Episodio 4 Nambandera(南蛮寺)
1
歩いているうちに周りが薄暗くなってきた。フロイス師は都はもうすぐだというが、月は夜半過ぎでないと昇らない頃である。真っ暗になると不都合なので、急ぐことにした。
だが案の定、日はとっぷりと暮れてもまだ都には着かなかった。
先頭を歩くヤスフェが松明をともした頃になって、ようやく道の行く手に民家が立ち並んでいるのが見えてきた。
そしてやがて明らかに町と思われる所に入ったが、なにしろ暗くて松明の火だけでは町全体はよく見えなかった。
だが、幅の広い道がひたすらまっすぐに続いており、その脇にずっと木でできた民家が同じ形で並んでいるのが見えた。
どの家もすでに堅く戸を閉ざしていた。日本の民家は窓を板で覆うので、閉じてしまえばただの木の板の壁になってしまう。
時折、交差する道との四つ角を越えながら、フロイス師に先導されつつ時々は角を曲がり、また曲がってまっすぐ進むなどしていくうちに、町に入ってからかなり歩いたという感覚になった。
それでも町は終わらない。どこまでも巨大な町なのかと、私は驚いていた。
当然、真っ暗なので道を歩いている人は全くいない。そして、この暗い中を道はまっすぐに同じような家がずっと左右に並んでいるだけなのに、フロイス師はよく道を間違えないなと感心した。
やはりフロイス師にとっては長年住み慣れた土地勘のお蔭だろう。
さらには、現時点でこの都に在住しているセスペデス師も我われとともにいる。間違えるわけもない。
やがて少し細い道をまっすぐ進んでいるうちに、フロイス師が馬をとめた。
「着きましたよ」
フロイス師の示す所に小さな門があった。ここが教会だという。
周りは誰もいない。今までどこに行っても信徒の大歓迎の中での到着で、それが癖になってしまっていたようだ。こんなに静かに、誰も人がいない所で「到着」とか言われても今一つ実感がわかなかった。
我われが門を入ると、何人かの修道士が出迎えてくれた。そして出てきた司祭の顔を見て、私は自分の顔がぱっと輝くのが自分でも分かったくらいだ。
「カリオン神父!」
私が叫ぶとカリオン師はヴァリニャーノ師と私の前へにこにこしてやって来た。
「久しぶりですね」
ともにマカオで暮らし、ともに司祭に叙階し、ともに日本に渡ってきた仲間である。ほぼ同世代のスパーニャ人だ。
「ここにいたのですか。まだ口之津にいるものだとばかり」
驚く私の横でヴァリニャーノ師はにこにこしている。ヴァリニャーノ師が知らないわけがないから、私にはあえて黙っていたようだ。
「あなた方が豊後に到着した頃かな、ヴァリニャーノ神父からの手紙で都に行くようにとのことでしたから、皆さんよりも先回りして来ていましたよ」
そう言って、カリオン師は笑った。
もう一人いた司祭はジョバンニ・フランチェスコ師といった。ヴァリニャーノ師と同じくらいの年齢、すなわち四十歳くらいのようで、私と同名のその名前を聞けばもうイタリア人であることは明白だ。
「お待ちしていました。お会いできて光栄です」
フランチェスコ師はヴァリニャーノ師にイタリア語で挨拶をした。
「とにかく、中へ入りましょう」
オルガンティーノ師に促され、我われは靴を脱いだ。
すぐに食事となった。
その席上でオルガンティーノ師がヴァリニャーノ師に聞いた。
「さっそく織田殿に会いますか?」
「もちろんです。でも、安土ではなくて?」
「私もさっき到着してからカリオン神父から聞いたのですけれど、織田殿は今、都に来ているそうですよ」
それは願ってもないことだと、ヴァリニャーノ師は喜んでいた。
織田殿ほどの人ともなるとこれまでの殿のように突然訪ねて会ってくれるような人ではないらしい。まずは面会の申し入れをし、許可が出てから日程を組むなどの事前手続きがいるようだ。
「織田殿に会えれば、日本についてもっとよく知ることができるでしょうな。残念ながら私が二年近く過ごした九州の地は、はっきり言って日本の西の辺境ですからね」
そう言って、ヴァリニャーノ師は少し笑った。するとカリオン師が言った。
「分かりました。今日は遅いのでとにかく休んで、明日修道士を交渉に行かせましょう」
初めて訪れる町に夜の暗くなってから到着した場合、翌朝にやっとその町と対面することになる。私にとって都もそしてこの教会もそうであった。
そもそも都というのがこの国の王都という意味であるから、その規模はこれまでこの国で見てきたどの都市よりも桁違いなものだった。
この教会の正式名称は「被昇天の聖母教会」で、献堂式も8月15日の聖母マリア被昇天の日に行われたそうだ。
明るくなって初めて私は、昨日は暗くて見えなかった教会の建物を見たのだが、都という町の巨大さもさることながらこの教会の巨大さにも舌を巻いた。
