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とある司祭(パードレ)の憂鬱(メランコリア) ~聖なる侵略者~  作者: John B.Rabitan
Capitolo 5 Le campane di Nagasaki(長崎の鐘))
40/96

Episodio 2 Il caso dell'omicidio di Nagasaki(長崎殺人事件)

                  1


 海に突き出た細長い岬、それが長崎の町である。

 私が日本への第一歩を踏み入れたこの長崎だ。

 最初に来た時はまだ日本語もかじりかけ程度だったので長崎という地名を聞いても何も思わなかったが、今は確かに実に細長い岬であるから「長い岬」という意味で長崎というのだということが自然と理解できた。


 その西へと突き出た岬の北側に回り込んだところにある港に行くため、岬の先端のすぐ下を船は通るが、その岬の先端を見上げて私は驚いた。そこに「城」があったのである。

 ほとんど三方を海に囲まれているといってもいい岬の先端は、先端というよりも岬の先に高台となった大きな島がかろうじて岬と接しているといってもいい。

 その高台の大きな島の周りはすべて石垣で囲まれ、ちょっとした要塞になっている。

 石垣は日本の城と同じ石垣で、エウローパのように石をきれいな直方体に加工していはいない。さまざまな自然の形の石ではあるがそれが隙間なく見事に積み上げられ、しかも表面はきれいな石の壁のようになっている。

 今までいろいろな城に行ってこの石垣を見たが、すごい技術だと思う。表面の加工をせずに本当に自然のままに石を積み上げているという石垣の城もあったが、多くの城は表面が壁のようになるために加工されている。


 しかし、そのようなことに感心している場合ではなかった。前に来た時は、こんな岬の先端に城などなかった。それよりも、この高台の上、海にいちばん突き出てこんもりとした松の緑に覆われた中にこそ我らの教会があるはずだ。

 それを思った時に同時に思い出したのは、前にここに来た時に教会の周りで盛んに工事が行われていた。今やその工事は完成しているようで、しかもこの石垣こそがあの時の工事だったのだ。

 すると、我われの教会は、高い石垣に囲まれた要塞と化しているということだ。

 果たして上陸してみると港から見上げる位置に、我われの「城」が横たわっていた。

 城の上で松の緑から屋根をのぞかせている我われの教会のほかに、私の目を引いたのは港に停泊している懐かしいポルトガルのナウ船だった。私が乗ってきたミゲル・ダ・ガマの船はすでにマカオに戻り、次にやってきた便だろう。


 町はこれまで見たどの町よりも活気があり、しかも日本人に入り混じってポルトガルの商人の姿も多数あった。ちょうど今はマカオからのポルトガル船が来航して滞在している期間中なのだ。

 やはり、活気ばかりではなく雰囲気も違っていた。町の商家や民家などの造りこそ他の町となんら変わりはないが、これだけの数のポルトガル人、しかも我われのような聖職者ではない民間のポルトガル商人が歩きまわっている町は日本ではこの長崎しかないであろう。

 そのことに加えて港のどこからも見える巨大なナウ船の雄姿に、私はリスボンかどこかに帰って来たのではないかと錯覚した。


 だがそんな町の様子を見ている間もなく、私と修道士イルマンは港からすぐそばの教会へと向かった。どうも勝手が違うのは、これまで訪れた町では多くの信徒クリスティアーニがお祭り騒ぎで出迎えてくれたが、ここ長崎では我われが到着してもそれは実際珍しいことでも何でもないので、誰もがそのまま日常の生活を送っていた。

 教会からは一人の修道士イルマンが出迎えに来てくれていただけなので、そのまま石垣の上への石段を上り、門をくぐった。

 石垣の中に建っていたのは城の屋敷ではなく、まぎれもなく我われの教会と司祭館の建物だった。だが他にもポルトガル商館や商人たちの居住区もこの中にあり、もうそこは完全にポルトガルのようであった。

 だが実際は、この石垣の中だけでなく、この高台から見下ろす岬の付け根に向かって伸びている長崎の町も、その向こうに広がる田畑も、すべてイエズス会が領有する場所、すなわちイエズス会の領地なのだ。

 ただ、あくまでイエズス会という修道会の所領であって、ポルトガルの領地でも植民地でもなんでもない。


 教会の入り口で、いきなりあの気が重くなる人と出くわした。しかも我われを出迎えてくれたというような感じではなく、たまたま入り口の近くを通り過ぎようとしたその時に我われが到着したというような感じだ。


 コエリョ師は我われの姿を見ても、表情も変えずに言った。


「ご苦労様です」


 そしてすぐに奥へ行ってしまった。体格はいいが冷たい感じがする。五十代になったかならないかくらいだから、フロイス師とほぼ同じくらいだろう。

 かつてカブラル師は元軍人だったと聞いていたが、コエリョ師に関しては経歴はよく知らない。だが、カブラル師と同様にこの人も元軍人なのではないかという気がした。

 とりあえず挨拶もそこそこに、私は与えられた部屋へと入った。

 このコエリョ師が、これから後の日本の総布教長になるということはすでに決まっている。だが、そのことを当の本人はまだ知らされていないようなので、私も余計なことは言わないことにした。

 むしろ私を歓迎してくれたのはミゲル・ヴァス師とアイレス・サンチェス師であった。歓迎というよりもそれは再会の喜びである。

 つまりこの二人は私がマカオで叙階した時に、アルメイダ師などとともに一時日本からマカオに渡って私とともにマカオで叙階された方たちだ。

 口之津で別れて以来の再会だった。

 二人とももアルメイダ師ほどではないが私よりは年長であった。

 まずはカリオン師とは都で再会したし、ラグーナ師とは臼杵で、アルメイダ師とは天草でそれぞれ再会を果たした。今こうしてミゲル・ヴァス師とサンチェス師とも再会することで、私とともに叙階を受けた同期の全員と再会ができたことになる。


