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5. Extra work.

 薬を無事、グレイキーの製薬会社まで届けるところまできた。入り口でラカシアが名乗ると、迎えてくれた男性は手を打って相好を崩す。


「今回はラカシアさんが来てくれたのか。大きくなったからわからなかったよ」


「すみません、ご無沙汰しております」


「いやいや、かわいらしかったお嬢さんが立派な大人になったという意味だよ」


 にこやかに受取証明書にサインしてくれたのは、ギレブラット製薬会社の社長だった。ラカシアの父に直接仕入れを注文している人物。過去には運送会社を通していたが、途中で配達人が商品を横領していたことが発覚した。他の商品は弁償が簡単でも薬品は高価で繊細な取り扱いが求められる。以降、ギレブラットへの品はアンデルサン家の者が自らの足で配達を担うようになりいまに続いていた。それがすっかり慣習として定着している。


「ご苦労さま。私は同行できないが、息子が美味しいレストランを案内するよ」


「そんな。お忙しいでしょうから」


 会食なんて予定にない。物品を配達するだけしてさっさと帰ろうとしていた。


「いいんだよ。フラン、行けるね」


「はい、父さん」


 スーツを着こなす青年が返事をして進み出る。入れ替わりに社長は仕事に戻ってしまった。

 父について配達に来た子どものころ、社長から「私にも同じくらいの息子がいるよ」と聞いたことがあったが、これまで会ったことはなかった。


「お誘いはありがたいのですが、ちゃんとした服を持ってきていないので……」


 目にかかるほどの前髪を横に流して、フランは笑う。ズボンを穿いたラカシアの不安を吹き飛ばすように。


「心配しないで、カジュアルなところだからそのままでいいよ。僕は普段からスーツなだけ」


 不安要素を口にしたのはただの言い訳で、遠回しに断ったつもりだった。あまり断り続けるのは難癖をつけているようで無礼になってしまう。


「でも、ジオさん、は……」


 ちらりと見上げると、ジオも却下したそうにしていた。心がしぼんだように苦しさを覚えた。たかだか二時間そこそこを共に過ごしただけの人間をこれほどまで信頼しきっている自分にもびっくりする。甘え過ぎだ。


 自分一人だけ予定外の誘いで食べに出るのは、上からの立場を利用し彼を振り回して放置しているようで気分がよろしくない。


「……いえ、悪いんですけど私が戻るまで、ジオさんは町中で自由に過ごしてくださいませんか?」


「なんで? そいつの分も奢ってあげるから連れてきなよ」


 フランの口調は同性相手に打ち解けているというか、ラカシアが女性だから丁寧に察しているというのだろうか。


「俺は……。いや、同席させてもらう」


 言いかけた拒否を引っ込めて、ジオはラカシアの護衛を休憩なしに続けると宣言した。

 残念ながらラカシアは会食や改まった席には慣れていない。こんなときに数々の接待をこなしてきた弟が来てくれていればと悔やまれるが、これを機に成人している身として自立せよと天からのお達しだろうか。


 レストランの席で、ジオとラカシアは隣同士に、フランはその向かい合わせに座った。


「今日もマルセルが来るんだと思ったら若い女性だったし、護衛もザカリーじゃないし驚いたよ」


 フランと弟は友人同士だろうか。それにしては、弟やザカリーから彼の話を聞かない。


「二人とも都合がつかなかったんです」


「おかげでラカシアに会えて嬉しいよ。ここまでお疲れさま。一杯どうぞ」


 会社まで配達に来てくれたラカシアを持ち上げてはくれるが、護衛のジオの存在をほぼ無視している。付いてくると言ったきり黙り込んだジオは平然としている。


「いただきます」


 乾杯の意で軽くグラスを持ち上げて、口をつける。

 舌に触れた途端ピリリと痛みを感じて、慌てて口をおさえた。ようやっと喉の奥へ押し込むと、食道から胃へ火が伝い落ちていくようだった。


「食前酒にしてはキツいんじゃないか」


 ジオにしても度数が高いものだったらしい。しかし彼には飲み下してなお話せるほど余裕があった。

 二人を見て、フランはクッと笑う。


「空きっ腹には効くだろうけど。ずいぶんお腹が空いてるんだね。いいよ、別な飲み物頼んだら?」


「ああ」


「あ、私も……新しい飲み物いいですか?」


 フランのノリがわからない。


「うん。これが飲み物のメニューだよ」


 渡された冊子を開いて読んでみるが、酒に詳しくないのでいまいちどんなものかピンとこない。横にいるジオにメニューを広げて見せた。


「どれにします?」


 この場を受け持ってくれるフランに遠慮してか、ジオは彼の方を険含みに見てからラカシアのほうへ身を寄せた。


「ちょっとわからなくて。助けてください……」


 小声で頼むと、ジオは眉を下げながらも小さく頷いた。

 彼は店員を呼んだ。カクテルを二つ注文した後に付け加える。


「こちら側の注文は毎回これで頼む」


 ジオがカクテルのメニュー表の上に指で書いた透明な文字だか記号だかを、ウェイターは読み取り、理解していた。


「かしこまりました」


 向こう側に座るフランに覗かれぬよう、立てたメニューの裏で、ジオが「言うな」と人差し指で自身の口を押さえた。なのでラカシアは食事に集中した。表面こそ彼の穏やかな父親と似てにこやかにしているけれど、裏になにか含んでいるような。緊張でラカシアは何回咀嚼してもあまり料理の味がしなかった。


 残してきた仕事が気になってイライラするのなら、フランも食事を断ってくれればいいのに。しかし波風を立てぬように努めた。


Extra work.

(サビ残です。)

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