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とある司祭(パードレ)の憂鬱(メランコリア) ~聖なる侵略者~  作者: John B.Rabitan
Capitolo 5 Le campane di Nagasaki(長崎の鐘))
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Episodio 3 Il diritto di asilo e Pace di Dio(アジール権と天主の平和)

                  1


 夕方になって、ようやくナウ船が戻ってきた。

 船に乗ってきたのは迎えのサンチェス師の他はヴァリニャーノ師とメシア師、トスカネロ兄の三人のみで、フロイス師や有馬の司祭パードレたちの姿はなかった。


 ヴァリニャーノ師は着くや否や、司祭館に入る前に御聖堂おみどうに直行してその惨状を目の当たりにした。かろうじてまだ日があって、暗くはなっていなかったのでその様子がよく分かった。

 いつも温和で時には冗談を言って笑っているヴァリニャーノ師の顔つきが、みるみる険しくなった。


「このようなことが許されていいのか! 断じてあり得ない!」


 さらには、大声で怒鳴った。私が学生時代を含めて、このように激高したヴァリニャーノ師を見るのは初めてだった。

 それからようやく司祭館に入ると、ヴァリニャーノ師はまずコエリョ師に事の次第の説明を求めた。

 ところが驚いたことにコエリョ師はあくまで父親の復讐を狙う少年が復讐の相手である深江様を襲い、そのまま教会の御聖堂へ逃げ込んできて乱闘となり、まず深江様が少年を返り討ちで斬殺、ほぼ同時に少年は深江様を刺し、二人は刺し違えて共倒れで倒れて死んだと説明している。

 深江様銃殺の件は闇に葬るつもりであることはこれで明白になった。

 さらには、同宿の証言による死んだ少年の身元の件に関しても、何らヴァリニャーノ師に告げる意思はないようだった。私はコエリョ師という人物が、ますます分からなくなっていった。

 ひと通り説明を聞くとヴァリニャーノ師は、ゆっくりうなずいた。


「今回の事件は、我われ教会の落ち度はあまりなかったように思うし、長崎の信徒クリスタンの責任もそう大きくはないことは分かりました。でも、聖堂の神聖さと権威が汚されたことは重大な問題です。ここは一つ教会の尊厳を守るためにも、きちんとけじめはつけないといけない」


 そう言ってからヴァリニャーノ師は、直ちに町の信徒クリスティアーニの代表を教会に集めるように指示した。

 もう暗くなってから集まってきた代表たち六人は、司祭館の方へ通された。今や長崎の町の大部分を占める信徒クリスティアーニの中でもこのグルッポ((グループ))の人たちはそれなりに身分のある豪商や武士サムライで、町の自治はあくまで頭人中が合議で行っているとはいえそれに匹敵する勢力になっており、時には頭人中にも少なからぬ影響を及ぼし得る人たちであった。

 すなわち、エウローパの教会の信徒評議会シノド・ディオチェザーノのような機能を持っている。もちろん、日本の教会ではまだそのようなものは正式に発足はしていない。


 彼らを前にしてヴァリニャーノ師は、厳しい顔つきであった。今回、いつものフロイス師に代わって通訳を命じられたのはサンチェス師であった。サンチェス師もヴァス師も、フロイス師に負けないくらい日本語は流暢だ。


「私は、あなた方に失望しました」


 開口一番、ヴァリニャーノ師は言った。信徒たち(クリスティアーニ)は怪訝な顔つきをした。


「今回の事件はあなた方による教会に対する裏切りです」


 互いに顔を見合わせていた信徒たち(クリスティアーニ)だったが、そのうち豪商らしき中年の太った男がまず口を開いた。


「ばってん、おいどんも昨夜のことについては、今日になってから初めて聞いたとですが」


「おいどんが南蛮寺ば守れんかったことについて、お怒りでいんしゃっとですか」


「ばってん、あの時刻はもうおいどんは皆それぞれの家におりましたけん、どぎゃんして南蛮寺ば守ることができたとですね」


 皆、口々にそのようなことを言いはじめた。


「おだまりなさい!」


 ヴァリニャーノ師はびしゃっと言った。いつも温和で親切な司祭という印象を与えていたヴァリニャーノ師がこんなにも厳しく怒っているのを初めて見た彼らは、サンチェス師の通訳を聞く前にかなり動揺しているようだった。


