Episodio 6 Acqua del lago e torre del castello dorata(湖水と黄金の天主閣)
1
あの馬揃えから約一週間後の4月7日にももう一度小規模な馬揃えが行われたようだが、今度は我われは参観しなかった。それが終わると、織田殿は安土へ帰って行ったらしい。
「では、我われも安土に向かうことにしよう」
そこで、ヴァリニャーノ師は都を後にすることを我われに告げた。
その出発前夜に、一人の殿が供を連れて教会を訪ねて来た。
聞けば織田殿の三男ということで、フロイス師とは顔見知りのようであった。フロイス師はその人を三七殿と呼んでいた。
フロイス師に引き合わされてヴァリニャーノ師としばらく談話していたが、私は出発の準備に忙しく、その場に立ち会うことはできなかった。
なんでもまだ洗礼こそ受けていはいないが教会の教えに非常に興味を持っており、教会の活動にも理解を示しているという。織田殿の身内にこのような人がいるというのは将来頼もしいことであるなというくらいにしか、その時の私は感じていなかった。
翌、4月14日の金曜日に、豊後から来た面々にオルガンティーノ師とカリオン師を加えた顔触れで、都に残るセスペデス師とフランチェスコ師に別れを告げ、我われは都を後にした。
これまで荷車を押してくれていたヤスフェはもういないので、その代わりに都の教会の同宿の若者が数名、安土まで荷車を引いてくれることになった。荷車といっても積み荷のほとんどは織田殿への献上品だったので、もうほとんど空である。
早朝に教会を出発し、教会の脇の南北の室町通りを北上してすぐに三条通りを右折、あとはひたすら真っすぐであった。
かつてその見ごろは短いと聞いていた通りに、都のあちこちを美しく飾っていた桜の花はもうすっかり散っていた。
都の東側を流れる鴨川を渡って、さらにまっすぐ行くと道は次第に右へと曲がり、上りの坂道となって山の中へと続いていた。これが都を取り囲んでいる山のうち、東側に横たわっていた山かもしれない。
だが、それほど高い山ではないので登り坂もさして苦にはならず、やがて周りを山に囲まれた少し平らな土地に出た。都も周りを山に囲まれているが、ここははるかに小さな盆地だ。
その盆地を過ぎると道は再び山の中へ入っていって峠道となる。道も真っすぐではなく右へ左へと緩く曲がって、山間を縫うように続いていた。
勾配が一番高くなっているのではないかと思うあたりは、道の左右は切り立った崖だった。どうも自然の崖ではなく、人工的に山を切り開いてこの道を通しているという感じだ。
昼前には道も下り坂となって、やがてまた平らな土地に出た。今度はかなり開けた広々とした平地だ。その中へと真っすぐに続く道の行く手には、ちょっとした町があるようだった。
そして我々がその町の向こう側に見たのは、この国に来て初めて見る巨大な湖だった。湖は山を背に広々と横たわっていた。
この国に来て初めてというよりも、私は自分の国でですらこのような大きな湖を見たことがなかった。
安土はこの湖の東岸にあり、ここから船でいけば今日中に着けるのだという。もし湖岸を歩いて行ったら着くのは深夜になるか、あるいはそれを避けるには途中で一泊するしかないとオルガンティーノ師は語っていた。
もはや我われにはグラディア・デル・コルポとなるべきヤスフェがいないのである。
町はこの湖を運行する船の発着場となっている港町で、船はオルガンティーノ師が交渉してすぐに見つけることができた。ここから安土までは定期便が出ているという。
そこで、我われは一艘の小さな帆船に乗りこんだ。我われの姿に慣れていない人びとからは時折奇異の目で見られたが、ヤスフェの時ほどの騒ぎにはならなかった。
船は湖を沖に北へと進んだ。
湖岸の左右ともわずかな平地があってその向こうは山が連なっているが、左手にはひときわ高い山があって、それが都でいつも北東の方角に見えていたあの周りの山よりもそこだけぽつんと高いあの山のようだ。
それを今は都からとは反対側から見ているのだと、オルガンティーノ師が説明をしてくれた。
そしてその北側には、さらに高い山が顔をのぞかせているのが見えた。
右手の東岸も平地の向こうは山だが、際立って高い山は見えなかった。湖の幅はそれほどでもないが、南北に長い湖のようだ。ちょうどリスボンの町から見えた入江を思い出す。
「これは、海ではなく湖なのですね」
私はオルガンティーノ師に聞いてみた。
「湖ですよ。嘘だと思ったら船べりから水をすくって飲んでみてごらんなさい。塩辛くない。でも、その前にきっと船から落ちます。落ちたら死にます」
オルガンティーノ師は大声で笑い、皆も一斉に笑った。
「イエズス様のように、湖の上を歩けたらいいのですけどね」
「ああ、今日は無理でしょう。嵐ではありませんから」
オルガンティーノ師の笑い声が、皆を和ませるのに十分だった。
やがて船は少し左右から岸が迫って細くなっているところを過ぎた。すると突然にパーッと湖は大きくなった。一段と幅が広くなり、前方はわずかではあるが行く手の一部が水平線になっていた。
オルガンティーノ師が先ほどあのような冗談を言ったからか、イエズス様がおられたカペナウムの町のガリラヤ湖もこのような湖だったのだろうかと想像をたくましくした。
もちろん、この中の誰もが本物のガリラヤ湖を見たことがある人はいるはずもなく、福音書の記載を見ながら空想の世界にその風景を描くしかないのだが、きっとこのような湖だったに違いないと私は勝手に決め付けていた。
実際、この中の誰もがどころではなく、私の故国のイタリヤ半島やスパーニャ、ポルトガルにさえにさえ実際のガリラヤの風景やエルサレムの町を見たことがある人などいない。
東岸の遠くには岸の近くに小さな島があるのが見えて。船はその島の方に近づいて行っているようであった。
