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Episodio 13 Luna piena e luminaria della torre(満月と天主閣ルミナリア)

                  1


 そうして七月も末になってから、ヴァリニャーノ師はようやく安土を後にしてシモに帰る旨を発表した。

 同時に修道士のディオゴ・メスキータけいにヴァリニャーノ師は、今年の末までには長崎に来るようにとの指示を与えていた。

 皆の前だからその理由を明らかにすることはなかったが、だいたいの察しはついていた。おそらくは彼の司祭への叙階とかかわっているだろう。だが、ほかの修道士の手前、皆の前では公言しなかったのだろうが私にはピンときた。


 それから慌ただしく支度をすると、八月に入ってすぐの頃にヴァリニャーノ師をはじめシモへと帰る顔ぶれで織田殿に暇乞いのため安土城にと登った。

 この日は天主閣の二階の、織田殿が常住する私的な部屋へと通された。本来そこはどんな重臣であってもめったに入ることは許されない部屋だということを、常に織田殿に付き添っている少年から耳打ちされた。


 この日も信長殿は上機嫌だった。私は前に高槻へ行く前に暇乞いに来た時以来だが、ヴァリニャーノ師はフロイス師が帰還するとすぐに、安土に戻った挨拶に来ている。そしてこの日もフロイス師が同行しているため、前回のように私が通訳ではないことで幾分気は楽だった。


「九州に帰るか。それは名残り惜しいのう。前にはいろいろと南蛮の珍しい品々をもらって痛み入る。真にかたじけない」


 織田殿は頭を下げているわけではないが、その気持ちは十分に伝わったので、かえってこちらが恐縮してヴァリニャーノ師は深々と頭を下げていた。


「それで珍しい品々に予の方ばかりが驚かされていたのでは不公平だからな、今度はこちらからバテレン殿方を驚かせよう」


 そう言って織田殿は、奥に人を呼んだ。すぐに何人かの若い武士サムライたちによって、紫色の布がかぶさった板状のものが運ばれてきた。かなりの大きさで重そうでもあり、それは縦になったまま我われの前に立てて置かれた。すぐに布がとられ、折りたたみになっているその板はゆっくりと開かれたが、平らになるまでは開かれず、わずかにジグザグを残したままだったのでそのまま我われの前に立ったままだった。


「ブラーヴォ!」


「グランジ!」


 我われは皆、イタリア人はイタリア語で、ポルトガル人はポルトガル語で感嘆の声を挙げた。

 それは絵画だった。

 だが、ただの絵画ではなく、そのもの自体が屏風ビョーブという部屋を仕切るために用いられる移動式の壁のようなもので、また仕切るだけではなく貴人が座る座の背後に置かれたりもする実用品なのだが、そこに描かれている絵からしてそれはもはや一つの美術品であった。

 全体に金色の地に極彩色豊かに風景画が一面に書かれているが、よく見ると湖に突き出た岬の山の上にそびえる巨大な城は、まぎれもなく今我われがいる安土城に他ならなかった。さらには城ばかりでなく町の様子もこと細かに、斜め上から俯瞰するようなアンゴーロ(アングル)で描かれている。まるで今にも動き出しそうな絵であった。


「これを作らせるにはずいぶん時間がかかったよのう」


 信長殿も絵を覗き込んで目を細めていた。


「実はミカドもこの屏風のことをお聞きになってご所望なさってな、都から使いの者も何度も訪ねて来たけれども、いや、たとえ相手が帝といえどもそうやすやすと手放せる代物ではない」


 そう言って織田殿が高らかに笑った後、ヴァリニャーノ師が恭しく頭を下げた。


「素晴らしいものを拝見させていただき、かたじけのう存じます」


 信長殿は、きりっと我われを見た。


「あなた方バテレンは遠い海の彼方からわざわざこの国に来て予の元にも訪ねてきてくれたばかりか、この安土の城下に長きにわたって滞在してくれた。そして間もなく九州に帰られるという。しかも聞くところによると、特にヴァリニャーノ殿は他のバテレンたちと違って視察の任を終えれば故国にお帰りになるとそうなので何か記念となる物をと考えて、予が最高に気に入っているこの屏風をそなたたちに贈ろうと思うのだがどうか? お気に召したのならぜひお国へ日本の土産としてお持ちくだされ。もし気に入らなければお返し頂いてもかまわぬが」


 この絵をわざわざ見せてくれただけでも織田殿の厚意と思っていたのに、まさかそれが贈与されるなど全くの予想外のことに、誰もがしばらく言葉を失っていた。


「どうだ?」


 織田殿にせかされて、ヴァリニャーノ師が口を開いた。


「ぜひ頂戴したいと存じます。我われがいつか故国に帰った暁には、この城や湖畔の美しい風景について故国の人びとにも語り伝えたいと思っていました。しかし、この城の雄大さと美しさはいくら言葉で表現しても伝わらないでしょう。そこでこのような一目瞭然の優れた美しい絵画があれば、言葉で説明しなくても伝わります。ですから、これを戴けるというのは光栄の極みです」