屋根には瓦が乗っている日本式建築ではあるが、この日本のほかのどの教会よりも巨大だった。まるで城の櫓だ。
教会堂は三階建てで、我われはその二階にそれぞれ部屋が与えられた。三階はこの教会の常駐の司祭たち、すなわちカリオン師とセスペデス師、フランチェスコ師の固定した個室のようだ。
二階は周囲を取り囲むように手摺りのついたベランダが四方についており、そのそれぞれの方角のベランダはつながっているので外に出て一周して景色を見渡すことができるようになっていた。
そのベランダは日本の城の天守の最上層によくあるもので、外廻縁というらしい。それがこの教会では最上層ではなく、一つ下の階の二階にある。
私が朝の新鮮な空気を吸いながらそのベランダに出ていると、いつの間にか隣にオルガンティーノ師が出て来ていた。
「この都は道が縦横まっすぐになっていて、こちらが南ですね」
オルガンティーノ師は、イタリア語で話しかけてきた。昨日、ここまで来る夜道でも感じていたが、たしかにまっすぐな道がスカッキの板の目ように縦横に延びている。
このような町は日本では豊後の府内がそうだった。つまり、府内をそのまま拡大したような都市なのだ。
しかもそれが東西と南北できちんと縦と横になっているという。
目の下の、昨夜入ってきた門に面する道は東西に延びる道で、そう広くはない。
私はベランダを一周してみた。
この巨大な都市は周りをそれほど高くない山に囲まれているが、山までは少し遠くてそこまでは平らな土地が広がっている。ただ、北東の一角だけほかよりも高い山が見えた。
そして都の南側だけは山がなく、ずっと平らな土地が続いていた。聞けば高槻も堺もその南の方角にあるのだという。だから、高槻からここへ来るのに山を越えずに来られたわけである。
北の方角、真北よりはちょっと東の遠くに緑が濃い四角いエリアがあるのが見えた。
「あそこが王城です」
王城といっても城壁や巨大な建物などは見えない。ましてや普通の城のような堀もない。平らな区画に森が茂っているだけで、その中にいくつかの大きな屋根は見えた。ただ、ここからだとかなり遠そうであった。
「では、織田殿はあそこにいるのですか?」
と私が聞くと、オルガンティーノ師は笑って首を横に振った。
「織田殿はまだこの国全体の皇帝でも王でもありませんよ。織田殿は今は…」
そう言ってからオルガンティーノ師は、ベランダをぐるりと回って西側の部分に行った。
「あそこにいます」
オルガンティーノ師が指さしたのは真正面、つまり真西だった。
「え? こんな近くにいるのですか?」
たしかに歩いても数分しかからないであろうと思われる場所を、オルガンティーノ師は指さしたのだ。教会から西に当たるその場所には、巨大なこの教会よりもさらに巨大な瓦屋根がいくつも見えた。形から仏教の寺のようであった。
「寺…ですか?」
「はい、たしかに寺です。本能寺といいますけれどね、織田殿は去年、その寺の一角の建物の僧侶を追い出してそこに自分の屋敷を造りました。だはら、寺に住んでいるわけではありませんよ」
そういって、オルガンティーノ師はまた笑った。
「信長殿は皇帝でも王でもないとしたら、何なのですか?」
「大臣です」
「どういうことですか?」
「そのへんのいきさつは複雑なので、あとでヴァリニャーノ神父やほかの皆さんも一緒にいる時に説明しましょう」
そう言ってオルガンティーノ師はまた笑った。
朝のミサは教会堂の一階にある御聖堂で行われた。
週日ミサなので一般の参列者はほとんどいないだろうと思っていたが、高槻では多くの市民の信徒が毎日週日のミサにも参列していたことを思い出して御聖堂に行ってみると、果たして一般の参列者はひと組の中年の夫婦のみだった。
他は神学生たちだ。一般参列者の中年の夫婦は、身なりからどうも商人のようだ。
ところがその顔を見たとたん、普段表情をあまり表に出さないフロイス師が相好を崩して速足でそばに寄った。
「ジョアキム!」
そして大きな声で呼びかけた。畳の上に座ってミサが始まるのを待っていたその夫婦もフロイス師の声で振り向き、フロイス師の顔を見るや慌てて手を畳について頭を下げた。
「お顔を挙げてください」
フロイス師に言われて、夫婦はやっと顔を挙げた。
「フロイス様。こちらに戻って来はったのですか」
「昨日、着きました。久しぶりの都です」
「それはそれは」
ジョアキムと呼ばれた商人もうれしそうな顔だった。
フロイス師に遅れて御聖堂に入ったヴァリニャーノ師をはじめとする我われに、フロイス師もうれしさを隠しきれない様子だった。
「こちらは古い信徒の方です。私も大変お世話になった」