 それにしても、ほんの一年半で人事異動が激しい。

 私とともに叙階を受けた人たちは皆落ち着くところに落ち着いており、ヴァリニャーノ師の腰巾着ではっきりとその所属も決まっていないのは私だけだった。

 もっとも私だけが叙階後初来日で、他の人たちは皆日本で修道士イルマンとして活躍した後でのマカオでの叙階だったのだから事情が違うといえば違ったのだった。



                  2


 翌日、私はミゲル・ヴァス師と共に久しぶりに長崎の町を散策した。

 前に来た時は長崎にいた同年代のレオン師が案内してくれたが、今では彼はドン・バルトロメウの城のある大村のすぐ近くの、コーリという場所の修道院カーサにいるという。


 長崎の町――全く初めて日本に上陸したばかりで、日本で最初に見た町がここだった。今や一年半近くを日本で過ごし、日本のいろいろな町を訪れ、いろいろな人と接してきた上でのこの町との再会である。当然、前とはいろいろな意味で感覚が違う。

 初めて来た時は、この町にポルトガルの民間人が多くいることを特になんとも思わなかった。ゴアでもマカオでもそうだったからである。

 だが、今ではそれが奇異に見えてしょうがない。

 ここは日本で唯一のイエズス会の知行地である。しかし、町はそれ以前からあったのであって、当然ながら住民もそれ以前からの住民も多いはずだ。

 完全にポルトガル領となっているゴアとはわけが違う。だが見る限り、日本人の住民とポルトガルの商人たちとの間の亀裂というものは表面的には感じない。


「ここでは日本人もポルトガル人も仲良く暮らしているのですね」


 私がそのことを言うと、ヴァス師も笑ってうなずいた。


「そうですね。私が生まれたゴアでは、ポルトガル人しかいませんでした。私はポルトガルに行ったことはないのですが、おそらくゴアの町はポルトガルと変わらないのでしょう」


 ポルトガルに行ったことがないポルトガル人というのも、ポルトガルの植民地政策の産物かもしれない。

 そのヴァス師は話を続ける。


「たしかにここでは日本人とポルトガル人が仲良く共存しています。ここ以外の町では、日本人の町の中にかろうじて教会を建てて我われイエズス会士が住んではいますが、一般のポルトガル人は全くいませんからね」


「やはりこの町は日本人といえども圧倒的に信徒クリスタンが多いからでしょうか」


「そうですね。ほぼ八十ポルセント((パーセント))くらいは信徒クリスタンです」


「八十ポルセントということは、まだあと二十ポルセントは異教徒がいるのですね」


「ま、たしかに」


 ヴァス師はそこで言葉を濁しているように感じた。


 やがて町のはずれ、つまり岬のいちばんの付け根まで来ると、そこにはさらに石垣と城壁が築かれ、城のような堀まであって外の町とは区切られていた。外の町といってもまだそこでイエズス会領が終わりというわけではないが、なぜか区別されているのだ。城壁の外を見ると町の周りに田園風景が広がるが、もうそこはこれまでどこででも見て来た普通の日本の風景と変わらなかった。そのまま土地が坂道となって傾斜し、その先に山がでんと居座っている。


 その山の麓に、前に来た時も見た大きな寺の屋根がいくつも見えて、その寺の周りにも町が形成されていた。

 かつてレオン師は悪魔崇拝の場所がこんない近くにあるとぼやいていたが、宗派は真言宗シンゴンシューということで法華ホッケでも一向宗でもないようだった。

 確かに教会から近いなと、私はその時はその寺の屋根を見てそんなことしか思っていなかった。


「長崎の人口はどんどん増えていっています」


 教会へ戻る道すがら、ヴァス師は言った。


「あちこちから日本人の信徒クリスタンがこの長崎になだれ込んできています。去年、私とあなたがこの町に来た時に比べたら、今は二、三倍にはなっているでしょうね」


「こんな狭い町なのに、大丈夫なのですか? 修道会は領主として、どうやってこの町を治めているのですか?」


 ヴァス師はその質問を聞いて笑った。


「治めているのは昔からこの町を治めていた人たちですよ。この長崎はもともとはドン・バルトロメウ大村殿の領地でしたけれど、実質は長崎殿という殿の知行地でした。しかしその頃からこの岬の上の内町は頭人トーニンと呼ばれる十人ほどの町の人びとが話し合って自ら治めていました。頭人とはいわば住民の代表者(プリンシパエス)という意味です。ドン・ベルナルド長崎殿はドン・バルトロメウ大村殿の娘婿で、ともに信徒クリスタンです。今やそのドン・ベルナルドに代わってイエズス会が領有してはいますが、形式はドン・ベルナルドの頃と変わらず、頭人たちの自治に任せています」


「ああ、まるでサカイという町と同じだ。堺という町もどの殿にも属さず、会合衆カイゴーシューという住民の代表の人たちで治められています」


「長崎の場合は、イエズス会という殿トノがいますけどね」


 ヴァス師は笑った。


「ところで、その頭人という人たちは信徒クリスタンなのですか?」


 ヴァス師の顔から笑みが消えた。そして黙って首を横に振った。何かがありそうだと私は直感したが、その時はあえて何も言わなかった。


 その翌日の水曜日は11月1日、つまり万聖節トドトス・サントス(諸聖人の祝日)であったので、コエリョ師の司式で盛大なミサが行われ、聖堂に入りきれないくらいの参列者で埋まった。

