Episodio 5 Dio e Amitabha(天主と阿弥陀)
1
翌朝、船頭はもうこの港を出発すると言った。宿から港までのほんの短い道を、ルカス夫妻は見送ってくれた。
やがて夫妻に手を振りつつも船は帆に風を一臂に受けて動き出し、入江の外へと向かって行った。
それからしばらく、不思議な光景があった。あれほど複雑に入り組んでいた海岸線が、突然見渡す限りはるか前方まで延々とまっすぐになったのである。浜はずっと砂浜だった。そして陸の上の山はあることはあるが遥か彼方に退いた所に山並みは横たわり、かなり広い平らな土地が広がるようになった。
日本に来てから、こんなにも広い平らな土地を見るのは初めてだった。それでも視界の終点には必ず山があり、決して地平線を見ることはなかった。
そんな砂浜が延々と続く単調な海岸に沿って船は進み、やっと小高い丘が海岸近くに見えてきたのはもう夕方近くだった。その丘は岬となって海に突き出し、それを回るとまたもや幅の広い大きな湾になっていた。
船は湾を横切る形で、湾の向こう側の岬の手前に進んで行った。どうもそこに今夜寄港する港があるようだった。
今度の港は内之浦というそうで、前日の細島よりは開けた感じの広々とした平らな土地があった。
だが周りの山はこれまで以上に高く、もはや丘という感じではなかった。港にありがちなごちゃごちゃとした様子もなく、あまり活気も感じられなかった。
この港が、かつてはチーナへ行く船も発着していたと船頭は言っていたが、どうも実感がわかない。
そしてここはもう、薩摩なのだ。大友殿と敵対する殿が治める国、例えばこれまで毛利殿や長宗我部殿の治める国を通過するときは相当緊張したものだった。見つかるとよくないことになると思ったからだ。
そういう点では島津殿の薩摩も同じことだが、しかし島津殿はひそかに教会に使いを遣わして面会を要請しているくらいであるから、それほど緊張する必要もないように感じられた。
ここは薩摩とはいっても厳密には大隅といい、辺境であって島津殿の城がある鹿児島という町からはかなり遠いとのことだった。
ちょうど夕刻に船は着いたので、我われは上陸して宿へと向かっていた。すると、その宿の玄関でもう我われを待っていた人がいた。今度は前の細島のルカスよりはずっと若い村人風の男だ。
我われが着くと彼は急いで我われの近くに駆け寄り、日本式に頭を下げてから言った。
「お待ちしていもした。私やこん町で船商人の店で働くものでごわす」
「そうですか。どうぞ中に入りましょう」
たどたどしくヴァリニャーノ師が日本語で言い、彼を中へと誘った。
夕食まではまだ間があるとのことで、我われはとりあえず彼の話を聞くことにした。
「私たちが来ること、よく分かりましたね」
ヴァリニャーノ師が聞いたのは、それだった。
「いつもはめったに来んごっな船が港に着いたちゅうこっで、見に来たら、確かに珍しか豊後船なあ」
豊後の船も堺の船も我われは皆同じ日本式の船で見分けがつかないが、現地の日本人には微妙な違いで分かるらしい。
「それで皆さぁが降いてこられう姿を見て、もう驚いて胆をつぶして、そして先回いしてこん宿の前で待っておいもした」
「お名前は?」
「あ、申し遅れもした。喜助と申しもんで。キリシタンとしての名前はジアンです」
「やはりキリシタンですね」
こうして我われを訪ねて来るくらいだから信徒であることはまずわかってはいたが、名前を聞くことでヴァリニャーノ師は判断材料にされたのだろう。
信徒なら日本人としての名前の他に霊名も言うはずだからだ。
「四年前に平戸で洗礼を受けもした。今日は、お願いがあってまいりました」
若いジアンが願いとはなんだろうと思う。もちろん、こんな土地に教会もないし司祭もいないから、聖体拝領か告解か、願うことはそれくらいだろうなと私は思っていた。
するとジアンはきちんと背中を伸ばして座り直し、この国での貴人の対する例のように手をついて頭を下げた。
「あたいがキリシタンじゃいこと、あたやこん町でも何ら隠きってはおりもはん」
「他にキリシタンはいないのですか?」
「あたいとうっかたの二人だけです。身内は祖母と母がおりもす。今日お願いしたいと申しもしたのは、そん母と祖母のことでごわす」
「とにかく顔をあげてください。キリシタンが奥さんと二人だけというのなら、お母さんとおばあさんは当然異教徒なのですね」
フロイス師が通訳するヴァリニャーノ師の言葉に、ジアンは悲しそうに眼だけでうなずいた。
「お願いとはそんことです。あたやぜひ母と祖母にも洗礼を受けっもらいたいと、ことあるごとに『天主様』のことやイエズス様の教えを説いてきもした。でも、私一人では限界があいもす。ましてや母も祖母も長げ間、一向宗の門徒でして、頑なに一向宗に固執して私の話など聞っ耳も持ちもはん。どうか、バテレン様方御滞在中にどんっさあかバテレン様かイルマン様が祖母のもとを訪れて話をして頂けもはんか」
ジアンはほとんど涙目で訴えていた。ヴァリニャーノ師も、感動した表情だったが、すぐに申し訳なさそうな目でジアンを見た。
「あなたは我われの滞在中にと言われたが、予定ではもう明日の朝にはこの港を出ます」
「え?」
驚いたようなジアンの表情は、すぐに落胆へと変わった。
「そんな…」
「まあ、とりあえず今夜のうちに、誰か遣わしましょう」
そう言って室内にいた我われ一行をヴァリニャーノ師はさっと見まわし、もしかしたらという予感がピタッと当たって、
「コニージョ神父、お願いします」
やはりそうきた。
「夕食をとったら、トスカネロ兄と共に行ってください」