「堺の薬屋の小西屋の隆佐と申します。今は都で商いさせてもろてますが、わては、霊名で言うた方がよろしゅうおまんな、わてはジョアキム、こちらが家内のマリア・マグダレナでございます」
ヴァリニャーノ師も我われも立ったまま、日本式に頭を下げて挨拶をした。フロイス師がヴァリニャーノ師のことを簡単にジョアキムに紹介していた。そしてフロイス師はヴァリニャーノ師にはポルトガル語でジョアキムのことを語った。
「この方は薬屋といいましても、堺でもあのディオゴの日比屋と同じくらいの大きなお店です。かつてディオゴと共にザビエル師の都での布教にも協力してくださった方で、実に古い我われの友人です。都で布教が禁じられた時にもディオゴとこの方とのお蔭で我われは堺へと逃げることができましたし、織田殿に初めてお会いしたのも今は亡き和田殿という殿とこの方の手引でした」
その言葉を、オルガンティーノ師が受けた。
「私が初めて安土へ行った時も、わざわざ同行してくださいましたね」
「そうですか」
ヴァリニャーノ師がその話に興味を示した時に、すぐにセスペデス師の司式でミサが始まった。我われはそこで沈黙を守った。
ミサが終わるとすぐに、ヴァリニャーノ師はカリオン師を呼んだ。
「昨日、修道士を本能寺に行かせると言っていましたけれど、この方に行ってもらいましょう」
本人の目の前だが、ポルトガル語だからジョアキムは分からなかっただろう。そしてフロイス師の通訳をあてにして、ヴァリニャーノ師はジョアキムに言った。
「お願いしたいことがございます」
そしてすぐに、自分たちが織田殿に面会したいこと、その仲立ちをジョアキムにしてもらいたい旨をフロイス師からドン・ジョアキムに伝えてもらった。
「一度お屋敷に戻られてからで大丈夫ですから」
ヴァリニャーノ師は自分でそう付け加えたが、すぐにジョアキムは立ち上がった。
「一度屋敷に戻るとまた出直してくるのも難儀ですさかい、今行ってきますわ。ここと本能寺は目と鼻の先ですしな」
そう言って頭を下げると、ジョアキムは妻を御聖堂に置いて一人で出て行った。
その後で朝食となったが、朝食は教会堂と渡り廊下でつながっている平屋の別棟でだった。ここは集会や説教が行われる場所なのだという。この日は、神学生たちの宿泊の場所となっていた。
教会堂は三階建てで一階と二階の間、二階と三階の間には四方に屋根があり、三階の屋根だけ城の天守の最上階と同じような屋根だったが、その中央に十字架がそびえていた。
周りが平屋ばかりの民家なので、教会堂は周囲からもかなり目立っていた。
2
午前中に神学生たちは修道士に率いられて、一足先に安土へと帰っていった。
昼前になって織田殿のいる本能寺に出向いていたドン・ジョアキムが戻ってきた。
交渉は成立し、織田殿は明後日に我われと会ってくれるということになったという。我われはドン・ジョアキムに何度も礼を言った。明後日といえば29日の水曜日だ。
その日の昼食では、話題はほとんど織田殿についてのことであった。
「かなり厳しい方ですね」
話し始めたのはフロイス師だった。
「私が初めて織田殿に会ったのはもう十二年前のことになりますが、あれは織田殿がその当時日本全国を統治していた公方様という人のために新しい屋敷を建築していた時でしてね、その建築現場でお会いした形になりました。聞いていた話だと、その現場である作業員が身分の高い女性をからかったところを目撃した織田殿は、その場で直ちにその作業員の刀で頭部を切断して殺してしまったそうです」
「ずいぶんと残酷な方ですね」
メシア師が口をはさんだ。フロイス師はにこりともせず言った。
「そういう一面もありますが、我われに都での布教の許可を下さる時に信徒たちが織田殿に銀の棒を数本贈ったところ、この許可状のために金銭は一切受け取らないと言ったとか。そのようなことで布教を許可したなどということがゴアやポルトガルにも知れ渡ったら、自分の名声が下がると笑いながら言っていたそうです」
「たしかに、少し気難しい所もありますけれど、根は優しい方ですよ」
オルガンティーノ師も付け加えた。
「自分の家来には尊大で、見下したような態度だから、家来の多くは織田殿を恐れています。けれど、それでいて意外に慈悲深いところもあったりしましてね。たしかに普通の殿とは少し違う。違うからこそここまで織田家を大きくし、日本の中で強くなった。だけれども、何から何まで違うわけではなく、やはり血の通った人間であることはほかの殿やこの国の民と何ら変わりないでしょう」
「しかし織田殿は」
それまで黙って聞いていたヴァリニャーノ師が口を開いた。
「比叡の山を焼き討ちにして、多くの人びとがこれで命を失ったということも聞いていますが」
