7. Lurker
マルセルはひとつの住所だけを紙に書き写し、店へ戻ってきた。ここは夜には地下のみで運営する。完全個室の、形のない商品を売る場所となる。
事務机の鍵を開けると、新たな封筒が入っていた。ラカシアがギルドに依頼完了の手続きをした時点で、調査隊から上がってきた報告書。封を解いて数枚を取り出す。これから書く予定の手紙を脇に置いて、報告書を読み込んだ。
今回姉の護衛をしたジオ・トレハトゥクという男は一週間前にアレンサールへ着いたばかり。定住するでもなく多くの町を渡り歩いているというだけで、町中の行動で目ぼしいーー怪しい動向はみられなかった。彼が以前いた町の同業者に問い合わせるのがいいかもしれない。
問題はラカシアの配達における道中だった。前々から調査を進めていたが証拠は揃った。ギレブラット製薬会社の社長の息子、フランが危険な薬物製造に手を染めていること。ラカシアの運んでいたプレポステロン、別称クリッカーの強奪を狙った。配達の後でフランが中抜きすれば、厳重な在庫管理のもと即座に判明してしまうため、人を雇って配達中を襲わせ、結果失敗している。
姉の知らない裏の顔で口角を上げる。
「コネルおじさんには悪いけど、ぶちまけちまうか」
これで馬鹿息子を庇うような愚行を犯す人物でないことを祈る。
呼び鈴が鳴った。マルセルを呼び出すための音ではなく、隣室に客を通したときの知らせだ。ドアの内側にある郵便受けのポケットに封筒が落とし込まれる。
「ルーカー、お客様です」
昼間の店では名前か「坊ちゃん」と呼ばれる。秘匿名を呼ぶときは夜の仕事の合図だ。
そんなに時間が経っていたか。
薄い封筒の差出人は協定関係にある別な町の情報屋だった。新規客の紹介だ。
マルセルが隣の部屋に客を入れると、彼はローブのフードを下ろした。暗めの照明の下に立つ。変哲もない茶髪にまっとうな青の瞳。
「ようこそ。なにをご所望でしょうか」
声をかければ、男は声の出所を探るべくあちこちを見渡している。姿が見えるのはこちらだけ。あちらからは壁がしゃべったように思えるだろう。
身長はむこうが高いし、マルセルは椅子に座っているというのに、不思議と一直線に目が合った。気配を当てられたとでもいうのか。マルセルが組んだ脚を下ろすと、男は口を開けた。
グレイキーまでの冒険から一晩経った。朝というには遅く、昼というには早い時間にラカシアは箒を持って店先に出た。開店前の軽い掃除だ。こうしていると、通りかかる常連客や商店仲間が用があってもなくても、挨拶だけでも声をかけてきてくれる。ゆったり世間話につきあうのもよき店員の作法だった。
「ラカシアちゃん、この前ひとりでグレイキーに行って来たって?」
買い物袋を下げた中年女性が立ち止まる。ラカシアは質問に半分肯定した。
「ひとりではないです。護衛がいましたよ。その方のおかげで……」
「いつものザカリーさんじゃなかったの?」
「いえ、ジオさんっていう若い男性がついてくださったんですけど、とっても真面目で優しくて……」
思い出すだけで笑顔のラカシアはいかにジオが強くてかっこよくて頼りになるか、友人や実家の店に来る客たちに吹聴しまくった。
lurker
(ルーカー)
監視者、見張り、ネットで言う見る専/読む専など。
スラングだとまた別な意味があるようですが、こちら採用です。