そう言ってからヴァリニャーノ師はジアンを見た。
「お家は近いのですか?」
「はい、歩いてすぐござんで。そげん大きな町ではあいもはんから」
「では一度戻って、夕食でも召しあがって、それからまた迎えに来て下さい」
とりあえずヴァリニャーノ師はそう言って、ジアンを帰した。
ジアンが帰るとすぐにトスカネロ兄はヴァリニャーノ師にイタリア語で言った。
「一向宗というと、あの本願寺ですね。悪魔崇拝の権化ではないですか。これは手ごわい。いや、手ごわいどころか無理なのではないですか?」
恐らくは、その場にいたフロイス師らに聞かれたくなかったのだろう。
ヴァリニャーノ師は笑っていた。
「いやあ、できそうもないとか困難だとか考えたら、困難が来るよ。それ相応の結果が来る。だから困難だとか無理だとかは考えない方がいいね。我われも人間だから限界はある。でも、精一杯、『天主様』への真を尽くせば、限界まで行った時に必ず『天主様』は手を差し伸べてくださる」
「はあ」
トスカネロ兄はヴァリニャーノ師にそう言われても、うかない顔でうなずいていた。
2
そして夕食もそこそこにジアンを待っていると、かなり暗くなってからジアンは迎えに来た。
私とトスカネロ兄はともに外に出た。
もうかなり涼しくはなっているが、夜でもまだ寒いというほどにはなっていない。ちょうどあと少しで満月だというくらいの月が煌々と照らしていたので、ジアンの持つ提灯一つで不自由なく道を歩けた。
道は海沿いに続いており、視界は開けている。港のある集落を出てからは海岸は砂浜になっているようだった。海を右に十五分ほど歩き、川を橋で渡るとまた集落があった。
やがて一軒の門のある小さな屋敷に着き、庭の方から縁側の中の部屋に向かってジアンは声をかけた。
「おっかあ! ばさぁ! バテレン様を連れて来たど」
だがすぐに大きなしわがれた声がした。
「会わんと言ったら会わん。そげな人たちの話なんか聞かんど」
そんな返事が返ってきた。
「こんばんは」
今度は私が声をかけてみた。すぐには返事はなかった。しばらくしてから小さな声が聞こえてきた。
「あれま、日本語をしゃべるのかね」
私はジアンに聞いた。
「おばあさんはおいくつですか?」
「もう、八十は過ぎとります」
そうなるとかなりのご高齢だ。
「今すぐどうこうということではありません。今すぐキリシタンになってくださいなどとは言いません。ただ、話を聞いてもらいたいだけなのです」
中へ向かってそう言ってから私は、日本語がよく分からないトスカネロ兄に、イタリア語で言った。
「だいぶ頑固ですね。でも、『天主』の素晴らしい教えをちょっとでも聞いてくれたら、それで魂が感化されて真理に目覚めてくれると思うのですが」
業を煮やしたジアンが縁側に上がり、閉まっていた障子を開けた。
「ひええ」
声をあげて老婆ともう一人の女、これがジアンの母だろう、は布団をかぶって部屋の隅に逃げた。
「もう、ここから大きな声でお話しになったらどうですか」
トスカネロ兄は私に言ってくれた。
「では、そのままでいいですから、聞いてください」
「聞かん!」
布団の中の声は言った。私はかまわず話し続けた。
「我われの信じる『天主』という方は、この大空と大地と、そこに芽吹く草々や動物、そして我われ人類すべてお創りになってくださった創造主なのです。すべて『天主』のみ手によらないものはこの世には何もありません」
返事はなかった。そこで私は続けた。
「ですから、『天主』を信じてそれにすがれば人は幸せになりますし、死んでからも天国に行かれるのです」
私は実は、この国の神や仏がもたらすと彼ら異教徒が信じているいわゆるご利益というものを前面に押し出したような話はあまりしたくなかったが、この場合仕方がない。
「何を言うだ」
やっと返事が返ってきた。
「人は死んでも阿弥陀様にすがれば西のほいある極楽き往生でくっ。あんたがたの話など必要ないわいなあ。あてや、もう四十年以上もめにっめにっ朝起きたらいっきちんたか水を全身に浴びて、阿弥陀様におすがりすう行をしておるんじゃ。今さら異国の神か仏か知たんが、そげなもんの話を聞いて四十年も積んできた功徳がねごっなってしもたら、そいほどあったらしこちゃあうかい」
はっきり言って、私は老婆が何を言っているのかほとんど聞き取れなかった。年寄りの言葉であるのに加えて、初めて聞くこの土地の訛りがきつくて理解できずにいた。
それが私の顔に出ていたのだろう、ジアンがその祖母の言葉を繰り返した。
「まあ、阿弥陀仏を信仰していれば、死んでも極楽往生でくっちゅうことです。祖母は四十年間毎朝全身に冷水をかぶる苦行をしっきたとのことで、ここでキリシタンの話を聞たらそん四十年の苦行の功徳が無駄になっと言ています」
ジアンの言葉も訛ってはいるが、気を使ってわざと我われが分かるようと言ってくれていた。そのジアンが、自分の祖母の何が何だかわけのわからない言葉を通訳してくれたのだ。
同じ日本語なのに通訳が必要だということも奇妙ではあったが、私たちの国でも似たような状況はないこともない。そもそもイタリア語もイスパニア語もポルトガル語も、すべてラテン語の方言なのだ。
私はジアンが伝えてくれたその祖母の言葉に、我われが行う鞭打ちの苦行のような行をこの老婆はしているのだと感じた。
それは無駄にはならないし、ましてやキリシタンになったから無駄になるということもないように私は感じた。
「おばあさん、あなたの気持ちは分かります。でも、私たちの話を聞いたからとて、あなたの功徳はなくなりませんよ」
