Episodio 6 Processione del Corpus Domini sulla via principale di Miyako(都大路の聖体行列)
1
結局勘九郎殿には挨拶しそびれたが、三七殿はまだ安土にいる。
徳川殿もいなくなったことだし、三七殿もようやく自邸に戻ったという情報も入った。オルガンティーノ師もひと言あいさつしたいというので、我われは神学校に戻るとすぐに三七殿の屋敷に使いの同宿を走らせた。すると三七殿もぜひ我々に会いたいとの返事だった。
そこでオルガンティーノ師と私、そして神学校の授業でこの時間は教壇に立つことになっていたフランチェスコ師の代わりに、日本人の盲目の修道士のロレンソ兄ですぐに三七殿の屋敷に向かった。
徳川殿が安土に着た頃に数日降り続いていた雨はあの摠見寺で踊りを見た先週の土曜日からはやんで、しばらくは晴れ間も続いていた。
ちょうど去年の今頃も体験したが、いわゆる梅雨の中休みだ。
我われが三七殿の屋敷に到着すると、三七殿は相好を崩して我われを上座に据えた。
「久しぶりに帰ってきましたよ。帰ってきたらすぐに三河殿が来られて大騒ぎで、今日ようやくこのの自分の屋敷に戻れました。でもまたすぐに、四国へと出陣です」
三七殿は笑顔ではあるが、その中にこれまでの疲れとこれからに対する緊張感が少しく入っていることは容易に見て取れた。
「御苦労さまです。ご武運をお祈りいたします」
こういう時に日本ではこう言うのだということを、さすがにオルガンティーノ師はよくわきまえている。「ご武運」とは戦場における幸運という意味だが、そこには手柄を立て無事に生きて帰ってくることを祈るという気持ちがある。
「私は一日も早く洗礼を受けてキリシタンになりたいのだが、いまだそれが許されずにいるという己の罪深さを恥じております」
「罪びとであることは、誰しも同じです。そのような罪びとを招くために、キリストは来られました。罪の許しと永遠の命に与らせていただく恵みは、誰にも等しく与えられているのです。それを受け入れるかどうかの問題です」
「そうですね」
少し、三七殿はため息をついた。
「私はこれから父の命で阿波へ戦のために参ります。勝ち戦となった暁には、父は私に四国全部を領有させると言ってくれました」
四国とは四つの国という意味で、阿波、讃岐、伊予、土佐の四つの国からなる巨大な島である。
「すでに兄の城介勘九郎は父の旧領である美濃、尾張に加え、このたび武田領だった甲斐と信濃を父より与えられました。もう一人の兄は伊賀と伊勢を領有しています。ようやく私も国持となります。そうなったときには、バテレン様方もぜひ我が領有する四国へとおいでください。そして今度こそ、私に洗礼をお授け願いたい」
「そうなることを楽しみにしています」
にこやかに笑って、オルガンティーノ師は言った。
「四国にも多数の南蛮寺を立て、多くの領民をもキリシタンにし、また我が石高より多額の寄進を南蛮寺に致しまする。もうバテレン様方も、ほかに収入の当てを探さずとも済みますから、ぜひそうさせてください」
笑顔さわやかに語るこの青年が、オルガンティーノ師もそうだったであろうが私にとってもとても頼もしげに見えた。
この殿は今は神戸と名乗ってはいるが、織田家の血筋であり織田殿の三男であることは揺るぎない事実である。
今やこの国全土を支配しようとしている織田家から一人でも信徒が出ることはこの上ない喜びであった。
「ときに、そうなったときにはお願いがあるのですが」
三七殿の口調が少し変わった。
「皆さん方にも一度は四国においでいただきたいとは思いますが、やはり南蛮寺となりますとどなたかバテレン様にずっと四国に住んで布教をしていただきたいのですが」
「それはもちろんです」
「他に、こちらにおられる了斎殿をともにお遣わし頂きたいのです。了斎殿とはもう古くからの付き合いで、私がまだ幼少の頃から親しくして、気心も知れておりますので」
了斎殿とはすなわちロレンソ兄である。その言葉を聞いたロレンソ兄本人は高らかに笑った。
「ま、この老いぼれ、いつまでこの世におるか分かりませんけどな」
この三七殿の軍勢が堺から船に乗って一斉に四国に渡ると、明智殿が危惧していた通りに、長宗我部殿は滅亡する可能性が極めて高い。その明智殿は自分の城である坂本城へ引きこもっているようで、安土に戻ってくる気配はなさそうだった。