 水曜日ではあっても祝日なので、多くの信徒クリスティアーニとそしてポルトガルの商人たちが一気に押し寄せたからである。


 ミサは私のいる岬の教会(サンタ・マリア教会)と、長崎でいちばん古い山の教会(諸聖人トードス・オス・サントス教会)の二手に分かれて行われたので、それでなんとかおびただしい数の信徒クリスティアーニが参列できたのだという。

 長崎のもともとの領主であったドン・ベルナルド長崎殿は、その山の教会の方に通っているという。聞けば、まだ二十代前半の若さだということだ。

 私は一度会ってみたいと思ったが、しばらくは長崎にいることになるのでそのうち会う機会もあるだろうと思っていた。


 翌日は万霊節で、死者のためのミサが執り行われた。ミサの後の会食で、私はヴァス師やサンチェス師と話をしていた。


巡察師ヴィジタドールは私に長崎での協議会のお膳立てをして来いということで先に派遣されたのですが、いったい何をどうしたらいいんでしょうかねえ」


 二人とも笑っていた。


「特に何もすることはないでしょう。シモの司祭たちは招集をかければいつでも集まりますからね」


 そう言うヴァス師の言葉を続いて、サンチェス師も笑っていた、


「まあ、巡察師ヴィジタドールは骨休めの期間を下さったのでしょう。そう思ってゆっくりしているといいですよ」


 ただ、私は今回長崎に来てから、まだただの一度もコエリョ師とまともな会話をしていなかった。何か近寄りがたい雰囲気を、コエリョ師は発しているのである。


 岬の教会は三方が海に囲まれているため、夜になると波の音が寝室まで聞こえてきて、それが逆に心地よい眠りを促す。ここのところ行事が続いたので、私はこの日は疲れ果てて、わりと早めにさっさと布団を敷いて寝てしまった。


 少しまどろんだだけだから、まだそんなに夜は更けていなかったと思う。一度目が覚めたのでトワレット((トイレ))に立ち、その帰り道の暗い廊下で人影がとすれ違った。その巨大な体格から夜目にもコエリョ師だとすぐに分かった。


こんばんは(ボア・ノイチ)


 私は挨拶だけして、通り過ぎようとした。


コニージョ神父(パードレ・コニージョ)


 すると珍しく、コエリョ師の方から呼びかけてきた。私は歩みを止めた。


巡察師ヴィジタドールはいつ長崎に来られるのです? 何か聞いていませんか」


「さあ。とにかく私にはひと足先に行っていなさいと言われただけでして」


 しばらく無言で何か考えているようなふうをしてから、コエリョ師は言った。


「そうですか」


 それに対する反応ははそれだけだった。


カブラル神父(パードレ・カブラル)が総布教長を辞任されてからいまだに次の人選が決まっていないようですが、そのことについても何か聞いていますか?」


 私は驚いた。

 すでに安土に於いて、ヴァリニャーノ師は総布教長をオルガンティーノ師にという考えを示したが、本人から強く辞されてしまった。そこで次に名前が出たのがコエリョ師だった。

 コエリョ師はこのシモ布教区の布教区長だ。だが本人は、そのことをまだ何も知らないらしい。つまりヴァリニャーノ師はまだ伝えていないようだ。

 もっとも、ヴァリニャーノ師は今回有馬に着いてからまだ長崎に来ていないので、コエリョ師とは会っていない。恐らくは自らの口で伝えようと思っておられるようだから私が余計なことは言わない方がいいと思った。


「いえ、特に何も聞いていませんが」


「そうですか。オルガンティーノ神父パードレ・オルガンティーノにという話にはならなかったのですか?」


「いえ、とにかく私は何も聞かされていません」


 私は、ここはしらを切り通すつもりでいた。コエリョ師は首をかしげた。


「同じイタリア人のよしみでオルガンティーノ神父パードレ・オルガンティーノと考えるのではないかと思っていたのですが、さらに同じイタリア人のあなたが知らないのなら、そういう話ではないようですね」


 私はその場を去ろうとした。だが、コエリョ師の言葉は終わらない。


「あの人はずいぶんと人気もあるし、日本人の間にも溶け込んでいると聞く。だがいかんせんイタリアの農民のせがれだ。あまり教育も受けていないから、上長の命令を至上とせず自分の考えを押し貫こうとする頑固さがある」