「昨夜の事件は聖堂に対する不敬の極み、絶対に許されるべきことではありません。あなた方はまだまだ教会を軽く見ているのではありませんか」


「そ、そぎゃんこつはなかとですたい」


「とにかく!」


 ヴァリニャーノ師はまた激しく言った。


「私はこれまでこの国の信徒クリスタンの皆さんを、『天主デウス』の御大切よろしく、十分に御大切にしてきたつもりです。あなた方のためにもっと多くのことをしてあげたいと願ってきたのです。それなのにその返礼がこの仕打ちですか。よくぞ聖堂を血で汚し、めちゃくちゃにしてくださいましたね。今は日本全国から異教徒の商人がこの長崎に集まっている時期です。そういう時期にこのような事件はまずいのです。我われへの異教徒からの評判はこれで一気に落ちるでしょう。また、私が見て来た都や高槻、安土の多くの日本の信徒クリスタンの、我われに対する信頼も一気に落ちます」


 ヴァリニャーノ師の勢いに押されてか、信徒たち(クリスティアーニ)ももはや反論しようとはしていなかった。


「私はもはやこのような土地には一刻もいたくない。明日の早朝に有馬に帰ります。そして教会はすべて破壊し、さら地にします」


「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっとそれは…」


 サンチェス師の通訳を聞いてから、信徒たち(クリスティアーに)は誰もが慌てた。


「そぎゃんこつ、困りますたい。おいどん、どぎゃんしてミサばあずかっとですね」


 これは、彼らにとってかなりの衝撃だろう。いや、彼らだけではない。私にとってもそうだし、通訳するサンチェス師も何度も言葉を乱し、しどろもどろの通訳になっていた。


「今日のお話これだけです。どうぞお帰りなさい」


 そう言われても、彼らもはいそうですかと帰れるはずもなかろう。そこで、ヴァリニャーノ師から立ちあがって、彼らを残してさっさと部屋から出て行ってしまった。


 廊下を歩くヴァリニャーノ師を私はあわてて呼び止めた。ヴァリニャーノ師はどうも事実関係を誤解しているのではないかと思ったからだ。聖堂を汚したのは異教徒の頭人中であって、今日集まっている彼らではない。それなのに、まるで今日の信徒クリスティアーニ代表の人たちを犯人扱いである。


神父様パードレ! ちょっとお話が」


 私が話しかけて振り向いたヴァリニャーノ師の笑顔は、これまでと同じものだった。


「今日来た人たちは昨日の事件とは」


 ヴァリニャーノ師は、私の言葉を手のひらを挙げて遮った。


「おお、君かね。まあ、入りになさい」


 ヴァリニャーノ師はイタリア語でそう言って、私を別の部屋に導き入れた。そこは師がかつて長崎滞在中に自室としていた部屋である。すでにランプは灯されていた。そこで私は椅子に座るよう促され、その通りにした。


「君も災難だったね。長崎についてそうそう、このような事件に巻き込まれるとは」


 もう、全くいつものヴァリニャーノ師だった。会話も全部イタリア語である。先ほどの激高した様子とは別人のようだ。


「いえ、実は先ほどの人たちは」


 私もイタリア語にして言いかけると、自分も座りながらまたもやヴァリニャーノ師は私の言葉を手で遮った。


「分かっているよ。彼らには責任はない。しかし、今回の事件がカトリック教会にとってはいかに重大な問題であるかということを示すためには、ああでもしないと理解しないだろう」


 やはりヴァリニャーノ師は誤解しているわけではなかったのだ。


「しかし神父様パードレ、本当にこの教会を壊してしまうおつもりですか?」


「まさか、そんなことするわけないだろ」


 ヴァリニャーノ師は声を挙げて笑った。


「ただ、ちょっと脅しをかけただけだ。いいかね、もし本当にこの教会を壊して我われが長崎から退去したら、信徒の人たち(クリスティアーニ)ももちろん困るだろうけれど、いちばん困るのはこの町を今運営している異教徒の頭人中というあの人たちだ。教会がなくなるのは単に教会がなくなるということではない。当然、ポルトガル商館も共に退去だ。ポルトガルとの貿易そのものが長崎から撤退することになる。薩摩もそうだったけれど、ポルトガルとの貿易を望んでいる人たちはたくさんいる。商館を豊後に持っていくのもよし。あるいはいっそのこと都近くの堺にという手もある」


