Episodio 5 La montagna della Vergine Maria(聖母マリアの山)
1
ここ数日ばかり雨の日が続いていたので道中の天候が心配だったが、出発当日はよく晴れていた。
一行は有馬の港から、殿が用意してくれた日本式の船に乗った。ポルトガルのナウ船だと、対岸に寄港できる港がないのだ。
ポルトガル船に比べたら小舟としか言いようのない船で、乗組員は船頭と呼ばれるカピタンの老人が一人のみであった。カピタンでありながら帆に風を受けるのも、櫓を漕ぐのもこの老人一人である。
顔つきは老人だから少し心配していたが、いざ舟が沖に出ると、その機敏な動きはまるで若者のようであった。この老人も信徒だということだ。
船上では、「バテレン・サマ、バテレン・サマ」と言っては、いろいろと話しかけて来てくれた。
だが残念なことにこのメンブロの中には日本語が流暢な人はおらず、聞き取れた単語にのみ片言で返答するなどして、あとは適当にあいづちを打っていた。
当然、この船頭と我われ以外に船上に人はいない。ほかには上陸以降に我われが乗る馬が五頭、それだけでもう船は満員状態だった。この馬とて有馬の殿が貸してくれたもので、かつて私がポーネイと間違えた日本の馬である。
船は帆に風をいっぱいに受けて順調に進んだ。海面はまるで鏡のようである。しばらくは陸地沿いに北上していた。だが、目指す対岸は、右前方にすでに見えている。
やがて船頭が左側の陸地の前の方を指差して言った。
「じき雲仙ば見えてきよりますたい」
ウンゼンとはかつて有馬の殿の城のいちばん高い所まで登った時に、山々の間から微かに頭だけ見えた岩だけの高い山だ。それがもうすぐ見えてくるという意味のことを船頭は言ったらしい。
たしかに船頭が指さした方を見ていると、船が岬を回って進むうちにあの岩の山がその雄姿を次第に現していった。近くで見ると、かなりの高さの山である。この国の山としては珍しく緑は麓までで、上の方は岩肌となり、そしてヴァリニャーノ師が火山であると言った通りに頂上からは白い煙が噴き上げられていた。
ヴァリニャーノ師やトスカネロ兄の故国ナポリにはヴェズーヴィオという壮大な火山があるが、私は火山を見るのは生まれて初めてだった。立ち上がってその姿を見ていると、脇に座っていたカブラル師が私を見上げた。
「今回の旅の途中では、もっとすごい火山がある」
そしてそう、にこりともせずに言った。これから行く道はカブラル師にとっては何度往復したかわからない道だろうが、カブラル師以外つまりヤスフェも含めて総勢六人のうち五人にとっては全く初めての行程である。
船は舳先を雲仙火山に背を向ける形に旋回して、それからは進めば進むほど雲仙は遠のいていった。
行く先の大地はこの国にしてはこれまた珍しく平らな土地が広がっているようだが、左手はちょっとした山となってそびえ、右手も少し遠い海岸線の先に山がある。平らな大地にもところどころに丘陵が見え、大地の果てにはまた山脈が横たわっていて地平線などは見えない。
この国ではどんなに広い平地でも必ず山に行きあたり、果てしない大地などという風景は全く存在しないようだ。
その大地に船はゆっくりと近づいていく。かなり日が昇ってから出発したのだが、昼頃にはもう船は目的地の小さな漁村に船は入ろうとしていた。
振り返ると、海の向こうに雲仙はかなり小さくなってはいたがまだはっきりとその姿を横たえていた。
「そいぎなあ、バテレンさまどん、ご難なく行ってきまっせ」
我われが上陸すると、そんな言葉を残して船頭は船を返していった。何と言っているのかよく分からなかったが、我われは皆、日本式に腰を折って船頭に向かって頭を下げ、ヴァリニャーノ師が代表して日本語で言った。
「かたじけのうござった」
ここからは陸路を馬で行く。カブラル師の話では、約一週間の旅になるという。
「とりあえずは隈本まで行きます」
自然とこのペルコルソの経験者で、旅慣れているカブラル師に従うことになる。ヴァリニャーノ師としてはおもしろくないのではと思ったが、さすがに我が師はそのようなそぶりは見せない。
「お願いします。我われを間違いなく豊後まで連れて行ってくださいね」
そんな冗談を言いながら笑っている。だが、相変わらずカブラル師はにこりともしなかった。
カブラル師の馬を先頭にヴァリニャーノ師とメシア師が馬を並べ、次に私とトスカネロ兄、そしてそのあとを徒歩のヤスフェが続く。
ヤスフェは少し早足を余儀なくされたが、その頑強な体躯で難なく馬と歩調を合わせて歩いていた。
そして、まだ日が高いうちに集落が見えてきた。集落の真ん中あたりに小高い丘があって、石垣と白い塀が見える。どうやら城らしいが、それほど大きい城ではなさそうだった。
「この城の殿の城殿は、大友殿と盟約をしている。だから、今日はこの城に泊めてもらえます」
恐らくカブラル師はこれまでもそうしてきたのだろう。だから従っておけば間違いがないのは事実だ。
果たしてその通り、殿の城殿は異教徒ながらも友好的に我われを迎えてくれて、食事と寝室を提供してくれた。
ヤスフェに関してはヴァリニャーノ師が従者である旨を説明したので、屋敷の外の庭にある従者の小屋に案内されていたようだ。殿には会わせていないので、ヤスフェが全身黒い人種であることを殿は知らないだろう。
