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3. “Sweet pea” or “Honey bunny”.

 ラカシアがギルドで依頼を出してから日を跨いで、天気は良くも悪くもなく、外にいるには苦にならない気温だった。ギルドに入るのでも先日よりか気は軽い。


 昨日話したばかりのお姉さんは、二人の男性を引き連れていた。護衛は一人と頼んだというのに。三人で時間潰しに談笑という空気でもない。

 お姉さんはラカシアに一礼する。


「申し訳ございません。ヘナシェさんは別な依頼を先に承認してしまっていたようでして」


「……え?」


 中堅というだけあって、人気に嘘はなかった。しかし依頼が不受理となってしまったのなら、ラカシアはどうすればいい。


「ヘナシェさん、こちらが依頼人のラカシア・アンデルサンさまです」


 毛先までトリートメントの行き届いた豪奢な金髪(ローズ・ブロンド)が肩に落ちる。そうして俯いたことで、ラカシアとばっちり目があってしまった。


「ごめんねお豆ちゃん(スウィート・ピー)。もし昨日きみの依頼をあと二分早く知っていれば受けられたんだけれど」


 一言目でごっそり思考力を奪われた。


「……な、なんですか? ピー?」


 確かにラカシアは背の高い方ではないけれど、お豆(ピー)ちゃんと呼ばれるほど低くもない。どちらにしろこの男からこんな親しげにあだ名で呼ばれる筋合いはなかった。


「スウィート・ピー。だって、きみの瞳がきれいな緑豆色だったものだから。動物なら、ふわふわかわいいうさぎちゃん(ハニー・バニー)ってとこかな?」


 身長ではなく目の色からだった。

 それにしてもなぜ、この男は初対面のラカシアをまるで恋人のように呼ぶのだろうか。その透明感のある声で、ただ普通に話してくれるだけでよかったのに。


「んん???」


 疑問ばかりが喉につっかえて、まともに返事もできない。


「次に僕を指名してくれたら必ずきみを優先するよ。今回はほんとうにごめんね。じゃあまた会おう」


 彼が向かう先にはきゃいきゃいと数人の女性が待っていた。みんな特徴の傾向が違う。


 うっわぁ。


 片目をつぶる姿は様になっていたけれど、ラカシアは呆気に取られるばかり。護衛としてでも、彼と一緒にならずに済んでよかった。演技でもやめて欲しい。あの調子で一日中いられたらこちらの精神が保たない。


 お姉さんがこほんと咳払いをした。


「アンデルサンさま、代わりの方をご紹介します」


「あ、はい」


「ジオ・トレハトゥクだ。本日は護衛を承る」


 平凡な茶髪(ピーナッツ・ブラウン)が気を和らげてくれた。目にすんなり馴染む。静謐な瞳(アドマラル・ブルー)も青というには深く、紺というには明るい。凡庸な顔つきではないのに、なんとなく雰囲気を知っている気がする。仕事柄たくさん人の顔を見てきているから、もしかしたら実家の店に来たことがある人かもしれない。


「依頼人といえど俺は対等に振る舞うがいいか?」


「はい、大丈夫です」


 労働に対価を払うからって、どちらかが(へりくだ)る必要はない。ラカシアの敬語は癖のようなものだが。



「ということで、アレンサールの町での経験は浅いですが大変真面目な方です」


 自信を持ち直したお姉さんも胸を張っている。


「まともそうな人でむしろこうなってよかったです……」


 少なくとも初対面の依頼人を口説こうとはしない。

 先ほどくらった衝撃の余韻か、心臓はトクトクといつもより鼓動が早い。


 ある意味王子然としたヘナシェには聞かせられない正直な感想が口から転がり出てしまったが、ジオの表情はこころなしか優しくなった。


「失礼しました。 “Solutions(ソリューソンズ) &() Answers(アンサーズ)” から依頼を出したラカシア・アンデルサンです。今日はグレイキーの町との往復よろしくお願いします」