「であるか」


 フロイス師の通訳を聞いた信長殿は、満足そうにうなずいていた。


「ただ、他にも下々(しもじも)の者でもこの屏風が一目見たいという者も多いけれど、そういう者たちをこの天主閣まで招いて見せるというわけにもいかぬ。だから、そなたたちが出発までの間、そなたたちの南蛮寺で人びとにこの屏風を見せてやってくれないか」


「もちろん、仰せのままに」


「ではこれは、あとで届けさせる」


 織田殿が言うと、屏風は再び折りたたまれて紫の布が掛けられた。

 それからはヴァリニャーノ師が摂津の教会を巡回した話、私の室津の話などを信長殿の耳に入れたりして、長時間があっという間に過ぎた。

 私は、室津のことに関してはただその風景のことだけを語るにとどめておいた。


 最後に織田殿はヴァリニャーノ師に尋ねた。


「で、いつ出発か」


「三日後くらいには安土を離れて、都や高槻を経て九州に戻ります」


「あいや待たれよ」


 織田殿は手のひらをこちらに向けて制した。


「あと十日、十日だけ出発を遅らせてくれ。今本丸に新しく御殿ができようとしておるし、それをぜひともお目にかけたい」


 これには、我われは互いに顔を見合わせてしまった。大幅に予定が狂うことになる。だが、織田殿の言うことに逆らうわけにもいかない。フロイス師もヴァリニャーノ師に向かって小さく首を横に振った。


「仰せのままに」


 ヴァリニャーノ師はそう言って織田殿に頭を下げていた。

 

 翌日、早速屏風は神学校セミナリヨにと届いた。

 我われは信長殿に言われた通りに、神学校セミナリヨの玄関の、外から見える所にそれを展示した。そして神学校セミナリヨの入り口に大きな紙を張り、それが展示されている旨を書いた。

 すると半日もたたないうちにぽつぽつとそれを見るのが目的の人たちが神学校セミナリヨに現れ始め、夕方にはかなり多くの人が来るようになった。


 ところがその翌日からは噂が口づてに広まったのだろう、さらに多くの人が押し掛け、暑い中を炎天下でしばらく並んでもらってからではないと神学校セミナリヨに入れないくらいになった。

 このような時も驚いたことに、日本人はきちんと列を作って整然と並ぶのである。我が故国を含め、他の国では考えられないことであった。

 もちろん多くの信徒ではない人びとを自由に神学校セミナリヨの中に入れて勝手に見学させるわけにもいかないので、玄関では我われ司祭が交代で常に屏風のそばについていなければならなくなった。もし貴重な屏風が損なわれたり、あるいは盗まれたりしたら一大事である。

 ところが、屏風のそばで座っていた我われの誰もが、実際にただ座っているだけでよかったというのも奇跡的な国であることを実感した。


 そんなことで十日は瞬く間に過ぎていった。

 そろそろ織田殿から何か言って来ると思っていた頃に、城からの使者の武士サムライがやってきた。


「いや、真に申し訳ない。この暑さのせいで普請がはかどらず、本丸御殿の完成が遅れております。あと五日ばかりお待ち頂きたいとの、上様よりのお言付けでござる」


 その武士サムライは本当に申し訳なさそうだったので、応対に出たオルガンティーノ師が彼を十分にねぎらって城に帰ってもらった。だが天候のせいでは致し方ないが、やれやれと我われはため息だった。

 屏風見物の人も、十日もたったのでさすがに少なくなっていた。


 そんな時、また城からの使者がきた。やっとこれで旅立つことができるのかと思っていたら、その使者の口上はこうだった。


「真に申し訳ない。さらにあと五日、五日ほど待って頂きたいとのことでござる」


 使者の前であったが、我われは落胆の色を隠し切れなかった。


「なお、お持たせしたお詫びに、キリシタンの方々はいろいろと銭が必要であろうから、おっしゃって頂けたらいくらでも援助するとのことでもござる」


 これについては使者を待たせて、別室でオルガンティーノ師とヴァリニャーノ師、およびフロイス師で話し合っていたようだが、やがて階下へ降りてきたオルガンティーノ師が不要の旨を使者に告げた。


「ただ今は、差し迫って必要ではありませんので、ご厚意だけを頂戴いたします。」


 さすがはオルガンティーノ師で、日本人の特徴あるものの言い方をこ心得ていた。だが、私は不思議だった。くれるというのだからもらっておいても邪魔にはならないだろうと思うのだが、何か三人に深い考えがあるのかもしれないと私はあえて口を挟まなかった。


「つきましては、我われはこの安土の地に正式な南蛮寺を建てたいと思っており、そのための土地もすでに上様より頂戴しております。ただ、いろいろと諸事情ですぐには着工できませんが、どうかその折りには上様のご厚意も賜って早期に実現させたいと思っております」