三七殿の屋敷から戻ると、我われも都へ行く支度をしなければならない。支度といっても、自分たちの支度よりも神学校の学生たちに支度をさせる方が大変だった。
そして翌日、先週の土曜日以来の晴れがこの日も続いていた。晴れているとそろそろ汗ばむ季節である。神学生たち三十人以上の大行列とともに、我われは都へと向かった。
留守はアルメイダ兄、ニコラオ兄、ヴィセンテ兄、ペレイラ兄の四人の修道士だ。
早朝に出発したが、都に着いた頃はもう夕暮れ近かった。司祭たちは馬だから速度を速めることもできるが、神学校の学生たちは皆徒歩である。それに合わせていたら、速度を速めることもできなかった。
琵琶湖のいちばん南の瀬田川にかかる橋を渡り、大津の港から都との間にある逢坂山を越える頃はかなり暗くなり始めていた。
それでもこの前の日が夏至だったので、一年でいちばん昼が長い時期だ。しかし日本では、どんなに昼が長い時期でも午後七時ごろには暗くなる。ローマで夏は夜の八時過ぎまで明るいのとは全然違う。
都の手前の小さな盆地も過ぎ、もうひとつの峠道も越え、道が下り坂になって左に曲がり、都が一望できる時にはその中にいくつか明かりが点じられていた。
巨大な都は、山に囲まれたかなり広い空間の底に沈んでいた。その都に向かって、我われは坂道を下っていった。すぐに市街地が始まる。それでもまだ道の左右は空き地が多かった。
やがて大きな川に出くわし、その川を渡るといよいよ本格的な都で、道の左右も民家や商家で埋め尽くされ、その中を道はまっすぐに延びていた。
その都のほぼ中央に位置する我らの教会にたどり着いたときは、日はとっぷりと暮れていた。
出迎えてくれたのはカリオン師だ。久しぶりの再会を、我われは喜んだ。
すぐに夕食となった。都にいる顔ぶれは司祭はカリオン師のみで、修道士はスパーニャ人のバルトロメオ・ロトンド兄、そして日本人のコスメ兄の二人だった。
夕食の席で、オルガンティーノ師はポルトガル語で挨拶をした。
安土には修道士ではポルトガル人が二人、日本人が二人で、あとの司祭全員と一人の修道士がイタリア人であり、司祭館はイタリア語で会話するのが普通になっていた。
だから、今日一日中イタリア語で会話してきたので、なぜかポルトガル語を聞くのも久しぶりだと感じてしまう。
「ところで、ここ最近の都の様子はどうですか」
食事が始まってからオルガンティーノ師はあらためてカリオン師たちに聞いた。
「いやあ、おととい、徳川殿が来られた時は大変な騒ぎでしたよ」
「都でも大騒ぎだったのですか?」
「ちょうど都に入る粟田口という所が、見物人でごった返していたそうですよ」
「安土に来た時も若干の見物人はいましたけれど、徳川殿の供まわりの少なさに、みんな拍子抜けして帰っていきましたけれどね」
私が口を挟んだ。カリオン師は笑っていた。
「ちょうど織田殿の長男の城介勘九郎殿といっしょでしたから、かなりの人数の行進でしたね。それで、都の人々も大騒ぎでしたけれど、この教会でもちょっとした騒ぎというか、気をもんだことがあったのです」
「ん?」
オルガンティーノ師が少し身を乗り出していた。
「だいたいあのような殿が軍勢をひきつれて都に入るのですから、軍勢をどこに泊めるかという問題があるでしょう。それで、今まではだいたいが都の中の寺に分散して宿泊という形でしたけれど、もしかしてその宿泊の寺の一つとしてこの教会も入っているのではないかと危惧して、修道士たちが騒ぎだしたのですよ。コスメ兄が言いだしたのですが」
当の本人もそこに同席しているが、まだ二十代の日本人でポルトガル語が分からないようなのでカリオン師も遠慮していなかった。
「たしかに教会は日本語では南蛮寺と言いますからね、彼らは寺だと思っている」
オルガンティーノ師は笑った。
「ま、幸い、『天主』のお計らいでそうならずには済みましたけれどね、もしこの教会に異教徒の軍勢が大勢泊まるとなるとどういうことになるのか、あの時はひやひやしましたよ」
今だから笑えるという感じでカリオン師は言った。そのことよりも、私には気になったことがあった。
「ところで、勘九郎殿は今は?」