やがて、夕日が湖の西岸の方から湖面を赤く染めはじめた頃、船は遠くに見えていた小島の手前で岸に近づいて行った。平らな土地の岬を大きく旋回して、大きな入江へと入って行く。入り江の入り口には自然の堤防が陸地から突き出ており、これまで航行してきた巨大な湖とは別の小さな湖のようにもなっていた。
「あれは何です?」
メシア師が指さした先の、入江のいちばん奥にある山の頂上がたしかに光った。山といっても丘と称してもいいくらいの小さな山で、それ全体が湖に突き出た岬となっている。その周りはさらに向こうの横たわる山まで平らな土地のようだった。
船が進むと、山の頂上のものは夕日を受けてさらに何度か光った。ヴァリニャーノ師をはじめ皆が船べりから身を乗り出してそれを凝視した。
ただ、オルガンティーノ師だけがその背後でにやにやと笑っていた。
船はその山の方へと近づいていく。山の麓は町のようだ。近づくにつれ、やはり丘ではなく山だと実感できるくらいになったが、その頂上で光っていたものが次第に姿を現した。
それは、巨大な建造物だった。
この国に来て初めて目にするようなその巨大な塔のような建物は、その最上部が金色に輝いていたのだ。今しもちょうどそこに夕陽が当たって、それがキラキラと反射して光って見えたのだった。しかもまたそれが湖面に反映して、これ以上の美というものがこの世にあるのかと思えるほどだ。
近づいてみてはじめて分かったのだが、緑に覆われていると思っていた山には木々の間にぎっしりと建物が立っているようだ。その大きな屋根が緑の中に無数に見えて、山全体をおびただしい数の建物が覆っているようだった。また、かなり高いと思われる石垣も見えた。
船がさらに近づくと、山上の建物の全容が次第に明らかになっていった。青い大屋根の下は黒っぽい壁だが、屋根の上に塔のようになっている部分は赤い柱の白壁の八角形の部分の上に黄金の手すりと黄金の壁の最上階がある。
屋根は青だが屋根の縁や裏側は全部金だった。これなら夕日を受けて輝くはずだ。
全体的に何階建てかは木々の間から頭を見せている状態なのでよく分からないが、少なくとも塔まで数えると五階以上はあるはずだ。
私は笑っているだけのオルガンティーノ師を振り返った。
「あれは…城ですよね。もしかして、あれが」
「そう。織田殿の安土の城ですよ」
何とここまで巨大な城に、織田殿は住んでいたのかと思う。ヴァリニャーノ師も、言葉を失ったようでただその城を見上げていた。
フロイス師も驚きを隠せないようだ。長く都にいたことのあるフロイス師も、この城を見るのは初めてのようだ。
すると、山の麓の町が安土の町ということになり、我われの船旅も終わろうとしている。
船はゆっくりと、その山の麓の港へと入っていった。ますは神学校へ行く。オルガンティーノ師によれば、神学校まで湖の岸から歩いて十分はかからないとのことだった。
もう少し薄暗くなり始めていたが、町の様子はよく分かった。道はまっすぐであるが、何よりもきれいな町だった。
美しいというよりも清潔なのだ。どの家もまだみんな真新しく感じる。木材も変色していない白木で、きちんと区画された町割りの中に整然と街家は並んでいた。
都もまっすぐな道が縦横に整っていたが、ここは都で感じたような騒然さもごちゃごちゃした様子もなく、整然と澄ました顔で気品高く町並みは続いていた。
フロイス師は四年前に都から豊後に来たのだが、ちょうどその頃にこの城と町は造られたという。それまでは何もなかった場所に全く新しく作られた町だというのだから、まだ四年しかたっていないこの町は目新しくて当然なのだ。
やがて屋根の上の十字架から、すぐに神学校と分かる建物が見えてきた。都の教会もそうだったが、周りの民家よりも高く作られているので、結構遠くからでも分かる。
神学校は三階建てで外観は日本式の建築だが、屋根の瓦が先ほど見た織田殿の城と同じ青色なのには驚いた。
さらに全体的にやはり織田殿の城と感じが似ているような気もした。
「この三階が神学校の教室と学生たちの宿舎となっています。明日、案内します」
オルガンティーノ師がヴァリニャーノ師をはじめ我われにそう説明してくれた。この安土には神学校があるだけで、都のような教会はまだなかった。
だがすでに土地は確保されており、教会建設のための資材も運び込まれつつあるとのことだった。
今はその神学校の一室が御聖堂代わりの仮の礼拝室になっており、ミサもそこで行われるのだという。
その礼拝室のある一階は客間としての二十ほどの寝室、それに茶の湯を行う茶室も設けられていた。
二階が司祭たちの部屋でやはり二十部屋ほどあり、ほかに大広間もあった。修道士の部屋は学生と同じ三階だった。
礼拝室とはいっても、御聖堂と変わらないくらいの大きな部屋だった。早速そこで夕の祈りと続いて夜の祈りとなり、それから夕食だった。
何人かの留守を預かる修道士がいて、オルガンティーノ師の帰還と我われの訪問を祝してくれた。そのうちの三人はポルトガル人だが二十代の若さだった。一人はシメオン・アルメイダ兄といい、三人の中では一番若いようだが神学校で教壇に立っているという。
あの今も九州にいるアルメイダ師と同姓なので、私はすぐに覚えた。
あとはディオゴ・メスキータ兄、同じ名だがディオゴ・ペレイラ兄と名乗ってあいさつを交わした。
さらにはイタリア人の修道士もいて、私と同じ名のジョバンニ・ニコラオ兄と名乗っていたが、彼も二十代の若さだった。
ほかに日本人の修道士も数名いたが、その中でもひときわ目に着いたの修道士がいた。
フロイス師とは旧知の中のようで再会を喜んでいたが、オルガンティーノ師が我われに紹介してくれたところによると、名はロレンソというらしい。
我われと同じ黒いアビト・タラーレを羽織ってはいるが、その下は日本の着物を着ていた。
