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とある司祭(パードレ)の憂鬱(メランコリア) ~聖なる侵略者~  作者: John B.Rabitan
Capitolo 4 Crociera per la Missione(宣教の船旅)
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Episodio 2 L'Isola di Dom Paolo(ドン・パウロの島)

                  1


 こうして船は風を受けて南下し、やがて岬が見えて来た。

 岬は二つあり、大きな岬を回ってしばらく行くと、もう一つの小ぶりな岬があった。この岬の先端は丸みを帯び、すぐそばに島があって、船は岬の先端と島との間を通るようにして舵を右に切って行った。

 そこからは船の速度が急に上がった。方向が変わって北上することになったので、かなり強い順風を受けることができたからだ。だから、予定の港には予定よりも早く着いた。時間的にはもっと行けそうだが、これ以上行くと寄港するのにいい港がないのだそうだ。


 着いた港は宿毛スクモといい、まだ長宗我部領の土佐だった。このあたりは海岸線が複雑に入り組んでいて、岬と岬の間にいくつもの入り江があり、入江の中は湖のようだ。さらには島が無数にあるので、余計に複雑になっている。

 わりと開けた平らな土地もあるが、それでも傍を山が囲んでいる。山といっても低い丘陵だった。


 ここもまだ敵地なので、我われは船から降りることができなかった。どうも先ほど回ってきた岬をはさんで、昨日までいた下田とは東西対照的な位置にあるよう。船だと岬の南を大回りしたが、陸路で下田からこの宿毛までは直線距離にしてすぐ近くなのだそうだ。


 ここは一泊の停泊で済んだ。船はさらに北上したが、大小さまざまの島が多数見えて、さながら往路の瀬戸内海のようだ。そして早くも左手彼方にうっすらと、豊後とは地続きの九州の陸地が見えてきた。

 帰ってきたという感じで、何か懐かしかった。

 ここから西へ一気に大海を横断すれば豊後へのいちばんの近道だと船頭は言うが、あの下田の町での村人たちとの約束がある。

 だが島はいくつもあるが、どれが戸島なのかは船頭もよく知らないとのことだった。

 そこで、ひとまずはこのすぐ近くの大きな港である宇和島ウワジマに向かうことになった。


 宇和島で船頭は上陸して、戸島に関する情報を仕入れてきてくれた。


「なんや、すぐそばを通ってましたな」


 船頭が聞いてきた情報によると、戸島は本当に小さな島なので、今我われが乗っているような船が停泊できる港はないとのことだった。


「では、わてが行って、迎えて来まっさ」


 そう言って船頭は、船員数人とともにまた船を下りて行った。地元の漁民に交渉して、小さな手漕ぎ舟を借りるつもりらしい。交渉はうまくいったようで、船頭は人が十人も乗れば満員になるような小さな舟を船員に漕がせて、我われの船のそばまできた。


「ほな、ちょっくら行ってきます」


 船頭がこちらの船へ大声で叫んでから、舟はかなりの速さで沖の方へ行ってしまった。


 船頭が戻るまで、そう時間はかからなかった。

 船頭が戻ってきた船には、寺の僧侶と同じような服装をしているが明らかに貴人と思われるような人が乗っていた。頭も剃髪していたが、その胸元にはしっかりと十字架がかかっていた。

 我われも船から降りて、その貴人が六人の従者を従えて小舟より上陸してくるのを待った。年の頃は四十歳前後と思われるが、確かに都の貴族ノービレとも思われるような高貴な顔立ちだった。


 彼は我われの姿を見ると、ゆっくりとした足取りでそばまできて、地にひざまずいた。左手も地についていたが、右手はだらりと下げたままだった。そして何かを言おうとしているようだったが、もう顔は涙でぐしゃぐしゃになっているようだった。