翌日もいい天気だった。道の左右は平地からだんだんと丘で視界が遮られるようになるが、山道というような道にはならなかった。馬上の我われは、ほとんど会話をしなかった。カブラル師以外の初めて見る光景の中を歩む五人は、ただひたすら風景に目を楽しませて進んだ。
夕刻になってたどり着いた集落で、カブラル師は慣れた足取りで一軒の家に入っていった。
出てきた中年の痩せ男は、カブラル師を見ると相好を崩した。
「おいでなはりまっせ! 久しぶりですな!」
「世話になります」
と、カブラル師がたどたどしく日本語で言うと、我われは二階の部屋に通された。ただ、ヤスフェだけはこの家のすぐそばの、道から少し森の中に入った木の元に座り込んでいた。彼はそこで野宿するようだ。
食事の時にヴァリニャーノ師は先ほどの痩せ男の妻と思われる女を呼んだ。
「ニギリメシ、みっつ、お願い致す」
師は一所懸命日本語で言って頼んでいた。果たしてそれが外で警護兼仮眠をとるヤスフェの分のようだった。
「ここは何ですか? どういう家ですか?」
メシア師がカブラル師に、食事をしながら尋ねた。
「ここですか。宿屋ですよ」
カブラル師の答えに、私は驚いた。日本にも宿屋というものがあるのだ。
「お金さえ払えば、泊める人を分け隔てはしない。例え我われのような異人種であっても。それが商売というものですな」
私はてっきり毎日野宿するものだと思っていたので、昨日の城といい今日の宿屋といい、思いがけない幸運に感じられた。やはり日本という国は我われが思っている以上に文明が発達した国なのだなと実感した。
だが、我われのほかに泊まっている客はほとんどいないようだ。これで商売が成り立つのかどうか心配になったが、カブラル師の話だとここの主人は農民で、そちらが本業だということだった。
たしかに宿屋は昼間は暇なのだから、その間に十分農作業はできる。
だがやはり、この国は旅人は少ない。ここに来るまでの街道で、すれ違った旅人はほとんどいなかった。たまに商人と思われる一団が、集団となって荷を押して旅をしているくらいだ。国内で互いに戦争をし合っているという状況が状況なので、物見遊山の旅という概念はないのだろう。
翌日、出発時にカブラル師が支払いをしていた。日本の貨幣だった。私はまだそれを見たことがなかったので、一枚見せてもらった。
真ん中に四角い穴があいているのが奇妙といえば奇妙だが、初めて見るはずの日本のお金なのに私には見覚えがあった。四角い穴の上下左右にチーナの文字が一文字ずつ書かれている。このお金は、マカオで見たチーナのお金と同じものだ。チーナの貨幣が日本でそのまま流通しているらしい。
その翌日が、今回の旅で最大限に我われの目が楽しんだ一日となった。
時々ある緑の山を縫うように避けて道は続いていたが、やがてちょっとした峠を越えると、右前方に一連の山脈が横たわっているのが見えてきた。昼ごろまで歩くと、どんどんその山脈が近くになる。それでもまだ遠いので緑の山なのか、上の方に木々はないのかは分からなかったが、それでも近づくにつれ山頂近くは緑に覆われてはいないことが分かってきた。
宿で作ってもらった竹の皮に包んだ握り飯、すなわちご飯を手でパーラ状に固めて竹の皮に包んだものを手づかみで食べた。この国では何でも箸で食事をし、食物に一切直接に手を触れないものだが、こういった例外もあるようだ。
我われにとっては手づかみの方が慣れているわけで、抵抗はなかった。
午後になると、道の両側は視界が一段と開けてきた。日本にもこんなにも広い土地があったのかと思うくらい開放的な平地が広がってはいるが、その周りははるか遠い所で見事に山に囲まれていた。
「ほう!」
感嘆の声を挙げてヴァリニャーノ師が馬を止めると、見慣れているせいかそのまま進んでいこうとしていたカブラル師をはじめ、皆もが馬を止めた。
「絶景だ」
ヴァリニャーノ師は目を細めてつぶやいていた。平らな土地は道の左手の方には水田も見えた。だが右側はそのまま短い草に覆われた草原で、それがなだらかな斜面となって午前中から見えていた一連の高い山脈に続いていた。山脈は、今ではもう、道の右手に横たわっている。
「あなたが言っていたもっとすごい火山とは、これですか?」
ヴァリニャーノ師はカブラル師に聞いた。
たしかに火山らしく、白い煙も見えた。
「そうでうす。あれが阿蘇です」
カブラル師は言った。山脈は峰が五つほどあり、煙を噴いているのはその左から三番目だった。いちばん左の峰は少し独立し、二番目の峰がいちばん高かった。おととい、海上から見た雲仙とほぼ同じくらいの高さではないかと推測される。
「おお、ここは日本のヴェズーヴィオだ」
ヴァリニャーノ師が言うと、トスカネロ兄も馬を少し進めてヴァリニャーノ師の隣まで行った。
「たしかに!」
「ヴェズーヴィオもこんな感じなのですか?」
私はそう尋ねてみた。
「そうだよ。ヴェズーヴィオの方が峰の数は少なくて二つだが、高さも同じくらいだろう」
その時、その背後でメシア師が叫んだ
「マリア様!」
驚いてみんながメシア師を見ると、メシア師は少し興奮しているようだった。
「皆さん、よく見てごらんなさい。マリア様が寝ておられる。いちばん左の山が頭で、お胸も御み足も」
