Episodio 10 Pirati di Seto(瀬戸の海賊)
1
四旬節第四主日のミサを府内の教会で捧げてから三日後、3月8日の水曜日に我われは府内の町を後にした。まずは馬で日出という町に行き、そこからドン・フランシスコが用意した船に乗ることになっている。日出は府内の北、朝府内を出発して海岸線にずっと沿っていけば、夕方には着く。
そこにドン・フランシスコとの話に名前が出た彦左衛門の屋敷があって、そこに泊めてもらうことになっていた。
彦左衛門は梶取、すなわち船頭といってもただの漁師などとは違いいわゆる海上運送業者である。つまり梶取でもあり商人でもあるわけで、その屋敷は商家としてかなりの大きさの建物だった。
我われに挨拶に来た船頭の彦左衛門は顔ひげの濃い四十代くらいの男で、武士と変わらないようなきちんとした身なりをしており、人がよさそうなのでとりあえず安心した。
翌日、船は帆いっぱいに風を受けた。日本式のかなり大きな船だが、大友の船手衆の軍船ほどではなかった。もちろん、我われのナウ船よりかははるかに小さい。基本的に甲板といえるようなものはなく、乗りこんだ中央部は大きくくぼんでいて、船の前方と後方には屋根のように板がはってあり、その上が甲板といえばいえないこともなかった。
そこから藁を編んだ筵という敷物ようなものを大きな四角い帆としているがその柱は不安定で、驚いたことに取り外しができるものであった。
梯子を下ると船室だが、細かい小さな部屋に分かれてはおらず、広間が一つあるという感じだった。そこに荷物が積みこまれている。
船に乗っているのはヤスフェやジェロニモ伊東を含む我われイエズス会の一行のほかには船頭の彦左衛門と船員が二、三人、ほかによくわからない屈強な男たちが三十人ほどいた。
さらにはドン・フランシスコが我われのために付けてくれた武装した兵士も七、八人同行していた。
彼らは日出までの道中で、我われの教会から向こうの殿への土産物として渡すべきエウローパの産物などかなりの量になる我われの荷物の運搬もしてくれたのだった。
快晴の中、船はなんとか出航したがどうにもうまく進まない。風があまりないのだ。帆船だから風が弱いと進む速度が遅くなり、ましてや向かい風になると航行不可能になるのは我われのナウ船と同じである。
日出を出てしばらくは陸地を左手に見ながら進んでいた。
最初は、陸の上は小高い丘陵だったが、次第にほとんど平らな土地となって、海に突き出た半島のようだった。その半島を回り込んだ所にある湾に、船はゆっくりと入って行った。まだ出航してから何時間もたっていない。
ここはかつて、ドン・フランシスコの長男の五郎殿が反乱軍の首領の田原親貫の立て籠もる安岐の城を包囲していたところを我われが訪ねた時、ちょうどその途中に通過したあたりだ。つまりは、まだ大友家の領地である。
「風がなかけん、どうにもいけんっちゃ。手漕ぎに切り替えますき」
彦左衛門はそう説明した。そして、船員にたちに彦左衛門は叫んだ。
「帆をおろせ!」
一瞬、私は耳っを疑った。出航して間もないのにもうこの港に停泊するのかと私は思ったのだ。
すぐに帆は降ろされ、それだけでなく帆柱さえも取り外された。次の瞬間、彦左衛門の叫び声は続く。
「漕ぎ手、用意!」
同乗していた三十人ほどの人びとが、所定の場所に走った。海に次々にレーモのようだが少し形状が違う長い板が降ろされ、その人たちは一つの板に一人ずつ座って、そして一斉に板が水の中で動き出した。
なんとこの船は帆に風を受けて進むだけでなく、手漕ぎで航行もできるのである。このレーモのような板は、日本語で艪というのだそうだ。
聞くと、この船は風があれば帆で走るが、風がない時は艪を漕いで走行するのだという。
これには驚いた。帆で走るだけのナウ船には絶対にできない技だ。
最初、この人たちは何なのだろうと思っていた三十人ほどの人びとは、実は艪の漕ぎ手だったのだ。
その港には上陸することなく、船は東の大海に向かって漕ぎだした。そこは海峡になっているようで、はるかかなたにうっすらと別の陸地が島のように見える。
その陸地が四国という、九州とは別の大きな島で、今見えている小さな島のような陸地は伊予という場所から突き出た岬の先端なのだという。
さすがに帆に風で進むよりもはるかに速く船は海峡の対岸に近付き、微かに見えていた岬も次第にはっきり見えてきた。船は岬に向かって左、すなわち岬の北側に舵を取って進む。
そして昼ごろまでに結構高い山がその上に乗っている実に細長い岬にそって、その付け根に向かって進んだ。そこに港があるようだった。
「普通なら宮島、尾道、三原と寄っていくとこじゃけんど、殿様からは毛利領内には寄るなっちゃご命令じゃけん、瀬戸内の南を四国の沿岸を通っちいきますよ」
笑顔で人がよさそうに、彦左衛門は言った。フロイス師以外は地名を言われても地理が分からないので、うなずくしかなかった。フロイス師も、四国の地名はよく知らないそうだ。
そして日本の船は昼間しか航行せず、夜は港に停泊するということも知った。昼夜分かたず航行を続ける我われのナウ船とは大きな違いである。それだと路程総ての食料と水を積みこんでいかなくてもいいので、積み荷的にも楽である。
