんどん船からあげられて運搬されているのも見た。
「今その方は、大坂にまだおられるのですか?」
私は切実に会いたいと思った。
「いえ、今日の朝に小豆島という所に帰りました。今はその島で海軍を指揮しているようです」
オルガンティーノ師の言葉は残念だったが、やっとあの方も受洗の恵みを頂いたのかと私はうれしかった。彼が信徒になった以上、いずれまた必ずお会いする機会もあるはずだ。
「ジュストは大坂城内でもどんどんとキリストの教えを広めていますね。で、話をその大坂築城に戻しまして、羽柴殿は織田殿と違ってそこで働く人々を優しく扱うことに長けているようです。彼らの心をもうしっかりとつかんでいる、織田殿にはできなかったことです」
オルガンティーノ師がしたり顔で言って、うなずいた。
「だから今、安土よりもはるかに巨大な城が、この大坂にできつつあります。その大坂の城の中、羽柴殿の近くに仕える家来たちもどんどん洗礼を受けて入信して来ています。そんな方たちが日曜日のためにこの教会に来るので、羽柴殿が今戦っている御本所殿や徳川殿との戦争の詳細もよく耳に入ってきます」
オルガンティーノ師から聞いた話は我われ高槻組がジュストから聞いた話とほぼ同じだったが、もう少し具体的で詳しかった。
「長久手という所での戦争は激しかったとはいっても、それほどの大戦争だったわけではないようです。そこでは羽柴殿の軍が押し返されたという形で御本所殿と徳川殿が小牧山の城を守り抜きました。でも、戦争はまだ終わっていません。戦闘は膠着状態で、両軍がにらみ合ったままという感じです」
そういう状態の中での、羽柴殿の大坂への一時帰還のようだ。
「そして、本当に残念なことに、この教会ともつながりが深いドン・ジョアンが戦争で亡くなりました」
そのことはここで初耳という人はいなかったようだが、あらためて悲しみが募った。私も、ヴァリニャーノ師とともに河内を訪れた際、初めてドン・ジョアンと会った時のことを思い出していた。若くてなかなかの美青年だったことを覚えている。
織田殿もそうだったが、信徒の殿が好んで着用しているゴルジェーラ《(ラッフル)》やカッパ《(ケープ)》を日本の着物の上に着けていた。
「ご存じの通り、この大坂の教会はドン・ジョアンの領地であった岡山の砂教会を移築したもので、いわばドン・ジョアンとは非常に関係が深い教会であります。このような教会の御聖堂でドン・ジョアンの追悼のミサを捧げることは非常に意義深いこととも割れますので、あさっての日曜日の主日のミサはドン・ジョアンの追悼ミサと致します。皆さんもどうぞ参列ください」
異議のあるものがいるはずもなかった。
3
「次に、」
オルガンティーノ師は、一層引き締まった顔を見せた。やはり、ドン・ジョアンの追悼ミサのために我われを招集したということではなさそうだった。誰もが静まりかえって息をのんだ。私もそうだった。
「長崎の準管区長から、このたび長い手紙を頂きました。できれば都布教区の総ての司祭に情報を共有するようにとのことでした。最初に、こちらの布教区内の尾張で大きな戦争が現在進行中という形で行われていますが、下の布教区でもちょうど時を同じくして大きな戦争があったとのことです。しかも、我われの友人であり、信徒である有馬のドン・プロタジオがその当事者なのです」
人びとは一斉にどよめいた。今、都布教区にいる司祭も、皆誰もが初めて日本の地を踏んだのは長崎か口之津である。だから、下の地方での出来事はよその土地のことだなどと傍観することはできない。私とてそうである。
「敵は?」
詰め寄るように、フランチェスコ師はオルガンティーノ師に聞いた。
「竜造寺です」
「やはり」