 家族経営の店ごと名乗る。つっかえたりしなくてよかった。


「ああ。ひとつ謝罪する。地図は自分でも確認したが、実はグレイキーに行ったことはない。戦闘時は任せてもらうが、道中は頼ってもいいだろうか」


「謝罪だなんて。私は子どもの頃に何度か行ったことありますので道は大丈夫ですよ。それより私は力もないし戦えもしませんのでそちらはお任せします」


 ジオは腰に佩いた武器をローブの上から叩いて頷いた。


「わかった。では出発してもいいか?」


「はい、行きましょう」


 受付のお姉さんに見送られながら、ふたりでギルドを発った。





 門などはなく、看板が立てられているだけの境界が町の外だ。いよいよここからが旅のはじまり。日帰りだけれど。


 子どもの頃通った道とはいえ、むかしは大人の後ろを付いていくばかりだった。それから数年で多かれ少なかれ道に変化はある。父親から渡された地図で復習はしたものの、実際の風景と照らし合わせて確認するしかない。


 方位磁石と地図をもたもたと取り出しつつ、ひとつ目の分かれ道ではやくも立ち止まってしまう。ラカシアは磁石の向く北を見た。


「えっと、北があちらだから……」


「東を目指せばいいのだろう?」


 指差した方角と、磁石盤を見比べる。


「道筋が頭に入っているんですか?」


「だいたいは。方角は太陽を見ればわかる」


「ごめんなさい、私は太陽でわからないので……」


「ちゃんと道具で方角を見るぶんしっかりしていると思うぞ」


「だってそうしないと迷うじゃないですか」


 向こうになにか確実にあるとわかっているかのように、ジオは少し遠くを見た。


「世の中には無駄に自分の勘とやらを信心している人種がいる」


「そんなの……。行く道を勘で決めるってことですか? 目的地があって、道のりがわからないのに?」


「少なからずそういう人間を見てきた。助言しても聞きやしない」


「それは、大変でしたねぇ……」


 歩き出すために、一旦地図を畳んだ。

 この後も何度か地図を広げるのだが、その度にジオが正確な方角へラカシアを誘導する。


「ここまで頼りっきりになるつもりじゃなかったんですけど……すみません」


 道は任せろと大口を叩いていたので恥入ってしまう。


「自分にできることをしているだけだ。気にするな」


 からりとした笑顔に頭を下げる。


「ありがとうございます」


 次回の配達もジオに頼もうと心に決めた。




“Sweet pea” or “Honey bunny”.

(「お豆ちゃん」か「うさぎちゃん」か。)


ちょっと↓に蛇足置いときます。






「しかし、覚えてないか……」

 独り言のようだったが、ばっちり聞こえていたようで、ラカシアは不思議そうにした。

「なにをですか?」

「以前鍛冶屋への道を尋ねたところ、ラカシアに研師とぎしを紹介してもらった」

「私が? すみません、道を聞かれることは多いのでいつのことだか……。研師ならハミチェヴィさんでしょうか?」

「そうだ。ラカシアが連れて来たのでなければ断るところだったと言われた。新規客は取っていないらしい」

「え? そうだったんですか? ハミチェヴィさん、口では引退したって言ってるけど変わらずお弟子さんの指導してるし、研ぎは彼じゃないとっていう人が多くて……『武器で困ってる奴がいたらハミチェヴィの名前を出せ』と常々言っていたので、てっきりお客さんを探しているのだとばかり……」

「探してはいないが、困ってる奴は見過ごせないんだろう」

「あ、でも、そんな感じかも」

 歩幅の狭いラカシアを急かすことなく、ジオは並んで歩いた。急ぐ旅でもない。

「ご縁があったんですねぇ」

 依頼人とこんなに会話を続けるのははじめてかもしれない。ラカシアは話しやすい。アレンサールで一番に関わりあえたのが彼女でよかった。


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