そう言われてみれば、確かにそう見えなくもない。それは単に形状のことだけではなく、あまりの神々しさにそう感じてしまうのかもしれない。
この広々とした大草原が広がるこの国としては珍しい開放的な空間という風景に、造物主の偉大さに思いを致し、畏敬の念に打ちひしがれてしまう。
しばらくそれを眺めていた我われだったが、やがてカブラル師に促された。、
「そろそろ、行きましょう」
それでも、いつまでもマリア様の寝姿がずっと我われを見守ってくれている、そんな中を我われは進んでいった。
私は日本に来てから、日本の印象といえば緑が鮮やかで明るく美しい、そして細部にわたるまでこまごまとした自然の息吹に包まれた実に繊細な美しさだと思っていた。
だが、ここに来てはじめてこの自然を形容するのに、雄大あるいは壮大という言葉を使わねばならなかった。
それはこれまでの日本の自然の美を表すのには、使ったことのない言葉だった。そしてこういった大自然の造形を見るにつけ、そこに大いなる息吹、天地創造の大み業に思いを馳せざるを得なかった。
2
夕方までには阿蘇の山脈もほんの少し遠ざかっていたが、それでもまだその雄姿を十分に拝める位置にあった。街道は草原を抜けて木々が茂る森や丘の間を通るようになっていたが、全く集落も見えないうちに日が暮れてしまった。
さすがに毎日屋根の下で寝るわけにもいかず、今夜は最初に覚悟していた通りの野宿となりそうだった。
食料はこういう時のために準備していたパンを乾燥させたものを、ほんの少し水に浸して食べた。あまり水に浸しすぎるとどろどろになって食べられたものではない。まだ少しかりかりと歯に当たるくらいで食べるしかなかった。
昼間はまだ夏の名残で日差しも強く汗ばむことすらあったが、夜はかなり涼しくなってきている。それでもまだ、野宿するのに寒さを覚えるほどではなかった。夕方、日が沈むとそれを追うように大急ぎで細い月も沈んでしまったので、全くの闇夜となってしまう。
それで、街道から少し離れた森の中にそれぞれが適当な木を見つけ、それに寄りかかる形で早々に寝ることにした。空は満天の星だが周りは静まり返っているどころか、夜の虫の大合唱でうるさいくらいだった。
そんな中でも体を横たえているうちに、昼間の疲れでうとうとし始めた。
どれくらい寝ただろうか、
「誰か来ます! 起きて!」
カブラル師がひそかに叫ぶ声で目を覚まさせられた。何ごとかとまだぼーっとしている頭で目を開けると、カブラル師はすでに機敏に立ち上がって周りを窺っていた。さすがにそのあたりが、元軍人だった。
すると、暗闇のはずの一角に灯りが見える。木の切れ端に火をともしただけの松明だ。その向こうには、いかにも筋肉たくましそうな男が数人、松明の明かりにひげを光らせている。その連中の目にも、我われの姿は映ったらしい。最初は不思議そうに松明の光を当てていた。
「これは!」
やがて、その中の一人が声を挙げた。
「キリシタンのバテレンごたる! こりゃあめずらしかもん、ほういっぴゃ持っとっとよ」
それに別の声が続く。
「こらぁおもさん懲らしめて、金めんもんば巻き上げたれ。こいつらん服だけでん高く売れっと」
何と言っているのか全く分からない。分からないだけに恐怖は募る。分からなくてもこの者たちが盗賊であろうことは明らかだ。
カブラル師はもう近くの木の棒を拾って、臨戦の構えだ。
ヴァリニャーノ師は胸に下げた十字架を握って、祈りを始めていた。私を含め、他の二人もヴァリニャーノ師に倣って十字架を握り、戦おうとする者はいなかった。
その時、脇から別の声がした。
「なんばしよっとね、わい! 手出しでくっもんなら、してみ! 地獄さん落ちたかとね」
こちらも何を言っているかわからなかったが、どこかで聞いたような声だった。次の瞬間、盗賊たちの前に声の主の巨大な黒い影がぬっと出た。
「ばっ!」
そう叫んだ盗賊たちの動きは止まり、何歩か後ずさりしているのが分かった。尻もちをついているものもいる。
「お、鬼たい! 鬼たい! 鬼が出よった!」
松明を放り出して、途中で何度も転びそうになりながら、盗賊たちは転げるように一目散に逃げていった。
黒い影がこちらを振り向いた。
「皆さん、お怪我はありませんか?」
ポルトガル語だった。盗賊が落としていった松明に照らされたその顔は、なんとヤスフェだった。
さすがにカブラル師も、肩で息をしていた。誰もが深くため息をついた。
「やつらはもう来ません。私を鬼、すなわち悪魔だと思っていますから」
そう言って、ヤスフェは笑っていた。
「ありがとう。助かった」
ヴァリニャーノ師はヤスフェに礼を言ったが、カブラル師は苦笑していた。
「このような奴隷でも、いるだけで悪魔除けになるものだな」
それだけ言って、もう元の位置に戻って横になっている。他のものもそれぞれに、無事であった感謝の祈りを星空に向かって唱えると、すぐに横になって寝息を建てていた。
だが、このようなことがあって、私はすぐにまた寝つけるものではなかった。だいぶたってから、体を起こしてみた。するととおくに細々とした松明の灯りが見えた。そばにヤスフェが座って、夜空を見上げていた。
私は音をたてないようにそっと手さぐりで歩き、ヤスフェの元に近づいた。私がそばに来るとヤスフェはすぐに立ち上がろうとしたが、私はそれを手で制した。