年は五十代半ばくらいで頭髪はなく、オルガンティーノ師やフロイス師よりも年長のようだが、目だったのは白い杖をついていることだ。
どうも目がほとんど見えないらしい。
「この方はザビエル神父の頃からの信徒で、今はイエズス会士になっている」
今度はフロイス師の方が我われにロレンソ兄について語ってくれた。
「ポルトガル語は話せないけれど、とにかくすごい博識で、公教要理はもちろん日本のさまざまな教えにも通じていて、前にも織田殿の前で法華宗の高僧を論破したこともあった。その時は私も居合わせたのだけれど、とにかくすごい勢いでもう相手が何も言えないという状態で油汗で帰って行ったよ」
あまり笑わないフロイス師も、このときは少しばかり笑った。
「皆さん、ご苦労様です。ようこそ安土においでなさった」
目の視点は合わないけれど、しっかりとヴァリニャーノ師に挨拶をした。
この修道士の説教がまた素晴らしく、それによって感化された多くの日本人が受洗の恵みを受けたのだという。
「しばらくはこちらにおりますから、またいろいろとお話を聞かせてください」
ヴァリニャーノ師はフロイス師にそれを通訳してもらうと、ロレンソ兄に向かって日本式に頭を下げていた。
2
翌日、朝のミサでは主日ではないにもかかわらず神学校の礼拝室は満席となった。神学校の学生が全員毎日にミサに与るので、この状態なのだという。従って日曜日は学生のためと一般信徒のためと、ミサは二回行われるのだそうだ。
そんな若い神学生の中に豊後から高槻まで行動をともにしてきたジェロニモ伊東の姿もあった。今は剃髪しているが元気そうで、我われを見ると懐かしそうに駆け寄ってきて、笑顔で近況報告などをしていた。もうすっかり仲間とも打ち解けているようだ。
オルガンティーノ師の司式によるミサが終わってからヴァリニャーノ師をはじめ我われは庭に出て、神学校の建物に見いっていた。オルガンティーノ師がその屋根が青色であることについて、ヴァリニャーノ師に説明していた。
「実はこの神学校の建築の時に、信長殿からの特別な計らいで、城と同じ瓦を使うことを許されたのです」
さすがに金色の縁取りはなかったが、青が美しいその屋根が同じ青の空によく映えていた。
続いて我われは同じ建物の上の階の神学校へと案内された。
やはり中は清潔だった。真新しい木材の香りに、有馬よりも古いのになぜだろうと思っていたら、最近拡張して建て替えたばかりなのだそうだ。
我われはぞろぞろとそんな神学校を見学していると、庭の方で呼ぶ声があった。
行ってみると、城からの使者ということで二人の武士が控えていた。風格のありそうな、おそらく信長殿の近くに仕える身分の高い武士だろう。
「都にてお会いしたバテレン様たちが昨日こちらにお着きと聞き、上様はぜひ城を案内したとのことでお招きでございます」
どうしてそんな情報がもう伝わっているのかと思ったが、ヴァリニャーノ師を中心とする我われがいつ安土に着くのか、毎日のように織田殿から神学校の方へ使者を遣わしての問い合わせがあったそうだ。
「できればバテレン様方のみならずイルマンの方も、同宿の者たちもすべてということでござる」
急な話ではあるが、織田殿の膝元にいる以上、申し出を断るわけにもいかない。
我われはすぐに身支度を整えて、神学校にいるすべての修道士や同宿も共に神学校を後にした。
城までどう行けばいいかなど、案内は全くいらないほどだった。なぜなら、安土の町のどこからでも否応なく城のある山と多くの石垣や屋敷の屋根、そして丘の上にそびえる城の中心の塔のような建物である「テンシュカク」を仰ぎ見ることができたからだ。
神学校から城の左側に向かって歩くことほんの五分。そこがこの城の門であるが、正門である大手門ではないようだ。
「こちらは百々橋口と申します」
先を歩いていた案内の武士が振り返ってそう説明してくれた。
「大手は今大変混み合っておりますのでこちらから。城下からお城に登るには、一般的にはこちらより入ります」
混み合っているという意味がよく分からなかったが、とりあえず従うことにした。
門を入るとすぐに急な石段の坂道になる。幅はそう広くはなく、それが山の木々の間をまっすぐに延々と続く。
武士の足があまりに速いので、まだ腰を痛めたまま回復しきっていないヴァリニャーノ師は時折、少し待つように頼んでいた。
司祭ではいちばん年長のフロイス師は元気なものだった。だがさらに年長で体は元気でもいかんせん盲目のロレンソ兄は同宿の若者たちの介添えで歩いていたが、メシア師も介護の手を差し伸べていた。
しかしそれでも、到底武士の足の速さには追いつけずにいた。
そこはロレンソ兄に合わせて、ゆっくりの登山となった。実際は登山というよりも坂道を上っているという感覚だ。
やがて、大きな門が見えてきた。だがその門の姿は城門というよりも巨大な寺院の三門であった。門は二層で、一層の左右に大きな像がある。それを見たフロイス師は、露骨に顔をしかめた。
「悪魔の像だ」
そして吐き捨てるように言った。しかし、その門をくぐらなければ城には行かれないらしい。
果たして門の中はこれも城というより仏教の寺院で、それもかなりの規模があった。大きな屋根がひしめき合い、三重塔も建っていた。この寺を通らないと城には行かれないというのが奇妙だった。
できれば足早に通り過ぎたかったが、やはりロレンソ兄の足に合わせてではそれは無理であった。
「なぜ、このようなところに寺が?」
ヴァリニャーノ師は訝しげだった。フロイス師も首をかしげた。
「信長殿は比叡山という山全体が寺となっている大きな仏教勢力を、兵を差し向けてすべてを焼き尽くし破壊した男です。それなのに自分の城の区域内にこのような大きな寺が存在するのを許すというのは分かりませんね」
もちろん我われはポルトガル語で話しているので、案内の武士の耳に入ったところで彼は我われが何を話しているかわからないはずだ。