「ドン・パウロですね。私があなたと手紙を何度かやり取りしたルイス・フロイスです」


「ああ、ああ、おなつかしうございます」


 対面するのは初めてのはずだったが、ドン・パウロはそのように言って顔を挙げた。その高貴な顔にはにふさわしくないような刀傷が、額にはしっかりと残っていた。

 ヴァリニャーノ師が跪くドン・パウロの前にかがんだ。


「どうぞ、お立ちください。これでは話もあまりできません」


 ゆっくりとした日本語で言った。

 そうして落ち着いて話ができる場所を探したが、我われの船の中がいちばんよさそうだったので、ドン・パウロを促して我われはともに乗船した。


 船の中に座ると、ヴァリニャーノ師はフロイス師の通訳を通してまずその右手のことを聞いた。


「もう何年か前に寝込みを襲われまして、襲ったのは長宗我部の手のものでございます。額の傷もその時のものです。彼らは私の命を奪うつもりで来たようですが、でもその時私はコンタツ((ロザリオ))を握っておりましたのでそのお蔭で命は救われたと心から感謝しています」


 怨んだり災難を嘆くよりもまずは感謝という、信徒クリスティアーノとしての基本がすでにこの人はできていると私ははたで話を聞きながら感じていた。


「今、小さな島にお住まいとのことですが、お暮らしはどのような感じですか」


 ヴァリニャーノ師の問いをフロイス師の通訳で聞くと、ドン・パウロは静かに話し始めた。


「小さな島で、島の人びととも睦まじく、何一つ不自由なく暮らしております。それもこれも、何もかもが『天主デウス様』のみ恵みで、本当にありがたいことです」


「そうですか。お困りのことは?」


「ありません」


 ドン・パウロはきっぱりと言った。だが、その後すぐに、彼は少し目を伏せた。


「ただ、島でキリシタンは全くの私一人きりです。今はそれでも私の信仰に何ら支障はありません。海も、空も、山も、風も、すべてが『天主デウス様』のみ声であり、『天主デウス様』に創られたもの、いわば『天主デウス様』のお体の一部なのですから。『天主デウス様』の吐息の中で暮らしております」


 ふと私の頭の中に蘇ったのは、あの都で会ったシモン柳原のことだった、彼もまたこの近くの伊予の国で、異教徒の真っ只中でその妻と二人のみが信徒クリスティアーノという生活を続けているはずだ。


 都で彼は言っていたのは、信仰に教会は必要ないということはないが、でも教会がなかったら信仰が保てないというわけでもないということだった。

 そのことを私は強烈に思い出していた。そのシモンの言葉を裏付ける証人が、目の前にもう一人いたという感じだ。


 それからしばらくはいろいろと島の暮らしについて問答があった。

 そしてだいぶ続いてから何かを告白するように、ドン・パウロは目を挙げた。


「ただ、不安はあります。私はあの暴漢に襲われて以来、体もすっかり弱くなり、寝たきりの状態にある日も年に何日もあります。おそらくもう長くはないのではないかと思うのです。もちろん生も死もすべて『天主デウス様』のまにまに、死してもなお感謝ではありまするが、一つだけ気がかりは島の人びとがことごとく異教徒でありますから、私が死んだらおそらく彼らは異教徒の方式で私の葬儀を行うのではないかということです。どうかそのようなことがないように、バテレン様の方で取り計らってくれませんか」


 フロイス師の通訳を聞いてヴァリニャーノ師はうなずいたが、


「それは分かりました。我われはこれから豊後に帰りますので、豊後の教会に申し伝えておきましょう。しかしあなたは私よりもほんの少しお若いのではありませんか?」


 ポルトガル語で言ってから、その言葉をフロイス師が通訳して告げてもらった。


「私から見ればもっとはるかに若いでしょう」


 フロイス師はそう付け加えていた。


「いえいえ、年とは関係なく、本当に私の体はもう弱っているのです」


 そう言うドン・パウロは確かに体に力がないようだった。


「ですから、もう天に召される日も近いと、私は思っています。そして、もうひとつお願いがあるのです」


「なんでしょう?」


 優しく包み込むように、ヴァリニャーノ師は尋ねた。


「今は異教徒の中でただ一人、それでも満ち足りた生活を送っています。しかし、最期の時に周りに異教徒しかいないというのはやはり何ともさびしいものです。しかし、私の至らなさで、島の人びとにキリストの教えをつたえるのは力不足です。私の従者たちでさえ誰ひとりキリシタンになろうというものはおりません。妻でさえあのキリシタンである大殿様の娘でありながらも、いまだ受洗には至らないまま豊後におり、私とは離ればなれの状況です。すべてのものに福音をべ伝えよという主のみ言葉があるのに、私は何もできない。私はあまりにも弱き者、あまりにも無力なのです」