「あれは刃向かったからですよ」
オルガンティーノ師はまた笑って言った。
「比叡山にある寺の坊主たちは僧侶でありながら武装して、織田殿に戦争を仕かけたのです。織田殿は自分に敵対する者は容赦しない。しかし、敵対していない以上、すべての家来たちに暖かい慈悲の目を向け、その庇護下に置くんです」
「やはり、器が違いますな」
そう言ってからも、やはりフロイス師はにこりともしない。
「では織田殿が比叡の山の寺を破壊したのは、仏教の寺だから破壊したというわけではないのですか? 私は日本に来てからその話を聞いた時に、織田殿はこの国では珍しく仏教徒でないのかと思いましたがね。仏教徒でないのなら、我われの教えにも関心を持って、いずれ信徒にとまで考えたのですが」
「いやあ、厳しいですね」
フロイス師が言った。
「まあ、『天主』のみ摂理の深い所は我われにも分かりませんから、無理だと人知で断定してしまうのはよくないとは思いますが、かなり厳しいでしょうね」
ヴァリニャーノ師の顔が、少しだけ曇った。
「今はやみくもな布教よりも、まずは領主クラスの人を信徒にして、そこから宣教を広げていくというやり方になっています。領主クラスの人々は、川に例えるなら川上です。川をきれいにしようとしても、川下の水ばかりを浄めていたのでは上流からどんどん濁った水が流れてきますね。それよりも川上の水を浄めてしまえば、自然と川下の水も清まります。この国の川上である織田殿が信徒になれば、ここ国での川下に当たる民への福音宣教は爆発的に広がるはずなんですがね」
「彼は異教徒というよりも、どの宗派にも属していない無教徒と考えるべきでしょう」
オルガンティーノ師が言った。
それを聞いていた私は、あの堺で会ったシモンのことを思い出していた。彼は『天主』への信仰と教会とを切り離して、別に教会を否定するわけではないが『天主』に直接向かう信仰を芯に持っていた。もしかしたら、織田殿もそうなのかなと考えていた。
すると、オルガンティーノ師はさらに話を続けていた。
「織田殿の本質は、目に見えるものしか信じない。一応は神や仏を崇めているように見えますけれど、それはあくまで体面でしょう。周りの目ということをかなり気にする人なのですよ、実は。皆、織田殿は人の目を気にせず我が道を貫くという信念の人だというふうに感じているようですけれど、よくその行動を観察すればそれが誤解だということが分かってきます」
そのオルガンティーノ師の言葉をフロイス師が受けた。
「ですから、彼は仏教も神道も信奉してはいない。それはおそらくキリストの教えに関しても同じだと思いますよ。彼は、自分よりも上の存在というものがあってはならないと考えているようです。また自分が人にものを教えられるというのを極度に嫌います。しかし、自分に敵対しない限りはどこまでも大切にする。だが一度敵対すれば、容赦しないということです。ま、織田殿が『天主』を信奉するというのは難しいかもしれないけれど、少なくとも我われ教会には好意的で、友好的に接してくれています。これはこの国での福音宣教にとっては本当にありがたいことで、やはり『天主』のみ旨だと思いますよ」
世の中にはいろいろな教えがあって、キリストの教えもあればイズラムの教えもある。日本にも神や仏の教えがある。だが、そのどれをも信じない、目に見えるものしか信じないという人は我われエウローパではちょっと想像しにくい存在である。もしエウローパなら、そういう人間は信用されないのではないかとも思うが、そこは文化の違いだろうか。
私がそんなことを考えていると、ヴァリニャーノ師は言った。
「なるほど。織田殿が我われに好意的なのは、政治的な意味合いで仏教に対立しているので、そのためだということも考えられるわけですな。とにかく、信長殿に直接お会いした時に、そのへんの真意も確かめてみたい」
「あまり直接には言わない方が」
オルガンティーノ師が懸念そうな顔をすると、ヴァリニャーノ師は笑った。
「もちろん、心得ています。ただ、私が思うに、織田殿は新しいもの、未知のものを見たがり知りたがる好奇心が人いちばん強いお方なのではないかなという気がしたのですよ。もちろん、直接お会いしてみてからでないと何とも言えませんがね。それで、織田殿が信徒にというのが無理なら」
ヴァリニャーノ師は伏せ目がちに話してから、目を上げた。
「それよりも上の内裏はどうでしょう?」
一瞬空気が止まった。
次の瞬間にめったに笑わないフロイス師が声を上げて笑った。
「それはもっと無理ですよ。内裏の帝は神道の頂点に立つ人です。神道がどんなに頑固か、あの豊後のジュザベルを思い出せば分かるでしょう? 仏教はまだ外来のものですけれど神道はこの国土着の信仰で、その昔、今から約千年とちょっと前くらいに仏教が初めてこの国に入ってきた時も、神道との間でかなりの摩擦があったのです」