やがて夕暮れになって、伊予の三津浜という山がちの港町に船は停泊した。港には彦左衛門の顔利きの旅館もあって、そこが今回の旅の一泊目だった。
翌日からは風もあって、旅は順調に進んだ。ただ、彦左衛門が言うには、いつ毛利領内からの船とすれ違うかわからないので、我われはあまり外から見える所に顔を出したりしないようにとの注意を受けた。唯一許されたのは、ジェロニモ伊東少年だった。
だがその少年も、翌日はかなり船酔いが激しくなりほとんど寝ていた。何カ月にも及ぶ長い長い航海を経験した我われは船酔いなどという言葉は無縁のものとなっていたために、皆で少年の介護を務めた。
しかも、この海は本当に海なのかと思うくらい波もなくて鏡のような水面を船は航行しているのだから、我われは彼がなぜこの程度で酔うのか不思議だった。
海は前方、後方に海らしい水平線が見えるが、左右はどちらも陸地で、それも大小さまざまな島が現れては消える。だから島と島の間の水路を通るときは本当に海なのかと思ってしまうような川のような水幅となることもあった。それでも潮の香りと水の色から、まぎれもなく川ではなく海であるということは実感できた。
左右の陸地はどちらも海岸すぐのところから丘陵となっている。今は季節的に木々は生い茂ってはいないが、それでも樹木に覆われていることは分かった。
こうしてまた大きな岬とたくさんの島と島の間の狭い航路を通過し、同じ伊予の波止浜という所で泊まった。
その波止浜を出港してすぐである。我われの行く手を大きな船が阻んだ。見るからに普通の船ではない。
彦左衛門によると、まぎれもなく殿にやとわれて海賊を対峙する水軍の警固衆の船だという。なぜか、艪の漕ぎ手たちは震え上がってしまっていた。
だが、彦左衛門は落ち着いていた。彼が落ち着いている以上、我われが恐れて騒ぐことはできない。じっと身を潜めているしかなかった。
「あれは能島殿の船だ」
彦左衛門は言った。そのあたりの島々は例の安岐の城の沖合で大友の船手衆と海戦を行った毛利の船手衆の根拠地でもあるということから、その毛利の船手衆の村上一族の船に間違いないだろうとのことだ。
その村上一族が、俗に能島殿と呼ばれているらしい。
この近くの多くの島々の中の一つの能島という小さな島に、彼らは城を構えているというのだ。
すると船に乗っていたドン・フランシスコの兵たちが一斉に手早く甲冑を身に付け、槍を手にしゃがんだまま構えていた。ゆっくりと警固衆の船は近づき、我われの船と接舷する形になった。
「検分致す」
相手の船の棟梁のような体格のいい大男が叫ぶと、警固衆の手下たちがこちらの船に乗り移ろうとした。だが、その時、兵士たちが一斉に槍を構えて立ち上がり、その槍の先を相手の船の男たちに向けた。彼らの顔が一瞬にして変わった。
「仔細相分かった。いずれまたお会いしようぞ」
すると相手の態度が一変し、それだけ言い残して能島殿の船は去って行った。その間、ちょうど我われがロザリオの祈りを唱えるかのように、彦左衛門もぶつぶつと何かを唱えていたが、敵が去るとさすがの彼もその場に座り込んだ。
「助かりました。大殿様のお蔭っちゃ」
そう言ってまだ、何か呪文のようなものを唱えて祈っている。その呪文は我われの耳には「ナンマイダー、ナンマイダー」と聞こえた。
2
翌日は海岸沿いに南下して河原津という港町、そして壬生川と泊まりを重ねた。この航路はかなり遠回りだということだが、毛利領を避けるために致し方のないことだった。
壬生川では風が全くなく、二日間の風待ちの滞在を余儀なくされた。三日目にもうこれ以上待てないというので、再び帆を下ろして漕ぎ手が船を漕ぎ、そのお蔭でかなりの距離を進むことができた。
ずっと手漕ぎで行けば航海の時間も短縮できるのだが、漕ぎ手の疲労を考えるとそう毎日毎日手漕ぎで進むわけにもいかないとのことだった。
もうかなり暗くなり始めている。夜になる前に港に着かねばと急いでいると、左手の海の向こうの遠くの陸地に灯りのともり始めた町が見えた。
「あれは鞆の港ですな」
彦左衛門が言う。しかし左手の対岸の陸地ということは毛利領だから、あそこの港に行くわけにもいかない。
しかも、その港のはるか沖合を船は航行中だ。陸地は右手の四国の陸の方が近い。さらには、彦左衛門から聞くところによると、鞆の港にはかつてこの国の最高権力者で、織田殿によって都から追放された公方様が隠れ住んでいるのだという。
そんな港にのこのこと入るわけもいかず、さらには我われの船が鞆の方から発見されはしないかということも心配だった。
だが、無事に我われの船は鞆の沖合を通過し、暗くなる前になんとか多度津という四国の港に入ることができた。
さらにその翌日には、船はいよいよ府内でドン・フランシスコが言っていた塩飽という港に差しかかるという。
その直前の夕刻に、彦左衛門は我われのいる下の船室のまで降りて来て、ヴァリニャーノ師の前に座った。我われの間に一瞬緊張は走った。ヤスフェなどは体を起こして、身構えていた。