そこでフロイス師はその武士を呼びとめた。
「この寺は昔からここにあったのですか?」
武士は言った。
「いいえ。上様がこのお城を築きなさったときに、同時に建てられたのです。いわば上様のお寺です」
我われはわけが分からなくなったが、とにかくそのまま歩いた。
その寺を過ぎたらようやく石垣が頂上に向かって何重にも重なるようになり、その上に武士の屋敷の屋根が並ぶようになって城らしくなってきた。
織田家の家来の屋敷は、ほとんどがこの山の中腹に建てられているようだ。
最初に、すでに寺の建物ではなく武士の屋敷だと思われる建物の脇を通過した。
「上様のご嫡男、岐阜中将様の御屋敷でござる」
案内の武士は、こういった細かい説明までしてくれる。織田殿の嫡男といえば、城介殿のことだろう。
寺の三門からこの屋敷の脇まではしばらく平らな道であったが、屋敷の脇を過ぎるとまた急な石段となった。
その石段の上のひときわ高い石垣に囲まれた上に、あらためて間近にこの城の「テンシュカク」の威容が現れた。
これまで見てきた城は、いくつかの櫓があるだけで、このような巨大な建物はなかった。。
ほかの櫓よりも並外れて巨大な塔「テンシュカク」を持つ城はこれまでに見たことがなかった。
石段の上はいよいよ高い石垣の上に登るための門だ。ここで道は、正面の大きな門から上ってきた道と合流する。城内なのになぜかその道には、多くの庶民がうろうろと行ったり来たりして見物をしていた。
我われはまたゆっくりと、石段を登り始めた。最初の石段よりも、かなり急だった。だが、振り返るとこの山のすぐ麓までを洗っている入り江のような湖水と、さらには自然の堤防のような区切りの向こうの大外湖とが一望できた。湖の対岸の山並みまでがよく見える。
そんな景色を楽しみながらようやく石段の上まで来ると、門があった。門の左右はかなりの高さの石垣、で、こんな巨石をこんなにも多数、よくもまあこんな山の上で壁のように見事に積み上げたものだと感心してしまう。
門をくぐると正面の石垣の上に横に細長い櫓があり、その手前で道は左に折れていた。
ここは石垣とやぐら、塀に囲まれた閉鎖空間だ。左には櫓の下に大きな黒いもう一つの門があって、その門は鉄でできているようだった。
我われがその門をくぐると、我われを待っていたかのように背の高い人物が何人かの供とともに我われの前に立った。
「おお、よう来られた。バテレン方」
よく通る、聞きなれた甲高い声が周囲の石垣に響いた。それはあの馬揃えのツェーレブラッチオーネの時の顔ではなく、本能寺で初めて会った時のあの慈愛に満ちた織田殿の顔であった。
だがその服装は馬揃えの時のように襞襟を着け赤いヴェルートのマンテッロを羽織った、まさしくエウローパの貴人であった。
「ここまで登って来られるのも大儀であったろう」
そう言って、織田殿は笑っていた。
「特に、ローマからのバテレン殿、腰の方は大丈夫であったかな?」
ヴァリニャーノ師は顔では笑いながら、
「おかげさまで」
とひと言、日本語で言いながらも実は肩で息をしていた。その様子を見て、また織田殿は心配そうにうなずいた。
そして自らが我われを先導するかのように門の中へと招き入れ、インベルシオーネする形で石垣の下を歩いた。
「いかがであろう、我が天主閣は」
信長が示した通り、もうまじかにその果てしなく巨大な生き物は、左手の石垣の上のその向こうにどっしり腰を据えていた。
「これまで見たどんなお城でも、こんなに大きな天守閣はありませんでした」
そのヴァリニャーノ師の言葉を、フロイス師が信長殿に伝えると、信長殿はまた得意げに高笑いをした。
「そうであろう。当然だ。この日の本にはこのような大きな天主閣がある城は、ここよりほかにない。ほかの城のように天を守るのではなく、ここでは天の主(テンノヌシ=テンシュ)であるぞ。天を守る天守閣ではなく、天の主の天主閣だぞ」
そうなると、我われはマカオでその文字を何度か見ていた。天地創造主の『デウス』の御名をチーナの文字で表した『天主』と同じ文字ということになる。
それについては。我われの誰もが感嘆の声を上げるだけで何もコメントできなかった。
「それであちらが本丸じゃ。予は天主で待っているゆえ、各々方は無理をなさらずごゆるりと、思う存分見物されてから天主に来られよ」
そう言って信長殿は踵を返し、左側の石垣にあるもう一つの門の方へとと速足で歩いて行った。
我われの一団もそれを追うように、ゆっくりと石垣の上へと続くさらなる坂道の上にある門の方へと向かった。
門をくぐると、いよいよ天主閣が何も遮るものもない状態で我われの視界のすべてを占領する勢いで迫ってきた。その土台の石垣は初めて見た。天主閣の建物のような四角ではなく変な形をした天主台の石垣の上に、天主閣はドンと乗っていた。
我われはもう一度、天主閣を見上げた。楼閣は天にも届けとばかり聳え立って、最上階の黄金でできた階は陽光を受けて眩しいくらいに光を放っていた。
近くで見ると、細部までもがよく分かった。壁は基本は黒だが、屋根の下のあたりだけ白くなっている。屋根は青っぽい瓦で縁の丸い部分は全部金色だ。外観は五階建てのようで四階以上が楼閣になる。四階は八角の白壁に赤い柱、最上階は壁も手すりも屋根の裏側もすべて金だった。
屋根には鯱鉾といって、対になった二匹の金の魚の像が尻尾をふりたてて向かい合う形で据えられている。もはやそれは狂気を感じるほどの美しさだった。
案内の武士はその天主閣の石垣の下を進み、たくさんの屋根のあるアレア《(エリア)》へと我われを誘った。
「ここが本丸でござる」
武士が言う。すべて平屋造りであったが、それはもはや屋敷というよりも宮殿だった。
ここがあれだけ苦労して登ってきた山の上だということも忘れてしまう。まるで下界とは別世界だ。宮殿の屋根は瓦ではなく茶色っぽい木の皮の屋根で、柱や壁は白木だが柱は太く、何もかもが絢爛豪華に造られていた。
