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とある司祭(パードレ)の憂鬱(メランコリア) ~聖なる侵略者~  作者: John B.Rabitan
Capitolo 6 Incidente di Honnoji(本能寺の変)
58/96

Episodio 13 Ohyamazaki sotto la pioggia(雨の大山崎)

                  1


 ジュストの手紙には、こうあった。


 まずは、信長殿の命で毛利と戦争をしている羽柴殿の援軍のために播磨に向かっていたが、その途中で織田殿の訃報を聞いた。

 そこで慌てて引き返してきたが、高槻はすでに明智に占領されているのではないかと不安でならなかった。

 ほとんどの兵力も重要な家来も自分が連れてきており、高槻の城内は妻や子がいるだけの裸同然である。だからすでに明智軍に占領され、妻や子、最悪の場合は教会の司祭や修道士までもが明智軍によって捕虜になっているのではないかと気が気ではなかったという旨のことが書いてあった。

 同じ摂津の国では多くの殿がジュストと同様に織田殿の命で播磨に向けて出陣していて、城は留守だったという。

 そういうところでは家来や領民が城に入り込んで略奪し、秩序も何もなくなっているという話もジュストは聞いていたので、高槻でもそのようなことが起こっているのではないかとさえ思ったようだ。


――「しかし、私は『天主デウス』を信頼申し上げていました。また領民はほとんどがクリスタンです。果たして帰ってみると、高槻の町はまるで何ごともなかったかのように以前どおりに秩序が保たれており、妻や子も無事で、皆が大喜びで私の帰還を喜んでくれました。領民たちは城に入って略奪するどころか、皆で心を一つにして城や私の妻子を守ってくれていたのです。私は領民たちの心根と『天主デウス』のみ仕組みに感謝と感激の涙を流すばかりでした」――


「本当にそうだと思う」


 私の後から手紙のその部分を読んだフランチェスコ師が、顔を上げて言った。


「普通ならば明智殿は、領主不在の留守の城を全部占領してしまおうと思うでしょう。だが、明智殿はそれをしなかった。それはなぜか。やはり『天主デウス様』のご加護ですな。さもなくば、よほど老いぼれて物事の判断がつかなくなっていたのか」


「いや、占領しようと思っても、実行は困難だったのでしょう」


 ポルトガル語が分からないはずのヴィセンテ兄が、この時ばかりは雰囲気で察したのか目をあげて日本語で言った。


「坂本は近江の国、都は山城の国の中にあります。高槻は摂津の国です。明智殿はすでに近江と山城は手に入れていますが、摂津と河内は手つかずです。国境くにざかいには関門もありますし、国衆くにしゅう地侍じざむらいなどが固めています。国境を越えて占領するのは容易なことではありませんし、必ず大きな戦争になります」


 ところどころの日本語が難しくて分からなかったが、要は高槻だけではなく摂津の国全体が『天主デウス』によって護られていたというふうに解釈してもよさそうだ。

 だが、 すでに手紙を読み終わっているオルガンティーノ師が言った。


フランチェスコ神父パードレ・フランチェスコ、手紙の先を読んでごらんなさい」


 私も読み終えていたので、その言葉の真意は分かっていた。

 手紙によると、明智殿がすぐに攻めてこなかったのは、ジュストは自分に味方するものと明智殿が信じて疑わなかったからというのが大きな理由らしい。


 ジュストが高槻に帰還したのが何日だったのか手紙には日付が書いてないのではっきりとは分からないがその帰還の時点では、我われが坂本から途中まで同行して高槻に向かったあの明智殿の小姓、沖ノ島のシモンの甥の勘助はまだ高槻にいたようだ。