「バテレンの大将さん」
彦左衛門はヴァリニャーノ師に言った。
「実は、府内の大殿様から塩飽には寄らんようにっちご下命じゃったじゃけんど、そげなわけにもいかんですが」
フロイス師の通訳を聞いて、我われは一斉に顔をしかめた。私個人はもう、通訳を介さなくても聞き取れるようにはなっていた。
「塩飽っちいうのは、多分府内の大殿さまはご存じないけん、ああいうこつを言っち来られたんじゃっち思うのじゃけんど」
相変わらず彦左衛門は、人がよさそうに笑っている。
「陸地にあん港ではなくて、こん瀬戸内の海の真ん中に浮かぶいくつかの島にあん港町で、要は瀬戸内を通る全部の船はこきい寄らんと通れんいわば海の関所ですに」
「でも、島と島の間をそのまま通り抜けたら?」
もう、フロイス師が直接日本語で会話していた。
「そうはいかんっちゃ。ここは瀬戸内の海がいちばん狭くなりよるところだっちゃ。島も多くて船の航路をはさみよるし、その島には警固衆がおるき、素通りする船は全部拿捕されますに」
フロイス師が通訳にほかの司祭・修道士は目を見開いた。
「では、我われは必ず捕まる?」
ヴァリニャーノ師がつぶやいた後、フロイス師が続けて日本語で言った。
「あなたはそれを知っていた上で、我われを輸送する任務を引き受けたのですか? 府内の殿には何も言わずに」
詰め寄る形だ。
「まあまあ、落ち着いちょくれ。こん港は毛利領ではないっちゃ。どの殿様の領地でんなあけんな。警固衆だけでこん島々を治めちょります」
「警固衆とは、いずれかの殿に雇われている組織ではないのですか?」
「ほんまはそうなんやけんど、ここは特別だっちゃ」
しかし、毛利が我われを捕らえるようにという命令をその警固衆とかに出したという情報は、島の宿主のジョアンから得ている。そのことをフロイス氏は言った。
「まあ、じゃけんど、そげな命令を毛利が出したっちいうても、毛利の言うこつなんか聞かしましぇんよ」
けろりと彦左衛門は言う。半分くらいは信じてもよさそうだが、半分は怪しい。
「まあ、わしゃあここではちょこっとは顔が利きますけん、しょわねえ。わしに任せちくれんかえ。ほんじゃあけん、」
とりあえずはその通りにするしかないが、フロイス師はどうもその言葉を完全には信じていないようで不安を口走っていた。だが、続けて呟くようにフロイス師は言った。
「でも、久しぶりにジョアンには会いたいな」
どっちみちもはや入港しないわけにはいかないようなので、ジョアンという存在が唯一の救いの種のような気もした。
私は、カブラル師がいなくてよかったと思った。彼がいたらその激昂ぶりは想像に余りある。
そのうち船は、いくつもある島の一つに向かって行った。島は小さな島だがそれが無数にあって、まるで小高い丘がいくつも海の上に浮かんでいるという感じだった。
我われが上陸する島は少しは大きいように感じられたが、それでも四時間も歩けば島の周囲が一周できそうだった。
そもそも日本の小島は皆海の上に山が浮かんでいるという感じで、こことて例外ではなかった。
ただ、船が目指している港の付近は山の麓にわずかだが平らな土地があって、そこに町があった。
夕暮れが迫り、かなり薄暗くなった頃に我われの船は入港した。すると突然多くの兵士が、我われの上陸すべき所へやってきた。
「そなたたちは何ものであるか。いずこへ参る?」
居丈高に、その兵士は船頭に尋問していた。我われは姿が見えないように、船の中に隠れていた。また、豊後の兵士たちも槍を構え、何かあったらすぐに飛び出せるようにして身を潜めていた。ヤスフェとて同様だった。
港の兵士たちの前には、彦左衛門だけが船から降りて立っていた。
「堺まで参ります。安芸の商人にございます」
「ふーん」
兵士はどうも怪しく思っているようだ。
「豊後の大友の船ではあるまいの。では、積み荷をあらためる。積んでいる荷物をすべて降ろし、縄を解いて開いて見せよ」
その言葉を聞いて私は顔が青ざめた。すぐに状況をヴァリニャーノ師に告げた。荷を上げるとなると、我われも隠れてはいられない。荷はすべてエウローパの産物ばかりだ。すべて没収される可能性も小さくはない。
船の兵士隊は槍を強く握りしめ、さらに身構えていた。
「祈りましょう」
静かにヴァリニャーノ師は言った。すると船頭の彦左衛門は兵士たちの前に立ち憚り、両手を広げた。
「実を申すと、我われは本願寺の門徒でござる。この荷はすべて紀伊の鷲森の本願寺雑賀御坊の宗主様への献上品。それにお手をつけなさると仏罰が下りますぞ」
これには兵士たちも一瞬たじろいだ。
「よかろう。ただ、明日には再度検分致すのでそのおつもりで」
そう言って兵士たちは去って行った。
彦左衛門我われのところに戻ると、大きく息をついた。
「今のは?」
フロイス師が彦左衛門に尋ねた。
「毛利の手のものですに。毛利の役人と能島殿の手のものっちゃ。今やこの塩飽までもが、毛利に支配されよる。とりあえず、彼どうはおらんなったけん、上陸しちょくれな」
兵士や漕ぎ手は船に残し、我われは陸に上がると港からすぐそばの船宿に向かった。彦左衛門も先ほどのようなことがあったので、とりあえず船で一夜を明かすと言った。