「ちょっと待ってください。そうなったら長崎に領地を提供してくれた大村のドン・バルトロメウとの関係は」


「だから、まさか本当に教会を壊して退去したりはしないと言っているじゃないか」


 またもやヴァリニャーノ師は大笑いをした。なんだか私の方が話を先走って、赤恥ものだった。


「ただ、明日早速、形だけでも我われは有馬へ退去する。上長であるコエリョ神父(パードレ・コエリョ)も連れて行く。まあ、あとのことは私に考えがあるから、ゲームに挑むつもりで私に任せておきなさい。頭人中連中もうまく丸めこむから」


 そうしてヴァリニャーノ師は、またもや大笑いだった。だが私は、一緒になって笑っていられる気持ちではなかった。

 ヴァリニャーノ師はすべて分かっていると言ったが、それはあくまでコエリョ師から話を聞いた範囲でのことであろう。コエリョ師も知らないことを、私は知っている。ヴァリニャーノ師にだけは本当のことを言っておいた方がいいのではないかという気がひしひしとする。

 だが、それには、告解で聞いた内容を口外してはならないという掟に背くことになる。また、今回の騒動に対するコエリョ師の一連の措置についても腑に落ちない点も多々あるが、それを告げるためには結局すべての真実を打ち明けてからでないとだめである。

 私は言いたいことがもう喉元までこみあげてきたが、結局は呑みこむしかなかった。

 そんな私に、ヴァリニャーノ師は言った。


ヴァス神父(パードレ・ヴァス)と共に、君はここに残ってくれたまえ」


 もちろん私には、了解する以外の選択肢は与えられていなかった。



                  2


 翌朝、ヴァリニャーノ師は御聖堂おみどうの祭壇のすべての装飾と祭壇正面の木彫りのキリストの絵をはずさせて、一つの人が引く車に積み込んだ。さらには御聖体のある聖櫃まで持ち出した。

 その頃にはもう、多くの信徒クリスティアーニが話を聞いて教会に押し寄せてきていた。


「本当に行ってしまわれるんね?」


「おいどんは置き去りですね?」


 人びとは口々に叫びながら、ヴァリニャーノ師に詰め寄る形になっていた。


「行かんでくんしゃい」


「行かんで。行かんで」


「どんな償いでもしますけん、ここに残ってくんしゃい」


 群衆に囲まれ、教会は大騒ぎだった。自分の荷物を手で引く車に乗せ始めていたコエリョ師は、やはり冷静沈着だった。

 そんな人混みをかき分け、ヴァリニャーノ師はコエリョ師、サンチェス師、そして修道士たちを引き連れ、教会を離れようとした。そして、立ち止まって人びとに聞こえるような大声で言った。


「御聖堂はまだ今はあるけれど、当分ミサはありません。当分の間は聖務禁止、教会は閉鎖します」


 その言葉は、すぐにサンチェス師によって日本語で伝えられた。

 

 教会の中は、火が消えたように静かな毎日となった。

 しかも、ヴァリニャーノ師とともにほとんどの司祭が有馬へ行ってしまったその次の日が日曜日だったが、ヴァリニャーノ師の指示によって御聖堂は聖務禁止となっていたために市民の一般信徒クリスティアーノが参列しての主日のミサは執り行うことができなかった。

 仕方なく、事件以来聖務日課を行っている司祭館の一室で、ヴァス師の司式で私だけが参列するという形でミサを捧げた。

 その翌日の月曜日、前にヴァリニャーノ師が集めた信徒クリスティアーニの代表たちが、他の十名弱の有識者らしき風体の人たちと共に教会を訪れて来た。聞けばその人たちが長崎の町の自治を担当している頭人中の人たちなのだという。


 ヴァリニャーノ師の怒りの言い渡しを受けた信徒クリスティアーノ代表の人たちはまず自分たちで協議をし、そして頭人中の人たちとの話し合いを提案して、日曜日の夜に協議が開かれたとのことだった。この日はその話し合いの結果を持っての訪問だということだ。