 やはり、今資金援助をもらうよりも、安土に教会を建てる時のために織田殿の厚意はとっておこうという感覚なのらしい。


「それよりも、巡察師ヴィジタドールはすでに九州へ帰る旅支度もすべて終わらせて、すぐにでも出発できる状態で、あとは上様のお許しを待っているばかりなのです。何とぞ、一日にも早く出発のお許しを頂きたいと、そう上様にお伝えください」


 さらにオルガンティーノ師はそう付け加えていた。使者の武士サムライは何か奥歯にものが挟まったように、ただ日本人特有の愛想笑いだけを浮かべていた。


 使者が帰ってから、オルガンティーノ師は笑って言った。


「織田殿は、何かたくらんでますな」


 ヴァリニャーノ師も笑っていた。


「まあ、織田殿が何をたくらんでいるのかは分からないけれど、でもきっと『天主デウス』様はわれわれがすぐに安土を後にしない方がいい理由があって、織田殿を使って我われに足止めさせているのかもしれない。ここは素直にみ旨に任せよう」


 それは自明なことなので、誰も異存をはさむ者などいるはずもなかった。



                  2


 やがて季節は、すでに八月の半ばにさしかかっていた。

 その13日の日曜日、聖母マリア被昇天の祭日を二日後に控え、主日のミサが暑い中で行われた。

 そのミサが終わった頃である。ある知らせが神学校セミナリヨの建つ町内の寄り合い所からもたらされた。


 それは町内に一様に配られているものが我われのところにも来たという感じだが、ミサ後の朝食の席でそのことが話題に出たので私がオルガンティーノ師に内容を聞いた。


「まあ、我われには関係ない。実は今日は日本では盂蘭盆ウラボンという異教徒の行事があって、なんでも死んだ人の霊が一年に一度この世に戻ってくると信じられているんだ。その霊たちがあの世に帰るのを見送るために、各家は夜になると門の前に火灯りや提灯を飾る習慣があるのだけれど、今日来た知らせはお城からのお達しでね、今年に限っては町内のすべての家も城内にある織田殿の家来の屋敷でも、篝火かがりびの火を焚くのを一切禁止するっていうんだ」


 オルガンティーノ師は、そう説明してくれた。


「これはまた、どういうことでしょうかね」


 フロイス師がいぶかしげに尋ねた。オルガンティーノ師は首をかしげた。


「あの殿のされること、考えていることはよく分かりません。町中の人びとが困惑したような感じで騒いでいますから、同じ日本人にとっても分からないようですね」


 自分たちの伝統行事でさえ、命令一つで差しとめてしまう織田殿とは、いったいどのような存在なのか。何度もあって話をして、少しは信長殿という人のことが分かりかけていた私だったのに、これでまた一気に分からなくなった。

 オルガンティーノ師も遠くを見るような目でつぶやいた。


「去年はにぎやかだったのになあ。町中が一斉に篝火を焚くから、まるで夜なのに真昼の町のようでしたよ。今年は見られないのですね」


 いずれにせよ、珍しい風習を見る機会を逸したことにはなるが、たしかにこの神学校セミナリヨには直接には関係のないことなので、その話題はそれきりとなった。


 そのようなことも忘れて、我われは普通に夜を迎えた。外は普段と全く変わらない夜の闇が訪れようとしていた。ただ、この日は満月で、月の明かりが夜の町を煌々と照らしていた。

 日没後の晩課を終えて、夕食までは一日の中で唯一のくつろぎの時間となる。

 そしてもう外も暗くなった頃、なんだか外が騒がしいことに気がついた。


「今年は一切篝火も焚くなということだから、盂蘭盆という異教徒の行事もないのではないですか」


 何気に私はオルガンティーノ師に聞いてみた。ところがオルガンティーノ師は首をかしげるばかりだった。


「いやあ、たとえ例年であったとしても、篝火は焚いても、このように大騒ぎするような祭りではないはずですよ」


 するとそのうち、神学校セミナリヨの外から眩しいほどの光が見えて来た。満月の光ではなくそれは明らかに炎の光で、町はその光で照らされているようだ。

 あれほどお達しが出たのに、なぜ町でこのように火が焚かれているのか不思議だった。やはり毎年の恒例行事なのだから、たとえ織田殿でも抑えることはできなかったのかと思う。

 しかしそうなると、織田殿のことだから烈火のような怒りを見せるだろう。

 そんなことを考えておるうちに、外では人びとのどよめきと騒ぎ声が最高潮に達していた。ほとんど神学校セミナリヨにいた全員が思わず外に飛び出した。


 神学校セミナリオの前の道はものすごい人出で、町中の人びとがここに集まってきているようだ。だが、彼らは神学校セミナリヨを見ていはいない。そしてものすごい火の光は神学校セミナリヨのすぐそばを通るこの町のコルソ((メインストリート))の方からで、人びともそちらを見ていた。我われは人込みをかき分けて、コルソ((メインストリート))まで出てみた。