いったいこのような宮殿や天主のある城に住む織田殿という人物は、果たしてこの国の何なのか、あらためて考えさせられてしまう。
ちょうど我われは立ち止まって宮殿の大屋根や天主閣を見ていたので、私は何気なくそんなことをつぶやいていた。
3
信長殿とはこの国の皇帝というわけではなく、あくまで前大臣であるという。それなのに権力は皇帝に相当する帝以上である。
しかし家柄からいえばその部下に当たる「マッジョーレ・カウンセーロア」ともいうべき大納言の方が格式は上なのだという。そんなエウローパではおよそあり得ない不思議な存在である。
我われエウローパ人の感覚と常識では、とうてい理解の範囲を超えていた。
だから、その立場をどう表現したらいいのか分からない。ポルトガル語には適切な言葉がないし、もちろんイタリア語でも言い表せない。
そんなことを口にしたら、オルガンティーノ師が言った。
「織田殿はいわば天下人という日本語でしか表せられないでしょうね」
たしかに、日本独特の不思議な存在を表すには、その日本語で言うしかない。
「天下」とはこの人間世界。そのすべてを支配しているのが「天下人」だ。
我われはその本丸の御殿と天主の間を通る形で、天主閣の入り口にたどり着いた。その時、聞きなれた声が天主閣の入り口の方からした。
「神父様方!」
ポルトガル語だった。
そして次の瞬間には、なんだか黒い塊が出て来て我われの方へ歩み寄ってくる。
「ヤスフェ!」
たしかにその黒い顔と体格はヤスフェだった。我われは立ち止まった。ヤスフェはすっかりこの国の武士の恰好であった。しっかりと二本の剣である刀も差している。
「おなつかしうございます」
実は別れてから半月ほどしかたっていないのだが、確かにヤスフェの言う通り我われとても懐かしかった。
「どうだね。元気にしているかね?」
ヴァリニャーノ師が声をかけた。
「はい。お蔭様で。皆さんも、ようこそおいでくださいました」
「今は、どうしているのかね?」
「上様の身の回りの世話などをしております。私はここで正式に武士となりました」
案内の武士とともに、ヤスフェは我われを天主の入り口にまで誘導してくれた。
「夢のようです」
歩きながらもヤスフェは何度もそう言った。
「もともとモサンビーキの漁師だった私がある日突然奴隷として狩りだされ、人間としての扱いは受けていませんでした。その存在はむしろ家畜以下でした。そんな時にヴァリニャーノ神父が私を拾ってくれてやっと人間らしい生活ができるようにしてくれて、この国にまでつれてきてくれました。そして今度は武士にまでなれて、ここはまるで天国です。私のようなとるに足らないつまらない人間にも、『天主様』はお恵みを下さいました」
「イエズス様は、ほんの安価で売っているような雀でさえ、『天主』のお許しがなければ地に落ちることはできないと仰せになっている。こんなに小さな命にも、天の御父はお心にかけてくださるんだ。ましてやあなたは人間だ。『天主』の御前では人に何の区別もない。すべての人が『天主』の大愛に抱かれた神の子、みんな平等だからね」
ヴァリニャーノ師はそう言うと、にっこりと笑った。
だが、ヤスフェの目には涙がにじみ出ているようだった。そして我われは再び、今度はヤスフェも一緒に天主閣の方へと歩き出した。
「時に」
少しして、オルガンティーノ師が歩きながら話に入った。
「あなたは日曜日に神学校に来ることは可能ですか?」
ヤスフェは、少し驚いたような顔をした。
「は、はい。上様がお許しくださいましたら」
「その点は私の方からお願いしてみよう。お城の家来たちで信徒であって、日曜日に神学校に来ている人もいます」
「そうですか」
ヤスフェの顔はぱっと輝いた。
「しかし、いつが日曜日だか。この国には曜日がないから、いつ日曜日かわからなくなります。今日は何曜日ですか?」
「今日は土曜日ですよ。日曜日は明日です」
「ああ、そうなんですか? 私の故郷のモサンピーキも曜日はありませんでしたけれど、ヴァリニャーノ神父と出会ってからはすっかり私も曜日で生活していました。でも、ここにきてまた曜日とは無縁になりましたよ」
「ですから、お城の中の信徒の人たちとよく連絡を取っていれば、教えてくれますよ。あとは自分で何かに印をつけておくのですな」
「でも、信徒ではない私が神学校に通ってもいいのですか?」
「だから」
にっこりほほ笑んで、オルガンティーノ師は一度言葉を切った。
「信徒になるために、ですよ」
そいってから高らかに笑い、オルガンティーノ師はヤスフェの肩をぽんと叩いた。
ヤスフェは急に立ち止まり、今度は声を上げて泣き出した。そして地に跪き、手を組んで感謝と感動の祈りを捧げていた。
ヤスフェがようやく泣きやんでから、我われは天主閣の中へ入った。
中はひんやりとしていた。まだここは石垣の部分のようで窓はなく薄暗かったが、あちこちに照明の蝋燭がともされていた。
そして小さな部屋の脇の廊下を進むと、我われの誰もが驚嘆の声を上げた。建物のちょうど中央は四階上あたりまでが巨大な空間の吹き抜けになっていた。
見上げると、それぞれの階の様子が手すり越しによく見える。吹き抜け部分の天井は恐ろしく高い。
そしてもう一つ、あることに気づいて私を含めて皆が驚いたことがあった。
これだけの巨大な建物だ。もちろんエウローパにもここれくらいの巨大な建造物は珍しくない。だが決定的に違うのは、この城はこれだけ巨大であって、なんとすべて木材でできていることだった。
木でないのは石垣と瓦屋根だけだ。外から見ていた時は各界の外壁は下が黒で上は白いから、てっきり石造りか土を固め、表面の白い部分は石膏で固めているのだと思っていた。
しかし、実際はすべて木造だった。