 司祭館の一室で総勢約二十人弱が集まっての会合が行われた。


「私どもはあくまで留守番ですから、あなた方の話を聞いてどうこうするということはできません」


 と、まずはヴァス師が釘をさしていた。


「もちろん、今日の今に何をどうしてくれというこつではなかとです。ただ、我われの話し合いの結果ば、ぜひ有馬のバテレン様にお伝えいただいて、一日も早く長崎に戻ってきてほしかとです」


 信徒クリスティアーニの代表がそう言うので、とりあえずは話を聞くことにした。


「ではまず最初に」


 その信徒クリスティアーニ代表が話しはじめようとした。


「いや、まずその話はおいどんから」


 だが、頭人の一人が軽く手を挙げた。


「おいどんでも話し合うておったことですばってん、まず今回の騒ぎの中心となった深江様の縁者の方々には長崎から出て行ってもらいます。バテレン様方の南蛮寺に押しかけて騒ぎを起こした連中です。これで、キリシタンの皆さんが神聖な場所として尊んどう南蛮寺ば血で汚したことに対するお詫びの印ですたい」


「深江様はは、あなた方のお仲間ではないのですか?」


 私が尋ねた。


「たしかに、深江様は頭人中の中でも筆頭格の方でおりましたばってん、南蛮貿易に力ば入れていくというこん長崎の町の運営方針に常日頃から反対しよったお人です。あん方は神宮寺の檀家衆の筆頭でもありまして、キリシタンを毛嫌いし、南蛮貿易にも反対しとりました。これは南蛮の国々が我が日の本を乗っ取ろうちゅう策略に違いなかと常々申しておりましたけん」


 私の中で、深江様の縁者があの時言っていた「侵略者」という言葉が脳裏に蘇った。


「じゃけん、あん人の妻や子ら、弟の家族はじめすべての親類縁者、またあの人の意見に同調するもんは、ことごとく長崎から追放するっち決めました。これは今の遺された頭人中の総意ですたい。我われ頭人中で決めたとです。神宮寺も黙っておらんかもしれんばってん、そこは押し通します」


 やはり南蛮貿易の地が長崎から他へ行ってしまったら困るという必死の思いであるようだ。

 神宮寺とは、この教会からも間近に見えるあの巨大な屋根を持つ仏教の寺だ。


「分かりました。巡察師ヴィジタドールのバテレンにお伝えしましょう」


 ヴァス師はうなずいた。


「次に」


 今度は信徒クリスティアーニ代表の方が口を開いた。


「我われキリシタンにとって礼拝堂はどぎゃんに尊かもんか、どぎゃんに崇め奉り、また護っていかなければいけんもんか、この間のバテレン様のお話で目ば覚めたとです。そこで、明日より我われキリシタン代表と頭人中の人びとと一緒に礼拝堂を清掃し、破損した箇所は新調し、さらにすべて畳を張り替えますけん、ぜひ巡察師ヴィジタドールのバテレン様に戻ってきて南蛮寺でのミサを再開してほしかとです」


「分かりました。これも伝えましょう」


「では早速、明日からにでもその作業に入りますたい」


 今回の会合は何かを話し合うということではなく、すでに行われた話し合いの結果を聞くということだけだったからこれだけで散会となり、人びとは教会のある丘から岬の町の方へおりていった。


 我われは早速その内容を手紙に書いて、同宿の一人を選んで有馬まで走らせることにした。同時に、御聖堂での作業も始まったようである。


 二日後、ヴァリニャーノ師からの返事を持った同宿が戻ってきた。

 それによるとヴァリニャーノ師は「今回の信徒クリスティアーニ代表と頭人中の話による結論に関しては大いに満足している。すべてが自分の思惑通りになった。ただ、だからといってすぐに自分が長崎に戻ったらあまりクスリが効かないので、今しばらくは有馬にいる。少しじらしてから二週間ほどしたら長崎に戻る。このことは信徒クリスティアーニ代表にも頭人中にも秘密にしておいてほしい。巡察師ヴィジタドールはいつ戻るのかと聞かれたら、『分からない。そのような気配はまだない』と答えておいてほしい」ということだった。


 これで私もヴァス師も安心して、ヴァリニャーノ師の帰りを待つことができた。その言葉通りだったとしたら、二週間もすれば必ずヴァリニャーノ師もコエリョ師も長崎に戻って来るのである。