 そこには巨大な松明タイマツを持ったおびただしい数の城の兵士が道の左右に並び、その列がずっとコルソに沿って城の方まで続いていた。その松明の燃え上がる炎で空は赤く焦がされ、町も明るく照らし出されていたのだ。

 松明を持つのが城の兵士だということは、これが織田殿の命によることは明らかだ。

 そして神学校セミナリヨのすぐそばの湖の上にも、何本もの松明を手にした兵士たちが乗る船が無数に浮かび、湖面もが明るく照らし出されている。


「いったい何事ですか?」


 ヴァリニャーノ師がオルガンティーノ師に尋ねていたが、オルガンティーノ師も首をかしげるばかりだ。


「このような祭りは初めてだ」


 フロイス師もあきれたような顔でつぶやいていた。

 ところが押し合いへしあいしている人びとの視線はコルソ((メインストリート))に並ぶ兵士たちの松明ではなく、別の一点に集中しているようだった。何気にそちらへ目をやった私は、とてつもないものを見てしまった。同時にそちらを見たメシア師も、大声で我われに叫んでいた。


「あれをごらんなさい!」


 光り輝く天主閣が、夜の闇の中、空中に浮いていた。

 いや、正確にはいつもの城なのだが、最上階の望楼の手すりからおびただしい数の提灯が一面につりさげられ、その提灯の光が最上階の壁の金箔をまぶしいくらいに光らせている。

 提灯は一つや二つではなく、天主閣の側面すべてを覆い尽くすほどの数だ。また、その下の階も、窓からたくさんの提灯がつりさげられて、天主閣全体を照らし出していた。

 天主閣が建っている山はその中腹の家来たちの屋敷が篝火を焚くのを禁止されているため、山全体は闇に包まれており、その上に光り輝く城が建っているのだから、城が空中の闇の中に浮いているように見えたのである。


 私はしばらく、開いた口がふさがらなかった。いや、私だけでなく、神学校セミナリヨの誰もがそうだった。

 司祭たち、修道士たち、また神学校セミナリヨの方からは大勢の神学生も外に出て、この幻想的な光景を見ていた。


 美しいという言葉では、とても表現できるものではなかった。天国の夜はこのようなのだろうかと思われるほど、あたりは荘厳な空気に包まれていた。

 城の上ではまだ提灯の数をどんどん増やしていっているようで、ますます明るく輝きだす。そしてそのさらに上空では、負けじとばかりに満月が煌々とした光を放っていた。


 やがて、湖の方から船に載っていた兵士たちが陸に上がり、コルソの兵士たちの松明の間を城の方角へと駆けて来た。それもおびただしい数である。その兵士たちは地鳴りのような足音を立て、光のトンネルの中を次から次へと駆けて行った。松明を持つ兵士たちはその松明の炎をわざとゆらし、そこから飛び出た無数の火の粉は道路上に落ちて道路全体が輝き、その上を湖の兵士たちは駆けているのだ。

 やがて兵士たちの長い列が途絶えてしばらくすると、また城に近い方の沿道の群衆が歓声を上げはじめた。歓声はだんだん近づいてくる。

 やがて松明の炎の光のトンネルの中を足早に何人かの人がこちらへ歩いてくる。歓声はその人たちの歩みとともにあるようだ。


 やがて顔が見えて来た。真ん中を歩いているのはなんと織田殿本人だった。あとの人たちは簡単な甲冑を着けた護衛の兵士だ。

 人びとは初めて見る自分たちの主君の顔に驚き、歓声を上げ、また立ったままではあるが深々と頭を下げていた。信長殿はその中を、威厳に満ちた顔でうなずきながら歩いてくる。

 その姿を見るるや、まずヴァリニャーノ師が人混みをかき分けて最前列に出て、他の我われもそれに従った。そのすぐ前にまで、織田殿は歩いてきた。そして我われの姿を見ると、それまでのいかめしい顔にパッと光がさしたように、親愛の笑みへと表情が変わった。


「おお、バテレン殿方。頭を上げられよ」


 織田殿は立ち止まった。ヴァリニャーノ師が日本式に深々と頭を下げ、我われもそれに倣った。


「いやあ、申し訳なかった。これまで待たせてしまった。しかし、どうしても、どうしてもこれを見せたかったのじゃ」


 なるほどと、我われは皆うなずいていた。信長殿のたくらみとは、これだったのだ。


「いかがであったか、ボンの送り火は」


「はい。あまりの素晴らしさに、涙が出てしまうほどです」


 ヴァリニャーノ師は言って、隣のフロイス師が通訳した。信長殿は満足げな笑顔だった。


「ぜひ、お国に帰られたら、あの屏風とともに今日のこの光景を土産話としてお国の人びとに語って聞かせるがよい」


「かたじけのうござる」


 再びヴァリニャーノ師は頭を下げるので、同じく我われもそのようにした。


「では明日、城に上がられよ」


 それだけ言うと、信長殿はまた歩いて我われの前から去っていった。


「なるほど」


 信長殿の姿が見えなくなってから、オルガンティーノ師はつぶやいた。


「盆の送り火といえばあの世に帰る霊を見送る火ですが、信長殿はそのような行事をお好みではない。しかし、今宵このように盛大にそれを行ったというのは、これはヴァリニャーノ神父パードレ・ヴァリニャーノを送る見送りの火という意味もあったのですな」