 勘助が高槻に向かったのは今から三日前の水曜日なので、ジュストの帰還は少なくともそれ以降である。すなわち、一昨日の木曜日くらいだろう。

 そうなると、ジュストの帰還は織田殿の死から一週間近くたっている。ジュストが信長殿の訃報に接したのがいつか、またそれまで彼がどこでどうしていたのかは分からない。


 ただ、勘助は確かジュストを明智側に誘い込むよう説得するのが目的のように言っていたが、ジュストの手紙ではそのような感じではなかったという。

 勘助はジュストが戻る前にその妻のジュスタらに対し、この城は明智殿が安全を保証するから何も心配しないようにと丁重に言上したというから、もうジュストが明智側に付くことを前提としてことを進めていたように思われる。


――「私が高槻に帰還すると、明智の使者が私を待っていました。彼はもうまるで私が明智の味方をすることは決定しているかのような態度で、明智殿からの手紙をさしだすのです。明智の味方をするようにという説得の手紙かと思いきや、読んでみるとそれは一日も早く坂本に集まってほしいという、すでに味方になっている者に宛てたような内容でした。でも、私はそのときすでに明智には味方をしないことは心に決めていたのですが、神父様パードレのポルトガル語のお手紙を拝見して、心は固く決しました。お手紙には『あなたは正義を貫いてください』とありました。神父様パードレの厚いお心が配せられましたし、もとより私もそのつもりでしたから感激も一入ひとしおでした。しかしポルトガル語が読めない使者はその手紙も私が明智側につくことを勧めた手紙であると思い込んでいたようなので、ここでは事を荒立てないようにしようと当たり障りなく使者をもてなした上で明智の陣営へと帰しました。先のことはまだ分かりません。私はこの選択が正しいとは思っていますが、それによってどのような結果になるのかは『天主デウス』のみぞ知るといったところです。聖パウロは次のようにその手紙に書いていますね。『天主デウスもし我らの味方ならば、誰か我に敵せんや。己の御子みこを惜しまずして我らすべてのためにわたし給いし者は、などかこれにそえて万物を我らに賜わざらんや。誰か神の選び給えるものを訴えん。天主デウスこれを義とし給う。誰かこれを罪に定めん。死にて甦り給いしキリスト・イエズスは天主デウスの右にいまして、我らの為に執り成し給うなり。我らをキリストの御大切より離れしむる者は誰ぞ。患難なやみか、苦難くるしみか、迫害か、飢えか、裸か、危険あやうきか、つるぎか。れどもすべてこれらの事のうちにありても、我らを御大切にし給う者により、勝ち得て余りあり。われかたく信ず。死も生命いのちも、御使みつかいも、権威あるものも、今あるものも後あらんものも、力あるものも、高きも深きも、この他の造られたるものも、我らの主キリスト・イエズスにある天主デウスの御大切より、我らを離れしむるを得ざることを』。」――


 その個所を読んだものは、誰もが鼻をすすっていた。皆一様に涙目である。

 その聖パウロの書簡の引用箇所だけはポルトガル語ではなく、ラテン語だった。まだ日本語訳の『聖書ビッビャ』がない今の時点において、やはり日本人でも司祭から話を聞くだけではなく、ジュストのようにラテン語にも通じていて自分の目で実際に『聖書ビッビャ』を読める者は強い。

 かつてヴァリニャーノ師が言われていた一日も早い『聖書ビッビャ』の日本語訳が待ち望まれるといったところだろう。


 しかしそれだけではなくジュストの霊性、その信仰と志には感極まるものがある。だからこそ誰もが涙を流しているのである。


 手紙はさらに、その後の状況とこれからのことが簡潔に書かれてあった。

 その後、明智殿が都に来て、そしてすぐに都の南の鳥羽というところに陣を敷いたのが一昨日のこと。そして昨日はジュストが味方と安心しきって国境くにざかいを越えて高槻に向かおうとしたところ、国境くにざかいの山崎という村の関門でジュストの手勢が明智軍の先鋒隊を阻み、ジュストが明智側にはつかず織田方につくことを高らかに宣言したのだという。