 今度は私が首をかしげる番だ。だが、いくらでも反論したかったが、私ごときが何を言っても仕方ないので黙っていた。

 それにしても、無口という印象が強かったコエリョ師が、こんなにもしゃべるのを初めて聞いた。

 まだ、コエリョ師は何かを言いかけた。私はいいかげん早く布団に戻って睡眠の続きをとりたかった。


 そのとき…。


「待たんね!」


 そんな日本語での大声が庭の方から聞こえて来た。そしてものすごい勢いでこっちへ走ってくる複数の人の足音が響いた。


「なんで追ってくっとか。この南蛮寺は聖域たい。刀ば抜きよってこぎゃんとこば入り来よって、そんで済むと思っとっとね」


「刀ば抜いとっとはぬしも同じたい。しかも、最初に斬りつけてきたんはぬしじゃなかとね」


 そんな二つの怒鳴り声が聞こえ、やがて剣と剣がぶつかる金属音も響いた。



                  3


 これは一大事だと、とっさに私は判断した。


「あれは何を言っているのです?」


 同じようにコエリョ師も慌てて私に詰め寄る。


「とにかく、行きましょう」


 私はコエリョ師を促して、私は廊下を走った。コエリョ師も走ってついてきた。

 ほかのヴァス師やサンチェス師、そして修道士イルマンたちも皆何ごとかと顔を出し、私たちの後に従った。

 声がした庭に出た時は、もう人影はなかった。だが、すぐに人がそのまま御聖堂おみどうの中に入ったらしい形跡があるのが分かった。


「御聖堂とは、まずい!」


 すぐに私たちは御聖堂へと急いだ。

 ちょうど中天にもう少しで半月になる月があったので、満月ほどではないが少しは月明かりがあった。

 御聖堂の中も、夜目がきく程度の明るさはかろうじてあった。その中で、二つの黒い塊がカタナというこの国の剣を互いに振り回し、時には激しくぶつかって金属音をたてている。

 一人の刀は長いが、もう一人のは短い。その刀がぶつかり合うだけで、なかなか決着がつかない。しかも、二人とも畳の部屋に土足であがりこんでいる。


「やめろ! ここは聖なる場所だぞ!」


 コエリョ師はポルトガル語でそう怒鳴ってから、我われの方を向いて叫んだ。


「早くやめさせなさい!」


 そうは言われても、何しろ剣を振りまわしているのだから、うかつに実力で止めに入ったらこちらが斬られてしまう。


「やめなさい。ここは御聖堂です。やめなさい」


 私が日本語にて大声で叫ぶしか手立てはなかった。


「御聖体をお守りして!」


 サンチェス師はヴァス師に言っていた。サンチェス師は祭壇の上の聖櫃にご安置されている御聖体を護衛すべく、祭壇の上にかけのぼった。


 その時、外の方で大勢の足音がした。騒ぎを聞いてポルトガル商館護衛のポルトガル人兵士たちが駆けつけて来たようだ。

 二人は刀と刀を合わせて力で押し合いながら硬直した。


「なんで御聖堂の中まで追ってくっとね。信じられん」


「信じられんのはこっちたい。なんが父のかたきね。おいはわいの父なんか知らんけん」


 逃げて来た男は御聖堂という聖なる場所に逃げ込めばそこまでは追ってこないというアジール権を信じていたようだが、追ってきた男にはそのようなことは通用しないようだった。すると、逃げて来たのは信徒クリスティアーノ、追手は異教徒ということになる。

 しかも、最初に斬りつけたのはどうも逃げて来た信徒クリスティアーノの男の方のようで、斬り口は浅かったのか追ってきた男は斬られたから追っていると言っている。

 しかも斬った理由は父の仇、つまり自分の父親がこの男に殺されたその報復という一種のフェーデ(私闘ファイダ)であった。フェーデの後、教会のアジールを頼って聖堂に逃げ込むというのはエウローパではよくあることだ。

 だがこの国では教会のアジールはまだ確立されていないようで、現に斬られた男はそのようなこと関係なしに御聖堂の中まで抜刀のまま追ってきている。


 もはや我われは、ただひたすらこの騒ぎが収まるよう祈るしかなかった。手を合わせ一心に祈り、「アヴェ・マリア」を唱え続けた。


 次の瞬間、均衡が崩れた。

 長い刀の男の力が勝り、相手を押し倒した。そしてさらに次の瞬間、窓からの月明かりに刀が光った。そのふりあげられた刀が相手の体を斬り、血しぶきがあがった。

 音を立てて、この時切られた男は倒れた。顔はよく見えない。ただ、黒い塊が床に倒れるのだけが見えた。斬った方も刀をだらりと下げて肩で息をしている。

 その時、銃声が響いた。窓の外から短銃が撃ち込まれ、それは今しがた相手を斬り倒した男に命中し、もう一つの黒い塊もバッサリと倒れた。恐らくはすぐに倒れたのであろうが、私の感覚ではゆっくりと倒れたように感じる。撃ったのは、外にいるポルトガル人兵士のようだ。


 私は足の震えが止まらなかった。こんな間近で人が死ぬ、しかも殺されるのを初めて見た。もはや御聖堂内は血の海だった。

 聖なるものが汚された悔しさもあったが、それよりも恐怖の方が勝っていた。だから、足がすくんで動けなかった。それでも勇気を振り絞って二つの亡きがらの近くに行ってそれを見たとき、吐き気も感じた。


 さらに外が騒がしくなった。外でも小競り合いが続いている。


「入ってはいけない! 入るな!」


 ポルトガル兵たちが大声で叫んでいたが、駆けこんできたのは皆日本人のようで、ポルトガル語が通じるはずもなかった。


「おいどんの兄が狼藉もんば追うて、こん南蛮寺の中さん入ったとたい」


「だから中に入れんね」


 今駆けつけた一団は口々に叫んでいる。どうも先ほど中で死闘をしていた人たちの家族や親類、友人たちのようだ。

 男ばかり七人ほどいた。皆武士(サムライ)だ。彼らは力づくで中へ入ろうとする。それをポルトガル兵が力づくで押しとどめようとする。


 そもそも要塞化したこの教会は、門さえ閉じてしまえば難攻不落の城と同じだ。だが、その門が甘かった。やはり本物の城とは違う。簡単に人びとの突破を許し、彼らはゆっくりとこっちへ歩いてくるので、コエリョ師が叫んだ。