 ドン・パウロはまた涙を流し、しばらくは涙にむせんでいた。


「このままでは私は罪の責め苦を負わねばならない。ですから、ですから、せめて豊後からバテレン様か、それが無理ならばイルマン様でもいい、島にお遣わし願いたいのですが」


 ヴァリニャーノ師はうなずいた。


「安心なさいませ。そのお気持ちはきっと『天主デウス様』に届きます。『天主デウス様』はすべてお見通しです。すべての人はその髪の毛の数まで数えられています。この世界の津々浦々に至るまで、すべての人は『天主デウス様』のみ手によらない人は一人もいない。たとえどんな異教徒であっても、等しく『天主デウス様』の創造あそばされた霊魂と体を戴いているのです。万生とすべての人類の創り主であらせられる『天主デウス様』は、すべての創られし者がその御名を知ることをお望みです。あなたの願いは『天主デウス様』のみ意にかなったものですから、責め苦などということは考えないで」


「はい。かたじけのうございます」


 嗚咽はそのままに、やがてそれは感涙に変わっていったようだった。



                  2


 しばらくドン・パウロが落ち着くのを待って、また話がいろいろと続いていった。その途中でヴァリニャーノ師は尋ねた。


「なぜあなたは、豊後に戻ろうとはなさらないのですか?」


 前にヴァリニャーノ師はそれについてフロイス師にも聞いていたが、どうもはっきりした返事はもらえなかった。


 さらにはこの時、そのヴァリニャーノ師の言葉を通訳する頃もためらっている。

 そこでヴァリニャーノ師は、突然私を通訳に指名した。それに対して、フロイス師はあまりいい顔をしていなかったが、巡察師ヴィジタドールの命である。

 だが、私の通訳を聞いて、本人であるドン・パウロもまた黙ってしまった。

 そして、しばらくの間をおいてから絞り出すような声で言った。


「私は臼杵の大殿様に顔向けができない」


 それを伝えても、ヴァリニャーノ師は何も言えないでいるようだった。そのいきさつは、すでにフロイス師からも聞いている。だが意外なことに、ドン・パウロの言葉はまだ続いた。


「それに、あのバテレン様に私は嫌われている」


「え?」


 私は思わず聞き返してしまった。これはそのまま通訳することがためらわれたが、だからと言ってごまかすわけにもいかない。

 そこでそのままその言葉を伝えると、ヴァリニャーノ師も目を見開いてドン・パウロを凝視した。


「そんなバテレンがいるのですか?」


 ヴァリニャーノ師の驚きはそのまま私の驚きだった。いやしくも聖職者たる司祭が信徒を嫌うなどということがあっていいものだろうか。

 たしかに司祭とて弱い人間である。感情もある。しかし先ほどのドン・パウロの言葉ではないが、すべての人に福音を宣べ伝えねばならない宣教師でもある司祭が、感情を優先させていいものだろうか。

 そんな司祭はいったい誰だ?……そこまで思った時、ふと思い当たる人がいた。そこでヴァリニャーノ師を見てみると、ヴァリニャーノ師もまたすぐに気づいたようだ。

 フロイス師だけがばつが悪そうに顔を曇らせている。どうやらそのいきさつをフロイス師は知っていたようだ。だから、前にヴァリニャーノ師にドン・パウロが豊後に戻りたがらない理由についてフロイス師が伝えた時に、さらにフロイス師は何かを知っていそうなそぶりをしていたのもそういうことだったのだ。