彦左衛門がいなくてもフロイス師がこの土地を知っているので、我われは彼について行く形となった。
我われが出発する前に彦左衛門はフロイス師に小声で言っていた。
「いやあ、この島にこげえ毛利の兵がいるっち知らなかった。こうなりよったら、むしろあんたどうよりもうちの方が、彼どうから見たら危ないっちゃ。だからうちが大友様にお仕えしよるものっちこつが分かる言動だけはせんでくれんかえ。たのんます。わしが豊後の者と分かると、ばされえよだぎいこつになあけん」
確かに、この島が今は毛利に支配されていている以上、毛利と敵対している大友の縁者はまずいだろう。
だから、彼は先ほどの兵士と話す間は、見事に豊後の訛りを消していた。ただ、彼の場合一向宗の門徒であり、毛利と一向宗はつい昨年まで手を組んでいたので、それが彼にとっての強みだった。
すぐに船宿に着いた。
「お頼み申す」
フロイス師が中へ声をかけると、しばらくしてから細身で初老の男が出て来た。そして我われを一目見るや目を見開いて、
「うわ、なんで、なんでおいでったんかいな? あれほど寄らんようにと文まで書いたのに」
初老の男はあからさまに顔を曇らせていた。普通はどの地方でも我われが信徒を訪ねると皆喜びの表情を見せ、時には感動してくれたりもした。こんなふうに顔が曇ったのは初めてだ。
だが、それにはきちんとした理由があるし、我われもそれは分かっている。
「とりあえず、早う、早う、中へ入っていた」
この人がフロイス師の話にあったジュアンに間違いないと思われるが、とにかく何かに慌てているようだった。
まずは客室に案内され、しばらく待たされたあと、あらためてジョアンはその妻とともに挨拶に来た。
「いやあ、ここは危ないですさかい、くれぐれも寄らんようにって文を書いたですけどな」
「
はい、どうしても船の船頭さんが寄らねばならないと」
そのいきさつを、簡単にフロイス師が説明した。
「とりあえず、食事にしましょう。詳しい話はあとから」
そう言ってから、またしばらく待たされた、食事は四旬節という断食をしなければならない時期であるので、それも信徒あるジュアンは分かっていてごくごく質素なものが出た。
その席で、ジュアンから今のこの島々の状況について話があった。ジュアンの言葉はこれまでの下や豊後の人びとの話す日本語とはかなり違う言葉であったが、聞き取れないほどでもなかった。
それによると、この島ではどの殿にも属さずに警固衆が自ら治めていたというのは、彦左衛門から聞いた通りだった。しかし、ここ数年情勢が変わり、能島殿、すなわち村上の船手衆がこのあたりの島々を支配下におさめたという。それはそのままこの島々が毛利の領土となったことを意味する。
「わてもそないなことで豊後の殿さまと通じているという疑いをかけられましてな。能島殿の手の者に捕らえらて、能島のお城まで連れて行かれて、ひと月以上も帰してもらえなんだ。やっと、ついこの間、ここに戻ってきたばかりです」
そこまで言ってから、ジュアンは手を組んで祈るようにした。
「そやけど、これも『天主様』のみ旨ですな、今ちょうどこの本島におる毛利の代官は郡山に出向いとりましてな、いやあ、危なかった。もし今あの代官がおったら、バテレン様方は皆捕らえられてへたすりゃ郡山に送られとりましたが」
そう言ってから、ジュアンはまた祈るように念じていた。
我われもまた胸をなでおろす思いだった。もしそうならば、先ほどの港でいくら彦左衛門があのようにふるまっても、何ら効果はなかったことによる。往々にして人びとは「たまたま」と言うが、決してたまたまではなく、そこには『天主』の細やかなる仕組みが働いていたことは明白だ。
「けんど安心はできん。毛利のお身内の小早川殿が今、ここから四里ほどのところにおいでなりょりますけん、明日の朝に能島殿の手の者が知らせたら一時もせなんでここへ来ますが」
ジュアンの顔は曇っていた。しかしそれは不快ということではなく、心底我われを心配してくれてのことだということは、いやというほど伝わってくる。
「そやさかい、明日はまだ明るくなる前にこの島を離れた方がよろしゅおすがな。ほんまやったらゆっくりしていってほしゅう思います。特にバテレン・フロイス様とは久しぶりですけん。でも、そうも言うておられませんが」
食事の後はフロイス師が、ジュアンとその妻の告解を聴いた。その妻こそが先に洗礼を受け、ジュアンをも受洗へと導いた人なのだそうだ。
その夜は、緊張の一夜だった。なにしろ、知らずとはいえ我われはあれほど避けていた毛利領に上陸してしまったのである。毛利はドン・フランシスコの大友家とは宿敵の殿だ。ジュアンは明日の朝のことを心配したが、夜中に小早川殿の手の者が来ないとも限らない。
ただ、ここは島であって、夜間に船を航行しないこの国の習慣を思えば、朝までは大丈夫だということになる。恐怖が全くないと言えばうそになったが、それでも我われは『天主』を信頼し、眠りに着いた。
翌朝、ジュアンの言葉通りにまだ暗いうちに起きて、ジュアンとも慌ただしく別れを告げて港へと向かった。そしてすぐに出航の準備となった。