 それで明智殿はそれ以上の摂津への行軍をあきらめて引き返し、すぐそばの勝竜寺ショーリュージ城という城に入ったということだ。これからジュストは大坂の三七殿と合流し、今こちらへ急速に向かっているという羽柴殿の軍の帰還を待って、三七殿を総大将として明智と戦うつもりであることを述べて手紙は終わっていた。


 それは三七殿にとっては親の仇打ちでもあるが、もし戦争となればそれは明智殿に対して摂津と河内の国境くにざかいを守るという別の半面もあるようだった。     


 ところがもう一通のフルラネッティ師からの手紙で、我われの感動は一気に冷めてしまった。

 まずは高槻の様子について述べられていて、内容はジュストからの手紙と変わらなかった。

 だが、悲しむべき知らせがその中にあった。なんと三箇の殿で信徒クリスティアーノであるドン・サンチョとドン・マンショの親子が明智側についてしまったのだという。

 明智側が出した恩賞につられてとのことだった。それについてジュストもフルラネッティ師も考えを変えるように手紙を書いて説得しようとしたが、城からの使いの者が帰ってこないのだという。

 最悪の場合、途中で明智側の兵にとがめられて命を落とした可能性も無きにしも非ずというのだ。


 状況はだいたい分かってきたが、とりあえず我われにとっては傍観しか手はないようだった。

 いつもは陽気なオルガンティーノ師でさえ、この時ばかりはさすがにため息をついていた。



                  2


 翌日は日曜日で、主日のミサはカリオン師が司式した。

 今年はその主日のミサの翌月曜日が聖母マリアのエリザベート訪問の祝日と続く。つまり、この日曜日から7月に入っていた。


 そして、我われの教会にまた一通の手紙が届けられたのは、ちょうどミサの後だった。我われがその消息が分からずに心配していたセスペデス師からだった。

 届けてくれたのは、セスペデス師が行っているはずの岐阜ギフの教会の同宿の少年だった。


「おおお」


 オルガンティーノ師は顔を輝かせて、急いでその手紙を開いた。一瞬その顔の光がさしたが、そのあとで若干翳りが生じた。


セスペデス神父(パードレ・セスペデス)は無事です。でも、岐阜の教会が」


 そう言って、我われに順に手紙を回してくれた。

 それによると、織田殿の訃報に接した時、彼は岐阜にはいなかったようだ。

 岐阜よりも近江寄りの大垣オーガキという町にいて、そこの信徒クリスティアーノの家に泊まっていたという。

 彼は岐阜が心配で引き返そうとしたが、岐阜からの情報を伝え聞いていた信徒クリスティアーノの家主から止められたらしい。

 家主はクリストヴァンという名の老人で、岐阜で城介勘九郎殿が幼少のときは養育係をしていたこともある人だという。


 セスペデス師が岐阜に戻るのを彼が止めた理由は、この時岐阜は完全に無法状態になっていて、立ち入るのはたいへん危険であるというのがそれだった。

 今、岐阜は勘九郎殿に仕えていた玄以ゲンイという僧が城全体を管理しているという。僧とはいっても今は殿と同じ身分で活動しているようだ。

 その僧は織田殿が落命した時には勘九郎殿とともに都にいたようだが、事件の最中に勘九郎殿に命じられて戦いの場を抜け出して岐阜に戻り、勘九郎殿が城主であった岐阜の城を預かっているということだ。だが、勘九郎殿亡き後、この殿が今後どのような動きをとるかは全く予想もつかないでいる状態なのだそうだ。

 このまま亡き主への忠義から岐阜の城を明智から守るか、あるいは明智側につくのかその真意は分からず、そのような混沌の中で岐阜の城下の治安は乱れているという。


 だが、オルガンティーノ師が顔を曇らせたのは、その次の情報であった。

 つまり、この岐阜城に入った玄以は今でこそ殿ではあるがもともとが仏教の僧侶であるだけに、我われの教会に並々ならぬ憎悪の念を抱いていて、岐阜の城に入るや否やたちまち教会を破壊し、装飾品などの財宝などは持ち去ってしまったのだということらしい。