「遺体は司祭館の方へ運んでください、急いで!」


 日本人の修道士と同宿の少年たちで、二つの倒れた黒い塊を数人で持ち上げて御聖堂とはつながっている司祭館の一室へと入れた。

 運ばれたのは、一人は武士サムライ、もう一人はまだ若く、少年といってもいいくらいの男だった。その二人を追って町の方から来た人々は、今にも御聖堂の中へ入ろうとしている。


「ドアを閉めなさい。鍵もかけて。ポルトガルの兵の皆さんも司祭館の中へ入ってください」


 コエリョ師がさらに叫ぶ。ポルトガルの兵はコエリョ師の命令系統の中にはないが、今は非常時でそのようなことを言っていられない。

 かろうじてポルトガル兵は司祭館の中へ入り、すぐに庭に射撃ができるよう、皆短銃の火縄に火をつけて、弾も込めて窓から構えていた。なんとか町の人びとが御聖堂や司祭館に入る前に施錠をした。

 人びとは司祭館の入り口に殺到した。そして激しくドアを叩いた。その数はざっと十人くらいと思われたが、その十人が一斉にドアや壁を叩いたらかなりの恐怖である。


「ここば開けんね!」


「開けろ!」


「さっき銃声が聞こえたばってん、あれは何ね?」


「まさか、深江様が撃たれたんじゃなかね。そのへんのこつばはっきりさせんさい!」


「深江様を出せ! 深江様に会わせろ!」


 怒声はどんどん大きくなっていく。ポルトガル商館の方からも、ポルトガル商人たちが何ごとかと駆けつけて来た。すると、司祭館に押しかけていた人びとは、今度は庭伝いに駆けつけて来たポルトガル人たちに向かって詰め寄り始めた。


「さっきの銃声は、わいどんが深江様ば撃った銃声じゃなかかね!」


「深江様が南蛮貿易に反対しよることを知ってわざと刺客を放ち、そしてこん南蛮寺さん誘いこんで撃ち殺したんじゃなかとね」


「そうたい、そうたい。わいどんは侵略者じゃ。いつかこん国ば占領せんと思うとるに来まっとっと!」


 だが、ポルトガルの商人たちは日本語が分からないから、きょとんとしている。実は彼らと日本の商人たちの通訳をするのも、ここ長崎では我われ修道会の仕事でもあると聞いたような気もする。

 そこでコエリョ師は、窓辺で防御していたポルトガル兵の一人をそっとどかせて窓から顔を出し、いちばん近くにいた私を呼んでその隣に立たせた。


「通訳してください」


 そう言うとコエリョ師は、窓の外の人びとに向かって叫んだ。


「事情を説明しますから、落ち着いてください」


 私は言われた通りにそれを通訳していたが、ふと疑問に感じた。なぜコエリョ師は自分で言わないのだろうかと。

 これがヴァリニャーノ師なら分かる。ヴァリニャーノ師ならまだ日本に来てから二年で、しかも普通の宣教師のように日本に来てまず日本語の習得というような過程はない。

 なぜなら彼は宣教師ではなくあくまでイエズス会総長代行の巡察師ヴィジタドールであり、その巡察師ヴィジタドールとしての激務でとても日本語を学んでいる余裕などなかったはずだからだ。

 しかしコエリョ師は来日十年。しかも一介の司祭ではなく下布教区の布教区長であり、これから総布教長になろうとしている人である。それがなぜ、いちいち通訳を必要とするのだろうかと思ったが、今はそれどころではない。


「先ほど、突然二人の人が刀でけんかをしながらこの教会に入ってきました。そしてわれらが聖堂にてけんかの末、互いに剣で斬り合って、両方とも亡くなってしまいました。お気の毒です」


 あくまで射殺のことは隠し通すつもりだ。それを聞いて押し寄せていた人びとはどよめいた。


「なんと、深江様が狼藉者と差し違えたというんね」


「なんともまあおいたわしか」


「うそじゃ、うそじゃ、そぎゃんこつがあっていいはずなか!」


 まだ興奮して叫んでいるものもいる。悲嘆にくれて膝を折って地に倒れ込み、涙をぬぐっているものもいる。

 どうやら話の流れから、最初に御聖堂に逃げ込んだ若い方ではなく、追手の方の異教徒の武士サムライが「深江様」らしい。


「騙されたらいけん!」


 興奮して叫んでいたものは、さらにわめき続けている。


「捕らえられとるに決まっとろうが。バテレンたちは人の肉を食らい、血をすするっちいうけん」


 中には冷静に、そう言って叫んでいるものを制する年配の武士サムライもいる。この者たちは武士サムライとはいっても城で殿に仕えている武士サムライとは違って、半分は市民のような感じだ。

 私は彼らの言い分もいちいちコエリョ師に訳して伝えていたが、そのたびにコエリョ師は呆れたように黙って首を横に振るばかりだった。そのうち、ようやくコエリョ師は口を開いたので、私がその言葉を彼らに告げた。


「状況は説明しました。今度は私があなた方に問いたい。まずは、あなた方のお仲間、深江様というのですか、その方を刺して逃げて来たものは、深江様に自分の父親を殺された復讐だと言っていました」


「そぎゃんあほなこつなか! 深江様が仇と狙われとるなんて話は聞いたこともなかけんな。そもそも深江様が、これまで人ばあやめたっちゅうこつも、絶対になか」


「あなた方はその深江様の何なのですか?」


「こん者は」


 年配の武士サムライは自分よりは少し若いがそれでも十分に年配の武士サムライを示した。


「こんかたは深江様の弟御たい。おいどんは皆親戚縁者か、親しく付きうとったもんたい」


「深江様というのはどのような」


頭人とうにんのお一人たい。頭人ちゅうても頭人中とうにんちゅうには六丁町のそれぞれの町の頭人や大村様の手のもの、竜造寺様の手のものといろいろおるばってん、深江様はこん長崎のいちばん古か土着の血筋、これまでのお代官の長崎様の家系よりも古か家系たい。じゃけん、深江様は頭人中でも筆頭株のお方じゃった。そぎゃん親の仇と狙われるはずもなかお人たい」