 だが、長崎の人びとはそれを知らないのでいつ戻って来るのか、あるいは本当にもう戻って来ないのかやきもきして焦るに違いない。そうやってじらすのがヴァリニャーノ師の作戦らしい。まあ、ヴァリニャーノ師も人が悪いといえば悪いといえるが、甚大な考えがあってのことだろうと思う。


 我われはこの二週間を『天主デウス』が下さったほんの束の間の休息と考えて、のんびり暮らすことにした。

 そうしてあっというまに二週間は過ぎた日の夕刻近く、一隻の日本式帆船が港に入ってくるのが司祭館の窓からも見えた。普段から船の出入りは多い港だが、それは特別な船だと私は直感したので、ヴァス師と共に港まで迎えに行くと、果たしてそれはヴァリニャーノ師やコエリョ師を乗せた船だった。



                  3


 上陸したヴァリニャーノ師は上機嫌だった。だが、積み荷を降ろしている間にも噂は広がって、多くの信徒たち(クリスティアーニ)が港に群がり、歓声を上げ始めた。

 全員が上陸すると、ヴァリニャーノ師はともに船で戻った司祭も残留した司祭も、そして修道士もすべての聖職者を集め、


 「これから、荘厳な行進を行って教会に入ります。聖歌を歌う準備をしてください」


 そして歌うべき聖歌を指示した。さらに付け加えて師は言った。。


 「そして集まった信徒クリスタンの皆さんも一緒に行進に参加するよう、呼びかけてください」


 そうして、港から教会まで、距離にして短い道のりではあったが、行進が始まった。先頭に教会の御聖堂から持ち出した祭壇の木彫りのキリストの絵を掲げ持つ修道士を先頭にすぐにヴァリニャーノ師が続き、そのあとにコエリョ師、そして私を含むその他の司祭、修道士の順で、その後ろを一般市民の信徒クリスティアーニが続く形だった。

 信徒たち(クリスティアーニ)はラテン語で高らかに聖歌を歌いあげ、厳かな中で行進は続いた。沿道にはいまだ異教徒のままの一部の市民や日本全国から南蛮貿易のためにやってきた商人たちでひしめき合い、その中にはポルトガルの商人たちの姿もあった。

 ポルトガル商人の中でも信仰熱心な人は、一緒に行進に加わっていた。


 やがて坂を上って教会の門をくぐり、御聖堂前の広場に一同は群がって止まった。

 そのまま大衆は待機させ、司祭団は御聖堂に入り、キリストの木彫りの絵をもとの位置に掲げると祭壇の上の装飾も原状を回復した。そして、ヴァリニャーノ師は聖堂内を見渡した。そこは信徒たち(クリスティアーニ)の手によって見事にリノヴァメント((リフォーム))され、畳も新しくなっていい香りを放っていた。

 私はこれまで畳は薄茶色だとばかり思っていたが、本当の新しい畳は緑色なのだということを初めて知った。時がたてば自然に茶色になるようだ。

 障子もすべて張り替えられて、むしろ従来よりも新築家屋のようなたたずまいを見せていた。


 ヴァリニャーノ師は満足そうにうなずいてから、再度我われは大衆の待つ表の広場に出た。

 そこには死んだ深江様以外の頭人中のメンブロ((メンバー))全員がおり、さらに長崎の町の信徒クリスティアーニの市民、そしてカピタン・モールのイグナシオ・デ・リーマをはじめとするポルトガル商館の商館員たちの姿もあった。


「皆さんにお話があります」


 ヴァリニャーノ師が声を張り上げ、それをサンチェス師が通訳した。


「先日、非常に悲しい出来事が起こり、私たちの教会の聖堂が血で汚されました。それはあってはならないことです。ここで皆さんと共に、もう一度教会の聖堂の神聖さについて考えてみましょう。そもそも教会というのは単なる建物ではありません。それは一つの共同体であり、我われキリスト者が主イエズス・キリストとつながる一致の場でもあります。その意味で、教会はキリストのからだともいえます。それは聖パウロがその当時の信徒クリスタンたちに宛てた手紙の中で盛んに述べています。そしてそのからだにとってかしらはキリストご自身なのです。例えばエペソ人への手紙では『天主デウス』は『キリストをよろずのものの上にかしらとして教会に与えたまへり。この教会はキリストのからだにしてよろずの物をもてよろずの物を満たしたまふ物の満つる所なり』と聖パウロは書いています。そのかしらであるキリストとつながるからだであり、聖霊の神殿でもある教会は決して汚されてはならないもの、その尊厳が守られなくてはならないものなのです。そこで、信徒クリスタンの皆さん」