「そのまま、そのまま」
そして私も、ヤスフェのすぐそばに腰を下ろした。
「神父様、どうしました?」
驚いたような様子のヤスフェだったが、実は私の方がかなり驚いていたので、それでヤスフェの姿を見てこうしてやってきたのである。
「いやあ、先ほどは本当に助かった。ありがとう」
「私は警護ですから、当然のことです」
「実は、それで一つ聞きたいのだけれど、君がポルトガル語をこのようにぺらぺらしゃべるだけでも驚きなのに、なんと日本語までしゃべれるのかい?」
ヤスフェは、照れたように頭をかいた。
「日本のことわざに『モンゼンノコゾー』というのがあります。『聖人の召使いはラテン語を引用する』というのと同じ意味で、まさしくそれですよ。私は神父様の皆さんのように忙しくない。暇ですから、神学校の庭の草を刈ったり掃除をしながら、窓の中から聞こえてくる日本語の授業を全部聞いていました。私がポルトガル語を覚えたのも、ゴアで同じように学院の庭の掃除の時です。でも日本語に関しては、私にとって本当の先生は子供たちです」
「子供たち?」
「神学校に来る信徒の子供たちは、ミサが終わったらいつも私を見つけて私と遊ぶのです。最初は珍しいから近寄ってきたのでしょうけれど、子供たちは純真ですな。大人は私を恐がりますけれど」
「ああ、そういえば私も」
私は苦笑した。私も初めてヤスフェを見た時は悪魔と間違えたのだった。
「まあ、あのときは夜で暗かったですからね」
思った通りに、今は笑い話になっている。
私は夜空を見上げた。そして、遠くに問いかけるように聞いた。
「ヤスフェ。故郷の島を思い出すことはないのかい?」
「はい。時々、懐かしくなります。でも、ヴァリニャーノ神父様と一緒にいるようになってから、故郷の島では味わえないような満ち足りた生活ができるようになりました。むしろ『天主様』に感謝しています。総てが『天主様』のみ旨のままですから」
さらに私は驚いた。彼は語学だけではなく、公教要理《カ テ キ ズ モ》も学んでいるのか。そういえば「天使祝詞」もすべて暗唱していた。
「これも、『モンゼンノコゾー』ですよ。ヴァリニャーノ神父様は私に福音書もくれました。それも読んでいます。しかし奴隷ですからね、洗礼は受けられない」
「奴隷……」
「はい。私は奴隷です。私の島にある日ポルトガルの船が来て」
また、あのモサンビーキで聞いた女の歌を思い出した。ヤスフェは前を見たまま、私が聞こうと思ったけれども聞くのを躊躇していたことに関して、まるで私の心を察したかのように自分で語りだした。
「ポルトガルの商人たちが島の男たちに船の中を見学させてあげるからといって、我われは珍しがって船に乗りました。そうしたら船は我われが降りる前に勝手に出航していったのです。乗っていた何百人もの島の男たちは、そのまま奴隷です」
ヤスフェはため息をついた。
「でも私は、連れて行かれたゴアという町で、ヴァリニャーノ神父様に出会った。神父様はお金を出して、私を買ってくれたのです。でも、神父様は私を奴隷というよりも友人のように接してくれて、身の回りの世話を言いつけました。表向きは奴隷でしたけれど、何の足枷もはめられることなく、鞭で打たれたこともありません。これが『天主様』の特別な恩寵でなくてなんでしょうか」
奴隷ということで、長らく忘れていた別のことを、私はふっと思い出した。
マカオの港で、カブラル師たちが乗って日本から着いた船から、鎖につながれた女たちの集団が降りてきたのを目撃していた。運命を呪い泣きわめきながら船から降ろされていた女たちは、日本人だったのだろうか? 日本から着いた船から降りてきたのだ。かなりの数だった。しかもあの待遇は、まさしく奴隷のそれだった。
思い出したくないから忘却の彼方に押し込めていた記憶が不意に甦って、私は少々気分が悪くなったのでそろそろ寝るとヤスフェに告げてその場で立ち上がった。
3
翌日は日曜日だった。
旅先なのでまともなミサは挙げられないが、見晴らしのいい高台の上で、ヴァリニャーノ師の司式で主日の野外ミサを執り行った。昨夜の盗賊の難から逃れ得たことへの感謝を捧げるという意味もあった。聖歌を歌うところは、歌詞を言葉で唱えるのみとした。
そのあと、すぐに出発した。
カブラル師の話だと、この後の道筋には二つの選択肢があるという。
一つは朽網という村落に一泊するコルソだ。朽網には三百人ほど信徒がいるので、宿泊には困らないとのことだった。
もう一つは信徒はいないが、大友の殿の有力な家来、つまり大友殿に仕える重臣の志賀殿の城である岡城というところで、その殿に挨拶がてら立ち寄るという案だった。
ヴァリニャーノ師は、後者を選択した。信徒の住む村というのも行きたいが、岡城のコルソだと、自然とその後に三重、野津という順でこれも信徒の多い村にそれぞれ投宿することになると聞いたからだ。しかも、野津には司祭館があるようだ。
朽網だとそのあと府内までそのような村はなく、下手をしたらまた野宿だ。
由布というところにも信徒は若干いるが、由布に寄るとなるとかなり遠回りになるとのことだった。
朽網に行ってから岡城という手もないことはないが、これもまたかなりの遠回りを強いられるというので、採用されなかった。