答えはない。なかなかの頑固である。だいぶたってから、やっと声がした。
「もう帰れ。あて寝っど!」
それからも長い時間、沈黙が漂った。
ジアンが言った。
「今日はだめなあ。また明日いらっしゃっていただけもすか。祖母を説得すうにな長い時間がかかいそうです」
ジアンの落胆は理解できるが言わないわけにもいかないので、私はゆっくりと言った。
「先ほど、我われの長のバテレンが申しました通り、明日の朝には私たちは船出してこの港から去るのですが」
「ああ、そげでしたな」
案の定、ジアンはほとんど泣き出しそうな顔になった。
「そげん…。お願いござんで。もう一日でん二日でん、いっとっこん港にいてくいやんせ。そして時間をかけて祖母を説得してもれたかです」
「私が決めることができるのならそうしますが、船の日程は船頭さんと私たちの長が決めることですので私は口出しできません」
「ではもう、祖母や母はあきらめろとおっしゃうですか」
「いいえ」
私もジアンも縁側に腰をかけた。そして落胆し続けるジアンを見ると本当に気の毒だった。
「私たちが去った後でもあきらめないでください。福音宣教というのは、まずは断られます。その、断られた時から、福音宣教は始まるのです。私たちが来たのは、種をまくためです。イエズス様のたとえ話にこんな話があります。私の国ではセナペといいますがラテン語ではシナピスという植物の種、日本語でなんというかわかりませんがその種はもう本当に粒のように小さい。それが食物に辛い味をつける味付けとなります。この国でいうカラシに似たものです。そのシナピスの種は本当に小さい粒なのに、それが畑にまかれればやがて芽を出して茎をのばし、植物として生い茂ります。それが『天主様』のなせる業です。ふっと吹けば飛んでしまうよく見ないと目にも見えないほどの小さな種の中に将来大きい植物なる元がすべて入っている。そして『天主様』が創造されたものは時間とともに生長するのです。今日、私があなたのお婆様とお母様に少しでも話をしたことは本当に小さなシナピスの種ですが、やがて時が来れば芽が出て大きくなって実を結ぶはずです」
「時が来ればって、いつですか。祖母はもう八十過ぎござんで。もうそれほど長く生きておらんでしょう」
「それは『天主様』でないと分かりません。すべては『天主様』にお考えがあります。ふさわしい時があるということです。今はまだ時ではないと『天主様』がお考えになればまだ芽は出ません。人の寿命というものもすべて『天主様』がお決めになることです。あちこちで遊んでいる小さなすずめは我われにとっては取るに足りない小さな存在ですけれど、そんなすずめでさえ『天主様』がお許しにならないと空から落ちることはないとイエズス様は言われています。だから、すべて『天主様』を信頼し、『天主様』にお任せする、任せきる、これが信仰の極意です」
「では、全部『天主様』がなさってくださうのを、待っていればよかちゅうのなあ」
「いやあ、それは」
私はちょっと首をかしげた。
「『天主様』におまかせするというのと、『天主様』がなんとかしてくださるというのは紙一重で、実は正反対ですね。『天主様』を信頼申し上げてお任せ致しますという想念の人を『天主様』はかわいがりますが、『天主様』がなんとかしてくださるという考えは『天主様』がいちばんお嫌いになる考え方なのです」
「つまいのはて棚ぼたはなかちゅうことですね」
「タナボタ?」
「棚に向かって口を開けていても牡丹餅は口の中に落ちてこんってこっです」
「おもしろいたとえですね」
私が少し笑うと、やっとジアンも緊張が解けたのかその顔が和らいだ。
「しかし、何もしないと芽は出ません。種はまかないと芽は出ません」
「人事を尽くして天命を待つちゅうこっですかね」
「それはつまり最善を行えば『天主様』も最善を尽くしてくださるということですね。ただ、種をまくにしても時期があるように、まき方もあります。イエズス様はまた、こんな話もされました。ある人が種をまいたけれど、ある種は道端に、ある種は岩地に、ある種は茨の中に、そしてある種はよく耕された畑に落ちたということです。それで道端の種は鳥が食べてしまい、岩地の種は根が浅くてよく育たず、茨の中の種は芽は育ったけれど茨に邪魔されて伸びず、畑にまかれた種だけがよく生長して実を結んだということでした。イエズス様はこれが何を表すのかと弟子たちに問いかけました。あなたは意味することが分かりますか?」
ジアンは少し首をかしげた。
「そいゃたしかに種が落ちた所がそげな所ほいならったら、それぞれ当然の結果でしょうが」
「でも深い意味までは弟子たちは分からなかったのでイエズス様に尋ねたのです。イエズス様は言われました。道端に落ちた種とは『天主様』の教えを聞いただけで聞き流していた人で、世俗のことが教えを消してしまいます。岩場の種とは教えを受け入れはしたけれど深く根を張っていないので迫害を受けたらすぐに教えを捨ててしまう人、茨の種とは欲望や誘惑にがんじがらめになって信仰を育てられない人のことです。だから十分に時間をかけて畑を耕すように焦らずに、種をまいた後に芽が生長する下地を作ってからにしてください」
私がジアンに言ってあげられることは、この時はこれくらいだった。背後の部屋の中はもう明かりも消されて暗くなっており、ジアンの祖母の母ももう本当に眠ってしまったようだった。
「あとは私は、あなたのおばあさんとお母様のために祈ってあげることくらいしかできないのが心苦しいのですが、今日はこれで帰ります」