 頭人ということについてはヴァス師が予備知識を入れておいてくれたおかげで、私の理解は早かった。だがコエリョ師はそのままトーニンと言っても分からないような顔をしたので、代表者プリンシパエスと言い換えておいた。


「他の頭人たちはわいどんバテレンや南蛮の商人あきんどに迎合し、それによって長崎も利益を得るべきだと主張する者が多かったとばってん、深江様だけは違うてバテレンを受け入れるのには断固反対されとったと。そもそもこの国にもこれまで何千年と培ってきた伝統があっと。こん長崎にも受け継いできた伝統と、大村様より自治を任されてきたちゅう誇りがあったとよ。じゃけんわいどんバテレンはそれを何もかも根こそぎ壊して自分たちのしきたりを押しつけとるけん、挙げ句の果てにはそうしてこん国を乗っ取ろうちゅう魂胆に決まっとる。武力ではかなわんけんそぎゃんやり方でこん国に入りこもうちゅうこつで、その一つがわいどんのバテレン宗じゃなかね」


 通訳しながら、私は声が震えていた。正直言って、そのような内容を言語を変えて伝えるための通訳であっても自分の口で口にするのは抵抗があった。

 だが、聞いていたコエリョ師は、少なくとも表面は冷静さを装い、ただ黙っていた。しばらくしてからコエリョ師は言った。


「とりあえず今夜は、こういういきさつです。夜も遅いですし、明日また話し合いましょうか」


 私の通訳を聞いて、先ほどの深江様の弟と紹介されたものが前に出た。


「なら、まずはほんなこう二人とも刺し違えて死んだいうなら、仏さん(ほとけさん)ば我われに引き渡してもらいたか」


 この場合の「ホトケサン」とは異教徒の崇拝対象のカミホトケホトケではなく、亡くなった人の亡骸なきがらという意味である。


「それと、深江様だけではなく、深江様に斬りつけた狼藉者の仏さんも一緒にこちらで引き取りたか」


「いいでしょう」


 私の通訳を聞いた後のコエリョ師は言った。


「ただ、今日は夜も遅いですし、御遺体は一晩こちらで預かりますから、明日あらためて引き取りに来られてください」


 この申し出に、皆不服そうではあったが年配の者にたしなめられて、とりあえずはそうすることにしたようで、しぶしぶと引き揚げていった。

 とりあえずは収まった。私は大きくため息をついた。もう外は夜など寒いくらいの時分だが、私はじっとりと汗を書いていた。


 だが、コエリョ師は平然とした顔をしていた。明日遺体を引き取った彼らが、深江様という人の遺体の鉄砲傷を見たらなんと言うだろうかという懸念も残る。そのことを口にすると、ポルトガル語に堪能な一人のロケけいという名の日本人修道士イルマンが言った。


「それは大丈夫ですよ」


「日本では昔から遺体は穢れとされていますから、むやみに遺体に手を触れることなくすぐに埋葬されるでしょう」


 そのとき、同宿の少年が息を切らして走ってきた。


「さっき運んだ二人のうち、若いほうの人はまだ生きています」


「え?」


 これは、その場に居合わせた人たち皆が驚いた。


「でも、ほとんど虫の息で、亡くなるのも時間の問題でしょう」


 私がこのことをコエリョ師に告げると、私を見た。


「それなら、最後に告解を聞いてあげなさい。彼は信徒クリスタンですよね。終油の秘跡ウンクショウネムも」


 例によって表情も変えずにコエリョ師は言った。



                  4


 まだ生きているということでその人の体は、遺体を安置するような板張りの枯れ草編んだむしろの上から布団の上に移されていた。

 私がそばに座ると薄目を開けて、寝たまま首だけひねって私を見た。


「バテレン様」


 男は弱々しくそう言った。確かに、まだほとんど少年である。目はとろりとしていて、その声も今にも消え入りそうである。


「あなたはキリシタンですね?」


 私が尋ねると、男はかなり時間をかけてうなずいた。


「はい」


「どうぞ今から、罪を告白なさい。あなたの罪はすべて許されますよ」


 それからまた少し沈黙があった。その間に、私は告解の秘跡のための祈りを小声で、ラテン語で唱えた。そしてまだ少年ともいえる男に言った。


「お父さんの仇を討つということで、実際にあなたが相手を殺しませんでしたけれど、心に思っただけでも罪になってしまいます。十戒コマンダメンティでは人を殺すことは戒められているのはご存じですね。そういったことをあなたの口から告白してください」


 すると男は天井を見詰めたまま話しはじめた。


「おいは命じられたままにやっただけですたい。ばってん、うまくいっても仕損じても、南蛮寺さん逃げ込めば助かっと」


「命じられた? 誰に命じられたのですか?」


 男は口を一の字の形にぎゅっと結んでいた。告解はあくまで尋問ではなく、自らの意思で自発的に話さなければ罪の許しにはならない。だから私はそれ以上は聞くことはできなかった。