今では日本の津々浦々にまで仏教は浸透しているように見えるので、それは意外だと私は感じた。それよりも、その内裏という存在について、今朝方のオルガンティーノ師との会話を思い出した。
信長殿はこの国の皇帝の大臣にすぎないということだった。
「オルガンティーノ神父」
そこで私が口をはさんだ。
「今朝方の話ですが。この国の皇帝のことですけれど、あとで詳しくお話しくださるとのことでしたが」
「おお、おお、そうでしたね」
オルガンティーノ師は気さくに笑ってから、話を始めた。多くの人がいるので、私へもポルトガル語だ。
「この国には二千年以上も続く王朝がありまして、それを我われは内裏と呼んでいます。ずっと二千年にわたっていわばこの国の皇帝でした。しかも、途切れのない一つの家系でずっと続いています」
私は正直、驚きを隠せなかった。二千年以上にもわたって一つの家系がずっと皇帝であり続けるなどほかの国ではあり得ないし、それだけでまさに奇跡としかいいようがない。
「驚いたでしょう」
私の様子を見てオルガンティーノ師はまた笑ってから、話を続けた。
「しかし、かつてはその先祖が皇帝として直接に国を治めていた時代もありましたけれど、今では政治的権力はありません」
「え?」
私はまた怪訝な顔をした。
「政治的権力のない皇帝なんて、皇帝とはいえないではないですか」
「そこがこの国の不思議なところです。政治的権力はなくても、日本の全国民が崇敬し、大切にしている。ちょっと前まで日本の国には将軍、あるいは公方様と呼ばれる人が全国を治めていました。その公方様こそが実質上、行政と司法を司る日本の皇帝だったといえるでしょう。実際、その公方様は明に対しては日本国王と名乗っていましたからね。しかしその公方様の将軍という地位は内裏から任じられて将軍になる、いわば内裏の将軍にすぎなかったのです」
内裏の将軍が皇帝? ……なんだか分かったような分からないような、やはりよく分からない話だった。
「やはり複雑で難しいですね」
オルガンティーノ師は私を見て笑っていたが、その話に唖然としていたのはヴァリニャーノ師やメシア師も同じだった。
「その将軍は織田殿が都から追放しました。織田殿はそれから内裏より大臣に任じられました。実はその大臣の職も織田殿はすでに辞しているので正確には前大臣ですけれど、その力はそのままです。それで、実質上の皇帝になりつつあります。西の毛利や薩摩の島津、下の竜造寺などがまだ織田殿に服していません。でもこれらの殿たちが織田殿に臣従すれば、織田殿は晴れて実質上の皇帝になること、間違いないでしょう」
「でも、これまで実質上の皇帝が政治的権力はない内裏を倒して名実ともに皇帝になろうとは考えなかったのでしょうか」
「そこに、この国のさらなる不思議さがあるんですよ。内裏は政治的権力はなくても人びとの尊敬を集めてきたのは、先ほども言いましたように内裏が神道の頂上に位置する家柄で、政治的権力はなくても伝統と権威はあり、栄誉を授与する権威があるからでしょう。すなわち内裏は、我われの世界の教皇様に近いような存在かもしれません」
「それなら、確かに…」
内裏を信徒にというのは、例えばイズラム教徒が教皇様をイズラム教に改宗させようと目論むようなもので、それは天地がひっくり返ったってあり得ない話だ。教皇様と違う点といえば内裏は世襲で、一つの家族で受け継がれていくということだろう。
「そもそも」
そこにフロイス師が話に割って入った。
「かつて信長殿が追放した公方様の前の代の公方様の時、我われはその公方様の認可を得てこの都で布教活動をしていたけれど、その公方様が亡くなったとたんに都から追放されて堺に逃げるしかなかった。その時、我われの追放令も出て、その時の教会の建物も破壊され土地も奪われ、我われも命からがらという感じでしたよ。あのジョアキムのお蔭でなんとか堺まで逃げのびられましたけれど、その追放令を出した張本人、それこそが今の内裏なんです。信長殿が都に来たことでやっと我われも都に戻ることができて、今いるこの教会も新しく建てることができたのです」
たしかにフロイス師をはじめ諸先輩たちは命懸けの苦労でこの国での福音宣教の基礎を築いてこられたのだ。
それを思うと後から来て、こんなにも安定した毎日を送りながら布教活動をしている私などは、恥ずかしくもなる。
「その追放令を出した内裏と今の内裏は同じ人なのですか? 代は変わってはいなのですか? 何というお名前の方です?」
私が聞くと、フロイス師は言った。