ジアンは私たち二人が海沿いの道に出るまで案内してくれて、その道で我われが見えなくなるまでずっと頭を下げて見送ってくれていた。
宿に戻ってから事の次第をヴァリニャーノ師に報告した。それを聞いてヴァリニャーノ師は言った。
「どうしても明日は出発しないといけない。やはり我われは祈ることしかできないな」
ということで全員が集まって、いつの日かジアンの祖母と母に『天主』のお恵みがあることをともに祈った。
3
翌朝、穏やかに晴れていた。予定通り、我われは早朝に内之浦を出港した。
港までジアンとその妻が見送りにきてくれていた。ここで後ろ髪引かれる思いになっても仕方がない、自分がジアンに言った言葉通りすべてを『天主』にお任せしようと、私はゆっくりと離れて行く内之浦を見てそう思っていた。
船は確かにゆっくりだった。風があまり強くない。港を出ると右手に岬があって、その岬を旋回して南下することになる。そうしてなんとか岬の先端近くまで行ってから、急に風が強くなった。
だがそれは、南から吹きつけて来る、いわば向かい風だった。これでは船は進めない。帆を下ろして艪を漕いで進むにも、堺へ向かった船と違ってこの船に漕ぎ手はほとんど乗っていないから、艪を漕いでも満足に進めないのだ。
瀬戸内の海は海賊も多いから艪を漕ぐ必要も多いだろうと多くの漕ぎ手と武装した兵まで乗っていたが、今回はそういったことは想定外だった。船は逆に押し返されており、下手をすれば転覆する恐れもあるほどの強い向かい風だった。
とにかくまずは帆を下ろした。そうしないとどんどん反対方向に押し流されてしまう。そうなると潮の流れに乗ったままになるが、これまた潮の流れは南から北に向かっている。
「引き返すしかねえやな」
船頭は言った。ヴァリニャーノ師もそれしかないと船頭の言う通りにすることになった。
わずかばかりの漕ぎ手が艪を漕いで、船頭が舵を操り、とにかく船の方向を反対側に向けた。そして帆を張った。
今度は強い順風を受けることになって船はすごい速さで進み始めたが、進む方向は目的地とは逆だ。つまり、船は逆走している。そのまま岬を左の方へと舵をとり、もといた内之浦の港に向かって船は風を受けて進んで行った。
一度出港した港にすぐに逆戻りしたのは初めてで、我われが降りる準備をしていると、空を見ながら船頭が言っていた。
「こん分では二、三日船は出せへんかもしれませんな」
「すべてが『天主』のみ旨でしょう」
そう言いながらも苦笑しながらヴァリニャーノ師は船を下りた。
「まあ、順風が吹いていてそのままの風向きのはずだったのに、こんなにも急に風向きが変わるのは『天主』のなせる業ですね」
表情も変えずにフロイス師は言う。
「風向きを変えることなど『天主』にしてみれば、自然を司る天使にちょっと耳打ちすれば簡単なことでしょうから」
フロイス師の言葉を聞きながら、この我われの逆戻りが『天主』のなぜる業だったらそこに何か意味があるはずだと私が考えていると、パッと私の脳裏に飛び込んできたひらめきはあのジアンのことであった。
これは『天主』がお与えくださった時間に違いないと、私は確信した。船から降りた一行がぞろぞろと今朝後にした宿に向かう途中で、私はヴァリニャーノ師に近づき、歩きながらそう思ったことを告げた。
「なるほど、あの方のおばあさんのとお母さんのためですか、この風向きの急変は」
ヴァリニャーノ師も首をすくめて、仕方がないというような笑みを見せていた。
我われの船が港に入る前に引き返してきたことは、おそらく遠くから見ていた者が何人もいたのだろう、そのことはすぐに港中に知れわたったようだ。
そしてジアンの耳にも入ったようで、我われが宿に着くまでにジアンは息を切らして走ってきていて、宿の前でぜいぜいと肩で息をしながら我われを待っていた。
「こんなことが、こんなことがあるんですね」
ジアンの目は涙でいっぱいだった。ヴァリニャーノ師がそれに近づいた。
「『天主様』は祈りを聞き届けてくださいます。よかったですね」
その師の言葉を私がジアンに伝えてから、師は私を見てにっこりほほ笑みながら目で合図をした。私も力強くうなずいた。
「たまたま風向きが変わったからだとゆてしまえばそれまでじぁんどん、バテレン様方が戻ってきてくれたこっにな変わりない。ああ、あいがたえ、あいがたえ」
すぐにその場に跪いて、ジアンは祈るしぐさをしていた。私もそのそばに近づいた。
「この天地にはたまたまということはないのです。すべての出来事は必ずそう起こるべくして起こったのです。すべてが『天主様』のなせる業ですから、これでもうはっきりと『天主様』のご実在を覚ることができましたね」
世の中、一切必然にして偶然なしということを、私はジアンに告げた。
「はい」
涙声ながらも、ジアンはしっかりと返事をした。
とりあえず我われは宿に入った。我われは船の上で食べるはずだった朝食の握り飯を持ち帰ってきていたので、宿でそれを食した。それでも湯と味噌汁くらいは宿は用意してくれた。
ジアンは先に帰していたので、食事後に私とトスカネロ兄は再びジアンの家へと向かった。昨夜は夜だったので景色は全く見えなかったが、今あらためて昼間歩くと、昨日も一度歩いた道なのに実はこんな景色だったのかと驚く。
港を過ぎると海は確かに砂浜だった。たいていの港がそうであるようにここも大きな湾のいちばん奥なので、右も左も岬が突き出ていた。
結構まとまった平らな土地ではあるがやはり遠くは山に囲まれていて、しかもここから見る周囲の山は結構高そうな山もあった。