「もう、しょわなあやあ。無事に船出やに」
笑いながら彦左衛門は言った。
3
その日は全く風がない日で、本当ならば風待ちをしたいような日であったがそうも言っておられず、帆はおろして漕ぎ手が一斉に船を漕いで進んだ。
そのお蔭で、帆に風を受けて進むよりはいくぶん早く船は進んだ。
そして兵士たちは常に甲冑を着け、武装した状態で待機しつつの航海であった。
だが気持ち的にはもはや毛利領ではないとのことで、我われが甲板に出て景色を見るのも解禁になった。
本当に島が多い海である。これからは四国ではなく四国の北の対岸の備前の下津井、瀬戸内に浮かぶちょっと大きめの島である小豆島と泊まりを重ね、船は播磨の室津へと向かった。
ここには多数の信徒がいるとフロイス師が言ったこともあるし、また海上交通の要所でもあったので船宿も完備されているとの彦左衛門の助言もあってそこに停泊することとしいた。
だが、室津に近づくと急に西風が吹き始め、かなりの強い風となった。この波穏やかな瀬戸内の上でこれほどの順風が吹くことはめったいないという。
「この追い風を逃す手はねえぞよ。明日になりよったらもう吹かんかもしれん。今日このまんま行けば堺に着くのもかなり早くなるっちゃ」
ヴァリニャーノ師は不服そうだったが、彦左衛門にそう言われたら従うしかなかった。
「まあ、確かに今日は金曜日だし、万が一堺に着くのが枝の主日を過ぎてからだとまずい。急いだ方がいいかもしれない」
ヴァリニャーノ師は自分で自分に言い聞かせるようにそうつぶやき、結局は室津への寄港は急遽取りやめとなった。
帆いっぱいに風を受けて船はかなりの速さで進み、やがて夕刻前には目の前には陸地が横たわった。
もう堺なのかと、誰もが思った。いくつかの山が乗るその陸地が横たわって、そこで海が終わったいるからだ。
瀬戸内の海を地中海に例えるなら、いよいよユダヤの地に着いたのかもしれない。
だが、我われの勘違いは初めてここに来た者ならだれでもあることのようで、フロイス師だけが笑っていた。
「あれは島ですよ、この瀬戸内の海でいちばん大きな島、淡路島です」
どう見ても行く手をふさぎ、海の終点を示すような大地が島なのだという。そう言われて見ると、向かって左手の方に陸の切れ目がある。
船はその方へと進む。やがてほんの狭い海峡を船が通過すると、その向こうにはまた海が広がっていた。そして船は島の向こうへと回り込み、最後の宿泊地となろう場所へと進んでいた。
船は最初に見えた位置からだと大きな島である淡路島の向こう側にある岩屋という港に入った。もう翌日はは堺だという。日出を出港した日を含めて、ちょうど十日目であった。
実は私は、なんとかある機会をうかがっていた。どうにかして彦左衛門をつかまえて、彼が信じる一向宗とういう教えについてその内容を聞いてみたいと思っていたのだ。
この日も船宿での夕食後に、私はふとそんなことを何気なく言ってみた。
するとヴァリニャーノ師が、笑いながら言った。
「直接本人に聞いてみたらいい。我われに聞いても『悪魔崇拝だよ』としか言えないからね」
フロイス師も私に向かって言う。
「都へ行ったら、あなたにも日本のあらゆる宗派の教義について学んでもらいます。私たちもそうしました。神道、禅、一向宗、法華宗、真言宗などいろいろありますけれどね。そうしないとそういった宗門の方々と話をして、そして我われの教えを伝えることもできませんから」
それを聞いて、ヴァリニャーノ師もうなずいていた。
「たしかに、それは大切なことです」
そこで翌朝、船に乗ってから帆柱の下あたりで出航の準備をしていた彦左衛門を捕まえた。
「船頭さん、今日はいよいよ堺なのですね」
「はい。あんたどうも、ご苦労やったね」
彦左衛門はよく日焼けした顔にしわを作って笑いながら、こちらを振り向いた。
こんな明るくて陽気な、気さくな男も異教徒なのだ。こんなに近くで、しかも親しく、まるで長年の友人と接するかのように異教徒と話をするのは私は初めてであったし何か不思議な感覚で、むしろ新鮮ですらあった。
まだ司祭への召命を感じる以前の子供の頃は、自分が異教徒と会話をするなどという状況が自分の人生に訪れるなど夢にも思っていなかった。
「あ、ほんじゃあけん、遠い天竺かから来られたあんたどうにとっちはこれくらいの船旅はどげんちうこつはないかえ」
天竺とは日本でのインジャに対する呼び方である。我われはマカオを経由してゴアから来たという触れ込みになっているので、日本人は皆我われをその天竺の人だと思っている。もっともっと遠くのローマとかポルトガルとか言っても、日本人には認知の範疇を超えてしまうのだ。
「ところで、ちょっとお聞きしたいのですが」
「なんな?」
「あなたの信じる一向宗とは、どのような教えなのですか?」
最初はこれから何を聞かれるのかと少しだけ緊張していたような彦左衛門だったが、私の質問の内容を知ってまた顔をほころばせた。