「妙覚寺という寺に泊まっています」
会いたいと私は思った。だが、明日の聖体の祝日のあと、オルガンティーノ師はどういう行動を取るつもりなのかまだ聞いてはいない。そこで私はオルガンティーノ師を見た。
「|オルガンティーノ神父様、我われはいつごろまで都にいるのですか? あの織田殿のよく分からない言葉通りに、すぐに戻りますか?」
「う~ん」
オルガンティーノ師が悩んでいる間にカリオン師が身を乗り出した。
「信長殿のよく分からない言葉とは?」
「それは」
オルガンティーノ師に代わって私が説明することにした。
「実は織田殿も、近々この都に来られる予定だとのことでしたけれど、どうもそれを言いにくそうに言われたのですよ。そして、織田殿が都に着く前にできれば安土に戻るようにと」
「え?」
聞いていたカリオン師も首をかしげた。
「さらに」
私は話を続けた。
「万が一信長殿が都に来た後に我われがまだ都にいた場合でも、織田殿のところを訪ねる必要はないと」
「何かありますね」
カリオン師は言った。
「なにしろ天下を取ろうという人ですから」
また、そう言ってオルガンティーノ師は笑っていた。
「もしかしたら」
私は真顔だ。
「何か天下を取るためのとてつもない大きなことを、この都でされようとしているのではないでしょうかね」
「まあ、都には今徳川殿もいることだし、そのことと関係ありそうですな。都で徳川殿と何かするのでしょうか」
そのカリオン師の言葉に、私は思い当たることがあった。
ヤスフェから得た情報では、どうも最近織田殿はいろいろこそこそと何かを画策しているらしいということだった。密室で明智殿と何やら秘密めいた打ち合わせをしたり、徳川殿接待の食事をやたら気にしていた。
食事に関しては穏やかではない話もあったし、家康殿はその食事の鯛が腐っていると状況的にあり得ないことを言ってレクラーモをつけてきた。
その直後に明智殿は徳川殿接待役の任を解かれて、自分の城である坂本城へと帰っていった。鯛が腐っていたことの責めを負ったとか、あるいは毛利との戦争をしている羽柴筑前殿の援軍に行くことを命じられたのだとか、ヤスフェが言った通りそのあたりは情報が錯綜している。
その明智殿は、徳川殿が安土に来る前に迎えに行き、一晩じっくりと徳川殿と何かを話してきたはずだ。
やはり今回織田殿が都に来るのは、徳川殿絡みなのだろうか。分からない。
だが、明智殿も都に来るという話は聞いていない。ただ、私が聞いていないだけなのかもしれないが……。
「コニージョ神父様」
私があまりにも長く黙っているので、カリオン師が心配そうに顔をのぞかせていた。私はあわてて愛想笑いを見せた。
「いや、大丈夫です」
そう言いながらも私は、今考えたことはここにいる人たちにはあえて言わないようにしようと思っていた。
2
翌日、聖体の祝日は昨日までの晴天とうって変わり、どんよりと雲が垂れこめ、今にも降り出しそうな雲行きだった。
ミサが始まった。
我われが安土から連れてきた神学生たちがいるのでなんとか聖堂は埋まっていたが、これだけ巨大な町の教会にしては集まった信徒の数は長崎、大村、豊後府内や臼杵、高槻などに比べたらはるかに少ない数だった。
それらの教会では、祭日ともなると御聖堂に入りきれないくらいの信徒が押し寄せてきていたものだった。
司式はオルガンティーノ師で、説教はヴァリニャーノ師のようなポルトガル語で話し日本語へ通訳というのではなく、最初から日本語でされていた。
オルガンティーノ師は言われた。
「主イエズスは最後の晩餐でパンとぶどう酒を祝福しました。そのぶどう酒を祝福する時の言葉は、記録した人によって違っています。ぶどう酒を取って『これは契約の我が血なり』と言われたあとでマタイ伝とマルコ伝では『多くの人のために罪の赦しを得させんとて流すものなり』とありますが、ルカは『この杯は汝らのために流す我が血によりて立つる新しき契約なり』と伝えています。イエズス様の流した血で罪が許されるのはだれか? 『汝ら』、つまり弟子たちだけなのか、あるいは『多くの人』なのか。いずれにせよ、『すべての人』とは言われていない」
私は聞いていてハッとした。
「父と子と聖霊の祝福」はすべての人にあるとされながらも「信ぜぬものは裁かれたり」と言われたみ言葉のことを、先週の三位一体の主日のミサの中で私は考えていたからだ。
