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8. One day.

「時間より早いじゃないか。来てくれてありがとうね」


「どうも。こちらがマッケナン家で間違いないだろうか?」


 ローブを脱いだ軽装ではあったが、茶髪に青い目の男という特徴は、ラカシアから聞いた人物に合致する。ギルドに名指しで依頼をして受けてくれた男だ。


「そうそう。あんたがジオさんね。うちの旦那が先に始めてるから、準備ができたらよろしく。シャプス、離れに連れてってくれる?」


 廃材なども出て危ないからと遠ざけられていた息子は父親を見に行ける口実ができて嬉しそうだ。


「はーい。兄ちゃん、荷物は?」


「ない。案内してくれ」


 手を上げた息子はジオを先導して家の裏へ回っていく。












 主にジオが請け負う依頼といえば護衛や魔物狩りだとかが多くを占めたが、選り好みしているわけではない。本日の依頼内容は家の壁の張り替えだ。外に立てかけてあるハンマーはこの息子には重すぎる。大人の手が必要だった。


「ここだよ。父ちゃーん、お手伝いの人来たー」


 立派な離れだが、確かに水で傷んでいる。湿気を溜め込んだのだろうか。

 息子の呼びかけに反応して出てきた男は重ねた椅子を抱えている。口ひげは不精をそのまま放っておいたようで、唇の位置を掴みにくい。


「おう。荷物の運び出しからやってくれるか」


「わかった」


 荷物を出したあとには、作業中に運び出せない大きな家具を傷つけないように布をかけて回った。壁を一定間隔で叩いて空洞を確かめつつ、柱を壊してしまわないように注意しながらハンマーで壁を打ち壊していく。


 こういう作業は破壊するよりも掃除のほうに時間を取られるものだ。瓦礫をどかし、箒をかけているだけでも汗をかく。


「父ちゃん、兄ちゃん。母ちゃんが呼んでるよ。お昼だって」


 粉塵を吸わないように巻いた口布を下ろして、太陽を見上げる。昼は過ぎていた。


「簡単なもんで悪いけどね」


「いや、ありがたい」


 出された皿を受け取る。

 奥さんは表情を変えたが、微笑ましくて笑ったというよりかは思い出し笑いに近かった。


「ああ、ごめん。あまりにもラカシアちゃんから聞いた通りの人なもんだから」


「ラカシア?」


「覚えてないかい? “ Solutions & Answers ” って店の娘さんだよ。あんたに仕事で世話になったって。護衛したんだろ?」


「彼女のことは覚えている。ただ、噂をされるようなことをした覚えがない」


「悪いほうじゃない。褒めちぎってたよ。真面目でしっかり者で優しくてかっこいい、だったかねぇ」


「……それは、本当に俺のことか?」


「まぁまぁ。ラカシアちゃんを疑ってたわけじゃないけどね、真面目でかっこいいのはそうだろ」


 ジオは渋い顔をしてしまった。褒められるにしてもこんなふうに真正面から伝えられたことがなくて戸惑ってしまう。





「ちょっと前だけどね、」


 と奥方は最近の出来事を話し出した。

 買い置きのない石鹸を買いに近所の “ Solutions & Answers ” へ行ったら、ラカシアが店内にいた。エプロンをつけて品出しをしていたので、会計前の石鹸を片手に挨拶をした。


「マッケナンさん、そちらの石鹸……」


 近づいて声をひそめたラカシアはちらりと周囲を伺った。


「三件隣の雑貨屋さんで安売りしてますよ。使用期限が近いからってことですけど、期限から半年以上ありましたので……」


 いかにも肩身が狭そうに他店のお買い得情報をくれる姿がおかしくて笑ってしまった。


「やだ、あんた正直が過ぎるよ。自分の店で買ってもらったほうがいいだろうに」


「その、知ってて言わないのも悪いなって」


「せっかくここに来たんだからここで買うよ。それにあの店は品切れが多いし、こっちのが確実だから。でもまたなんかの安売り情報あったら教えてよ」


「はい、ありがとうございます!」


 他店と張り合うことなく値引きもされない商品を買って帰った。





「それは……、親切だ」


 話を聞き終わったジオも苦笑いをしている。きっとこの男も、ラカシアを馬鹿にするような悪い男ではない。


「あの子嘘つかないから好きなんだよね」


 店の裏事情を暴露してくれるわけではないが、ラカシアが自分で使用した商品の評価などは良い面悪い面を感じたままに教えてくれる。個人の感想ですけど、という前置きはあるが、それで助かることはままあった。逆に私情抜きで商品の特性について知りたかったら弟のマルセルに訊くのが適切だ。


「『ソリューアン』の金髪のお姉さんでしょ? 優しいよね。お店の白いわんわんもかわいいよ。見た?」


 息子は父親が休日なのに家のことに忙しくて構ってくれないのが不服で、代わりにジオに積極的に絡んでいる。疲れているだろうジオも嫌がらず子ども相手にちゃんと目を見て会話してくれた。


「白い犬? 見てないな」


「今度行ったら? 小さくてふわふわだよ。買い物しなくても、お姉さんは中に入って触ってもいいよーってわんわん触らせてくれるんだ」


 たまに息子がつけて帰ってくる白い毛は彼らのものだったか。


 父親が「仕事に戻るぞ」と言い出すまで、息子はジオに話しかけていた。


One day.

(とある一日。)

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