木材だけでこれほどの巨大な建造物を造ってしまう日本人の技術と文化は、もう脱帽以外の何ものでもなかった。
案内の武士は、我われを上の階へと導いた。
「上様はこの天主閣に住んでいます」
ヤスフェがそう説明してくれた。だがそれを聞いても、だから何なのだろうと私は思っていた。
ところがヤスフェのさらなる解説では、普通の城主は本丸といわれる場所の御殿に住んでいる。ところが信長殿は本丸の屋敷ではなく、この天主閣の上の方の階に住んでいるとのことだった。
そうすると、先ほど見たあの絢爛豪華な宮殿のような本丸の屋敷は何なのだろうということになるが、今はあえてそれは言わなかった。
やはり、この城の内部もことごとく清潔だった。階段はなぜか狭くて急で、ロレンソ兄にとってはひと苦労のようだ。
一つの階段から上の階への次の階段までその階を少し見ることができるが、どの階も壁は見事な彩色の施された絵で飾られていた。外側から見ていた時は五階建てと思ったのだが、実際に中へ入ってみると地階から六階までの七階建てだった。
我われは最上階まで一気に招かれた。外から見ていたのと同様、一つ下の階は八角形で白壁に赤い柱であったが最上階はすべてが黄金で、まばゆいばかりだった。
しかも、外周にはベランダ、すなわち外廻縁があってそこへの出入り口が大きく開かれているので、外からの光で余計にまぶしかった。
その部屋の中央に一段高く畳が敷かれ、そこが信長殿の座るところのようだ。ここも壁の内側には色とりどりの風景画や人物画が描かれ、そこに描かれているのはこの国というよりもチーナの景色や人物のようだった。天井までが赤や金などで幾何学的な文様が一面に施されている。
「上様がおいでになるまで、どうぞ外に出られて景色を堪能なされよ」
案内の武士たちはそう言って、一礼して階下に降りていった。外側は壁も手すりも屋根の軒下もすべて黄金で、触ってみたい衝動にも駆られたがさすがに憚られた。
だがよく見ると金属としての黄金で造られているわけではなく、あくまで木材で造られた上に金を紙のように薄く延ばした金箔をはりつけているようだ。
また、眺めは絶景だった。東はこの山に隣接する別の山が同じくらいの高さで横たわり、そのほかの方角は足元の城下の町の周りにずっと平らな水田地帯が広がって遠くの山並みまで続いている。そして西から北にかけての視界の大部分が例の巨大な湖で、その対岸に長く横たわる山並みまでもが壮大なパノラミカだ。
岬となっているこの山の、湖に突き出た先端部分も見下ろせた。湖の方からは絶えず強い風が吹き付けていて、景色はすばらしいがその風には負け、我われはしばらくしたら中に入って、織田殿の座の前に座って待つことにした。
そこで私はフロイス師に、気になっていたことを聞くことにした。
「先ほど、あの寺を歩いている時に織田殿が比叡山という寺を破壊した話をされていましたね。前に都の教会でもその話を聞いたような気がしますが、どういうことなのでしょうか」
フロイス師は座ったまま、体ごと私の方を向いた。
「ちょうど十年前でしたね。私が都の教会にいたときですけれど、比叡山という山全体が寺という巨大な寺院と信長殿は戦争になって、信長殿はその寺院を破壊した。ほら、都の教会から見ると、北東の方にちょっと高い山があったでしょ、あれですよ」
「ああ」
たしかに、都のどこからでも見える高い山だった。ここに来る時に峠道を越えると、湖の上からはその山の反対側が見えたのを思い出した。あの山全体が寺だとすると、実に巨大な寺である。
「ただ単に寺というだけでなく、仏教徒にとっては一種のウニヴェーシダードゥ(大学)のような機能を果たしていましたね。しかし、最近は武装してほかの城の殿と同じくらいの軍事力で織田殿と敵対していたのですよ。あのときは、まだ早朝でしたけれどあの山の中腹から煙が上がっているのを、私もこの目で見ましたよ」
私への話だったが、この部屋にいる者全員に聞こえていたので、ヴァリニャーノ師も耳を傾けていた。
4
まだ話は途中のようだったが。そこへ先ほどの武士が上がってきて、信長殿が来ることを告げた。
我われが居ずまいを正すと、階下から信長殿も上がって来て我われの前に座った。同宿まで全員がこの階に上がっているから、広い部屋ではあったがかなり手狭になっていた。
「さっきも会ったことだし、堅苦しい挨拶は抜きにして、いかがであったかな? 我が城は」
「はい。素晴らしいお城でございます」
そこだけ日本語で言ってから、ヴァリニャーノ師はフロイス師の通訳に頼った。
「この山全体を城として数々の石垣と建物、ただただ感嘆の極みとしか言いようがありません」
「特にこの天主閣ですが、外だけでなくこの内部に関しましても目を見張るような高度な技術で建てられておりますね。そして天主閣ばかりでなく本丸の宮殿もまた、素晴らしい建築の様式かと」
信長殿はヴァリニャーノ師の賛辞が満足であったようで、にこにこした顔でうなずいて言った。
「あの本丸の御殿は、都の内裏の帝の御座所を模しておる。いずれ帝の行幸を仰ぐために造ったもので、普段は使っていない」
それで織田殿はあの屋敷には住んでいないのだなと、私は少し納得した。さらにヴァリニャーノ師は、フロイス師の通訳を通して話し続ける。
「この国に参りまして、このような巨大な建物を見るのは初めてです」
「バテレン殿のお国では、これほどの巨大な建物はあるのか?」
「ございます。我われカトリックの総本山とでも申すべきバチカンの寺院は、現在建築中ですがこのお城に匹敵するほどの高さはあるかと」
「ほう。建築中とは、これまでは本山を持たなかったのか?」
「いえいえ、もう千年以上も前に建てられておりましたが、八十年ほど前に全面的に建て替えが決まり、新しい建築に入りましたが、いまだに完成には至っておりません」
「であるか」