「そげなこつかえ。一向宗ちうのは他からの呼び名で、我われは自分たちを決しちそうは呼ばんに。真宗、もしくは本願寺の門徒といいますけんど、まあ、何といいちょこうか、阿弥陀様ちう仏様を信じ、阿弥陀様にすがっち極楽往生すんこつかえね。わしも不勉強でよく説明できんけれど」
彦左衛門はにこにこしてそう言うが、特有の用語が出てきてしまうとよく分からない。
「ゴクラク?」
「死んでから行く、素晴らしい世界ですよ」
我われのいう天国と同じなのだろうか。やはり、よく勉強してから聞いた方がよかったかもしれない。
「阿弥陀様にすがっち、その御名を『南無阿弥陀仏』と唱えれば、極楽浄土に転生でくん。要は阿弥陀様が極楽に連れて行っちくださるちうわけや」
そういえば以前に彦左衛門は「ナンマイダー、ナンマイダー」と唱えていたが、実際は「ナムアミダブツ、ナムアミダブツ」と唱えていたのがそう聞こえたのだということをこの時初めて知った。
「阿弥陀様とは?」
「何でん永遠の命と無限の光ちう意味で、総てん人びとを平等に救おうとされちょる。その本願にすがっち救っち頂く、いや、もうすでに救われちょるっちこつを自覚すんけんすな。阿弥陀様にすがっち『南無阿弥陀仏』を唱えた瞬間にもう救われちょるちうわけや。どげな罪深いしもじゃ。いや、罪深いしほど救われは早いと教わっちょりますに」
「では、死んだあとに救われるためにだけ、その、ナム、ナム…」
「『南無阿弥陀仏』やあ。それを唱えるのを念仏っちいいます」
「ああ、その死んだあとのためにだけネンブツするのですか?」
「いや、また、その難しいこつは分からせんのですがね」
彦左衛門は笑った。
「ただ、口先だけで念仏を唱えればいいっちこつではなくて、報恩感謝の生活の現れが念仏なんやに。そうすれば、生きちょるうちに人生の目的は達せられる、救われるっちこつなんっち。ま、それ以上こまけえこつはちぃっと」
「はい、かたじけのうございます」
私は礼を言って司祭団の元へ戻った。
「どうです? 分かりましたか?」
フロイス師が薄ら笑いを浮かべて迎えてくれた。
「いや、分かったような分からないような」
私もはにかんで笑っていた。
「よく勉強することです。日本のあらゆる宗派の教えを知ることも、トーレス神父が提唱された適応主義の一環ですからね。相手の教義をよく理解し、その上でキリストの教えがいかに真理であるかを伝えなくてはいけない。そうしないで、やみくもに『キリストの教えは正しい』と主張したって、誰も聞く耳を持ちませんよ」
そのフロイス師の言葉に、またもやヴァリニャーノ師はうなずいていた。
4
そして今日中に堺に着くというので、我われは積み荷を降ろす準備などをしていた。
すると昼過ぎに船はゆっくりと、ある港へと近づいて行った。我われは甲板代わりに張ってある板敷きの上に出て、海を眺めていた。まだかなり風は冷たいが、よく晴れた空の下、ほんの少し春が感じられるような気候だった。
港の背後はわずかな平地越しに、すぐに山となっている。このあたりは海岸線もまっすぐで、海も広々とした本来の大海原という感じになっていた。
「もう、あれが、堺ですね」
彦左衛門の隣に立っていた私は、日本語でそう聞いた。だが意外にも、彦左衛門は首を横に振った。
「いんね、あれは兵庫の港ですやに」
「兵庫?」
私がさらに隣にいたヴァリニャーノ師にそのやり取りの内容を伝えると、ヴァリニャーノ師も首をかしげていた。間違いなく船は、その港に向かって進んでいるのだ。
「あの港に寄りますか? あなたは、今日は堺に着くと言いました」
私はもう一度、彦左衛門に聞いた。
「着きますが。兵庫にはちぃっと立ち寄るだけですけん。関銭を払わんでといけませんが」
彦左衛門は、平然とした感じでさらりと言う。関銭とは通行税のことのようだ。
「どうしても寄らないといけないのだろうか?」
ヴァリニャーノ師の顔は曇っていた。
「今はとてもいい風が吹いています。しかし、あそこに寄っている間に風が変わったらどうしますか。今日中に堺に着かないと、とても困ります。出迎えの人たちも来ています。風がある今のうちに、堺に行きたいのです。あの港には寄らないで」
我われの到着は、すでにドン・フランシスコが堺に一報をいれてくれているはずだ。
私はヴァリニャーノ師の言葉を、私は彦左衛門に伝えた。
「いんね、それはちぃっと。関銭を払わなかったら、いろいろとよだぎいこつになるりますが。ま、そげに時間はかからんですけん」
私がその言葉をヴァリニャーノ師に告げると、またヴァリニャーノ師は言った。
「お願いしますよ。本当に、とても困りますから」
ヴァリニャーノ師の顔は、本当に困っているという様子だった。彦左衛門はしばらく考えていた。そしてぽんと手を打った。
「分かりました。そこまでおっしゃるのなら、関銭はあとで堺から届けさせましょう」
「かたじけない」
そういった感じで話がついたようで、兵庫の港には寄らないことになった。
もう一度その港の方を見てみると、やはり大きな有名な港であるらしく、かなりの数の船が停泊しているのが見える。もちろんここまで来ると我われのナウ船――日本人はこれを「ナンバンセン《南蛮船》」と呼んでいるが、当然のことそのような「ナンバンセン」の姿などなかった。