「まあ、セスペデス神父(パードレ・セスペデス)がその場に居合わせずに済んだことは、これも『天主デウス様』のお仕組みでしょうな」


 オルガンティーノ師は、力なく笑った。私は顔をあげた。


「岐阜には勘九郎殿の奥方やお子がいるはずだが、もしその僧が明智側についたら、まずいことになりますね」


 「さあ、何とも言えないね」


 オルガンティーノ師も、疲れ果てている様子だった。


「そうなると、安土の神学校セミナリヨももう絶望的かもしれない」


 そう言うアルメイダ兄も、ため息混じりだ。いずれにせよセスペデス師の身は無事で、これから高槻に戻るということだった。

 

 その高槻に関して、動きがあった。

 知らせをもたらしてくれたのは例によってジョアキムで、翌7月2日の月曜日、聖母マリア訪問の祝日のミサの後だった。この日はまた朝から雨だった。


「高山右近様は軍勢をつれて高槻のお城を出はって、天王山の麓の大山崎いうところに陣を張って、勝竜寺城の明智軍と睨み合ってはるそうどす。もう今日にでも播磨から羽柴様の軍が到着するということで、いよいよ三七様を総大将に明智との戦が始まるようどすな」


 「この雨の中でいくさですか」


 オルガンティーノ師が日本語で、つぶやくように言った。

 参列者が三々五々と帰って行った御聖堂おみどうの畳の上で、われわれ司祭や修道士とジョアキムは車座になって座っていた。


いくさに天気は関係あらしまへん。機を逃したら、逃した方が負けですさかい。高山様とともに中川瀬兵衛(せひょうえ)様、池田紀伊守(きのかみ)様の軍勢がいっしょです」


「中川瀬兵衛(セヒョーエ)?」


 オルガンティーノ師は一瞬不思議そうな顔をした。


「中川殿のことは、ジュストはあまりよく思っていなかったでしょう?」


「どういうことですか?」


 私は思わずオルガンティーノ師に聞いていた。オルガンティーノ師は私を見て、イタリア語で説明してくれた。


「中川殿とはジュストの従兄いとこなんだけど、かつてジュストが仕えていて我われイエズス会の理解者でもあり庇護者でもあった和田殿という殿を攻め滅ぼした張本人なんだ。和田殿も公教要理カテキズマを学んで、いよいよ洗礼を受けようという直前だった。そのあとでともに織田家に仕えることになったんだが、どうもその時のことが後までぎくしゃくしていたようだ」


「まあ、それは」


 さきほどのオルガンティーノ師の日本語でのつぶやきにこたえる形で、ジョアキムは言った。


いくさのためやったら怨恨はおいておくしかありませんやろな」


「それもあるかもしれませんが、ジュストはキリシタンですからね。心からその従兄を憎んでいるなんてことはないでしょう」


 それから、オルガンティーノ師の顔が少し曇った。


「いずれにせよ、またたくさんの人が死にますね」


 だが、フランチェスコ師がすぐに、オルガンティーノ師を見てイタリア語で言った。


「しかし、この戦争の勝敗で、今後の日本の政局が決定するのでしょう? それによって我われのこの国での福音宣教の在り方も大きく変わってくる。他人事ではない。だからと言って」


 フランチェスコ師は、さらに言葉を続ける。


「我われがどうこうできるものでもない。ただ、ここにいて成り行きを見守るしかないでしょう」


「そうですね。あとは『天主デウス』のみ意にいちばんかなった結果となるよう祈るだけです」


 その短いイタリア語のやり取りの途中で、ドン・ジョアキムは話に入ってきた。


「どうやら高山様の軍は先鋒隊という感じどす。大山崎は山城と摂津の国境くにざかいどすさかい。軍勢は明智軍の方が一万、高山様は数千で数の上では劣ってますが、なにしろ地の利がおます」


 たしかに大山崎オーヤマザキという地は、我われも高槻と都の間を行き来するときに何度も通ったが、天王山という小高い丘のような山と淀川という大きな川に挟まれた細い土地を街道は通っていた。