「ただ驚きましたのは、これだけの大きさのお城をなんとすべて木材で建ててしまわれるこの国の技術でございます。これには驚きました。我われの国の城や寺院は、巨大とはいえすべて石造りでございます」
私が驚いたことと、やはり同じことにヴァリニャーノ師も驚いていたのだ。
「それに、我らがバチカンの総本山は平地にございます。このお城は山の上にありますから、それだけ威容も増して感じられます」
織田殿は笑った。
「いい場所を見つけたと思うだろう。湖に面した山の上で都にも近く、船でいけば都へも便利だ。しかも我が本拠地の美濃からも北の越前などからも便利だという交通の要所だ。フロイス殿は予がまだ美濃にいた頃に美濃でも会うたよな」
最後の部分を除いてヴァリニャーノ師に通訳した後、フロイス師は織田殿向かってうなずいた。
「はい。あの美濃のお城は規模こそ小さいですが、ここよりももっともっと高い山の上でしたね」
「まあ、でもあの城は平時は麓の屋敷に住んでいたからな」
「時に、このお城の中にお寺がございましたね」
少しためらいがちに、ヴァリニャーノ師は切りだした。信長殿が機嫌がいいのを見計らってという感じだった。信長殿の機嫌は少しも変わらず、にこにこしたままだった。
「ああ、あの寺か。摠見寺という。予が寺を建てたのは不思議かな?」
「いえいえ、めっそうもございません」
「いやあ、バテレン殿方としては、あまりうれしいことではないだろうな。しかし、安土の人びとの心をつかむには寺の一つや二つ必要だ。あの寺は禅の寺だ。一向宗や法華宗ではないから安堵なされよ」
そう言って、織田殿は高らかに笑った。
「世間では予が叡山を焼いたりしたものだから、予を仏敵と思っているものも多い。だから予も開き直って、予が第六天魔王であることを隠しはしない。織田信長というのは人間としての仮の名だ」
また、織田殿は笑った。だが、話が通訳されたものを聞いてもよく分からない。
「まあ、まじめな話、あの叡山焼き討ちは、何も仏法に楯突いて焼き討ちしたのではない。叡山は寺と称してはいるが、実際は武装勢力だ。しかも当時は周りを敵に囲まれていた織田家にとって、あの山の坊主どもの兵力ははその敵対勢力と結びつくひとつの脅威となっていた」
「仏教とは、武器を持って敵と戦えと教えている宗教なのですか?」
私が直接日本語で聞いた。武器を持って戦うといえば、イズラムのことを思い出したからだ。
もちろん、我がキリスト教徒も時には武器を持って戦う。しかし、我われのような聖職者が武装して戦うということは絶対にない。織田殿が戦った相手はただの仏教徒ではなく、武装した僧侶だというから驚きだ。
織田殿は私の質問にも、高い声で笑った。
「そんなことはない、コニージョ殿」
私は驚いた。前に都でたった一度自己紹介をしただけなのに、信長殿は私の名前を覚えていてくれたのだ。
「今言ったように、叡山は悪人の巣窟となっていた。あの戦争のほんの少し前に叡山を訪ねたある僧侶の報告だと、山上にほとんど人はいなかったそうだ。ほとんどが麓の坂本あたりで豪遊に明け暮れ、さらには高利貸しまでして金を儲けていたそうな。そして女人禁制のはずの山の上にも女を多数連れ込んで囲っていたという。そんなものが本当の仏の教えだろうか? 釈迦牟尼(ブッダ)は嘆いているだろう。いや、嘆いているうちはまだいい。怒りだしたらどうする。本来仏の教えは自らの覚醒と救世済民にある。そなたたちの言い方で言えば、魂を救うということだな。仏の教えも神の道も、そなたたちの教えも目指すところはひとつ、元は一つなのだ。ところが今の坊主どもは魂を救うどころか、民を苦しめておる。そうだよな、了斎殿!」
「いかにも。御意!」
話を振られてそう返事をしたのは、ロレンソ兄であった。了斎というのがロレンソ兄の日本人としての名前らしい。
「了斎殿が法華の日乗という坊主を言い負かし時にも、法華の教えというものが釈迦尊者を奉り崇めておきながら、その釈迦尊者の心から遠く離れ、人知で理屈をこねまわしわけの分からないものになっているということがよく分かった。あれでは魂は救えまい。それで叡山のあの体たらくだ。それも今に始まったことではなく、坊主が武装して山王の神輿を担ぎ、都に押し寄せて政治に干渉するようになってからもう三百年もたつ。伽藍を競い外観は絢爛に見えるがその中は腐り、穢れ果てたる逆法の真如文化に咲く花びらはいずれは散るべきだ。予が鉄槌を下さずとも、いずれ仏罰を被ったであろうよ。たしかに、予は坂本あたりでは派手に戦ったが、山の上は本当にほとんど人はいなかったのだ。だから、延暦寺の根本中堂と講堂だけは焼いてやったがな」
織田殿の笑いは、得意げだった。その話が本当ならば、世間で言われているように織田殿が比叡山の総ての堂を焼き払ってそこにいた僧侶を皆殺しにしたというのは、どうも話の誇張だということになる。
さらに今の話にあったロレンソ兄と日乗という僧との論争も、前にフロイス師からも聞いたことがある。フロイス師もその場に居合わせていたとのことだった。
「だから坊主どもは人びとを騙し、己の私腹を肥やし、自己の欲望を満足させるためにだけ働いている、これでは人々の魂は救われない。そなたたちの目から見れば、まさしく仏魔にしか見えぬであろう。だからこそ、そなたたちがはるばる遠くから命懸けでこの国まで来てくれたのだろう。その志には礼を言わねばならぬな。ただし、そなたたちの教えもゆめこの国の仏教と同じ道をたどらぬように頼むぞ」
我われは複雑な思いで頭を下げた。
たった二、三の言葉での説明で地球が球であることを理解し納得してしまう人なのだ。やはり天才としか言いようがない。だが私の心の中には、織田殿が何気なく言った「元一つ」という言葉が印象に残っていた。
あの時と同じだ。ヤスフェの肌のことで日本人の同宿に尋ねられた時にヴァリニャーノ師が答えたその言葉の中にも、「元一つ」という同じ言葉がでたのをやけに覚えている。