皆が一斉にそう言った。竜造寺という殿は以前から有馬の殿とは戦っており、私が日本に着く直前にも竜造寺との悲惨な戦争が有馬の地であったことは聞いている。
「しかし、有馬の殿では、竜造寺との兵力の差が……」
心配そうにセスペデス師が聞いた。
「単独ではなく、薩摩の島津の殿とドン・プロタジオとが連合して竜造寺と戦ったようです」
「なるほど、それなら……」
セスペデス師の安堵の声は、ここにいる全員の声だった。
「準管区長からの手紙にはかなり詳しく状況が書かれていますけれど、今はかいつまんでお話しいたします」
オルガンティーノ師は、そうして手紙に目を落とした。
「ことの発端は竜造寺がついに島原を通って有馬に軍を進めようとしたことらしいのですが……」
しばらく黙って手紙を読み、すぐに目をあげて一同を見渡した。
「ちょうど復活祭の直後、こちらでは羽柴殿と御本所殿がにらみ合いを始めたあの頃ですね、島原で戦争が起こっていたとは。大坂が襲われて、私が一時高槻に避難していたあの頃ですよ」
やはり平和そうに見えてもこの国は内戦状態――乱世なのだ。
「で、結果は?」
カリオン師の問いに、オルガンティーノ師はうなずいた。
「『天主様』がそのしもべである信徒を守護しないことがありましょうか。薩摩とドン・プロタジオの連合軍の勝利、竜造寺殿は戦死したそうです。これで、竜造寺の家は滅びました」
さすがに人の死を、さらにはこの国の内政のなりゆきを声をあげて喜ぶ者はいなかったけれど、誰もが内心ホッとしていたと思う。なぜなら、竜造寺とはこれまでも我われの前に立ち憚る悪魔の壁のような存在だったのだ。
「とにかく、ドン・プロタジオは無事に帰還だそうです」
「有馬は無事だったのですか? 神学校は?」
私は思わず、気になっていたことを聞いた。オルガンティーノ師は優しくうなずいた。
「戦闘は島原半島の北部、雲仙という火を噴く山の麓の沖田畷という所で行われたようで、有馬や口之津は全く戦場になっていないそうですから、大丈夫でしょう。ただ、用心に越したことはないということで神学校は厳重に警戒していたようですし、逆にドン。プロタジオは留守になる日の江の城の警護を神学校に依頼して行かれたようで、城の門の鍵も神学校に預けて出陣して行ったそうです」
「あのう、ヤスフェは?」
私は自分がいちばん気になっていたことを、思わず聞いた。
「あの、ドン・プロタジオに仕えているモサンビーキの武士ですね?」
初めてパシオ師が口を開いた。
「私も昨年日本に来て以来何度か有馬にも行きましたので、会ったことあります。元気そうでした。で、今度の戦争にも参加したけれど、無事に帰ってきたと聞いています」
「今回の戦争の様子もご覧になったのですか?」
フランチェスコ師が聞いた。
「いえ、戦争の時は私はずっと長崎にいましたから、直接は見ていません」
パシオ師はそう言ったが、ヤスフェが無事で元気で活躍という情報は何よりだった。
カリオン師も、明るく顔をあげた。
「これで有馬のドン・プロタジオと薩摩の島津殿の絆がますます深まれば、島津殿の受洗も近く、また鹿児島での福音宣教もはかどるのでは?」
だが、オルガンティーノ師は首をかしげていた。
「なにしろ、薩摩にとって我われの窓口とでもいうべきあのお方、アルメイダ神父がもうおられらない」
確かに、そう思うとアルメイダ師は実に偉大な存在だった。
「いずれにせよこちらの戦争はまだにらみ合いが続いているけれどあちらの、下の方はもう完全に落ち着いたようです。あさっての追悼ミサはドン・ジョアンのみならず、ドン・プロタジオとともに戦った信徒の農民の兵士たちもだいぶ亡くなったかもしれないのでその方々も、そしてジュストが兵士として連れて行った高槻の信徒の領民でも亡くなった方がいるかもしれません。そういった戦争で亡くなった総ての方々の霊を追悼したいと思います。今、羽柴殿とともにジュストも大坂に戻ってこられたばかりですから、日曜日のミサにはジュストも顔を出されるでしょう」
