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とある司祭(パードレ)の憂鬱(メランコリア) ~聖なる侵略者~  作者: John B.Rabitan
Capitolo 2 Attraversando Kyushu(九州横断)
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Episodio 4 Michele Chijiwa(千々石ミゲル)

                  1


 湾を回り込んで行くと、海の際の小高い丘の上のクチノツの教会が見えてきた。

 なんと、私たちをマカオから運んできてくれたナウ船が、まだ司祭館のすぐそばの港にいかりを下ろしたままだった。その船に乗っていた頃がほんの一ヵ月半前のことなのに、私にはなぜかかなり懐かしく感じられた。


 懐かしいといえば、出迎えてくれたのはロペス師やピアーニ師のほかにマカオでともに叙階を受け日本にともに旅してきた面々で、アリマに来ていて一足先に帰っていたアルメイダ師のほかはやはり一月半ぶりの再会なので妙に懐かしかった。


 御聖堂おみどうでは彼らの手ですでに洗礼式の準備は整えられており、受洗者のチヂワ・ノリカズと授洗司祭のヴァリニャーノ師の到着を待つだけとなっていた。

 まずはアリマのトノのドン・プロタジオに司祭館レジデンツァで休んで頂こうということになったが、ドン・プロタジオは先に御聖堂で到着した旨の感謝の祈りを個人的に捧げたいということなので案内した。


 前に城まで出向いてこのトノに面会した時はかなり形式ばった挨拶となったが、それ以来はもう会って立ち話するくらいのまるで友人のような接し方をこのトノは我われにしてくれた。

 友人というよりもむしろ我われを師と崇める学生のように腰を低く接してくれて、そのようなときには堂々とした領主というよりもやはり少年としての顔をのぞかせる。

 私にも親しく話しかけてくれたりはしたが、どうにもまだ私はその日本語の半分くらいしか聞き取れなかった。

 だが、洗礼を受けるチヂワ・ノリカズはトノの姿を見るや、トノが座っている御聖堂の床の脇に直接尻をついて足を組んで座り、手を突いて頭を下げて平伏している。何やら御礼の言葉を述べているようだ。

 二人はほぼ同じ世代の少年同士なのだが、さすがにその時は我われと接している時とは全然違い、領主としての威厳で千々石少年に殿は言葉をかけていた。

 従兄弟とはいえ城のあるじとそうでないものという立場が違うと、こういう状況にこの国ではなるらしい。


 教会にいる人びとの中に、私はもう一人懐かしい顔を見かけた。ポルトガル人だが聖職者ではない……すなわちマカオのカピタン・モールのミゲル・ダ・ガマだ。彼もここに居合わせていた。

 単に居合わせていただけではなく、なんとミゲル氏には大役があった。すなわち、受洗するチヂワ少年の代父なのだという。


 やがて祭服に着替えたヴァリニャーノ師の入祭で、洗礼式が行われるミサが始まった。

 そういえば私が最初に長崎についての初めてのミサのときに驚いたことがある。聖堂はタタミが敷いているだけで椅子がまったくないのを不思議に思っていたら、なんとこの国ではその畳の上に皆(じか)に座ってミサに参列するのである。普段の生活がそうだが、まさかミサのときまでもとは思っていなかったので驚いた。

 御聖堂は畳があるだけましで、司祭館もほかの部屋は皆木の板張りだ。

 この時も皆が畳の上に座る御聖堂おみどうに、入祭の歌として聖歌隊の合唱が響いた。ところが驚いたことに、聖歌隊も皆日本人の少年だった。

 見事にラテン語で聖歌を歌いあげる少年たちの姿に、真剣にこの国で福音宣教をしたならばやがてこの国はポルトガルにもスパーニャにも引けを取らない強大なキリスト教国になるのではないかということを感じさせられた。


 ミサは進み、洗礼式となった。

 まず、ヴァリニャーノ師がチヂワ少年にラテン語で尋ねた。


「あなたの霊名は何ですか?」


 我われにとっては生まれてすぐに洗礼を受けるのが常だし、自分の名がそのまま霊名でもある。だが、このように異教徒からの改宗という洗礼では、これまでのこの国での名前のほかに霊名がつけられる。

 この国ではその後も生活では従来の名を使うようだが、我われがこの国の人びとを呼ぶ時には信徒の場合はすべて霊名で呼んでいる。例えばアリマのトノもシゲズミという名前があるそうだが、我われは彼をドン・プロタジオとしか呼んでいない。


 今も授洗式を前にヴァリニャーノ師がチヂワ少年に霊名を尋ねたのだが、それはあくまで形式で、彼の霊名は本人とこの教会の司祭たちの間ですでに決まっているはずで、彼はその決まっている通りに霊名を言うだけだ。