オルガンティーノ師の話は続いた。
「『天主』はすべての人を救い、すべての人に恵みを与えようとされておられます。しかしキリストは『人の子の肉を食らわず、その血を飲まずば、汝らに生命なし』と言われました。実際の血と肉ではありません。これはパンとぶどう酒が変化した御聖体と御血の杯です。それを食べ、飲むというのは、それぞれの人の心の中にキリストを受け入れることです。聖パウロも言いました。『我らが祝うところの祝いの杯は、これキリストの血に与るにあらずや。我が裂くところのパンは、これキリストの体に与るにあらずや』と。しかし、この国の現状はどうでしょうか。この国の多くの人の中で、この大きな大きな都でもキリストを受け入れている人たちはここに集まった皆さん、今日はどうしても来られなかったキリシタンの方を含めても、ほんのこれだけです」
その時、オルガンティーノ師の目がうるみ始めたのを私は見た。
「この国の人々の大部分は、まだキリストを知らない。しかし、私はこの国が大好きです。この国の皆さんが大好きです。この国は、私の嫁です」
日本が自分の嫁というのは、オルガンティーノ師がこれまで何度も口にしていたフラゼだ。
「あなた方は誰でも、自分の嫁の命が危なければ自分の命を捨ててでも嫁を守るでしょう? この国が大好きなのに、この国の人々はまだキリストを受け入れていない。これは私にとって 心が痛むなによりのことです。ですから一刻も早く、一人でも多く、この国の人々に救いの訪れを告げなければ、告げなければ……」
オルガンティーノ師の目から、ついに涙が筋となって流れ出した。会衆の何人かも同じように涙を流していた。
私も泣いた。
そして、この時、オルガンティーノ師がどれほど心から日本の国を愛しているか、痛いほど胸に突き刺さったし、私が流した涙のわけも、私も同じなのだとこの時初めてはっきりと自覚したからに他ならなかった。
この国の人々の救いのためなら、地位も名誉も命さえもいらない……はっきりとそう自覚したといえば嘘になるが、私の中でそういった志の兆しが芽生えたことだけは確かだった。
ミサのあとは聖体行列となる。
何度も言うがやはりどうしても去年の高槻の、何万という人が参列した盛大なあの行列と比較してしまう。
しかし、比較すること自体がノンセンソなのだ。たしかに比較すらできない数十名の貧弱な行列だが、これだけの人々を『天主』は集められて、行列をお許しくださったということに感謝しなければならないと私は思っていた。
先頭の十字架に続き、金の刺繍の天蓋の下でオルガンティーノ師が聖体顕示台を胸に高らかに掲げ、それに我われ司祭団や修道士、神学校の学生たち、そして一般信徒の順で続く。
天蓋の柱の一本はその土地の領主が持つことになっているが、都には特定の領主がいない。あえて言えば帝ということになるが、異教徒であるというだけでなく、この国の皇帝にも匹敵する帝がそのようなことをするなどということは言語に絶することであろう。
そこで、その役は久しぶりに再会した都の信徒の小西ジョアキムにお願いした。
考えてみればこの国の教会のうち、領主が信徒でない土地の教会といえば都のこの教会だけだ。もっとも神学校も含めれば安土もということになるが。
行列は教会を出て左手、つまり東へ進み、四条通りには出ることなくすぐに北上して左折し、教会に戻った。
西に行くと寺があるから避けた。
あの広大な敷地を持つ本能寺だ。そしてその敷地の北東部の一角は織田殿に割譲され、織田殿がその都での屋敷に改造している。だから、そちらの方へは行かなかった。
そしてこの行列を『天主』が嘉した証しであるかのように、行列が終わった途端に雨が降り出した。行列の間は雨は待ってくれていたのだ。
その夜、終課のあと、今後の予定についてオルガンティーノ師は我われに告げた。
「明日一日、都でゆっくりしてから、あさっては安土へ帰ります」
雨は夜になってから本降りとなっていた。
「この分だと、明日も雨でしょう。様子を見て、あさって雨があがったら安土に戻ります」
あさっては土曜日だ。オルガンティーノ師としては、日曜の主日は安土で迎えたいようだった。今、安土には修道士しかおらず、日曜のミサが挙げられない。