カブラル師にとっても朽網は、一昨年の豊後と薩摩の戦争の時に、豊後に攻めてきた薩摩の兵を避けて府内の教会ごと一時避難していた場所で、しかもその避難の時に途中で昨日のような盗賊に遭い、あの時は寸でのところでで命を落としかけたというから、あまりいい思い出はないとのことだった。
われわれは、その岡城を目指して馬を進めた。まだ阿蘇の山は我われの後をずっとついて来ていたがやがて小さくなり、昼ごろに峠を越えるともう見えなくなった。
街道はまた山間の道となったが、それほど高い山はなく、左右は緑の森に覆われた丘という程度だった。時々パッとわずかながら平野が開けたりした。水田の稲穂はすっかり生長し、風が吹くと緑の波のように見えた。
そして夕刻にはちょうど、ちょっとした町に着いた。カブラル師はさすがによく知っている町らしく、さっさと馬を歩ませていく。
ところがカブラル師の馬は町を通り抜けて、街道からも外れ、山へ登る道にさしかかった。そして馬上から振り向いて言った。
「もうここは大友の殿の領土です。今朝がた話した志賀殿の岡城に向かいます」
山道は何度も曲がりくねりながら延々と続いた。くねりながらもどんどん深い山へと登っていく。道の両脇に石を積み上げた壁、すなわち石垣が見えたので、ただの山ではないことは分かった。
やがて、城門が見えた。かなりの高さまで登ってきており、時々木々の間からは二本の川に挟まれた山間の町や、遠くの山々までが一望できた。有馬の殿の城よりもかなり高い山にある城のようだ。
城門を守る兵士は、カブラル師を見るとすぐに通してくれた。もう顔なじみのようだった。
ヤスフェの身はこの城の兵士に託した。隈本の時はヤスフェが日本語を話せることを知らなかったから、うまく寝泊まりできる場所がもらえたか心配だったが、もう今はヤスフェが自分で兵士と交渉して寝床にありつけるであろうことは心配いらなかった。
そして我われは一宿の恩義を賜るための挨拶のため、大広間で殿とその妻を待った。やがて現れた殿は四十歳くらいに見えたが、武士の格好ではなく異教徒の僧侶の服装で、頭も剃髪していた。
「遠路はるばる、御苦労である」
そのひと言に、我われは足を汲んで尻をついて座り、手を突いて頭を木の床板につけた。
「今夜一夜であるなら苦しゅうない。ゆるりと過ごされよ」
にこりともしない。尊大な態度である。ほとんど友人かあるいは我われの方を師として立ててくれる有馬の殿とは大違いで、また異教徒でも隈本の殿はもっと親密に接してくれた。
さらには、その脇にいた妻が我われを見る目には、敵意さえ含まれているような気がした。信徒である大友の殿の重臣にしては、我われに対する態度がとげとげしい。
私は、あまり愉快な気持ちではなかったが、泊めてもらえることはありがたいことだった。
殿への挨拶は、ほんの短い時間で終わった。あとは武士に案内され、城の中の別の建物の一室に通され、食事も給してくれた。食事をしながら私は腑に落ちないでいることを、カブラル師に聞いてみた。
「あの妻は、どういう人なのです?」
「あれは、大友のドン・フランシスコの娘ですよ」
「え?」
ドン・フランシスコはこの豊後の領主の父親で、我われのよき理解者であり庇護者でもあり、熱心な信徒であるばかりでなく教会の友人だと聞いている。あの妻は、そのドン・フランシスコの娘なのだという。
「信徒なのですか?」
あの敵意を含んだような目からすればそうではないことは分かっていたが、一応聞いてみた。果たして、カブラル師は首を横に振った。
「クリスタンどころか教会の敵です」
それから私だけではなく、食事をしている全員に向かってという感じでカブラル師は話を進めた。
「母親がまずいのですよ。彼女はもうすでにドン・フランシスコからは離縁された元妻の娘なんです。その母親というのがものすごい教会嫌いで、だからドン・フランシスコも信仰を守るために彼女を離縁し、今の妻のジュリアを娶ったのです。そのもとの妻はまさしく教会の敵、悪魔の手先です」
そこまで言うかと私は思っていたが、カブラル師は真面目な顔だ。
「豊後の教会では彼女、つまりドン・フランシスコの元妻のことをジェザベルと呼んでいます」
「霊名なのですか? 一度は洗礼を受けたのですか?」
トスカネロ兄が聞いた。めったに笑ないカブラル師が、ほんの少しだけ苦笑した。
「そんなわけはありませんよ。ジェザベルというのは霊名ではなく、我われが勝手につけたあだ名です。ほら、『列王記』の」
つまり古代イスラエルのアハブ王の王妃でありながら、異教徒であり、ユダヤ教やその預言者を迫害したことで有名だ。
「そんな人の娘ですからね。しかもいくらドン・フランシスコの娘でもあるとはいっても、実の娘ではない。ジェザベルはドン・フランシスコとは再婚で、前の夫とは死別している。ここの殿の妻はその前の夫の間にできた娘で、つまりジェゼベルの連れ子なんです。だから、我われを快く思っていない。殿の志賀道易殿もボンズ、すんわち異教徒の僧、我われでいう司祭に当たりますか、そういう立場ですからね。もっとも本物の僧ではなく、俗世間にいて僧と同じ格好をしているだけで、日本語ではそれを入道といいますけれど、とにかく異教徒だから本当は我われを泊めたくはない」