そして軽く間をおいた後、オルガンティーノ師は一同を見渡した。
「そして皆さん。実はここからが本題なのです」
いったい何の話がさらにあるのだろうと、私たちは皆身を固くした。
4
いつになく真顔で、オルガンティーノ師は話し始めた。
「準管区長の手紙は大変長いのですが、かいつまんでお話しします。あとで希望する方には、その手紙をお見せします。あと、パシオ神父からも後で補足して頂きます」
「あ、その前にちょっとよろしいですか」
当のパシオ師が、軽く手をあげた。
「おそらく例のサンチェス神父からの手紙のことだと思いますが」
「はい」
「その前に、皆さんにお話ししておきたいことがあるのです。さきほど、コニージョ神父との話の中で思い出したのですけれど、ゴアである事件がありまして、私も今年マカオからの定期船で来た神父から聞いたばかりなのですが、それで衝撃を受けまして」
先ほどアクアヴィーヴァ師の話が出た時に、パシオ師がその話は後でと言っていたその話だろう。だがパシオ師の急に暗くなった顔つきと重い口調から、私は胸騒ぎと悪い予感しかしなかった。
「おととしの七月のことだそうです。ゴアから十レグワ南の所にあるカンコリムという村で我われの教会と現地の村人との間で騒動があって、五人の聖職者が殺されたということなのです」
誰もが目を見ひらいた。会議室は静まりかえった。十レグアといえば、この大坂から都までの距離と等しい。
だが、ゴアはその町の城壁の外と中では全く異なる世界だから、単純にこの国での距離に置き換えることはできない。城壁の中はポルトガルの海外県だが、外はピヤープルという別の国だった。そんな場所で司祭が殺された……アクアヴィーヴァ師の名前を出した時にパシオ師の顔が曇ったこと、そして私との話の中で思い出したということは……予感はますます悪い方へ行く。
だがすぐに次の瞬間、予感は悪い意味で現実となった。
「ゴアのイエズス会は私がゴアにいる時からそのカンコリムの村に教会を建てることを計画していたのですけれど、福音宣教がまだ十分ではなかったのでしょう、地元の村人たちが大反対して武力放棄をしたのです」
今は黙って、パシオ師の話を聞くしかなかった。
「私も聞いた話ですから詳しくは分からないのですけれど、急遽ゴアの司祭たちが現地に向かうことになりました。ゴアのポルトガル人たちは武装した兵をつけていくべきだと主張したのですが、パチェコ神父が自分たちは戦いに行くのではないとそれを却下したそうです」
パチェコ師……確かにゴアにいた。はっきりと覚えている。小柄な、私と同年代のスパーニャ人の司祭だ。まだ神学生だった私と熱く語り合ったこともあった。
「ところがそれが災いでした」
「あのう、まさかその五人の司祭の中にアクアヴィーヴァ神父が?」
私はついに痺れを切らせて、そう聞いた。パシオ師は目を伏せ、一瞬黙った、それがすべてを物語っていた。
私は胸の中にこみ上げて来るものを抑えるのがやっとだった。
「アクアヴィーヴァ神父とは、もしかして……あの?」
オルガンティーノ師が口をはさんだ。パシオ師はオルガンティーノ師を見た。
「はい。アクアヴィーヴァ神父とは、今のイエズス会のアクアヴィーヴァ総長の甥御さんです。私がリスボンでともに叙階を受け、同じ船でゴアまで旅した方です」
「ああ、私と同じナポリ出身の方だ」
オルガンティーノ師も、そう言って目を伏せた。しばらく、沈黙が漂った。そして最初にパシオ師が顔をあげた。