ただでさえ安土の司祭は皆聖体の祝日を都で迎えたため、安土の信徒からは聖体の祝日のミサに与る機会を奪ってしまったことになったからだ。
「神父様」
私はオルガンティーノ師に言った。
「お願いがあるのですが」
「何でしょう」
気さくにオルガンティーノ師は言ってくれた。
「実は私はあともう少し、都に残りたいのですが」
驚くかと思ったら、オルガンティーノ師は依然ニコニコ笑っていた。まるで私が言いだす内容を、あらかじめ知っていたかのようである。
「たぶんそう言うだろうと思っていたよ。織田殿の動きも気になるしな。ただ、カリオン神父が迷惑でなければの話だが」
「私は大歓迎です」
にこにこしながらカリオン師は言った。何度も言うが、やはり叙階同期というのは何か不思議な絆で結ばれている。
「ただし、首を突っ込みすぎないように」
「はい」
「どれくらいいるつもりかね」
「一週間くらいしたら戻ります」
そこでオルガンティーノ師の許可をもらった私は、一週間という限定つきだが都に残ることになった。
翌日は果たして雨であったが、我われは城介勘九郎殿に会うためその宿舎となっている妙覚寺を訪ねることにした。今でも織田殿は強大な力で君臨しているとはいえ、織田家の当主はもはや勘九郎殿なのだ。やはり挨拶はしておいた方がいいと皆考えていた。
妙覚寺は教会から北へ歩いて十分くらいのところにある。まずは教会の同宿の青年を妙覚寺に走らせた。
ところが返事によると勘九郎殿は徳川殿の接待役で忙しく、ほとんど投宿先の妙覚寺にはおらずに徳川殿の滞在先である本国寺に行ったきりなのだという。
本国寺とは妙覚寺と反対方向で、教会からだと西寄りの南、歩いて三十分ほどかかるという。教会から一番近い本能寺の、その数倍の敷地のある巨大な寺院なのだそうだ。
「我われの出番はないようだな」
オルガンティーノ師は笑いながら首をすくめた。
「安土でお会いすることもあるだろう」
そうは言うものの、私はこの一週間の都滞在で何とか機会を作ろうと思っていた。
3
やはり雨は一日中続いたが、さらにその翌日の土曜日、雨は上がっていた。
時には薄日が差すこともあったがそれでも空は曇っており、またいつ雨が降りだすかも分からないような天候だった。
オルガンティーノ師とフランチェスコ師、それと神学生たちは早朝、教会をあとにした。ロレンソ兄は私と共に残ることになった。
私はとりあえず城介勘九郎殿に面会したかったが、勘九郎殿は本国寺から妙覚寺に戻ってきている様子はなかった。
そうして徒に時を過ごしているうちに、午後になってまた雨が降りだした。
オルガンティーノ師たちはまだ安土には着いていないと思う。もちろんこの雨季のことであるから、荷物の中に人数分の雨具である蓑と笠は持って行ってはいたが、あちらの天気はどうだろうと心配になった。
そして夜になってからはかなり激しく降る大雨となった。翌日の日曜日の朝方まで雨は残っていたが、主日のミサが終わる頃にはもう空には晴れ間が広がっていた。
「今日は徳川様は城介様といっしょに清水へ行かはってまんな」
ミサのあと教会の中庭で立ち話をしていたジョアキム小西殿が、そのようなことを言っていた。
「清水?」
春に桜の花を見に行った都の東の山の麓にある寺だ。
「そこで能をご覧になっていう話ですわ」
だからといって、招かれもしないのに我われが行っておいそれと見せてもらえるはずもない。
能とは先日安土山で見たあの歌って踊って演技する舞よりももっと難解なものだという。安土で最後の方で見たような演者が面をつけて踊るらしい。私は実際に見たことはないが、複数の演者が同じように歌を歌って舞いながらその歌が劇のセリフとなるあの演劇と同じもののようだ。
結局私はその日も、一日教会にいた。
そして新しい週になっても、ここでは神学生たちへの授業はない。彼らはもう安土へ帰ってしまっているのだから当然たが、私の思いはそれでもあの三十人弱の学生の上へと飛んでいた。
事態が大きく変わったのは、その翌日の火曜日だった。
昨日の晴天とは打って変わって、また梅雨空特有のどんよりと雲が垂れこめた曇りだ。すぐにでも雨が降ってきそうだった。
早朝、ちょうどミサが終わった頃の時間に外が騒がしいのを誰もが感じた。騒がしいといっても誰かが騒いでいるのではなく、規則正しい足音が延々と続いているのだ。明らかに軍隊の行進だ。