今回の旅に出てから、カブラル師がこんなにもしゃべったのは初めてだ。
「でも、追い返したとあっては主君である大友殿に対してまずいことになる、ただそれだけの理由ですよ。だから我われも、明日には早々に立ち去りましょう」
「ま、そうでなくても我われは先を急ぐ身だから、何日もこの城に逗留することなどできはしませんがね」
ヴァリニャーノ師が口を開いた。また、カブラル師は黙って、ひたすら食事を続けていた。
4
ところが、その夜更け、我われがもう寝ようかとしていた頃である。
廊下の方で小さな足音がした。
「バテレンさま、お頼み申します」
さらにそんな日本語で声がした。
ヴァリニャーノ師はカブラル師の顔を見たが、カブラル師はうなずいた。
「どうぞ」
カブラル師が日本語で言うと、襖という木と紙のドアが横に開いて、その外の廊下にはいい身なりの少年が座っていた。
だが、少年とはいっても腰には短い刀を差しているので、もう一人前の大人として扱われている身分のようだ。そしてその後ろには、薄い紅の着物を着た髪の長い少女も座っていた。
「中へ、お入りあれ」
カブラル師が日本語で言った。
中へ入って我われの前に居を正して座った少年は、まずは手を突いて我われに礼をした。少女は並んでではなく少年の斜め後ろに座って同じようにしている。少女の方が、少年よりも年は上のようだった。
「拙者はこの城の城主、志賀道易が嫡子、志賀太郎親次と申すものでござる。こたびはバテレン様方に、折り入って頼みたき義が」
それを、カブラル師は手で制した。
「あのう、もう少し、ゆっくり、話してください」
たしかに、あれではここにいる誰もが聞き取れないだろう。少年は言われた通り、同じことをもう一度ゆっくりと繰り返した。それによると、この少年はあの道易という殿の長男ということになる。
「わかりました。殿の息子さん…ですね。頼みとは、なんでしょうか」
トスカネロ兄の通訳を聞いたヴァリニャーノ師はそう答え、それをまたトスカネロ兄が日本語で少年に伝えた。。少年は、声を落とした。
「拙者を、キリシタンにしてください」
「ほう」
この場にいた司祭全員が驚きの声を挙げた。ヴァリニャーノ師も、しばらくはどう答えていいかわからないようでいた。
「きっかけは、何ですか?」
やっとそれだけ言ってトスカネロ兄に伝えてもらうと、少年は後ろに控えていた少女を示した。
「この娘は府内の殿の奥方にお仕え致していたが、わけあって暇を取り、当地に流れ着きました。この娘はキリシタンで、いつも十字を切ってひざまずいて祈っとりました。拙者、その仕草が異様なゆえ興味を引かれ、キリシタンのことをいろいろ聞くうちに、どうしても洗礼を受けたいと思うようになり申した。コンタツもメダイも手に入れ、マリア様の御絵も祀って毎日受洗の恵みが頂けるよう祈っており申す」
それを聞いたヴァリニャーノ師は、少女に目を向けた。
「あなたは?」
「はい。鶴と申します。霊名はイザベルと頂戴しちょります」
ヴァリニャーノ師はしばらく考えていた。そこへカブラル師が目配せをして軽く首を左右に振った。すると少女は、そのカブラル師を見た。
「カブラル様。うち、バテレン・カブラル様に洗礼を授けてもろじゃったんじゃが、覚えとられませんか?」
暫く考えてから、カブラル氏は直接日本語で言った。
「申し訳ない」
「たしかに、大勢で一緒にやったけん」
少女はそれについてはそれ以上言及せず。室内の司祭全員に向かって言った。
「今日はお城にバテレン様方がいらっしゃっちょると聞いて、お懐かしくてお会いしちえと思っちおりましたら、太郎様がバテレン様方に会いに行くとおっしゃるけん、ついてまいりました。どげんか、太郎様の願いをお聞き届けください。太郎様はもう、総ての祈りも暗唱されております」
やはり殿といわれる家族やそれに仕えているものの言葉は、庶民のように方言がきつくないので聞いていて分かりやすい。
しかし、ヴァリニャーノ師はまだ何か考えていた。そして、ゆっくりと口を開いた。
「洗礼は、すぐには受けられません。まずは、バテレンの説教を聞いて、カテキズモを学ばないとなりません」
「でも、太郎様はうちがバテレン様から聞いたことは、全部話しましたけん」
「いや、それでは」
「親の二人はどう言いますか? 認めますか?」
カブラル師が口をはさんだ。
このカブラル師の日本語の直接の問いには、太郎少年もイザベルも、あからさまに顔を曇らせた。そして、やがて太郎少年が弱々しく言った。
「何とかなります」
カブラル師は首を横に振り、ヴァリニャーノ師に向かってポルトガル語で囁いた。
「あの母親では無理ですよ。さらにその母親のジェザベルが背後にいますから。この太郎殿の叔父にあたる府内の殿もその妻も完全に公教要理も学び終えて、洗礼の準備までしていたのに結局は実現しませんでしたからね」
「それは、あなたが理由をつけて洗礼を引きのばしたのではないのですか? そのように私は聞いていますが」
ヴァリニャーノ師が穏やかに言った。カブラル師は不快な顔をした。