「アクアヴィーヴァ神父は刀や槍で五か所も斬られたり刺されたりで命を落としましたけれど、その際に両手を大きく天に挙げて、自分を殺害した者たちの罪の許しと『天主』の御名をたたえるための祈りを捧げながら天に召されたそうです」
私はついにこらえきれず、嗚咽とともに目頭を押さえた。
「そしてパチェコ神父は両手を十字架の形にしたまま膝を追って絶命」
「パチェコ神父もですか?」
「コニージョ神父、あなたがゴアを離れた後、そのお二人もしばらくゴアにいなかったのです。それがゴアに戻ってきたその矢先に、この事件です」
「お二人とも、どちらに?」
私は涙に詰まりながらやっとそれだけ聞いた。
「パチェコ神父は修道会から呼び戻されて一度ポルトガルに帰りました。でも、またすぐにゴアに戻ってきたのです。そしてアクアヴィーヴァ神父はムガール帝国のアクバル皇帝から呼ばれて、ムガール帝国の帝都ファテーブル・シークリーに赴いていました」
「ムガール帝国?」
「インジャでもゴアのあるピジャープルよりもずっと北に、ムガールという大帝国があります。そこの皇帝アクバルは宗教に関心の高い人で、自分の宮廷内に礼拝所を設け、ヒンドゥー、イスラムなどの教えとともに我われキリスト教にも興味を示して、それらの宗教の融合を図るべく、それぞれの聖職者を呼び集めていた。その招集がゴアにも来たので修道会はアクアヴィーヴァ神父を派遣したのです。でも、そのことは我われにとっては何の益もないということで、アクアヴィーヴァ神父は呼び戻され、そしてその直後のあの事件だったそうです」
「そのムガールの帝都ファテーブル・シークリーとは遠いのですか?」
私は聞いてみた。
「三百二十レグワほどあります」
かなり遠い。この国でいうなら都から薩摩まで歩いて往復した距離に当たる。それが片道なのらしい。
いったいここにどのような主のみ意が働いたのか……私は訴えるような眼でオルガンティーノ師を見た。オルガンティーノ師はすぐに、私の内意を察したようだ。
「彼らは尊い殉教者です。主の御名のために働いた人の死は、主の御前に尊い」
「彼らということですが、ほかに亡くなった司祭はどなたですか?」
フランチェし腰が詰め寄るように言った。ここにいる全員が、日本に来るまではその長短はあるにせよゴアにいたのである。気になるだろう。
「ベルノ神父」
「え?」
目を見張ったのは、セスペデス師だった。そしてすぐに目頭を押さえた。この人も私とほぼ同世代で名前だけは知っていたが、それほど親しく接してはいなかった。
セスペデス師にとっては親しい人だったのだろう。
「それと、フランシスコ神父、そして修道士のアランヤ兄。ポルトガル人の民間人ではゴンサロ・ロドリゲス、そして十四人の現地人の信徒、これらが殺された方々です」
フランシスコ神父という方は、私は知らない。おそらく私が去った後にゴアに来た人だろう。アランヤ兄は、ゴアの学院にいたような気もする。
だが私はこの話を聞いて、かつて長崎で日本人の信徒たちが勝手に神宮寺という巨大な寺を焼き払った事件を思い出していた。だから、悲しみのみではなく、何か後味悪いものを感じていたのも事実だ。
「その亡くなった方々のために、今ここで祈りましょう」
オルガンティーノ師の提案で、皆で一斉に黙って祈りをささげた。
私はあのアクアヴィーヴァ師やパチェコ師の笑顔を思い浮かべていた。
私がマカオでともに叙階を受け、そしてともにこの日本に来た何人かの司祭のうち、ミゲル・ヴァス師やアルメイダ師のようにすでに天に召された方もいる。また、先ほどカルネイロ前マカオ司教様の帰天の話も聞いたばかりである。
だがその方々は病気によって、あるいはお年を召しての帰天であった。アクアヴィーヴァ師のように殺された、つまり殉教ということでは衝撃も悲しみもひとしおであった。