「まあ、それだけのためというわけではないでしょうけどね」


 ヴァリニャーノ師はそうは言うものの、表情には素直に感動している様子がうかがえた。

 

 翌日、うるさいほどの蝉の合唱の中で城に上がると、織田殿は天守閣の入り口で我われを待っていた。なんと前にヴァリニャーノ師が送ったポルトガルの貴人の衣装を身にまとい、マントも着けていた。


「まずはこちらへ」


 織田殿が案内してくれたのは、本丸だった。

 そこにはひときわ大きな御殿が完成直後であることを物語るように木の香りを放っていた。我われは招かれるまま、靴を脱いでその御殿へと上がった。一般の貴人の屋敷の御殿とはどこか造りの違う、高貴な品格が感じられた。柱は白木のままだが、すべて丸い。


「これは清涼殿セイリョーデンでござるよ」


 そう言われてもよく分からなかった。


「都の内裏の帝のお住まいの清涼殿と全く同じ造りで造ってある。いつかここに帝をお迎えするつもりじゃ。だから予は他の城の城主のようにこの本丸には住まずに、天主閣に住んでいるのだ」


 得意げに、そして満足げに笑いながら織田殿は言った。本丸に新しく御殿ができようとしていると信長殿が言ったのはこれのことらしい。これを見せるために完成まで待てという我われを足止めにする口実も、あながち嘘ではなかったようだ。

 このような立派な御殿を帝のために造るということは、信長殿はなんだかんだ言ってもやはり帝の権威にはかなりの尊敬を払っているのだなと、私はその時考えていた。

 だが、なぜ帝が都ではなくこの安土に来るのか、そんなことも頭をよぎったが考えても分かるはずはないので、歩きだしたヴァリニャーノ師たちの後ろを慌てて追った。

 やがて、天主閣の入り口に来た。その時、もう一つのあることに気がついた。あの清涼殿という御殿は確かに巨大で立派な建物だったが、そのすべてをこの天主閣は見下ろしているのだ。


 天主閣の中ではヴァリニャーノ師の暇乞いの言葉をフロイス師が通訳し、信長殿は送別とねぎらいの言葉をかけ、この時の会見は短時間で終わった。

 天主閣の出口にはすっかり武士サムライが板についたヤスフェがいた。ヤスフェとは毎週の主日のミサのたびに会ってはいるが、城中で会うのは久しぶりだ。


「ご出発の日には、お見送り致します」


 ヤスフェは、我われにポルトガル語で言った。



                  3


 本当ならその翌日にはすぐに出発したかったが、翌日の8月15日は聖母マリア被昇天の祝日で盛大にミサを挙げるので、出発はさらにその翌日となった。

 本来なら都の教会が被昇天の聖母教会という名称であることから、そちらで盛大に聖母被昇天のミサを捧げたかったが、織田殿に引き留められて日程的に間に合わなくなった。


 安土での被昇天のミサには、日曜ではなかったがヤスフェも参列していた。ミサの後、ヤスフェはヴァリニャーノ師とそのまま御聖堂おみどうの中で語らっていた。


「出発の日にはお見送りすると言いましたが、明日はどうしてもお城から出られません。それで今日お別れに来ました」


 ヤスフェがそう言うので、そのまま我われはともに遅い朝食をり、いよいよ帰る時になって神学校セミナリヨの入り口でヴァリニャーノ師と私とで逆にヤスフェを見送った。


「本当に、いろいろとありがとうございました。ご恩は…ご恩は…決して…」


 その後は、ヤスフェは泣き崩れて言葉にならなかった。ヴァリニャーノ師の目にも涙が浮かんでいた。


「『天主デウス』のご加護があなたにありますように。西と東に分かれても、同じ『天主デウス』様の袖の内にありますから」


 そう言ってヴァリニャーノ師は手を差し伸べた。ヤスフェは泣きながらその手を握り返し、そして急に日本語で言った。


「もったいない。もったいのうござる」


 そしてまた、ポルトガル語に戻った。


「ああ、この言葉はポルトガル語でどう言ったらいいかわかりません。モッタイナイと日本語でしか言えません。本来は奴隷の身分でしかなかった私が、こうして神父様パードレに握手をしてもらえるなんて」