ちょうど港のある近くに小高い丘が港近くまで張り出していて、それが町を北と南に分断していた。
そして北の集落を抜けると橋があり、橋を渡れば別の集落だ。昨日と同じ十五分くらいは歩いた。
その間、私はトスカネロ兄とは遠慮なくイタリア語で会話できた。他の人たちがいる所では例えヴァリニャーノ師に対してでも会話はすべてポルトガル語になるので、こういうときしか思う存分イタリア語で話すことはできない。
「昨日の手ごわいおばあさんですけどね」
「ああ、すごい気迫でしたね。私は日本語が分からないからあのおばあさんが言っていることは分かりませんでしたが」
「いや、私も分からなかった」
私が笑うと、トスカネロ兄も笑っていた。
「ただ一向宗の門徒で、厚く阿弥陀如来を信仰しているようですよ」
一向宗といえばこの春に我われを豊後から堺まで運んでくれた船のん船頭の彦左衛門も一向宗の門徒だった。本人は自分たちはあくまで真宗であって一向宗という呼び名で呼ばれるのを嫌がっていたが、その時船上で私は彦左衛門によって一向宗について、そして阿弥陀如来について一通り知識は得ていた。
さらには安土滞在中の時間がある時に、フロイス師やオルガンティーノ師からもある程度一向宗については学んでいた。それを思い出しながら、
「むしろ今回は、もしかしたらかなり早く目を開いて頂けるかもしれない」
私がつぶやくように言った時、集落の中に大きな赤い鳥居があり、その前を我われは通り過ぎることになった。
ふと、その鳥居の中から祈りの声が聞こえて来た。だがそれはいわゆる仏教の寺の僧侶が読む経文というものだった。トスカネロ兄が首をかしげた。
「鳥居があるということは、ここは神社ですよね。なぜ神社から僧侶の祈りの声が?」
そのことは私も安土にいた時に同じような光景に遭遇していたので、しっかりとオルガンティーノ師から説明を受けていた。
「神社は神を祭るこの国の古来の伝統的な宗教です。それに対して仏を祭る仏教は日本という国ができてから千年もたってからインディアから入ってきたものだそうです」
「ですよね。だから本来別のもののはず」
「実は仏教が初めて日本に入ってきた時もすんなりとはいかず、神社の神を信仰する人びとの反発があったようなのです。これもオルガンティーノ神父から聞いたのですが、最初はそうして抵抗があったものの日本人は仏教を受け入れた。それはなぜかというと、もとからあった神社の神と仏教の説く仏を混然一体化させて根付かせたということなのだそうですよ」
まだ、トスカネロ兄は首をかしげていた。私よりも一年早く日本に来ているはずなのになと思ったが、私はあえてそれは言わなかった。
私たちが鳥居の下で立ち止まって話していたので、村の人びとが出てきて好奇の目で我われをじろじろ見ていた。そこで私はその中の一人の男に聞いてみた。
「あのお経は、この神社で読んでいるのですか」
男は一瞬引いたが、すぐに私が日本語をしゃべったので安心したようだ。
「じゃっどな。こん熊野神社の別当寺の坊様たちが読んどいもす」
「別当寺?」
男は鳥居の奥の神社の本殿の方を指差した。
「あん拝殿の右が別当寺です」
私もトスカネロ兄も少し中へ入って神社の方を見てみた。赤い柱の神社の神への祈りをする建物の右側に寺がある。しかも驚いたことにその建物はつながっている。
「別当寺はこん熊野神社を管理すう坊様たちがおいもす」
本来は別のものであり、最初は互いに拮抗したとも聞いている二つの宗教が、ここでは全く溶け合っている。このような事例は私が知る限りは日本以外の他のどの国でもなかった。
しばらく見ていると経文を読む声がやみ、寺から何人かの僧侶が出てきて、神社の境内にある鐘楼に登って大きな音で鐘をついた。
日本の人びとはほとんどの人が時計を持っていないので、日本ではこうして鐘を撞いて時間を人びとに知らせる。
ただ、驚いたのはその僧侶が神社の神殿の前を横切る時は、神殿の方を向いて立ち止まり、神殿に向かって深々と頭を下げたことだった。
ある宗教の聖職者が別の宗教の神殿に頭を下げるという日本以外の他のどの国でもあり得ない光景を、我われは見ていた。
そこで先ほどの男に聞いた。
「この神社の神はどんな神ですか? なぜ坊さんも頭を下げますか?」
「そりゃあ熊野の神様は権現様ちゅう仏様じゃっでね」
私がその言葉をトスカネロ兄に伝えた。
「わけが分からない」
トスカネロ兄はさらに頭を抱えていた。ただ私には、単に驚きばかりではなく、あるひらめいたものがあった。
4
その後すぐに先ほどの男がジアンの家まで案内してくれた。
しかも、我われが頼んだわけではない。彼らにとってジアンがキリシタンであることは有名な話で、そこへ「バテレン」の我われが来たのだから、自然とジアンの家に行くと判断したらしい。
するとジアンはすでに門の所まで迎えに出てくれていた。
「ゆくさ おじゃったもした」
そう言って早速我われを門内に入れてくれたが、裏の方で女たちの声がしたので、私はそちらへと回って見た。果たして庭ではジアンの母が洗濯物を干しており、祖母は縁側に座ってそれを眺めるでもなく眺めていたようだった。
「バテレン様方、おじゃったど」
ジアンがそちらへ声をかけると、母はおびえたような目で後ずさりしてこちらをにらみ、祖母はなんとか必死でたちあがってよろめきながらも奥へ入って行こうとしていた。
「また来たのかい。あたいらはおまんさの話なんか聞かん。聞いたとこいでキリシタンになんて、口に出してでん言うべきこっじゃなか」
昨夜の祖母に変わって、今度は母がすごい剣幕で我われにかかってきた。そこで私はできる限りの笑顔を見せ、そばにいたトスカネロ兄にも小声で言った。