 淀川とはこの上流あたりで都の鴨川を合わせた桂川、あの瀬田の橋がかかっていた琵琶湖から流れる瀬田川の下流の宇治川が注ぐ巨大な湖の巨椋池オグライケからの水、そして木津川という三本の川が合流したばかりで、かなりの川幅だったことを覚えている。

 その天王山の麓に集落があって、やたら油問屋が多かったように記憶しているが、その集落が大山崎だろう。


 そのはずれの街道筋に、たしか大きな黒い関門があった。その門が山城と摂津の国境だと思われる。

 ジュストの軍勢は、その門を守っているらしい。そしてその門から勝竜寺城も目と鼻の先だという。


「とにかく高山様が国境を守らはって、羽柴様の軍の到着まで持ちこたえてくれることを願うばかりですな。羽柴様の軍が到着次第、総大将の三七様も動かはることでしょう」


「羽柴殿はいつごろ到着されるのですか?」


 私が聞いてみた。


「さあ、分かりませんが、昨日のうちには尼崎まで来られてるいうことですさかい、間違いのう今日中には到着すると思いますが」


「羽柴様も雨の中の行軍で疲れ果てているでしょうに、すぐにいくさとはたいへんですね」


「それがいくさいうもんどす」


 温和な顔で言うドン・ジョアキムだが、言葉の中に凄味があった。


「今日の御ミサでのウルガン様のお話の中に、今日読んだ御本のことを日本語でおっしゃったってくださいましたが、その中に『天主デウスすでに汝のさばきを止め汝の敵をはらひ給えり。イスラエルの王『天主デウス』汝の中にいます。汝は重ねて災禍に遭うことあらじ』という部分がありましたな。今はこの言葉を、高山殿に送って差し上げたい」


「たしかにそうですね。私たちもそう思います。でもジュスト高山殿には『天主デウス』がついておられる。まあ、今の状況ではそのようなことを手紙に書いて届けるのは無理でしょうけれど、あの方なら分かっていますよ」


 ようやくオルガンティーノ師は、いつもの笑顔で笑った。



                  3


 異変があったのは御ミサの後の朝食を食べ終えてかなりたっていたので、もう昼も過ぎていた頃だった。


 外から雨の音とは違う大勢の足音が聞こえるというので、私とペレイラ兄は教会の三階まで上がってみた。二階の外廻縁ソトマワリエン、つまりぐるりと取り囲むベランダは雨が吹き込むし、三階の方がよく見えるだろうと思ったからだ。

 音がするのは南の方のようだった。南の方は教会の前の通りから二筋向こうが四条の大通りだ。

 その大通りに民家の屋根越しに、実に奇妙な光景が展開されていた。

 すぐ目の前ではないので遠目ではよく分からないが、その大通りを大勢の人の群れが右から左へと走って行っている。

 群れというより大群だ。真っ昼間ではあったが雨の中のその異様な光景は、無気味にさえ感じられた。

 すべて男で、簡単な甲冑を着けている者もいるので、兵隊たちらしい。それが次から次へと切れ目もなくどんどん右から左へ、すなわち西から東へと息も絶え絶えという感じでよろめきながら、ときには歩きながらも走っていく。

 統率のとれた行軍などでは毛頭なかった。甲冑を着けていないものも、どうも途中で脱ぎ捨てたらしい。

 さらに遠くからではあるけれども、彼らが兵隊にしては何の武器も持っていないことがそれとなく感じられた。


 日本語には「百鬼夜行ヒャッキヤコー」という言葉がある。百の悪魔の夜のパラータ((パレード))という意味で、非常に恐ろしい場面の形容として使われる。

 今は夜ではなく昼間だが、まさしくそんな言葉で表すのがふさわしいような状況だった。


「みんなを呼んできてくれ」


 私は呆気にとられながらもペレイラ兄にそう頼んだ。すぐにオルガンティーノ師をはじめ司祭・修道士たち、そしてヤスフェも含め全員三階に上がってきて私の背後から窓の外をのぞいた。