「同じ人です。まだ代は変わっていません。名前は知りませんね。ただ、もう六十を過ぎたかなり老齢の方のようです。この国の人びとは内裏の方の名前を呼ぶということは普通はしないようです。正式な称号は天皇ですが、人びとは帝とか上とか呼んでいますからね」
こういった一連のやり取りを黙って聞いていたヴァリニャーノ師の顔はますます曇り、頭を抱えているようにも感じられた。
午後はまだそのままだった我われの荷物を解き、ヴァリニャーノ師がこの都の教会のためにと運んできた燭台、香炉、香盆、木彫りの祭壇飾りなどを御聖堂に据え付けた。
これでますます教会らしくなり、私もまるで故国の聖堂にいるような感覚に襲われた。
3
翌日は一日空いていたので、午前のミサの後、都の見物にでも行こうとヴァリニャーノ師が提案した。
「ちょうど今、桜が咲き初めていますから、それを見て来るといいでしょう」
フロイス師も賛成してくれた。
「清水という寺の桜がきれいですよ」
「寺?」
メシア師が怪訝な顔をした。
「どうしてそのような悪魔崇拝の場所に?」
「景色がきれいだからですよ。別にそこに参拝に行くわけではないし、都の市民も参拝というよりも桜の花が目的で大勢出向いているはずです。日本にはこのわずか一週間の桜の花が咲いている時期に花見といって桜の花を見に行く習慣があります。セスペデス神父が案内してくれるそうですよ」
たしかに桜を見に行くだけなら、寺へ行ってもかまわないだろう。
「私はこの都の寺も神社も、ほとんど行きましたよ。ここから南にある奈良という町の寺も」
フロイス師が言うと、そばでオルガンティーノ師がにこにこしていた。
「私も、そのような場所はなるべく行ってみるといいと思います。日本人の精神と文化を知る上でも大事です」
「それだけではありません」
フロイス師はまずは私を見た。
「コニージョ神父はまだ日本に来てから一年もたっていませんから申し上げておきますけれど、これから日本で福音宣教に当たるにはどうしても仏教の僧侶ともわたり合う必要が必ず生じます。仲良く手を携えていきましょうなんて感じだったらいいのですが、彼らはなんとか我われの教えを論破して退散させようと必死です。だから、我われの方もそれに負けないようにしっかりと公教要理を身につけてしまうだけでなく、相手のことも知っていないと言い負かされてしまいますからね。私も都にいるときはよく勉強しました。お蔭で法華宗、禅宗、一向宗などの総ての教義はもう身につけています。あなた方もね、これからそれらの教えについて深く学ぶ必要がありますよ。これはチーナの国の兵学書に書いてあることですけれど、自分をまずよく知って、そして相手のこともよく知っていたならば百回戦っても必ず勝つということです」
まだまだ勉強を続けないと、私はこの国では使い物にならないらしい。日本語がしゃべれるようになっただけではだめのようである。
午前中にセスペデス師の案内で、ヴァリニャーノ師と私、メシア師、トスカネロ兄、そしてフランチェスコ師というメンブロで門を出た。
今日は馬ではなく徒歩だ。護衛ということで、甲冑を身に着けたヤスフェもともに行くことになった。
「都は、総ての道に名前が付いています」
門を出た時に、セスペデス師が説明をしてくれた。
「この道は蛸薬師通、右へ行くと西で、左は東です」
セスペデス師が我われを誘導したのは左手、つまり東に向かう。つまり、清水とは東にあるようだ。
門を出て最初の四つ辻、つまり教会の敷地の南東角に当たる所で、セスペデス師は交差した道を右に折れた。
「この道は室町通」
我われは南下していることになる。だが、二つ目の四つ辻は話が違った。そこまでほんの二、三分でたどり着いたが、今度の東西の道はかなりの道幅があった。
「これが四条通です」
その大通りの四条通を左に折れて、東に向かって進む。そしてすぐに同じような幅の大通り同士が交差する四つ辻に出た。その南北の道はかなりの広さだった。
「この道は烏丸通。都でいちばん大きな通りです。今から八百年ほど前にこの都が造られた時は、もっときれいな縦と横の道だったようですね。その頃はこの道は小さな道で、もっと西の朱雀大路という道が都のフア・プリンシパルだったようですけれど、九十年ほど前から十年以上にわたってこの都で起こった戦争で都は戦場となって、都全体が一面の焼け野原になってしまったそうです。そのあとに造られたのが今の都なんだということです。だから昔とはほんの少し道が違っているそうですけれど、でもだいたいは踏襲しているとのことですよ」
その四条烏丸の四つ辻を越えた頃から道の両脇には店が並ぶようになり、人びとの往来も増えた。やはり一つの国の首都だけに人も多い。同じような構造の町といっても、やはり豊後の府内とでは規模が違い過ぎる。