 そしてドン・パウロの返答も想定内だったから、あえて通訳の役を拒んだのではないだろうか。


 その司祭とは…私が思いついた人と同じ人のことをヴァリニャーノ師は思い至ったようだ。


「あなたは、どのバテレンから洗礼を受けたのですか?」


 ヴァリニャーノ師はドン・パウロに聞いた。私がそれを伝える。


「バテレン・モンテ様です」


 意外な答えだった。あの豊後の野津の教会にいた年配の太った司祭だ。


「私はてっきりバテレン・カブラルからだと思っていました」


「カブラル様はどうしても私の洗礼をお許しにならなかった。ですからカブラル様が肥前の方に行かれていて不在の時に、私はモンテ様より洗礼を受けたのです。あとでカブラル様は大変お怒りで、それで私は嫌われてしまったのです」


 なるほどそういうことだったのかと思う。。それなら話は分かる。ドン・パウロを嫌って、豊後に戻れなくなるような状況を作ったのはやはりカブラル師だった。

 今まではもう遠い存在になったような気さえしていたその名前だったが、これから豊後に帰るとなるとまたかの司祭には対面しないといけない。そう思うとまた気が重くなるのを私も感じていたし、ヴァリニャーノ師とてそうだろう。

 ヴァリニャーノ師にとってはあれほどやり合った相手なのだ。


 ドン・パウロとの話はその後、二、三時間も続いた。ドン・パウロは淡々と、これまでの自分のたどってきた道をヴァリニャーノ師に告げた。


「実は二十歳になる私の長男は、今は行方が分からずにおります」


 そのような話ばかりが続き、またドン・パウロは涙目になった。もう例の話題は終わったので、ここでまた通訳は私からフロイス師に交代した。


「長男の嫁はあの長宗我部の娘ですから、長宗我部は我が長男を立てて私を無理やり隠居させ、私を豊後へと追放したのです。そこには、都で関白をやっていた一条本家もまた絡んでまいりまして、長男は土佐一条家の家督を継いだ形でしたけれど、ほとんど長宗我部の手の内にあったと言ってもいい。しかし、息子の土佐における地位は織田家の上様も認めてくださった。織田のご家中の明智様という方がとりなしてくださったのです」


 明智という名は、ヴァリニャーノ師もそうだろうが、私も初めて耳にした。

 フロイス師もそのドン・パウロの言葉をヴァリニャーノ師に通訳する時にその明智という名を何回か聞き返して確認していたので、おそらくフロイス師も初めて耳にするのだろう。

 我われが安土の城に上がった時にもその明智殿という人は城中にいたのかもしれないが、なにしろ織田殿のご家来衆ケライスはおびただしい数がいるので、そのすべてを我われが見知っているわけではない。


 「しかし、その私の長男さえも、長宗我部は反逆の汚名を着せて追放した。これで長宗我部と織田の亀裂が決定的になったのですが、それを何とか修復しようと明智様が御家臣の石谷いしがい様という方をたびたび長宗我部に遣わしているそうです。でも、織田と長宗我部の亀裂は深まるばかりと聞きます。石谷様は明智様の家臣で、長宗我部の殿の奥方の兄なのですから微妙なお立場です。でもそれよりも、私の長男も哀れです。その後、長男はどうしたのやら。流れて来た風説によると病気で死んだとか、あるいは長宗我部によって毒殺されたとか斬り殺されたとか、いろいろな話が入ってきますが消息はつかめていません。事実、長宗我部は私をも殺そうとしたのですから、もしかしてもう、万千代は……」