 やすふぇはさらに嗚咽にむせんだ。


「あなたはもう奴隷ではありません。立派な日本のサムライです。そして立派なクリスタンです。あなたのことは忘れません」


「すべて神父様パードレのお蔭です。私こそ忘れません」


「『天主デウス』様に感謝しましょう」


 それからヤスフェは、私とも手を握り合った。私が彼と知り合ってからはまだ一年という短い時間でしかなく、私はヴァリニャーノ師のように何年も彼と接してきたわけではないが、それでも私にも彼とのいろいろな思い出がある。


「まあ、私はこれからもずっと日本にいますから、またお会いすることもあるでしょう」


 そう言う私も、もらい泣きで涙を浮かべていた。

 そうして、他の信徒クリスティアーノ武士サムライたちとともにヤスフェは城へと帰っていった。


 その日の夜は、我われは織田殿の三男である神戸カンベ三七殿の屋敷に招かれた。彼も我われが安土を後にすることを知り、どうしても送別の宴を催したいとのことであった。

 明日は安土を離れる我われ五人とオルガンティーノ師、ロレンソ兄も含め、総勢七人で小舟はいっぱいだった。


 三七殿の屋敷は城内ではなく城のある山が岬のように湖に突き出たその麓の湖畔にあった。月も満月からだいぶ欠けており、甚だ治安のいい町ではあるがやはり夜道は危険だということで、神学校セミナリオの裏手から湖水を舟で行くことにした。それはバルカ((ボート))ともいえる手漕ぎの船で、船頭が船の後尾で立ってを漕いでいる。松明たいまつに照らされた湖水は、まるで金の粉を散りばめたように輝いていた。

 あの日、あれだけ夜の闇の中に光り輝いていた天主閣も、今日は昇ったばかりの少し欠けた月にわずかに照らされて、かろうじて闇の中に輪郭を表している程度だった。

 舟の上からヴァリニャーノ師が、じっとその天主閣を見ていた。私とて当分は見納めだが、またいつかここに来ることもあるだろう。だが、ヴァリニャーノ師にとっては本当にこれで最後なのだ。


 ほんの数分だけ湖水を滑っただけで、いくつかの松明が揺れて見える湖畔にと、小舟は近づいて行った。松明を持つ従者の間に、三七殿は立って我われを待っていてくれた。そして我われは舟から降りる時には、従者から松明を受け取って自ら我われの足元を照らしてくれた。


「出立間際のお忙しい所をわざわざお運びいただき恐縮です」


 三七殿は立ったまま腰を追ってお辞儀をした。その言葉はフロイス師がヴァリニャーノ師に伝えていた。我われも同じように、日本式に腰を折って頭を下げた。


「本日はお招きにあずかり恐縮です」


 事前にフロイス師かオルガンティーノ師からそう言うのだと聞いていたのだろう、ヴァリニャーノ師は見事な日本語でそれを言った。


「さ、さ、中へ」


 案内されるままに屋敷に入った。それほど大きな屋敷ではなかった。城内の、織田殿の長男の城介ジョーノスケ勘九郎殿の屋敷に比べたら、いや、比べるのが無駄であろうような小ささだった。それでも従者はたくさんいて、三七殿の信徒クリスティアーノである家来も姿を見せた。


 まずは屋敷であらためて三七殿に対面したが、驚いたことに彼は我われを上座に据えて、自分は下座に座った。信徒クリスティアーノである殿ならばこういう状況は時々あったが、三七殿はまだ信徒クリスティアーノではない。それなのに信徒クリスティアーノの殿と同じように我われの前にぬかずくのだった。

 まずは自分がキリストの教えに接していながらも、なかなか洗礼を受けるに至らないことの詫びから話は始まった。


「私は今、伊勢の国にある神戸かんべ城の城主ではありますが、その領地は北伊勢の二郡にすぎません。その神戸の城でも私はいきなり養子として送り込まれたので、神戸の養父や家臣たちからも疎んじられ馴染めずにおります。ですから伊勢ではない他の国を丸ごと領有したい。やはり一国を知行したいというのは、この日の本に生まれたものとしては当然の願いなのです」


 確かに、ただの武士サムライではなくあの織田殿のお子であるなおさらだろうと、私はそれを聞いて感じていた。その言葉をフロイス師の通訳で聞きながら、ヴァリニャーノ師もうなずいていた。


「すべては父の胸三寸にあるのです」


 急に三七殿の語調が低くなった。我われを上座に置いて、その前でまるで家来のような形で身をかがめて畳に両手を突き、頭を下げてこの二十代の若者はたどたどしく語っていた。顔は織田殿にそっくりだが、気性は全然違うようだ。


「お恥ずかしい話ですが、やはり父は恐い。私がキリシタンになりたいということを、やはりまだ父に話せずにいます。言いだして、父がどのような態度に出るかわからないからです。ましてや、父に内緒でキリシタンになるなど、到底できることではありません」


 答えるまでしばらくヴァリニャーノ師は間をおいて、そしてゆっくりと言った。


「焦ることはありませんよ。そのようなあなたであっても、『天主デウス』様は御大切に思っています。『天主デウス』様はあなたのお心の内まですべてご存じですから。まずは祈りましょう」