歩くと結構砂埃が上がるが、それでも多くの人がいる中をかき分けてということになった。
私は歩きながら、何か違和感を禁じえなかった。だがすぐに、それが何だか分かった。日本ではこれまでどの都市へ行っても、必ず信徒たちの歓迎を受けた。いつも信徒に囲まれて行動していたといっても過言ではない。しかし、この都ではこれだけ多くの人がいるのに、誰も我われに見向きもしない。これだけいる多くの群衆が皆異教徒のようだ。
さらには、我われが異邦人であり、異国の服装をしていることにも、都の人びとは関心を向けない。それだけこの町が巨大だということなのだろうかと、そんなことを感じていた。
だが、そんなふうに思っていたのはその時までだった。四条通りを東にほんの数分歩いただけで、どうも人びとの視線を感じた。それはこの都に住み慣れたセスペデス師も異様に感じていたようだ。
「やはり都の人びとにも、我われ司祭は珍しいのですか」
私はセスペデス師にそう聞いてみた。セスペデス師は首を横に振った。
「いやいや。たしかに都はこれだけ多くの人がいる割には信徒は少ないのです。だけれども、我われの姿は彼らも見慣れているはずだし、いつもはこんなふうに奇異の目で見られたりはしない」
その瞬間、我われを囲む人びとの間でキャーッという悲鳴が上がった。その悲鳴は次々に連鎖していった。そしてようやく、事態の真相が分かったのだ。
人びとの奇異の目が向けられているのは我われで司祭ではなく、ヤスフェだったのだ。悲鳴は最初にヤスフェの顔を覗き込んだ者から上がったからだ。
「鬼や。黒い鬼がいてますえ」
「ほんま、鬼や。鬼がおる」
そう叫んで逃げていく者と、その声に好奇心から見に来る者とがぶつかり、騒ぎが大きくなるとますますそれが人を呼び、騒ぎに拍車をかけていくのだった。
我われを囲む人はどんどん増えていく。囲まれて見られているだけならいいのだが、ヤスフェの顔を一目見た者は恐怖のあまり駆けて逃げていくから、人と人がぶつかり合ってますます混乱してしまうのだ。
我われはもう前へ進めなくなった。ヤスフェ自身も途方に暮れているようで、兜を脱いでその黒い顔をさらし、わざと笑って見せてた。
「皆さん。おいは鬼ではなかとですたい」
九州訛りの日本語でヤスフェは叫んでいる。
「あ! しゃべった!」
また人びとは大騒ぎになる。
「道ば開けてくれんね。通してくれんね」
ヤスフェがしゃべればしゃべるほど逆効果だ。しかも、笑えば歯が白く浮かび上がって、それがまた人びとの好奇心を駆り立てる。
「まあ、行きましょう」
セスペデス師は苦笑しながら、なんとか人混みをかき分けて前へ進もうとした。しかし、もう一歩も進めないほどの状況だ。人垣はどんどんどんどん大きくなる。
「これは、今日はもう無理だ」
ヴァリニャーノ師も苦笑しながらつぶやいた。
「だめですね。中止にして帰りましょう」
それにはセスペデス師も賛成したが、また帰るにも道がふさがれていてひと苦労だった。
いったいどこから人が湧いて出てきたのかと思うほど、広い四条通が人で埋め尽くされた。ヤスフェが先頭で歩くと、なんとか道が開けられたが人びとはそのままついてくる。だが、人垣の後ろの人が前へ出たがって押すものだから、また混乱になる。
ようやく四条烏丸の四つ辻まで戻った頃は、さらに多くの人に取り囲まれていた。
だが、なんとか室町通を曲がることができた。
ところがここからは狭い小路なので、さらに混雑は激しくなる。そして人びとの騒ぎ声はそこら中に響いていたので、民家ひしめき合うこの地域では家の中にいた人々まで何事かと顔を出し、それでまた騒ぎが大きくなる。
中には多くの人に知らせてやろうという心づもりか分散してかけていく者たちの姿も多い。そういった人びとの知らせを聞いてかなり遠くからもまたヤスフェめがけて人びとは押し寄せ、お祭り以上の騒ぎとなった。
ついに押すな押すなであちこちで殴り合いの喧嘩も始まったようだ。
それを見るとまたヤスフェもそっちに歩み寄って声をかける。
「喧嘩ばやめんね」
するとまたそこへと人々が殺到する。
「あんさん、どこから来はったんかえ?」
ヤスフェに話しかける女もいた。
「モサンビーキ」
ヤスフェもまたそれに答えたりする。そこで我われの歩も止まる。ますます人が集まるという悪循環だ。
そのうちとうとう後ろから押された勢いで、前の人たちが倒れ、その上に後ろの人たちが覆いかぶさるようになってものすごい砂埃が上がった。その倒れている人びとを踏みつけるように、後ろからさらに人びとは前に出ようとする。
下敷きになった人びとの悲鳴も上がって、さらに喧嘩の声がそれに重なる。