そのヤスフェのことを思い出した。
その時、信長殿は「弥助!」と階下に向かって大声で呼んだ。
「例のものをこれへ」
「はい!」
力強い聞きなれたヤスフェの声がして、しばらくしてヤスフェは大きな木の箱を一人でいくつも抱えてきた。それを信長殿の脇に置くと、信長殿はその中の一つの箱を開け、中から何やら干した果物を取り出した。
「前にバテレン殿方から頂いたあのバナナという果物は、真に美味であった。今日はそのお返しじゃ。予の本拠地の美濃の特産で、柿を干した干し柿だ。まずは食してみなされ」
柿という果物も初めて見るが、このように干したものも初めてだった。果たしてどんな味がするかわからない。まずはヴァリニャーノ師が食した。
「甘い」
「気に入らぬのならこの箱は取り下げさせるが、うまいと思うのなら進呈しよう。これらの箱の数なら、今ここにいる全員にいきわたるであろうから、南蛮寺へ持ち帰ってから皆で食せ」
ヴァリニャーノ師は頭を下げた。
「いただきます。かたじけのうござる」
と、これも日本語で挨拶した。信長殿が箱から出したのは、ちょうどここにいる司祭の数だけだった。
私も食べてみた。見た目は干しイチジクのようだが断然甘いし、この国を代表する食べ物のようにも思われた。
それを頂きながらヴァリニャーノ師は、例のヤスフェの神学校通いの許可を信長殿に求めたら、信長殿は快諾だった。
「それより、そなたたちはいつごろまで安土に?」
「ひと月ほどはおります」
ヴァリニャーノ師が代表して答えた。
「であるか。では、また後日、あらためてお招き致そう」
そうして信長殿は立ち上がり、階下へと降りていった。
帰りもまた、来る時に案内してくれた武士が送ってくれた。
今度は大手の方から帰るという。
来る時も気になっていたが、黒金門を出ると、多くの一般庶民と思われる人びとが場内を多数うろついていた。しかも、城を見物しているという感じだ。それを武士たちは誰もとがめてはいない。
大手の門に続く道はやはり石段で、今度は下り坂だ。なんとかなりの幅の道で、しかもほどんど曲がることなくまっすぐだった。左右は信長殿の家来たちのものと思われる屋敷の白い塀が続いていた。下へ行けばいくほど人々は多くなる。
ロレンソ兄のためには、信長殿は人が前と後ろで肩に担ぐ乗り物である駕籠、すなわちパランクイーンを貸してくれた。人が座る箱の上の棒を、前と後ろで二人ずつ、同宿の若者が担いだ。
やがて坂の下に大きな門が見えてきた。その門から町の人たちが次々に入ってくる。よく見ると、門をくぐるところに箱があって、人びとはその箱に四角い穴のあいた硬貨を入れて入ってくるようだ。箱には一人の武士がつきそってそれを番している。
ヴァリニャーノ師がそのことについて、案内の武士に聞いていた。すると、信長殿は毎日一般の町の人に入場料をとって黒金門よりは外の城の内部を庶民に自由に見学させているとのことだ。
このような習慣はエウローパではあり得ないので驚いた。
だが、案内の武士の話だと、日本でもこのようなことをしているのはここだけだという。見物に入ってくるのは安土の町の人びとというよりも、遠くからこのために来たという人々の方が多いということだった。
さらにオルガンティーノ師が言うには、この城が完成した後の一定期間には、信長殿は本丸御殿でさえ庶民に有料で一般公開したのだという。実はその時の群衆の中に、オルガンティーノ師も混ざっていたとのことだった。
何から何まで新しいことをするのが信長殿という方なのだなと、我われはもう完全に舌を巻いていた。その宗教観もまさしくこの国としては新しい、天才的なひらめきによるもののようだと私は感じていた。彼が宗教には全く関心がない人というこれまでの先入観は、どうも違うようだ。
大手門を出てから神学校までの帰り道でふと私がそんなことを言うと、フロイス師は首をかしげていた。
「いや、あの城内の寺とて、人びとの心をつかむための一種のポウジであり、|デモンストラッセオ《(デモンストレーション)》だと言っていたではありませんか。あの話とて納得はいかない。今のこの国の仏教が堕落しているというのではなく、もともとが悪魔の教えで、仏教は悪魔崇拝ですよ。だってそうでしょう。天の御父の『天主』は唯一無二の天地の創造主で、それとは異なる存在はすべてが悪魔より出るのです。信長殿が比叡山を焼き討ちしたのも、悪魔崇拝の徒を殲滅させたことになります。つまり、信長殿は『天主』が悪魔崇拝を根絶させようとするために、『天主』にお使い頂いたということなのです」
「はあ、そうですね」
私はそれしか返事のしようがなかった。そして私の頭の中に、ある言葉がよみがえった。それはゴアの異端審問所について、当時ゴアにいたパチェコ師というある司祭が私に語った言葉だ。
「……それでも悔い改めずに悪魔崇拝をするなら、それは悪魔です。人間じゃあない。だから、そういった人たちを火刑にしても、人を殺したことにはならない。その人が悔い改めてキリストを受け入れ、『天主』と和解すればよし。そうでなければ、聖なる火に焼かれる永遠の滅びがあるのみです。それが悪魔に陥った魂を救うことにもなるのです。我われはそういった悪魔崇拝の、すべてのキリストに反する神殿も寺院も破壊しなければならない……」
もしフロイス師の言う通りだったとすれば、信長殿の所業は例のゴアのパチェコ師の言葉と重なる。だが信長殿は信徒ではない以上、それは無意識の上に行われたということになるのだろうか。
そんなことを私は考えていたが、我われの間でその話題はそれきりとなった。
そして神学校に着いてから案内の武士が帰る時、その武士はぽつんと言った。
「あんな上機嫌の上様を見ることはめったにない。あなた方はどんな魔法をかけたのですか」
我われはただ苦笑するばかりだった。