 フロイス師の通詞を聞いて、三七殿は涙ぐんでいるようだった。

 それから、明日出発である我われを長くひきとめてはいけないと、まだまだ多くを語りたそうな三七殿ではあったが、すぐに別室で我われの送別の宴となった。

 その席では、三七殿は手ずからヴァリニャーノ師をはじめ、我われ一人ひとりのサカズキサケをついで回った。口では我われを「バレテン様」と呼んではいるが、実の父の織田殿よりもむしろ我われの方をまるで自分の父親のように扱っているという印象を受けた。


 最初は少し緊張して硬くなっていた三七殿も、酒が入ると次第に饒舌になった。そして家来に銘じて細長い木の箱を持って来させた。


「バテレン様にこれを進呈しとう存じます」


 そう言うのでヴァリニャーノ師が受け取って見てみるとそれは紙に黒い墨でこの国の文字を大きく書いたもので、装飾のある縁取りの少し硬めの紙に貼ってある。これは部屋の壁に飾るいわゆる掛け軸(カケジク)というものだ。畳の部屋のいちばん奥の少し高くなっているところの壁に、よく飾られていたりする。

 時にはこの国の文字、とはいっても実際はチーナの文字なのだが、それが一文字だけ書いているものもある。しかし、三七殿が渡してくれたものにはかなりたくさんの文字が書いてあった。


「これはそれがしの手にございます。この神戸家の家訓を書に致しました」


 オルガンティーノ師が受け取って、それをじっと読んでいた。


「神戸家の家臣はカミホトケとは手を切り、正しく、徳の高い人物を目指すようにと、そういう意味のことですな」


 その内容を、ごく簡単にオルガンティーノ師はポルトガル語で言った。ヴァリニャーノ師はそれを巻き戻しながら箱に入れた。


「これはありがたく頂いておきます」


 そしてそう笑顔で言った。


「それから一つ、お聞きしたいことがあります」


 三七殿は自分の座に座ったまま、体だけヴァリニャーノ師の方を向いた。


「ウルガン様も、一緒に行っておしまいになられるのですか」


 それに対しては、オルガンティーノ師が直々に答えた。


「いえ、私は堺まで見送りに行くだけで、またここに戻ってまいりますよ」


 三七殿は心から安心した様子を見せた。


「パードレ・オルガンティーノはこれから後も、安土と都の布教区の布教区長ですから」


 フロイス師が補足するように説明した。さらに三七殿はパッと顔を輝かせた。


「では、堺に行かれるのなら当然都を通りますよね。実は私の母は都におります。どうか私の母にも『天主デウス』様の話、ヤソ様の教えを説いていただけますでしょうか」


「分かりました。なるべくそのように取り計らいましょう」


 それからオルガンティーノ師は、三七殿の母親の名前や都での居場所などを聞いていた。


 そのうちある程度食事がすむと、我われは早々に神戸邸を辞去することにした。帰り際も三七殿は舟に乗る場所まで松明を持って見送ってくれた。もう月はだいぶ高く空に上がっていた。



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 翌水曜日の朝、ヴァリニャーノ師とメシア師、そして私とトスカネロ兄の四人、それに堺までの見送りのオルガンティーノ師を含めた総勢五人は、ロレンソ兄やそのほか多くの修道士、そしてジェロニモ伊東をはじめとする神学生たちに見送られて安土の地を後にした。


 ただ、オルガンティーノ師が安土を不在にすると誰も司祭がいなくなってしまい、その間を修道士たちだけに学生を任せておくのも心もとないということで、オルガンティーノ師が堺から戻るまでの留守番として代わりにフロイス師が残ることになった。フロイス師とは後で堺にて合流することになっていた。


 来る時は信長殿への献上品を山積みにしていた荷車も、帰りは空になるかと思いきや、信長殿からの贈り物である屏風が新しい積み荷だった。

 とりあえずは安土の神学校セミナリヨの神学生数人が都までは運んでくれる。あとはそれぞれの教会の同宿の若者に頼むしかない。


 夕刻に都の教会に着くと、私は出迎えてくれたセスペデス師に頼んで小西屋のジョアキムを呼んでもらった。室津で子息の弥九郎殿に世話になったことの礼を言いたかったが、都には一泊しかしないということなので特に夜ではあったがお願いした。

 室津からの帰途に都で一泊した時は、例の洗礼志願者との論争のことやそれで弥九郎殿が受洗を見合わせたことなどで気が引けて、そんな気にはなれなかったのである。


 少し欠けた月の灯りを頼りに、ジョアキムは教会まで来てくれた。歩いてもそう遠くはないそうだ。そこで私は室津で子息に世話になった礼を言い、しばらく歓談した。息子の弥九郎殿が受洗を見合わせた件については、あえて触れなかった。