彦左衛門の指示で舵が切られ、帆も角度を変えて、船は舳先を回して兵庫の港から沖の方へ向かう航路をとった。それからしばらくして兵庫の港がだいぶ小さくなった頃に、ずっと小さくなっていく港を眺めていたメシア師が、叫ぶような声で言った。
「あの船は何ですか?」
彦左衛門はそれがポルトガル語だったから分からなかったであろうが、それでもその口調に異変を感じてメシア師が指さす方を見た。
「うわ、こらいけんわ!」
すぐに彦左衛門は叫んでいた。
もう船室に戻ろうと、私やヴァリニャーノ師は下に降りる梯子を下りかけていた時である。
もう一度戻って船の後方を見ると、なんとかなり大きく頑丈な軍船が二艘、ものすごい速さでこの船を追ってきていた。帆ははっておらず、漕ぎ手が櫓をこいで走行しているようだ。
「あれは?」
私が彦左衛門に聞いてみた。彦左衛門の顔は蒼ざめていた。
「関銭を払わずに通ったから、関所の役人が追いかけて来たのですか?」
しばらく二艘の船に目が釘付けになっていた彦左衛門だったが、私の問いに答えて叫んだ。
「違う! あれは海賊だが!」
カイゾクとはすなわち海賊である。
「この船の知らせを聞いて、海賊どもが兵庫の港の外で待ちぶせしていたんでしょうな」
そんな所へのこのこと自ら入港していたらこの船はどういう運命になっていたのかと思うと、背筋が寒くなる。
そして天を仰ぎ、間一髪で一厘の救いの業を示してくださった『天主』に黙って深々と頭を下げ、感謝の祈りを捧げた。
だが、まだ事態は終わっていない。海賊の二艘の船は全速力でこちらに向かっている。この船を追っていることは間違いない。待ち伏せをしていたつもりがこの船が入港しなかったため、彼らにとっては想定外の事態に慌てて追ってきているのだろう。
「追いつかれたら総てが奪われる。へたをしたら船もだ」
前にアルメイダ師が、その恐怖の場面に遭遇したことを語ってくれたのを思い出した。
「帆をおろせ!」
彦左衛門の叫び声がした。さらに、彦左衛門の叫び声は続く。
「漕ぎ手、用意!」
同乗していた三十人ほどの漕ぎ手が一斉に飛び出し、所定の場所に走った。海に次々に艪が降ろされ、漕ぎ手たちは座って、そして一斉に艪が漕ぎだした。
手漕ぎで逃げるのである。たしかに、この方が絶対に早い。
船はみるみる海面を、すごい速度で滑り出した。その速さといったら、船というものがこんなにも速度が出るものかと驚くほどであった。まだいくつか空いている艪があったが、その時我われの中から空いている艪に走り出して、一緒に見よう見まねで漕ぎだしたのはヤスフェであった。
ヤスフェ一人で、四人分くらいの漕ぎ手の力が加わったようなものだった。
ところが、二艘の船はどんどん我われに追いついてくる。こうなると、堺に着くのが先か追いつかれるのが先かということになる。
こうしてもう二時間以上も漕ぎ続けているのだから、どんなに屈強であろうともいいかげんに漕ぎ手たちも限界に近くなってきているだろう。
「もっと陸地に近い方を走るぞ。やつらの船は大きくて、これ以上陸地に近い方は走れん。こっちん方が小回りが利く!」
彦左衛門はそう言って漕ぎ手たちを励ましていた。
だがもう、二艘の船はほぼ至近距離まで迫っており、向こうの船の漕ぎ手たちの顔も見えるくらいであった。そしてかなりの人数が船の上にいて、こっちに向かって囃したてている。
「もう、間もなく堺やに!」
彦左衛門が我われの方に向かって叫んだ。
たしかに、左手の陸地の前方に港が見えてきた。ここはちょっとは広い平地になっていて、横たわる丘陵は遠くにかすんで見える。
港はどんどん近付いてきた。するとそこに大勢の群衆がいるのが見えた。しかも十字架の旗を立てたりしている人もいて、我われの出迎えの人びとだということはすぐに分かった。
ヴァリニャーノ師が先ほど、出迎えの人たちが来ているとは言ってはいたが、これほどまで大人数だとは思っていなかった。しかも、我われが海賊に追われているという情報まで伝わっていたのか、皆手に鉄砲などの武器を持っていた。
そして港の入り口寸前のところで、海賊船は我われの船をはさむような形となって追いぬき、その先で漕ぎ手を止めた。我われも船を止めるしかなかった。
ところがその時、港の方から多くの小船が一斉に漕ぎだしてきた。我われを出迎えに来てくれていた堺の人たちだ。その多くの小船が我われの船を守るようにして取り巻き、その一艘に乗っていたきちんとした身なりの初老の男が小舟の上に立ちあがった。
「バテレン様方!」
彼はそう叫んできた。
「おお、ディオゴ様!」
その顔を見るやフロイス師が顔を輝かせて返事をした。フロイス師の知り合いらしい。
「早うこちらの小船に!」
ディオゴと呼ばれた男は我われをそう促すが、この船と小舟の間には相当高さの差があって、飛び込むにはためらってしまった。
「早う!」
ディオゴがさらにそう叫ぶので、まずは私とトスカネロ兄、ヤスフェが先に飛び降り、他の年配の司祭たちを下で受け止めるかたちとなった。
それでも受け止めきれずに重なるように倒れ込む形となって、小舟は大揺れに揺れた。転覆して海に放り出されなかっただけ奇跡であった。