その中にあって私は、全く気が動転していた。いや、私だけではなく、ヴァリニャーノ師はじめ他の司祭たちも同様であっただろう。何をどうしたらいいのかも分からず、ただうろたえていた。
一つだけ言えるのは、今我われを取り囲んでいる人びとは我われやヤスフェに対し悪意があるわけではなく、危害を加えようとしているわけではないということだけが救いだった。
ただの珍しいもの見たさの好奇心だけで殺到しているのだ。だから、ひたすら『天主』にご加護を求めるしかなかった。
そんななんだかんだで教会に戻るまでになんと二時間以上かかってしまった。行く時はほんの数分で行った距離である。
我われが教会に入っても人びとは教会を囲んで大騒ぎを続けていた。さすがに教会の門から入ってくる者はいなかったが、騒ぎはいつまでも教会の中へと聞こえ続け、ようやく下火になったかなと思えたのは夕刻になってからだった。
「申し訳ない」
ヤスフェはひたすら謝り続けていた。
「いやいやいや、あなたのせいではないから、そんなに気にしないでいい」
ヴァリニャーノ師は何度もそう言って、ヤスフェを慰めていた。
だが、事態は一変した。
用があって外出していた修道士の一人が報告したところによると、昼間のヤスフェの騒ぎで人びとがなだれて倒れこんだ際に、下敷きになった人びとの中から死者が出たということだった。
「分かった。その話はヤスフェにはしないように」
ヴァリニャーノ師が修道士に言いかけた時、すでに部屋の外で音がした。そこでは、ふとそれを耳にしてしまったヤスフェが膝を折って崩れていた。
「申し訳ない。ああ、申し訳ない。私のせいで」
ヤスフェはポルトガル語で叫んで、泣いていた。
「庭を貸してください。それから鞭も」
それからそう言ってヤスフェはもろ肌を脱ぎ、我われがする苦行である自らの体を自ら鞭でうつ鞭打ちの苦行を泣きながら始めた。
しばらくは我われはそれをただ見ていたが、あまりに激しいので私が止めようとすると、ヴァリニャーノ師はその私を制した。
「やらせてあげなさい。ただし、度を過ぎるようだったらそこで止めるように」
そのヴァリニャーノ師の隣に、オルガンティーノ師が立っていた。オルガンティーノ師は近くにいたフロイス師をちら見しながらも、イタリア語でヴァリニャーノ師に言った。
「どうですかね。あの黒人、洗礼を授けてあげたらいかがですか」
ヴァリニャーノ師は、あごに手を当てて考えていた。それから言った。
「私もそれを考えていました。人種も奴隷であるなどという身分も関係なく、等しくみな平等に洗礼を受ける機会は与えられる、それが『天主』のみ意であり、イエズス様の教えですからね。彼はもうだいたいの教義も身に着けているし、祈りの言葉もラテン語で覚えています。でも洗礼となるともう一度正式に公教要理を学んでもらう必要がありますね。ただ」
「ただ?」
「下につれて帰ってからではいろいろと厄介です。あのお方がまだいますから」
「ああ、あのお方ですね」
あのお方で、二人の間では分かってしまう。いや、聞いていた私にも分かった。たしかに黒人でしかも奴隷の身分のヤスフェに洗礼となると、あのお方は目くじらを立てるだろう。
「どうでしょう。安土に行ったら、安土の神学校に入れては? 私がそのまま安土で預かって、安土で洗礼を授けますから」
「そうですね。彼の意向も聞いてみたいと思いますし、彼がいなくなるのは私は寂しいのですが、もしその方が彼にとっていいことならば。総ては主の思し召しのままに」
そういうことで話は着いたようだが、まだヤスフェの泣きながらの鞭打ちは続いていた。そこでそろそろと思って、私はやめさせた。彼は庭にある自分の小屋へと帰って行った。
その時、私の背後でこの教会に居住している日本人の同宿が、私に声をかけてきた。さっきまで、ヤスフェの苦行を見ていた少年だ。
「バテレン様に一つお聞きしたいんですが」
「何でしょう?」
「なぜ、あのような黒い肌の人がいるのですか? だって、『天主様』が最初にお創りになった人間のアダムとイブは、白い肌だったのでしょう? なぜその子孫から、肌の黒い人が生まれたのですか?」
私がいきなり難しい命題に面喰っていると、ヴァリニャーノ師がそこへ顔を出した。私は手短にその同宿の疑問をヴァリニャーノ師に告げた。ヴァリニャーノ師は笑って言った。
「すべての人間は同じ一つの幹から出た被造物です。人間の種はいろいろな種類があっても、その大元は一つです。だから肌の黒い人も白い人もいる。すべて『天主様』のなせる業です」
その時は私がそのヴァリニャーノ師の言葉を同宿に通訳したが、通訳しながらその「元一つ」という言葉が私の魂に深く刻み込まれた。