 翌日からは、例の信長殿から賜った屏風を、ここでも教会内で一般に公開した。さすがに都だけあって、安土以上のものすごい数の人びとがその屏風を見るために押し寄せた。


 次の日曜日の主日のミサまで四日ほど滞在してから、我われは高槻へ向けて出発した。我われにとっては三度目の高槻だ。

 高槻ではフルラネッティ師と共に出迎えてくれた城主のジュスト高山殿が、我われのために城内で宴席を設けてくれた。そこには多くの有力な武士や商人も同席していた。無論全員が信徒クリスティアーニである。

 ジュストの話では、そのうちの五、六名の有力者が、堺から有馬までの我われが乗る船を都合つけてくれたのだという。その費用もすべてジュストがまかなってくれた。

 さらに宴席で、次から次へと信徒たち(クリスティアーに)がヴァリニャーノ師のもとへ手土産と称して多くの贈り物を持ってきた。中には茶器、扇子、着物など、日本の文化をよく表現しているものが多かった。


「我われの修道会は清貧を主眼としておりますので、このような贈り物は一切受け取らないことになっています」


 ヴァリニャーノ師がまずそう言ってそれをオルガンティーノ師に通訳してくれるように促したところ、オルガンティーノ師は首を横に振った。


「いけません。こういった贈り物を断るのは、日本ではとても失礼にあたります」


 そうしてオルガンティーノ師から信徒たちには、ヴァリニャーノ師の言葉として深い感謝と御礼の言葉が告げられた。


「これらの品はぜひお国に持ち帰られ、お国にこの日の本のことを告げ知らせる手土産となさってください」


 ジュストからも、そう言う言葉があった。

 ここでも我われは、例の屏風を人びとに公開した。

 

 そしてさらに次の日曜日の27日の主日のミサまで滞在して、我われは殿のジュストの涙で見送られて高槻を出た。

 そして来た時と同様に三箇サンガの城に泊まり、29日の土曜日にはまた堺へと戻ってきた。

 日比屋の家での宴会は、豪勢なものだった。前にここを訪れた時は四旬節クアレージマの大斎期間であったため質素な食事しかなかったが、その分今回は豪勢にしたのだろう。

 安土や都、高槻と違ってここは海辺の町である。海の幸が豊富に並んでいた。魚を生のまま食する刺身サシミにも我われはすでに慣れていた。

 ただ、やはりどうしても我われにとってだめなのはタコで、日本人はなぜそのようなものを食するのか理解できなかった。そのことは日比屋のあるじのディオゴも心得ていたので、我われの食卓にタコが出ることはなかった。


 その宴会には堺の町の有力者で信徒クリスティアーノである人はほとんど集められていた。

 その席で、ヴァリニャーノ師は皆への挨拶ということで立ち上がった。すぐ隣にオルガンティーノ師が控え、通訳の任にあたった。


「私はこの堺の地に修道院がないことを不思議に思っています」


 我われにとっては先日の安土での協議会の時や、日常生活においてヴァリニャーノ師と接する間に何回も聞いた話である。


「この堺は私が知る日本の国の都市の中でも最も豊かで、尊い町だと思っています。それは町の規模や大商人がたくさん住んでいるということだけではなく、この町が特権と自由を持つ一つの国のような形態で、どんなに他の地が戦争に明け暮れていてもこの地だけは平和を保っているということを知っています」


 ヴァリニャーノ師の話に熱が入ってきた。


「そこで皆さんにお願いがあります。この町の中央部分に当たる所に、修道院を建てるための土地を確保しておいてほしいのです。やがてこの地に学院コレジオをということまで、私は考えています。私は明後日にはこの地を離れ、九州の地へと向かいます。しかし、あとのことは高槻のバテレン・フルラネッティやここにいるバテレン・オルガンティーノに指示をしますので、ご協力をよろしくお願いします」


 人びとは大歓迎の拍手で、それに賛同の意を表した。


 その翌日、オルガンティーノ師はヴァリニャーノ師と固く握手を交わして安土へと帰って行った。いつも陽気で人を笑わせるオルガンティーノ師も、この日ばかりは目が潤んでいた。


 そうして次の日曜日にディオゴの屋敷の一室に造られている聖堂で、ヴァリニャーノ師の司式によって主日のミサが執り行われ、大勢の人が参列した。その時までには、オルガンティーノ師と入れ替わりに安土からすでにフロイス師が到着していた。

 さらにその翌日、すでに暦は九月に入っていたが、その9月4日、先だっての宴席でのヴァリニャーノ師の言葉通り、高槻の信徒の有志の方が都合つけてくれた船で、我われは多くの信徒に見送られながら堺の港を後にした。日比屋のディオゴとその家族が中心となって、いつまでも我われに手を振ってくれていた。


 だが、港まででは飽き足らない人びともいて、我われの船が出港した後も六艘ばかりの小船がずっと我われと並走していた。ここへ来る時も海賊に追われて恐ろしい目に遭ったのだが、やはりこの近海は海賊が多いとのことで、淡路島の近くまでは護衛を兼ねての見送りだということだった。

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