「荷物が、荷物が」
ヴァリニャーノ師はそれを心配していたが、今は荷物を下ろせるような状況ではない。
海賊船の舳先に、毛むくじゃらの大男が現れた。海賊の首領だろう。
「この船には珍しい天竺のバテレンが莫大な財宝を積んどると聞いている。もうここまできたら逃れらへんで。大人しく財宝を引き渡すか、さもなくばそれと同金額の金子を支払え。どちらもいやと申すなら、命をいただく」
出迎えの信徒たちは多くの小舟の上から大声で海賊たちに罵声を浴びせたが、海賊たちは聴く耳を持たない。
その時、火薬のにおいがした。堺の人びとが我われの国のものと全く同じ火縄銃の雛輪に火をつけて構えていた。
我われの船の上では彦左衛門が舳先に出て、やはりお歩声で海賊たちに向かって叫んだ。
「分かり申した。検分されよ」
すると海賊船からこれまた屈強そうな男が二人、我われの船に乗りこんだ。そこで我われの方としては、ヤスフェを一度船に戻して立ち合わせた。屈強な大男も、ヤスフェの姿には一瞬ひるんでいた。
そして我われの土産用の積み荷を調べ、すぐに船室の外に出て自分たちの海賊船に向かい大声で叫んだ。
「金三十七両!」
「そないな程度か」
少し落胆したような声が海賊船の方から聞こえた。
「ほんで、ええわ!」
すぐにそんな声が海賊から発せられた。一度奥の自分だけの部屋に入った彦左衛門は、やがて大きな紫色の袋を重そうに持ってきた。
「お確かめを」
海賊に引き渡された袋の中は、我われが知っているような四角い穴が開いたお金ではなかった。それは中指の長さほどの楕円形の輝くばかりの金貨で、しかもそれが何十枚も入っていた。
「間違いない」
そしてその袋を持って海賊たちが自分の船に戻ると、海賊船の櫓が動きだし、海賊船はゆっくりと離れて、そしてすぐに速さを増して去っていった。
船上の人は皆、その場に座り込んだ。彦左衛門も、ほとんど腰を抜かしたように座っていた。
そのうち私が、顔を上げた。
「あのように、お金を払えば済むのですか?」
それがとても不思議だったので、私は聞いてみた。彦左衛門は疲れ果てた顔にも、なんとか笑顔を浮かべていた。
「ええ、交渉次第ですな。財宝を奪うか、その代償の金額を払って見逃してもらうか、そこは交渉ですよ。彼らとて、財物を奪ってそれを金銀に換える手間が省ける」
この国の「カイゾク」とは、我われの国のピラータとはかなり違うものらしい。ピラータに襲われたらこのような交渉の余地などない。ただ一方的に強奪し尽くされ、船は沈められてしまうのが落ちだ。このような略奪集団でさえ、この国のそれには霊性の高さを感じる。
それにしても、彦左衛門の懸命の尽力には、感謝しても感謝し尽くしきれないと私は思っていた。するとヴァリニャーノ師がフロイス師に聞いた。
「彼はいくらお金を払ったのですか?」
「三十七両といっていたから、約百五十クルザードですね」
「おお、そんな大金。教会の方から必ずお返ししますと伝えてください」
そこでフロイス師は立ち上がって、彦左衛門の方へ行った。
「あのう、先ほどのお金は」
「ああ、あれ。あれはいいんや。皆さんの命代だし、しかもわしの命代も入っちょる。気にしなんな」
「いえ、そういうわけには」
「いいですけん! いらんっちゃ」
あとは彦左衛門は何を言っても笑ってごまかしていた。
私は、感動のため息をついていた。
かつてエリコへの道で盗賊に遭い、傷ついた旅人を救ったのは誰だったか…当時の彼らが異邦人として蔑んでいたサマリア人ではなかったか。そして今、我われを命を懸けて救ってくれたのは異教徒だった。しかもキリスト教会をよく思っていない一向宗の門徒だった。
イエズス様は言われた。「いずれか強盗に遭いし者の隣人となりしぞ」と。彦左衛門という一向宗の門徒は、まさしく我われの隣人となった。「己のごとく汝の隣人を愛すべし」とは、古いイスラエルの掟ではある。しかし、こうしてイエズス様によって新しい命が吹き込まれた言葉は、こんな地球の裏側の地でもその息吹を感じさせるのであった。
フロイス師も戻ってきた。私はそんなふうに考えていたことを、ヴァリニャーノ師に語った。ヴァリニャーノ師もうなずいていた。
だがそこへ、フロイス師が口をはさんだ。
「たしかに、まずは多くの櫓の漕ぎ手を乗せていたのは正解ですね。そして何よりあの船頭さんの懸命の努力で我われは難を逃れた。我われの船が小さくて岸辺近くを逃げられたということも幸いしたけど、でも、堺がもう少し遠かったら危なかったかもしれない」
そして小声の早口で、言った。
「あの船頭さんも、我われのためというよりも大友のドン・フランシスコへの忠義のために我われを守っただけかもしれませんがね」
どうにも余計な付け足しを言ってくれるものだと私は思った。ヴァリニャーノ師にはイタリア語で言えばよかったと後悔もした。
だが、もしここにカブラル師がいたらその付け足しの部分が肥大して、話はそこに終始しただろうなと思うと私は思わず苦笑を洩らしていた。
「さあ、みなさん。上陸ですっちゃ」
そう言う彦左衛門の声に、我われは勢いよく立ちあがった。