「冗談ではありません。そんなことをして何の得がありますか? すべてはジェザベルです。本当は夫婦二人で洗礼を受けたかったのでしょうが、殿はその時戦争に行っていましたから、まず先に妻の洗礼をということで準備をしていたのです。そうしたらそこへ母親の嫌がらせや妨害やら、挙句の果てには教会に火をつけて我われ司祭を皆殺しにするために軍隊を派遣するなどと脅しまでかけて来て、しかもただの脅しではない証拠に実際に教会に危害が加わりかけたのですよ。そこでフロイス神父とも相談して、ここはひとつ穏便に収めようと、洗礼式は延期してその代わりに殿と妻の受洗の恵みを祈るミサに切り替えたのです。私の独断で延期したのではないということはお分かりいただけましたか」
ヴァリニャーノ師はそこまで言われたら何も言えなかった。そして、部屋を訪ねて来ている太郎少年とイザベルに気を使った。二人ともポルトガル語はまるでわからないはずだから、終始無言できょとんとしていた。ことの当事者でありながら、まるで取り残された形だ。
そこでヴァリニャーノ師は二人に向かって言い、トスカネロ兄に伝えてもらった。。
「とにかく、あなたの気持ちは分かりました。我われはこれから府内に行きますので、府内の教会のバテレンたちに話しておきます。今日はもう帰りなさい」
そう言われて太郎少年だけ、深く一礼して立ち上がった。だが、イザベルは残った。
「私のお願いもあります。この地にはうちのほかにキリシタンはおりません。だから教会もありませんし、ここに来てからもう府内の教会にも行かれなくなりました。だから、罪の告白も聞いてもらえません。今、お願いしたいのですが」
告解の秘跡は、相当の語学力、それも聞き取り能力がないと厳しい。だから、皆が躊躇した。
「仕方がない。私が行くしかない」
ポルトガル語でつぶやいてから、カブラル師が立ち上がった。カブラル師はイザベルを適当な別室に連れて行って罪を聞き、やがて一人で戻ってきた。
「さて、どうしますか」
カブラル師は床に座ると、開口一番そう言った。
「状況はさっき言った通りです。府内の殿の妻の洗礼式の時は本当にひどかった。私は決して妥協したわけではない。しかし、あの時妻の洗礼を強行していたら、ジェザベルは教会の焼き打ちと我われの殺害を本当に実行しかねない勢いだった。だから延期したのです」
私も、今日の挨拶の時の太郎殿の母親の憎悪に満ちた目を思い出すと、あの母親、そしてさらには祖母がジェゼベルと呼ばれるくらいの人である以上、太郎殿の受洗は今は難しいだろうと思った。
そのことを言うと、ヴァリニャーノ師もうなずいた。
「たしかに、今は難しいですね。しかし希望を捨てずに、『天主』の導きに任せましょう」
とりあえずは決着がついたようだった。だが、カブラル師は鼻で笑った。
「日本人は信用できませんよ」
皆の視線が、カブラル師に集まる。
「府内の殿もどうですか。延期されたならばなおさらに強い信仰を持って、受洗の恵みが頂けるよう祈るかと思いきや、その後信仰心はどんどん薄れて再び偶像崇拝に走るわ、放埓な生活に戻るわで、挙句の果てには父君ドン・フランシスコへの敵対勢力と通じて今回の反乱分子の蜂起の原因をも作った。今でこそ父君のとりなしでなんとか立ち直って、反乱分子を攻撃する立場になっていますけれどね。それだけではない。ドン・フランシスコの次男、つまり府内の殿の弟のドン・セバスティアンは洗礼は受けたけれど一向に信仰は深まらない。また、大友の家の重臣の田原殿が都から迎えた養子のドン・シモンも愛情を注いで信徒として育てたつもりが、この豊後から勝手に飛び出して都に戻り、その後は消息が知れない」
やはりカブラル師の日本人を蔑む思想は、こういった愛情と心血を注いできたのにことごとく裏切られてきたことに由来するのだろうか。そんなことを思っていると、ヴァリニャーノ師が口をはさんだ。
「しかし、あなたはドン・フランシスコを受洗まで導いたというものすごい大きな功績がある。そのお蔭で、豊後では今や一万人近くの信徒がいる。なにしろドン・フランシスコという方は若い時にあのザビエル神父に直接お話しを伺った方だから」
「ドン・フランシスコはキリストの教えよりも、我われの国の珍しい品物や文化に魅了されてどんどんのめり込んできたから、キリストの教えも受け入れやすかった。この国の人びとは、我われの国の文化を知りたがっている。まずそこから入っていくのが早道なんだ。だからあなたのように、」
カブラル師は、ヴァリニャーノ師を見た。
「我われがこの国の文化を受け入れてそれに浸り、そこから教えを説くなどというのは本末転倒だ。この国の文化や風俗習慣などどうでもいい。彼らが我われに合わせればいい。人は皆、珍しいものを知りたがるのです。自分たちと同じような文化を我われが身に付けていれば我われは彼らにとって珍しくもなんともないから、教えを説いたって聞きませんよ」
「まあまあ」
話に割って入ったのは、メシア師だった。
「もうその話は蒸し返さないで。もう今日は遅いですから、寝ましょう」
なんだかまた険悪な雰囲気になりかけたが、メシア師のお蔭でそうならずに済んだので、私は安心した。
5
翌日、出発の前にまた殿に挨拶に行こうとしたが、その必要はないという伝言を武士から受け、我われはそのまま城を後にした。
城をあとにした我われは、山間の街道を東に向かった。次第に道の左右の山は遠のき、かなり広い平地の水田の中を道は進むようになった。それでも、どちらの方角でも遠かれ近かれ必ず平野は山か小高い森に遮られていた。