「笑顔、笑顔」
そしてジアンの母に、私も笑顔で言った。
「お母様、今日は私たちの話を聞いてほしくて来たのではありません。逆に私たちがお二人の話を聞きたくて来たのです」
「私たちの話?」
「はい、いろいろと教えて頂きたくて、やってまいりました」
「あたいらが何を教えるちゅうのですけ?」
「お二人が信仰なさっている阿弥陀様について、いろいろとお話しをお聞きしたいと」
母親の表情が変わった。そこで一度奥へ入って、祖母と何やら相談しているようだった。
「分かりもした。では奥へお入りたもし」
母親はにこりともせず、それだけ言ってようやく我われを迎え入れてくれた。
座敷で対座した我われだったが、まずは私から口を開いた。
「まずは、阿弥陀様という仏はどのような仏なのですか?」
それを聞いて母親はしばらく黙って目を閉じていたが、やがて目を開いてゆっくりと話しだした。
「我われ浮世の凡夫は煩悩にさいなまれ、自力で救済されるこちゃできもはん。そこで我われは絶対他力にすがるしかなかとです」
話が時々よく分からないが、一応私はうなずいて聞いていた。私が日本に来て感じた日本人の気質として、話がよく分からなくても適当に相槌を討つ習性があるということがあった。
今は私がその日本人の気質をまねてみた。
「そこでどのっさあにおすがりすれあよかかちゅうことじゃっどん、お釈迦さあは西方浄土におじゃる天地最高の仏、本師本仏といわれる阿弥陀如来くさ、あたいどん人類を真に救済してくるっお方と説いておられもす」
「どうして、そう言えるのですか、教えてください」
私はそこで、軽く頭を下げた。母親は一つ咳払いをした。
「そや阿弥陀如来が大慈大悲のお心で、すべての人類を救うとお約束を下さっているからだちゅうことです。つまい、あたいどん人類との契約でござんで。すっぺ。人類は苦しみから離れられない存在じゃっで、絶対的な幸福へと導いてくいやっとかっちゅうのです。阿弥陀様は、すべての人類に自身を信じっよう言われもす。そうすれあ人類を一人からからっと絶対的な幸せへと誘うと言われもす」
「絶対的な幸せとは、どのような幸せですか?」
「最終的には阿弥陀様のおじゃる西方の極楽浄土に生まれ変わっことです」
話の大筋は前に堺への船旅の途中で船頭の彦左衛門から聞いたことと大差ないし、オルガンティーノ師を通して得ていた予備知識ともかなった。
だからあらためて初めて聞いて驚いたということはなかったのだが、彼女にとって阿弥陀如来とは天地最高の仏であり、また全人類をことごとく救済するという契約を人類と結んでいるという点で心に弾けるものがあった。
そして救済の目的は極楽浄土への生まれ変わりだという。たしか彦左衛門はそのために、阿弥陀如来に帰依した証として「南無阿弥陀仏」という念仏を唱えるのだと言っていた。
私は母親の言うことをかいつまんで、小声でトスカネロ兄にも通訳した。トスカネロ兄も小声で私に言った。
「やはりこれは悪魔崇拝ですね。天地創造の『天主』以外のものを、まるで『天主』と同じ権威あるものとして信仰している」
私はそれを手で制した。もちろん小声である上にイタリア語で言っているから、たとえ対座する母親に聞こえたとしてもその意味は分かられるはずはない。
だが私はそこで、トスカネロ兄の言うことを受け入れての話をするつもりはなかった。
私の脳裏にその時に甦っていたのは、あの室津の港で洗礼志願者に講話をした時に、頑なに彼らの先祖崇拝を否定したために何人かの人びとに躓きを与えてしまい、受洗の機会を奪ってしまったことだった。
あの時の二の轍は踏みたくない。
「母上様、おばば様。素晴らしいお話しを窺い、かたじけのう存じます」
私がまた少し頭を下げたので、祖母も母親も二人とも意外なものを見る目で私を見た。だがすぐに勝ち誇ったような表情を少しだけ母親は見せた。
そして私は言った。
「私は驚いています。今お聞きした阿弥陀様のお話は、我われが信仰する『天主』と何ら変わりはない。あれ? もしかして『天主』のことを私に話してくださっているのかな?と、驚きましたよ」
私はにっこりと笑った。母親の顔から勝ち誇った表情が一瞬に消え、訝しげな表情になった。
「ところで、『阿弥陀』というお名前には、どの異様な意味があるのですか?」
「意味?」
「言葉としての意味です」
私は微笑んだまま質問を続けた。
「意味などあいませぬ。そげなお名前の仏様ですから」
ここで、彦左衛門から聞いていたことが役に立とうとしていた。
「そうでしょうか。実は『阿弥陀』とは古いインディア、あなた方がいう天竺の言葉ですね。天竺の言葉で『アミターバ』ということから来ています。私はその天竺に少し住んでいたことがあります。お釈迦様のいた天竺に私はいたのですよ」
そう言いながらも、考えてみれば不思議なものだなと私は思っていた。たしかに私は釈迦のいた天竺、すなわちインディアでは一年近く暮らしていた。でも、イエズス様が暮らしておられたユダヤの地には行ったこともないのだ。
それはさておき、私が天竺にいたという事実は、少なからず二人に衝撃を与えたようだ。
「天竺の言葉で『アミターバ』と言えば無限の光という意味です。そして阿弥陀様はまたの名を天竺では『アミターユス』ともいいます。これは永遠の命という意味です」
「そういえば、」
ここで黙って聞いていたジアンの祖母が初めて口を開いた。