 ヴァリニャーノ師はそこに集まっている信徒クリスティアーニの人びとを見渡した。


「この長崎の町を昔から預かって来られた頭人中トーニンチューの皆さん! 今、両者の方々はこのきよく尊い教会の聖堂の前の聖なる広場にともに会しておりますが、ここで両者ともども多くの方々が見守る中で、我われ教会との誓約を交わしてもらいたいと存じます」


 これからこの教会の領地である長崎の長であり「殿」ともいえるヴァリニャーノ師からどのような制約の内容を言い渡されるのか、だれもが息をのんで静寂の中でヴァリニャーノ師の次の言葉を待った。


「まずは、先ほどお話したことを踏まえて、教会、とりわけ聖堂はキリストの体としての尊厳をもつ神聖な場所であり、尊崇されるべき場所であることを再確認願いたい。これは信徒クリスタンの皆さんはもとより、この町を預かってこれまで治めてきた頭人中の方々もです」


「意義なかとです」


 頭中人の一人が大きな声で言った。彼は武士サムライではなく豪商のようで、中年の恰幅のいい男だった。


「そんで、実は我われでも話し合ったことですばってん、我われ頭人の全員がキリシタンの洗礼ば受けようっちゅうこつになったとです」


「おお」


 ヴァリニャーノ師は満面の笑みを見せ、信徒クリスティアーニの間からも喝采が起こった。


「やはりすべて『天主デウス様』のみ旨ですね」


 本当にヴァリニャーノ師は満足そうだった。そしてさらに話を続けた。


「次に、二度と今回のような事件が起こらないために、もし聖堂の中に逃げ込んだ者がいたとしたら、その人の自由と権利が保障されなければならないのです」


「それなら仏教の寺院でもそぎゃんこつなっとりますばってん、南蛮寺も同じっちゅうこつですな」


 頭人の一人が言うのを聞いて、私も驚いた。仏教のテラにも、我われの教会と同じようなディリット・ディ・ア((アジール権))ジーロがすでにあるということになる。ヴァリニャーノ師の笑顔がさらに輝きを増した。


「その通りです。どんな罪びとでも『天主デウス様』の前では平等です。その罪びとが教会の庇護を願って訪れたのなら、教会はそれを護ります」


 つまり、教会は世俗の法律は入りこめない聖域なのである。この国の人びとも仏教の寺をそう考えていたのなら、話は早い。それと同じですと言えば、たちまち理解するだろう。


「そして最後に、この長崎の町の皆さんは今回の事件のようなことがさらに起こらないように、暴力をふるまうものには皆さん方が楯となり、教会や我われ司祭を護ってもらわねばなりません」


 これにも、人びとは喝采を挙げた。


「教会だけでなく、長崎の町の皆さんの土地と財産も保護されなければなりません。この長崎では今後、例えば今回のような復讐という名目の仇討ち(アダウチ)を含め、一切の私的な暴力や武力の行使はすべて禁じます。つまり、この秩序が乱れているこの国の今の時代、つまり乱世ランセの中にあってこの教会と教会領内は絶対的に平和であることを宣言し、また皆さんはそのことをここで誓っていただきます」


 これにも喝采が上がった。


「ただし、この平和を脅かす者には、それがいかなる存在であろうとも、あなた方で戦って平和を護らねばなりません。そのため、市民の皆さんの十五歳以上の男性はそういった有事に備えて組織化して、いつでも招集がかかれば集まれるようにしてください」


 これも人びとには抵抗はなかったようだ。どんな殿の領地の民であっても、その殿が他の殿と戦争をするということになれば兵士として駆り出されるのはその殿の治める町の市民や周りの農民たちで、だから彼らはそういうことには慣れているようだ。

 その流れを聞きながら、私はなんとも不思議な感覚だった。今目の前で繰り広げられているやり取りは、まるで五百年ほど前にフランスで盛んだった「教会会議」にて教会の権限で一切の暴力を禁じたあの『天主の平和(パックス・デイ)』運動に他ならない。