「あれは兵隊だな。しかも武器も持たずにひたすらよろめきながらも駆けている。逃げてるんだな」


 オルガンティーノ師は窓の外に視線を向けたまま言った。


「あっちの方角は」


 フランチェスコ師が目を右の方へ向けた。都は東西と北の三方は山に囲まれているが南だけは山がない。その右側、すなわち西山が南の平地に消える辺りに大山崎はある。

 ここからだと四条通りもかなり西まで見える。今日は雨なのでさすがにその先の山の麓までは見えなかったが、目の前を走っている兵士たちは方角的のその大山崎の方から来たことは間違いない。


「あれは明智の軍勢ですね」


 ヤスフェが言った。さすがに信長殿の城で働いていたヤスフェだ。我われよりも詳しく織田家の内情には精通している。

 その明智の軍の兵隊がばらばらの状況で武器も捨て、ひたすら東へ向かって駆けているのである。これはもう明智が戦争に負けたと思って間違いないだろう。だから逃げているのだ。


 だが、徒歩の兵隊たちが次から次へと逃亡してきては東へ去っていくのに、馬に乗った武将の姿は全くなかった。当然のことながら、明智日向守殿らしき姿も一向に見えない。

 我われはただ茫然と、その昼間の「百鬼夜行ヒャッキヤコー」を見つめていた。


 ところが、次から次へと兵は走ってきては去っていく。時には塊で、ときには一人ひとりばらばらに、逃亡兵士の流れは目の前の四条通りを東へ流れて行っていた。それがいつまでたっても終わりそうもない。


 こうしてかれこれ二時間近く、断続的にその逃避行は続いた。明智の軍の総勢は一万と聞いていた。それが全部逃亡したらそれくらいはかかるだろう。いや、それくらい時間がかかったということが、逆にその兵の数の多さを物語っていた。

 だがその兵たちも、今は逃亡してほとんどいない。

 おそらく兵たちはこの都に潜もうと思って逃げてきたのかもしれない。

 だが、都は大通りから路地に入るところにはすべて木の扉が設けられており、普段はそれは開いていて自由に通行できるが、夜などは閉めてしまう。

 だがこの日は南の方で戦争が起こっているということで、昼間なのにどの町内もその門を固く閉ざされていた。兵たちは都に入っても大通りしか通行できず、あきらめて東の坂本へと向かうのであろう。


 だが、私がこの国へ来てから知った知識では、戦争の兵士たちはほとんどが駆り出された農民だ。彼らは殿トノに対して武士サムライのような忠誠心を持っているわけではなく、だから戦争に負けそうになると一目散に逃げだすし、彼らが向かっているのは坂本の城などではなく自分の郷里の村であるに違いない。


 帰りを待つ妻や子らのもとへと、雨の中を懸命に走っているのだ。そう考えると、その雨の中の駆け足の逃亡は不気味というよりは哀れなものに私には感じられた。


 こうして二時間にもわたると兵たちの逃亡を眺めていた我われだが、その兵たちの逃亡も少なくなってほとんど途切れたであろうと思われた夕方近くになって、銃声を聞いた。

 これも耳をすませば微かに聞こえる程度の銃声だが、それがまた断続的に都に鳴り響いている。方角は先ほど大山崎だと見当をつけた南の方だ。かなり遠くでの銃声で、それが絶え間なく続いていた。


 兵たちは逃亡したのに、戦争はまだ終わっていないようだ。

 とにかく我われは一階へと降りた。銃声が聞こえるので戦争は続いている様子だが、何がどうなっているのか、ここにいる我われには全く見当がつかなかった。

 戦争が都まで及ぶことはないだろうとその日の晩はとりあえず皆寝室に入ったが、それでも遠くの銃声は聞こえ続けていた。


 そして翌朝、ようやく静かな朝を都は迎えていた。

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