 そのうち男は目を閉じ、顔を苦痛にゆがませはじめた。じっとりと汗をかいている。そして斬られた傷口からまた血が滲んできたようで、布団を赤く染めはじめた。

 最初は即死だと思われたので、ほとんど応急の措置はとられていない。息があると分かってから慌てて何人かの同宿が止血の措置をしただけだが、それで間に合うはずもない。

 この状況で告解を続けることは不可能と思った私は、すぐに終油を授ける準備をした。そして祈りと共に聖油で額と両手に十字を描いた。

 すると、男はか細い声で言った。


行くな(イクナ)


 それは「Non((行っては) andare(いけません))!」の意味だが、日本語では文脈的には「Non((死んでは) morire(いけません))!」の意味にもなる。しかも続いて彼は言う。


死を(シオ)


 そうなると「Non morire!」の意味かとも思うが、分からない。長崎の方言でもなさそうで、言葉の意味自体は分かるけれどどうして今ここでそのようなことを言うのか私には理解できなかった。

 死を厭うているのかとも解せられる。

 さらに彼は小声でつぶやく。


「命令を果たせず、申し訳ありませんでした」


 しかも、なんと今度はそれはポルトガル語だったのである。高槻のジュストのような殿ならいざ知らず、同宿でもない一般信徒の少年がポルトガル語を話すなどあり得ない。

 だから私は、最初は聞き間違いではないかと思ったが、どう考えてもポルトガル語でそのように言っていた。

 そして少年は、こと切れた。


 最期の最後にこのような謎の言葉を残して、少年は逝った。かろうじて終油の秘跡が間に合ったのである。

 私は目を閉じて、彼の魂のための祈りを捧げた。

 

 その晩はまた布団に入ったけれど眠れるはずもなく、結局寝たのだか寝ていないのだか分からないような状況で朝を迎えた。


 朝になると、早速死んだ武士サムライの深江様の縁者の者たちが、人が引く車に棺桶を一つ積んで遺体を引き取りに来た。

 深江様の遺体は棺桶に納められ、その場で釘が打たれた。少年の方の遺体はその隣に、枯れ草を布のようにして編んだむしろにくるまれたままだった。

 深江様の縁者たちは今回はそのままおとなしく引き揚げていってくれたから安心だったが、そのあと明るくなった時点でコエリョ師をはじめ我われ司祭と修道士で御聖堂を検分した。


 明るくなってからあらためて見てみると、そこはもはや聖域といえるような状況ではなかった。畳の上は血で汚れ、暴れた後の柱にも刀傷があり、障子は破れ外れて畳の上に転がり、まさしく修羅場の後という感じだった。

 聖域が汚されたという言葉では表現できないほどだ。

 皆が顔をしかめていると、すぐにコエリョ師は我われを司祭館の一室に集めた。


「まずは巡察師ヴィジタドールにお知らせするしかないでしょう」


 まず、サンチェス師が言った。コエリョ師は終始顔を曇らせ、口数少なかった。


「いや、実際にすぐにでも長崎に来て頂いた方がいい」


 私はそう言った。だが、その方法が問題である。それを言ったのはヴァス師だ。


「ここから有馬まで陸路を行けば二日、殿がよく使う馬をすごい速さで走らせる使いのいわゆる早馬ハヤウマでもまる一日はかかります。船でも、この国の帆船では」


 そう言ってヴァス師は私を見る。


 「たしかにまる一日かかりましたね」


 私はそう答えた。


 「すると、今すぐに使いを出して来て頂こうにも到着は明日の夕方か」


 コエリョ師はますます顔を曇らせる。


「とにかく、二日がかりで御聖堂をかたずけ、清掃をするしかないでしょう」


「いや」


 サンチェス師が口をはさんだ。


巡察師ヴィジタドールが来られるまで現場保存しておくべきでしょう」


 コエリョ師はまた、苦々しくうなずいていた。その時、私に閃いたことがあった。


「そうだ。ナウ船なら」


「おお」


 サンチェス師とヴァス師は顔を挙げた。


「たしかに我われがマカオから帰って来た時、ナウ船で口之津まで送ってもらいましたが、ナウ船なら口之津まで三時間くらいしかかからなかった」


「でしたら、有馬まで日帰りで行けますよね。今日中に巡察師ヴィジタドールをここにお連れできる」


「しかし」


 コエリョ師が口をはさむ。


「ナウ船を動かす権限は、我われにはない。あくまでカピタン・モールの権限だから」


「たしかに、あの時もカピタン・モールのミゲル・ダ・ガマの厚意で送ってもらえたんでした」


 ヴァス師が言うと、私は思いついたことをそのまま言った。


「では、今のカピタン・モールにお願いしましょうよ」


 カピタン・モールは任期が一年で、あの時のミゲル・ダ・ガマはすでにマカオに戻っており、今は別のカピタン・モールが長崎から来ているはずである。


「いや、しかし、それは……」


 コエリョ師の態度は何か煮え切らなかったが、それしかないということで、サンチェス師が同じ敷地内にある商館の方へカピタン・モールとの交渉に出かけた。

 やがてサンチェス師は、カピタン・モールとともに戻ってきた。初めて見るが、背の高い男だった。あまり表情を見せず、その点はコエリョ師と同類のにおいがした。

 前のカピタン・モールのミゲル・ダ・ガマが気さくで接しやすい人だったのとは対照的だ。

 ひと通り話はサンチェス師から聞いてはいるだろうが、あらためてコエリョ師が状況を説明し、ナウ船の出港を嘆願した。


「まあ、そういう状況なら仕方がないですな。昨夜、教会の方が騒がしいと思っていましたら、そんなことがあったのですか」


 そんなことがあったのですかではないだろうと、私は思っていた。本来カピタン・モールは、マカオの市長のような職務も兼ねている。ここ長崎ではポルトガル商館の商館長のような立場にいる。