 今やエウローパではどの国でも王権が強くなってこの運動はもう二百年以上前から下火になっているが、それを地球の裏側のこの国で、今の時代に実現させてしまうヴァリニャーノ師はやはり敏腕であると実感した。


「それでは皆さん」


 ヴァリニャーノ師は一歩前へ出て、広場をまるく取り囲んでいる人びとの輪の中にたった。


「今回の事件も『天主デウス様』がこの町の皆さんを一つに結び付けてくれたお仕組みと、感謝しましょう。一見悪に見える出来事も、すべて『天主デウス様』がなされたみわざ、すべてがよくなるための変化あるのみ。ですからものごとの善悪を人知で判断してはいけません。さあ、信徒クリスタンの代表の方、そして頭人中の代表の方、どうぞこちらへ」


 ヴァリニャーノ師は、自分の前を示した。二人の男が、すぐにそこに向かい合って立っていた。


「お互いに右手を出して。それを握り合ってください」


 この国の人にとっては馴染みのない仕草をさせられ二人とも照れていたし、その動作はぎこちなかった。人びとの間からは、また喝采が上がった。


「ここに、この長崎の町に誓約共同体コムナが誕生しました。『天主デウス様』も大変お喜びでいらっしゃいます」


 私はその誓約共同体コムナコムーネ((コミューン)))という言葉を聞き、むしろこれはドン・バルトロメウ大村殿から土地の寄進を受けて長崎がイエズス会領になったとはいえ町の自治は従来通りの頭人中が行っていたという二重支配にペリオド((ピリオド))を打ち、名実ともにイエズス会がこの領地の「殿トノ」になった瞬間ではないかという気がしていた。

 

 その日の夜、頭人中の人びとと、これまでほとんどの住民が信徒クリスティアーノであった長崎の町で数少ない異教徒である人びとが全員教会に集まり、公教要理カテキズモの講義を受けた。

 全員が同じ場所で講義を受けるには人数が多すぎたので三つの大きな部屋に分け、私とサンチェス師、ヴァス師の三人で手分けして講義は行われた。

 本来ならもっと時間をかけて行うべきだが、ヴァリニャーノ師はとにかく急いでいた。


 その翌日の日曜日、聖務禁止が解けた聖堂にて主日のミサが執り行われた。二週間ぶりに聖堂の鐘が打ち鳴らされた。

 その日はよく晴れていた。秋も深まった青空を背に、今高らかに長崎の鐘は鳴る。その鐘の響きが長崎にようやく戻ってきたのだ。そしてそのミサの中で、頭人中、さらにはこれまで異教徒だった人びとの会衆の洗礼が執り行われた。

 こうして、長崎の住民のほぼ全員が信徒クリスティアーノになった。

 だが、あくまで「ほぼ」なのは、まだ難しい人びとが長崎には一部いる。


 教会は高台になっているので、海と反対側の陸地はそびえる山の麓までよく見渡せる。

 その山の麓に大屋根を並べている寺がある。私が最初に長崎に来た時に、教会のこんなすぐそばに悪魔崇拝の場所があるとレオン師が言っていたあの神宮寺だ。

 寺自体の規模もかなり大きいが、その近辺に長崎の岬の上の六丁町とは別の集落が形成されていて、長崎の中に別の町があるという様相を呈していた。

 その町の住民は皆神宮寺の檀家で、日本語ではそのような町を寺のポルタ(モン)の前の町という意味で「モンゼンマチ(門前町)」というそうだが、当然そこの住民はまだ異教徒のままで洗礼を受けには来ていない。


 イエズス会が領有しているのは先端にこの教会がある長い岬の上、つまり付け根の部分の堀と石垣のこちら側の六つの町、総称して六丁町という部分と、堀の向こうに広がる田畑であった。神宮寺の門前町は町としてはイエズス会の所領の外ではあるが、イエズス会が領有する田畑の真ん中にある。だから、イエズス会の所領とも言えなくはない。ましてやもう一つの山の教会からは目と鼻の先である。


 そのようなところに、多くのイエズス会士の意識でいえば悪魔崇拝の場所があるというのはどうにも不都合だと、誰もが考えているようだった。

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