 ドン・パウロはまた嗚咽を始めた。


「万千代にはまだ乳飲み子で、私にとっては孫です。男の子です。それも今はどうなっているか…」


「あなたの奥様は臼杵の殿のドン・フランシスコの娘さんでしたね。あなたのお子さんはドン・フランシスコの孫…?」


「いいえ。もっとも豊後の大殿様は私の母方の叔父ですから、血はつながってはおりますが」


 かぶりを振ってから、ドン・パウロは何か言いにくそうにうつむいてしばらく黙った後、そっと目を挙げた。


 「長男は最初の妻の子です。最初の妻との間にはほかに十六になる長女もおります。すでに高嶋殿に嫁いでおります」


「その奥さまは、亡くなられたのですか?」


 「いいえ。父親は伊予の宇都宮うつのみや殿で、宇都宮殿が毛利との戦に負けてから私は」


 さらに言いにくそうにした後、ぼそっと言った。


「離縁しました」


 そして、パッと目を挙げた。


「でも、でもそれは洗礼を受ける前の話です」


 しばらく沈黙があった。ヴァリニャーノ師の顔も瞬間曇ったが、すぐに慈愛に満ちた目に戻った。


「今の妻との間には、十三歳になる次男がおります。次男は私とともに島におります。それで、もう一つ、もうひとつお願いがあります」


 もう涙をぬぐおうともせず、ドン・パウロはヴァリニャーノ師の腕をとってすがるように言った。


「どうか、この次男を豊後に呼び寄せ、洗礼をお授け下さって、セミナリヨに入れて頂きたい。お願いでございます」


 ドン・パウロは深々と頭を下げた。その背中はまだ震えていた。

 思えばこの人の生涯は、必ずしも栄光に満ちたものではない。むしろ苦難の連続である。それなのにそれを恨むではなく、すべてに感謝をして、信仰をますます厚くして生きておられる。

 私は『旧約聖書』のヨブを思い出していた。これでもかというくらいの度重なる生まれてこなければよかったと思うくらいの試練を『天主デウス』から戴き、一時は『天主デウス』を怨んだりもしたが、最終的に試練を乗り越えたあのヨブである。


「あなたの生涯は、これまで多くの試練に遭ってきましたね。しかし、あなたの霊名の聖人使徒聖パウロも言っておりますが、『天主デウス』様はその人が乗り越えられる試練しかお与えにならない。それを不幸だと嘆いたり世を怨んでしまっては、ただの不幸な出来事に終わってしまう。でも、信仰を持って、それを『天主デウス』様から賜ったお仕組みであると感謝で乗り越えれば、それは自分を鍛えることにもなるということですよ」


 ヴァリニャーノ師は優しく諭すように言った。


「息子さんのことは、まずはあなたがよく『天主デウス』様に祈ることです。私たちもなるべく息子さんにもお恵みが戴けるよう努力しましょう。その息子さんこそドン・フランシスコの孫であって甥の子でもあるわけですからね」


「もはや過去の試練などどうということはありません。私にとっては今日バテレン様方がこうして来てくださってお会いできたこと、これが人生最大のお恵みといえましょう」


 その目に涙は残ってはいるが、ドン・パウロの顔は明るく輝いていた。


 こうしてドン・パウロは我われと別れを告げ、来た時の舟で島へと帰って行った。

 それを送って行った船頭が戻ってくると、我われもまた出港であった。


「さあ、今日中には臼杵に着きまっせ」


 ちょうど風もいい具合だ。帆に追い風を受けて船は、静かに港を滑り出た。

 目の前に横たわっているのはもはや九州であり、豊後の国である。船は西に向かってゆっくりと進む。

 どんどん陸地が近くなってくる。我われは船べりに出て、その目は西に横たわる陸地に釘づけになっていた。

 それによく晴れていた。すっかり風は秋の風で、もう日差しの中にいても暑さは感じなかった。


 その時である。


「こら、あかんで」


 船頭が大声を挙げた。前方にばかり気を取られていたが、後ろを見ると、我われの船を負って来る大きな船が二隻、どんどん我われの船との間合いを詰めつつあった。


「海賊や!」


 またかというのが正直な思いだった。行きの時とは違って、この船に武装した兵士は乗っていない。もうヤスフェもいない。 


「どうも我われは、あとちょっとで到着という時に限って海賊に襲われますな」


 メシア師がそんなことを言って笑っていたが、そのうち追って来る海賊船の上から白い煙がポーンと大砲のように空に上がるのが見えた。


「あかん、あれは仲間を呼んどる合図や」


 船頭は急に慌てはじめ、順風ではあるが帆をはずして、漕ぎ手がまた一斉に櫓を漕ぎ始めた。急に速度を増して船は陸地に近づき、海賊もあきらめて帰って行ったようだった。


 ようやく落ち着いて目の前を見た時には、豊後の大地はすぐそばまで来ていた。

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