「無限の光、つまい無量光といえば、阿弥陀様を祭う寺で無量光院ちゅう寺はゆうとあいもすな。そん無量光は阿弥陀様のこっだと聞いたこっもあうし、永遠の命と言えば無量寿、阿弥陀様のお経でん『阿弥陀経』と並んで『無量寿経』ちゅうのがあいもす。これも阿弥陀様に関すうお経です」
さすがは年の功である。最初はぽかんと口を開けていた母親も、この自分の息子の言葉によって私に感心したそぶりを見せ始めた。
いよいよここからが本番である。私はますます笑顔の度合いを強めた。
「『阿弥陀様』とは無限の光であって、永遠の命の象徴なのです。それが人びとを絶対的幸福へと導く。素晴らしい教えです。そして我われの持っている聖書という本には、こう書いてあります」
私はゆっくりと「ヨハネ伝」の冒頭部分を日本語に直して暗誦した。
「言葉は『天主』なりき。これに命あり。この命は人の光なりき。もろもろの人を照らす真の光ありて、世に来たれり」
そしてまたにこやかに、二人を見た。
「つまり、『天主』は光なりということです。その『天主』が天地一切を創造された時のこともこのように書かれています」
今度は「創世記」の冒頭である。
「『天主』光あれと言たまひければ光ありき」
母親はまだ驚いた顔をしていたが、祖母の方はゆっくりうなずいたりもしている。
「お分かりでしょうか。『天主』の本質は光、つまり『阿弥陀様』と同じなのです。そして『阿弥陀様』と同じ永遠の命を持っておられる。『天主』は昔在し、今も在し、永久に在す方、アルファでありオメガである、あなた方の言葉でいえば『阿吽』ということですね。あなた方の言葉といっても、実はこの『阿吽』というのも本来は古い天竺の言葉で、『阿』は始まりで私たちはそれをアルファという。『吽』は終わりであってそれを同じくオメガというのですが、つまり『阿吽』は『阿』でもあって『吽』でもある。それは『無始無終』ということ、永遠の命です」
私が質問するという形で始まったこの問答が、ついに母親の方から質問してくるようになった。
「では、そん『天主』ちゅうのも、西方の極楽浄土に連れっ行っくださうですか」
「私たちは、その西方からきたのですよ。私の生まれたローマは天竺よりもずっとずっと西にあります。別にそこが極楽ではありませんが、『天主』は我われを救っていつか天国に連れて行ってくださいます。私はあなた方の言う極楽も嘘ではないと思う。でも、考えてみてください。あなたがた真宗の門徒の方は救われて極楽に行き、我われキリシタンは救われて天国へ行くのでしょうか? つまり、極楽とは別に天国という所があるのでしょうか? それはおかしいですね。たとえば」
私は周りにある例にあげるのによいものを目で探し、開け放たれた障子の向こうの庭越しに見える山を指差した。
「あれは山ですよね。しかし、私の国ではあれをモンターニャといいます。山とモンターニャと呼び方は違う。では山とモンターニャは別のものかといえば同じものでしょう? ここに山があって、こっちにはモンターニャという別のものがあるわけではないでしょう? それと同じですよ」
「つまい、極楽と天国は同いもんだと?」
母親は目を細めていた。
「はい。『阿弥陀様』は無量の光、『天主』も無限の光、無限の光が二つもありますか? しかもあなたは『阿弥陀様』を天地最高の仏、『天主』も天地を創造された天地で最高のお方です。天地最高のお方がおふた方もいらっしゃるんでしょうか? これはどちらかが本物でどちらかが偽物だと考えるよりも、どちらも本当であって、実は同一のお方なんだと考えた方が理にかなっていますよね。真理の峰はただ一つなのです」
「どちらも嘘じゃなか、同じ方だと言ゆっ根拠は?」
そう聞いたのは、祖母の方だ。
「はい。そのみ業を見れば分かります。『天主』はすべての人類が一人残らず幸せいっぱいになることをお望みです。そして『天主』のお味方をする者は一人残らず救い、そのものたちに天国の門は開かれるとおっしゃいました。そのように我われ人類と契約を結ばれました。最初はイスラエルの民との契約でしたが、それがキリスト・イエズスによって全世界全人類との新しい契約となりました。だから我々はそのよき知らせを告げるために、こうしてはるばる万里の波頭を越えてこの国まで来たのです」
その時私は、ジアンの母親の目に涙を見た。祖母も同じように目をこすっていた。
「バテレン様のお話が、こげんも素晴てものだとはこいぎい思いませなんだ。お寺のお坊さあよっか話はゆうと分かう。そいにお坊さよっかずっと博識だ。そいなあ一つ聞こごたっのだが、あたいがこいぎい四十年間続けっ来た苦行はどうないもすか」
「はい、決して無駄にはなりません。そのまま『天主』からの功徳を戴けます」
「まあまあ、まこち、バテレンさあってこげな慈愛深け方じゃったとは。そいじゃっとにうちのバカ息子ときたら、あたいどんに対して阿弥陀信仰は悪魔崇拝だ、迷信だって決めつけて無理やりやめさせようとして突っかかって来うから、あたいどんも逆に頑なになっておいもした。うちの息子の方がバテレンさあの教えをまっで理解しておらんかったちゅこっにないもすね」
涙を流しながらも母親は苦笑していた。隣で聞いていたジアンも、しきりに頭をかいていた。
そうして祖母と母は洗礼を志願し、我われは帰途に着いた。その帰り道でトスカネロ兄が聞いてきた。
「最後はどうやってあの方たちの目を開かせたのです?」
たしかに途中までは小声でトスカネロ兄のために通訳していたが、途中からそれをやめてしまった。
「まあ、話を聞いて『天主』の偉大さに感動したのでしょう」
そう私は言っておいた。
5
戻った私は早速のヴァリニャーノ師に報告した。