 果たして彼もラテン語で言った。


「ミカエルです」


 すなわち、大天使聖ミケーレ(ミカエル)だ。今日が大天使ミケーレの祝日というわけではないから、もしかしたら代父であるカピタン・モールのミゲル・ダ・ガマのミゲルというポルトガル語名はラテン語のミカエルに由来するものだから、その名前にちなんでなのだなと私は思っていた。


 そしてさらなるラテン語での形式的問答の後、チヂワ少年の額が水で洗われ、キリストの光のろうそくが手渡された。



                  2


 翌日には、もうトノも私とヴァリニャーノ師もアリマへ帰ることになっていた。

 慌ただしいといえば慌ただしいが、実は急いで帰らなければならない理由があった。

 そして新しく洗礼を受けたミゲル・チヂワも同行していた。彼はオームラには帰らないそうだ。我われとアリマへ行き、そしてアリマの神学校セミナリヨへ入学する手筈となっているのだという。

 洗礼を受けた以上、我われは彼をその霊名ミカエルのポルトガル語発音でミゲルと呼んでいた。

 アリマに着くとすぐに、私が彼を伴って神学校へ連れて行くようにとヴァリニャーノ師から言われた。すでに夏休みは終わって、学生たちの姿が見える。

 その神学校の一室で、私はミゲルを神学校の教師でもある修道士のバリオス兄(イルマン・バリオス)に紹介した。ミゲルのおっとりとしたような性格をバリオス兄は気にいったようだ。そうしたら、これから早速ミゲルの剃髪をするというので、私は驚いた。

 だいたい私の故郷の国では聖職者は頭の上部を円く刈るいわゆるトンスーラという頭にしている修道会もあるが、イエズス会にはそのトンスーラをする習慣がなく皆普通の頭髪で活動している。

 では、なぜミゲルを剃髪するのかと思っているうち、ふとこの神学校の生徒の日本人少年は全員が頭を丸刈りに剃髪しているのに気がついた。神学生の頭を全部狩り込むなんてことはローマでもポルトガルでもやっていないことだから私は奇異に思った。

 そこでバリオス兄に聞いてみた。


「それがヴァリニャーノ神父パードレ・ヴァリニャーノの方針なのですよ。ボンズというこの国の異教徒の聖職者は、若者が入門すると頭髪をすべて刈り上げてしまうということですからね」


「え?」


 私は怪訝な顔をした。


「ちょっと待ってください。なぜ異教徒の習慣なのに、それを我われもまねするのですか?」


 するとバリオス兄は、うなずきながら言った。


「異教徒の習慣でもなんでも、とにかくこの国の習慣に従うというのがヴァリニャーノ神父パードレ・ヴァリニャーノの方針ですからね。正確には異教徒の習慣かどうかは別として、とにかくこの国で行われていることなら我々も同じようにするべきだということです」


 たしかにヴァリニャーノ師が再三主張している、この国の文化に我われの方が溶け込めという持論にふさわしい処置ではある。剃髪されるのは日本人なのだから、そう抵抗は感じていないようだ。


 ついでに、バリオス兄にもう一つのひと月以来の疑問を聞いてみた。すなわち、なぜこの国のサムライは頭のてっぺんを剃っているのかということである。


「ああ、あれですね。あれは戦争のときに兜をかぶるとすごく暑いから、蒸れないために剃るのが流行っているということだそうです」


 バリオス兄は笑いながらさらりと言った。


 その時、入室の許可を求める声が部屋の外でした。そして入ってきたのは日本人の少年だった。神学校の学生で、やはり頭は完全に剃髪している。

 すぐにバリオス兄がポルトガル語で話しかけた。


「おお、マンショ。来たかね。こちらがこのたび洗礼を受けて、この神学校に入ることになったミゲルだ。仲良くしてあげてくれ」


 マンショと呼ばれた少年も、ミゲルと同じ十歳くらいだ。目元にほんの少し笑みを見せただけで、ミゲルの前に立ったマンショ少年は、どう話しだしていいのか戸惑っているようだった。その意味を察したバリオス兄が言った。


 「日本語でいいよ」


 マンショは言葉少なげに日本語でミゲルに何か言い、ミゲルもひと言ふた言応答していた。

 そしてバリオス兄は剃髪の準備が整うまでのミゲルの世話をマンショに任せ、二人の少年はともに退出していった。

 