そこで同宿の少年に様子を見に行かせたが、彼はすぐに戻ってきた。教会の東側を南北に通っている室町通りを北から南へと軍勢が行進しているという。彼らは旅支度で、それほど急いでいるという様子でもないとのことだった。
行列の中心は多くの家来に護衛された馬に乗った若い殿で、旗には黄色地にこの国の通貨(正確にはチーナの通貨がそのまま流通しているのだが)である「永楽通宝」という文字が入った四角い貨幣が描かれていたらしい。
「あれは、織田家の旗印です」
言われるまでもなく、その殿とは城介勘九郎殿だ。室町通りを北から南へ行軍しているとすれば妙覚寺から本国寺へ向かうのだろう。
同宿が言うにはたしかに行列は四条通りに出ると右折、すなわち西へ向かっていったというから間違いない。
勘九郎殿は昨日か今日の早朝、本国寺から一度妙覚寺に戻り、今度は軍勢をひきつれて再び本国寺へと向かっている。
考えられることは勘九郎殿はこのまま本国寺で徳川殿と合流し、徳川殿が都を離れて奈良か堺の見物に出発するのにまたもや同行するようだ。
私は「しまった」と思った。結局勘九郎殿とは都では会えず仕舞いで、彼は今日都を離れてしまう。
織田殿の様子も変だったし、何かとてつもないことが起こるのではないかと言う胸騒ぎがしていた私は、勘九郎殿なら何か知っているのではないかと思ったからだ。
もちろん彼が知っていたとしても、それを私に話してくれるかどうかは別問題だったが……。
しばらくして軍勢は行ってしまって、朝の都に普段の静寂さが戻ってきた。
朝食のあとで私は、ロレンソ兄とともに教会から近くのジョアキム小西殿の屋敷を訪ねた。
あいにくジョアキムは不在で、妻のマグダレナ・マリアが我われを接待してくれた。
「最近いろんなことが目まぐるしく変わりますので、ジョアキムなら何かご存じかと思いまして」
私は書院と呼ばれる畳の部屋でマグダレナと対坐しながら、来意を告げていた。マグダレナはにっこりと笑った。
「じき、夫も戻りましょう。そしたら、きっとバテレン様の知りとうと思わはってるいろんな話を仕入れてくるに違いありまへんさかい、ごゆるりとお待ちになっておくれやす」
マグダレナはそんなことを言っていたが、その言葉が終わるか終わらないかのうちにジョアキムは戻ってきた。
「おお、おお、おお、これはバテレン様、ええところにおいでくださった。この足で南蛮寺へ行こかとも思いましたけど、一度戻ってきてよかった」
そう言いながら部屋に入ってきたジョアキムは、話しながらも我らのそばに座った。
「何か、分かりましたか」
私はさっそく聞いた。
「徳川様は城介様とともに堺に向かわれました」
やはり思ったとおりだった。
「あと、三七殿も安土を発って、昨日住吉に陣を張らはったそうどす。本当は堺に入るつもりでいはったそうやけど、堺の町衆がえらく反対して、仕方なく住吉に向かいはったそうどす」
「住吉?」
「堺より少し北の、大きな神社があって、昔からの港町でもあります」
それにしてもジョアキムはどうしてこれだけの情報をいとも簡単に手に入れてくるのかと舌を巻く。どうも独自のペルコルソとレーテを持っているらしい。さすがは商人である。
「それよりもバテレン様、これはまだ噂ですけどな、どうも今日には安土の上様がご上洛あそばされるとの情報もありますので」
上洛とは都に来ることを日本語ではそういう。
「なんとも今日なんて、そない急な話でして」
私はにっこりほほ笑んだ。
「それは知っていましたよ。今日だとは知りませんでしたけれど、近々都に行くと私に直接言われましたから」
「へ?」
ジョアキムは驚いた顔をした。
「わてらでもよう知らんことをバテレン様の方が先に知ってはるとは、こりゃ恐れ入りました」
ジョアキムは本気で驚いていた。たしかに織田殿は誰にも言うなと我われに口止めしたのだから、ほかの家来たちにさえも秘密だったのかもしれない。
それならばなぜ秘密にしてまで信長殿は都に来られるのか……。
分からない。
しかし。ジョアキムも信長殿が都へ来ることを今日初めて知って驚いているくらいなのだから、その理由などは知るよしもないであろうと思われたので、私はそれ以上は言わなかった。