「そうですか。御苦労さまでした。でも、よくやりましたねえ」
ヴァリニャーノ師も満面の笑みで喜んでいた。
ジアンの母と祖母は、翌日とさらにその次の日に詰め込んで公教要理を学ぶことになった。講師として、ヴァリニャーノ師はフロイス師を指名した。と、いうか、それ以外に選択肢はなかった。日本語ができて、公教要理を教える資格がある司祭といえば、一行の中にはフロイス師しかいなかった。
翌日我われ全員でフロイス師とともにジアンの家に行くと、驚いたことにジアンの祖母と母だけでなく、祖母たちがうわさを広めたせいか村人たち十五人がそろって洗礼を志願するということだった。
彼らは全く初めてではなくこれまでもジアンがさんざん福音の話は聞かせていたので下地ができていた。
こうして我われが内之浦に戻った三日後、合計十七人に、ヴァリニャーノ師の手によって洗礼が授けられた。
その夜、明日はいよいよ本当に内之浦とはお別れだということで、夕食後に我われは一室で晩課の祈りの後で簡単な打ち合わせをしていた。
その祈りの間も、私は喜びに満たされて有頂天だった。
そして打ち合わせの途中で、例によって表情も変えずにフロイス師が私の名を呼んだ。
「あなたがあの老婆と母親に教えを説いて目を開かせた過程、ヴァリニャーノ神父に報告されたことは私もそのまま聞いています。しかし、私はもう少し詳しく知りたい」
そこで私は、ありのまますべてではないにしろ、ヴァリニャーノ師に報告したのよりかは少し詳しく話した。聞いているフロイス師の表情は硬かった。
「ずいぶん独創的なやり方をされるのですね」
フロイス師は言った。
たしかに、これまでの、特にフロイス師が長年都や安土で異教徒に対して行ってきた方法は、とにかく論争して論破するというやり方だった。
キリストの教えは絶対であるというフロイス師の自身から出たやり方だろう。
それに比べたら、私は確かに正反対の方向で行った。こちらから頭を下げ、相手のことを教えてもらうということから出発した。私には、あの室津での苦い経験があったからだ。
しかしさらに、フロイス師は言った。
「あなたのやり方には問題がある。この方法は他の修道会の人が聞いたらどう思うか。いや、このイエズス会の中に於いてでも問題とせざるをえない。はっきり言って邪道だ」
いくら年長の、それも大先輩の言葉だからとはいえ、さすがに私もムッとした。フロイス師は私の直属の上長ではない。しかしそれは抑えて、尋ねた。
「では、私のどこがいけなかったのでしょうか。なんとか洗礼まで持っていけましたが」
「結果さえ良ければ、方法は問わないというわけにはいかないのですよ。巡察師が言われた言葉をお忘れですか? 適応主義とは決して妥協することと同義ではないと。あなたのやり方は間違っている!」
「私は妥協したつもりはありませんが」
たしかに今回も私は自分の頭で何も考えることなく、ほとんど言うべきこと、必要なことは勝手に口をついて出た、つまり『天主』様が私の口をお使いになって語っておられるという感覚だった。
「我われは異教徒を改宗させるのはよいが、異教徒と妥協してはならない。むしろ異教徒の祈りの場や神殿などはことごとく破壊しなければならないのだ。ましてや悪魔崇拝の寺などはすべて破壊するべきだ」
「まあまああまあ」
そばで聞いていたヴァリニャーノ師も、笑みを浮かべながらその場に割って入ってくれた。
「コニージョ神父も一所懸命だったのです。厳密にカトリックの教えに沿って導いたところで、それが相手にとって不快であって教会に来なくなったら結局はその人を救ったことにならない。救われなければ何にもなりません」
救われなければ何にもならない――私にはこの言葉が胸に染み透った。いや、肚に落ちた。やはりヴァリニャーノ師も、かつての室津でのことに関する私の報告を忘れてはいないらしい。
「仏教では一向宗は『阿弥陀如来』だが、宗派によっては『大日如来』を最高仏とする宗派もありますから、かつてザビエル神父も『天主』を日本語で『大日』と呼ばれたこともありますね」
そのヴァリニャーノ師の言葉を、フロイス師は遮った。
「しかし、イエズス会の方からヘクラマッセオがついて、結局ポルトガル語そのままのデウスでいくことになったのではなかったですか」
「あなたがこれまでいろいろ記録していることに関しても、異教徒に対して少し過激すぎると会の中でも批判が出ていますぞ」
フロイス師は何か言いたそうだったが、相手が巡察師なのでこれ以上は反論できずに口をつぐんでしまった。
「私たちは異教徒をも愛と真で導いていかなければいけません。そのためにはいろいろな創意工夫はいる。これも異教徒である仏教徒の言葉ですが方便というものもあるのですよ」
「方便ですか。なるほど、うまいことを言った」
やっとフロイス師は表情を変えたが、それは苦笑だった。
この時私は「ホーベン」の意味が分からなかったが、あとで聞くと仏教では悟りに近づかせるために、真実ではないが結果が有益になることを言って導くことがあり、そういった虚言は「方便」として許されるのだそうだ。
フロイス師は異教徒やその教義についてかなり詳しく研究してその奥義を極めているだけに、その異教徒攻撃にも重みがある。だが、例えばオルガンティーノ師のようにその奥義を適応主義の方に活かしたら、さらによい結果が出るということを私は実証したような気がした。
日本文化は古来、外来のものを自分たちに同化させて受け入れてしまうという柔軟さがある。その性質を利用しない手はないと――利用というと言葉は悪いが――私は考えていたのだ。