 慌ただしいクチノツ行きであったが、早速私はとんぼ返りで戻って来なければならなかったその理由の行動を開始した。


 すでにクチノツへ行く前からヴァリニャーノ師に言われていたことだったが、私は師とともにこのアリマを去ってブンゴに行くことになっている。

 ブンゴはアリマよりも東、この日本のいちばん西の大きな島であるキューシューを横断し、その東海岸にあるという。

 もともとヴァリニャーノ師はもっと早く、今年の初めごろにはブンゴを訪れるつもりでいたらしい。だが、ブンゴのトノの領内で反乱が起き、領内が戦争で乱れているので大変危険でもあるし、アリマからブンゴに至る道はちょうどその反乱軍の領有する土地を通過しなければならない。そういうことで、状況が収まるまでブンゴ巡回は延期した方がよい旨、ブンゴの教会から連絡が入ったとのことだった。


 まだ反乱軍は完全に鎮圧されたわけではないが今は自分の城に立て籠もっており、ブンゴの中心都市であり、教会のあるフナイやウスキはとりあえず安定を取り戻したとのことだった。


 折しも先日の会議で日本全国の司祭による三布教区分割協議会開催のことが決まり、その皮切りがブンゴ布教区ということになったので、そのためにもヴァリニャーノ師はブンゴを訪れる必要が生じた。

 ブンゴはヴァリニャーノ師にとっても初めての土地であるため、あくまで聞いた話として師が私に語ってくれたところによると、ブンゴのフナイのトノであった信徒クリスティアーノのドン・フランシスコ・オートモはすでに老齢で今は陰居インキョ―すなわち、権力の座を長男に譲ってウスキに移り住んでおり、従ってその長男のゴロー・ドノがフナイの殿となっているという。

 だが、正確にはドン・フランシスコは完全に権力を手放したわけではなく、二十代前半の長男とともに共同で領地を治めているという現状だそうだ。


 その長男は早くからキリストの教えに感化されてすでに公教要理《カ テ キ ズ モ》を学び終え、本人もまたその妻も受洗を志願しているとのことであるが、諸般の事情でそれは延期されているという。


 まだヴァリニャーノ師が日本に来る前の話であって、ちょうどその頃にブンゴにいたのはカブラル師だそうだから、カブラル師なら詳しいことを知っているはずだ。

 だが、カブラル師はああいう人だから、どうにもヴァリニャーノ師に対しては多くを語りたがらないとのことであった。


「ほかにもオートモ・ファミリアにはいろいろと諸問題があるようでね、協議会も大事な要件だが、それら諸問題も実際に私が行って私の目で確かめないと詳しいことは何も分からない。以前にも日本に来る前と来てからとのあまりの違いに、見ることは信じることということを嫌というほど実感したからね」


 司祭館のヴァリニャーノ師の部屋で二人で話していた時に、師はそう言って苦笑してから私を見た。


「で、出発はあさっての木曜日だ。君も準備しておくように」


「はい」


 初めて日本に来たその日に、ヴァリニャーノ師は私に、私の配属する教会等が決まるまでは自分と行動を共にするようにと言ってくれていたのだから、クチノツの洗礼式に行く前に師がブンゴに行くということを耳にした時から私は当然のこととして師と同行するつもりでいた。


 他には辞任はしたものの後任者が未定のため暫定的に総布教長であるカブラル師、ヴァリニャーノ師のパルトネル((パートナー))ともいえるメシア師、秘書のトスカネロ兄、そして私の総勢五人は9月8日にトノの城に行き、アリマのトノのドン・プロタジオにアリマの地を離れる挨拶と、配慮に礼を述べた。


 配慮とは、トノが船を出してくれて、湾の対岸のヒゴの地まで我々を送ってくれることになっていたからだ。

 ほかに警護のサムライを数名つけてくれると言ってくれたが、それはヴァリニャーノ師が辞退していた。自分たちには優秀な警護がすでについていると言った。

 私はその時、それが何を意味しているのかわからず、『天主ディオ』のご加護のことを言っているのかと思っていた。


 ところが出発の時になって、その警護が現れた。それはなんと、あのモサンビーキの黒人のヤスフェだった。ただでさえ巨体なのでそれだけでももう十分に警護の役が果たせそうだったが、なんと日本風のサムライの簡単なヨロイ―すなわちアルマトゥーラを着けていた。アルマトゥーラとはいってもごく簡単な鉄でできた胴周りと腰に垂れた部分のみの胴当ドーアテと呼ばれるものだそうだ。


 それでもこの巨体だ。恐らくは特注で作らせたのだろう。さらには日本風のスウォールドゥであるカタナを腰にさし、手にはランサー――ヤリを持っていた。彼はやたら機嫌がいいようで、黒い顔に白い歯を浮き上がらせて笑った。そして驚くほど流暢なポルトガル語で言った。


「どんなことがあってもお守りします」


 カブラル師はそれを見て、あからさまに不快そうな顔をしていた。

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