 あくまで長崎の町を管轄しているのは修道会だ。それでも一応カピタン・モールならあのような騒ぎがあれば至近距離の商館に聞こえないはずがなく、何ごとかを見に来てもいいはずだ。

 カピタン・モールは出てきもせずに、ポルトガル兵ばかりが大ぜい繰り出してきた。

 何か不自然だなと、私は感じていた。

 しぶしぶにという波動がびんびんと伝わってくるけれども、カピタン・モールは出港の準備に港へと向かった。日帰りだから水や食料を補給して積む必要もなく、あとは風だ。まずは風向きを調べていたカピタン・モールだったが、船を走らすにはいい風だということだった。

 次に、ヴァリニャーノ師を誰が迎えに行くかということになった。これはコエリョ師に一任するしかあるまい。

 だが希望として、私が手を挙げた。


「私に行かせてください」

 

 ずっとヴァリニャーノ師のお付きのような立場にいた私だから、私が行くのが当然だろうと思っていた。


「いえ、あなたは残ってください」


 と、いうことでコエリョ師が任命したのは年長のサンチェス師であった。


 残った人びとで、再び同じ部屋で話し合いは続いた。

 まずはヴァリニャーノ師の到着を待って、すべてはその指示を仰ごうということになった。

 だが、私には腑に落ちないことがあった。あの少年が深江様に斬りつけたのは父親を殺された復讐ということのはずであったが、最後の告解の時に彼はそれを覆すような証言をした。しかも、誰かに命じられてやったのだというような内容だった。

 私はそれをコエリョ師に告げるべきかどうか一瞬考えた。しかし、状況的にとりあえず私の胸の中にしまっておいた方がいいのではないかという気がした。

 少年の発言から通常の罪を告白するというような告解の体をなしていなかったとはいえ、告解の祈りをしてから始めた以上あれは「告解」である。

 そうなると、自分の胸の中にしまっておいた方がいいどころの話ではなく、自分の胸の中にしまっておかなければならないのだ。告解で聞いた内容は、たとえ誰にであろうとも他言することは許されていない。

 そうなると、まずはコエリョ師に話して話がややこしくなる事態は避けられることになる。それを思うと、ほんの少しだけ気分が晴れたが、まだ完全に晴れきれるはずもない。

 さらに腑に落ちないのは、二人は刺し違えて死んだのではなく、深江様は明らかに他者によって、しかも銃殺された。その銃声は御聖堂の外からであったが、あくまで教会の敷地内である。

 しかもあの時点で深江様を銃殺し得る存在といえば、すぐさま警護のために駆けつけた商館のポルトガル兵以外には考えられない。誰もが自然にそう思っているだろうが、そのことに関してはコエリョ師は話題に出そうともしなかった。

 ポルトガル兵は我われ修道会の指揮下にはない。当然、ここにいる司祭パードレの誰もそのようなことは命じていないし、また命じるわけもない。ほかの誰かから命じられたのか、あるいは撃った兵の独断なのか。

 兵は今でもこの教会の敷地内の兵舎に詰めているはずだから、探し出して尋問することもできる。いくら外からとはいえ御聖堂の中にいた人を殺害したのだから、状況によっては最悪破門の上で本国送還だろう。

 だが、コエリョ師はそのことを言いだす気配もないし、私がそれを切りだせるような空気でもなかった。


 すべてはヴァリニャーノ師が到着してからということで、あの不愛想なカピタン・モール、名は()()()()()・リーマというそうだが、そのカピタンのナウ船の帰着を待つしかなかった。


 そしてもう一つ、私の心に刷り込まれてしまったひと言がある。あの深江様の縁者が詰め寄ってきた時に言った言葉……侵略者……彼らは我われイエズス会も、またポルトガルの商人をも、日本の国を乗っ取るのが目的でやってきた侵略者であると言い放った。この国の人は一部であるとしても我われのことをそう思っているのかと考えると、自分ではそのようなことを考えたこともなかっただけにどうも気分のいいものではなかった。


 今回亡くなった二人のうち、深江様は長崎を治める頭人中のうちでも筆頭株の頭人だということは分かっている。だが、もう一人の少年の方はどこの何ものであるのか、いまだに分かってはいない。本人に聞こうにも本人はすでに亡くなっている。

 ただ一人の同宿が、この教会の敷地内のポルトガル商館の方でこれまで何回か顔を見たことがあると言いだした。その少年の遺体を深江様の縁者に引き渡す時に運びながら顔を見た時は、どこかで見た顔だくらいにしか思わなかったらしいが、あとで考えると何回か目撃していたと証言した。

 ちょうど昼ごろに同宿の少年はそれを告げに来て、しかも彼はポルトガル語が分からないので、自然と私が通訳をする形になった。


 その話を聞いたコエリョ師の顔色が、一瞬険しくなった。だがすぐに平静に戻った。


「そのことは誰にも口外しないように」


 同宿にはそう言い渡すので、私がそれを通訳して伝えた。

 商館で何度も見たということは、商館員のポルトガルの商人の誰かの使用人という可能性が高い。たしかに、あの少年はポルトガル語をしゃべった。

 だが、果たしてそうなのか、あるいはそうだっとしてら雇っているその商人は誰なのか、それについてもコエリョ師はやはり詮索する意思はないようだったので、あえて私は通訳しただけで何も余計なことは言わないようにした。

 たとえその商館員が誰であるか分かったとしても、それで我われがどうこうできる立場でもないからだ。

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