ちょうど夕刻近くに三重に着いた時は、我われの姿に村人の信徒たちは大騒ぎかつ大喜びとなり、自分の家に泊まってくれと口々に申し出たので、我われは困ってしまった。
そこカブラル師が顔に見覚えのあるものを選んで、泊めてもらうことになった。そして次から次へと信徒たちが挨拶に来るので、我われはゆっくり休めるどころの騒ぎではなかった。
なにしろこの村には教会もないし司祭や修道士もいない。彼らの喜びようは理解できた。
翌朝はすぐそばの井田という村からも信徒は押しかけ、総勢二百名弱ほどにもなった。この日は月曜日で主日ではなかったが、ヴァリニャーノ師は特別に彼らのためのミサを、村の集会所で執り行った。結局、十時ごろまでこの村にいてから、もう一泊と引き留められながらも我われは出発することになった。ここから次の野津まではそう遠くないので、この時間に出発しても夕方までには着けると、カブラル師は言っていた。
たしかに割と早い時間に、野津と思われる集落に着いた。それほど大きな集落ではないので、村の北側に十字架のそびえる司祭館はすぐに認められた。司祭館とはいっても外見はもともとからあったと思われるこの村の家屋で、屋根に十字架が立っていることだけが識別材料だった。
静まり返っている司祭館の入り口で案内を乞うと、出てきたのは日本人の同宿であった。
「バテレンさま!」
我われの姿を見ると慌てて、そう叫んで中へ入っていった。
出てきたのはでっぷりと太った司祭だ。
「おお、おお、下に行っておられたのでは? 豊後にお帰りですか?」
我われの中のカブラル師を見ると、相好を崩してカブラル師と軽くアブラッチを交わした。
年の頃はカブラル師と同じくらいと思われる年配のその司祭の顔を見て、すぐにひらめくものがあった。その同じひらめきはヴァリニャーノ師にもあったようだ、
「こんにちは」
イタリア語で言うと、司祭は驚いたような顔をしてさらに相好を崩した。そして同じくイタリア語で聞いてきた。
「あなたは? もしかして、巡察師?」
「はい」
ヴァリニャーノ師が答えると、司祭は恐縮していた。
「おお、この村に巡察師が来てくださるとは。朽網を通る道は通らなかったのですね」
そして私とトスカネロ兄もイタリア語で挨拶をした。最後のメシア師だけがポルトガル語だった。
我われはすぐに中に招き入れられた。
入るとすぐに司祭は同宿を呼んだ。
「リアンを呼んできてください」
と、同宿に日本語で言いつけると、ヴァリニャーノ師や我われに対して自己紹介を始めた。
「ジョバンニ・バプテスタ・デ・モンテです」
そう珍しい名前ではないにしろ私と同じ名前なので、かなりの親近感がわいた。
我われ四人はカブラル師とメシア師をおいてイタリア語で話をしていたが、すぐにヴァリニャーノ師が気を使ってポルトガル語に切り替えた。
「こちらのモンテ神父は、日本に来られてからもう十八年になられる。この国に関しては私よりも大先輩だ」
カブラル師はモンテ師を我われにそう紹介した。
「去年まで下の天草におられたが、豊後の情勢も落ち着いたので、この司祭館に入ってもらいました」
そこへ、同宿に呼ばれて日本人の老夫婦が入ってきた。そして我々の姿を見ると、まずはカブラル師に頭を下げた。
「カブラル様、お久しゅうごぜえます」
モンテ師はまずヴァリニャーノ師に、その二人を手で示した。
「こちらはこの村の信徒の草分けのリアンとマリアのご夫婦です」
それからそのリアンに向かってモンテ師はヴァリニャーノ師を示した。
「こちrたは遠いローマからはるばる来られた偉いバテレン様だよ」
「これはこれは、ようこそおいじょくれたで」
ニコニコ笑ってリアン老人は、ヴァリニャーノ師をはじめとする我われに深々と頭を下げた。ヴァリニャーノ師も同じようにしていた。
「リアンさんがこの村に福音の灯をともして、今では百五十人くらいの信徒がいます。リアンさんはとても熱心で、説教師になること志願しています」
そしてこの村でも三重の時と同じように多くの信徒が訪ねてきたが、普段教会も司祭もいない三重よりかは、村人たちは落ち着いていた。
その夜は司祭館でモンテ師から今の府内の最新情報を聞いた。
カブラル師が言っていたように、受洗を延期させられた府内の殿、すなわち臼杵に隠居しているドン・フランシスコの長男の五郎殿は一時偶像崇拝に戻り、多くの教会の敵たちに囲まれて生活していたが、ドン・フランシスコとの親子の確執もドン・フランシスコの歩み寄りによって解消して親子は和解した。
そうして近辺の教会の敵たちはドン・フランシスコによって排除されたが、彼らの不満は爆発して、豊後の敵である竜造寺殿とひそかに手を結んで、ドン・フランシスコと五郎殿の親子に対して反乱の兵を挙げたのだという。
その頭目が田原親宏という人物だったが、すでに老人だったその者は病気で亡くなったという。そして息子の親貫が反乱を続けていたが五郎殿との戦争に負けて、今は自分の城である安岐の城に立て籠もって抵抗を続け、五郎殿の軍勢がそれを取り囲んでにらみ合いが続いている状態だという。
それが反乱軍の最後の抵抗であるから、府内の町はおおむね平和を取り戻しているとのことだった。
我われはそこまで話を聞くと、休むことにした。翌日はいよいよ、その府内到着の日を迎えていた。




