21. Slip of my tongue.
店内は狭いが、まだ夕方の早いうちなので客の入りはまばら。
肘同士の触れそうなカウンター席に横並びになった。
仕事上の付き合いと思われていたほうがいいのか、デートだと意識してもらったほうがいいのか。下心の出し方も隠し方もわからない。
男女としての距離はある。ラカシアからの好意はあろうとも、ジオは勘付いてすらいない。ただ優しさでここまで付き合ってくれている。
文字ばかりが並べ立てられるメニュー表は、実際のイメージがつきにくい。
「メニューが多いですね、どうしよう……」
顔を上げて、ジオを困ったように見た。
「あの、お決まりでしたら先に注文しててください」
カウンターの向こうから素早く気付いたバーテンダーは手にしていたタオルを置いた。
「俺はついばみ酒をダブルで。彼女には甘めのモクテルを頼む」
「かしこまりました」
バーテンダーは表情ひとつ変えずにグラスを手に取る。
「勝手に注文して悪かった」
目の滑るメニュー表を横に置いた。
「あのまま決められなかったと思うので、助かりました」
形の違うグラスが運ばれてきた。
一杯を終えたら楽しい時間もそこまでだ。次はいつジオに会えるかもわからない。ジオの中ではラカシアは数ある雇用主のひとりで、他より色のついた報酬をくれる人くらいの認識。食事に誘ってくれたのは、それより一ミリ進んだ関係になれたかも。
杯の中身が半分になっても、この時間がもったいなくて、ちっとも酔った気がしない。
言わなきゃーー言いたい、と思うほど覚悟は揺らぎ、口は頑なになってしまう。手が震える。
「どうした。寒いか?」
店の中だ。隣にジオがいて、ラカシアにだけ意識が向いていて、体内にはもったりと熱がこもるくらい。
「好きです」
寒気がしたのではない、と言おうとしたのだ。
なのに、ぽろりと舌の上で用意したものとは違う言葉が出た。店内の雑多な音をかき消すくらい、心音が内に響いている。
「あ、ええと、友人としてーーでもなく、もちろん人として尊敬もしてますが、」
嘘がつけない、それは素直だという長所でもあり仕事をする上で融通がきかない短所でもあった。
「……男性として……、……です」
肝心な台詞を繰り返すことができなかった。でも文脈で十分伝わった。
「正直にありがとう。だから俺も嘘をつきたくない。特にラカシアには恩がある」
ひと息をつくと、空気の重みが増した。ジオはなかなか続きを口にしない。
言わなければならないのか。できるなら、ラカシアを傷つけたくはなかった。
「すまないが、きみと恋仲になる気はない」
沈黙の長さで悟っていたのか、ラカシアはおとなしく頷いた。
「忘れられない女性がいる。俺はその人と、家族のために復讐をする。それもいつ終わるかわからない。きみは親切で優しい人だ。俺のような馬鹿を選ぶことはない」
言いながら、みずみずしい四つ葉色の瞳に刃物で亀裂を入れている気分になる。どれだけ取り繕おうと、ジオのかける言葉も優しさも凶器にしかならなかった。彼女の色彩が翳っていく。
復讐をする人間は間違っているだろうか。大切な人の命を奪った存在を消してしまいたいと思うのは自然な心の働きだ。残酷な思いを忘れてしまえるほうこそ、心がないのではないか。
世の中から危険な存在は排除したいし、排除できずともせめて隔離するべきだ。
その考えの下動いた結果、ジオが迫害されようと構わない。利己的だが、危険を潰すことで未来の被害も防げるだろうから。
しかし復讐心をラカシアに曝け出すことは辛い。
Slip of my tongue.
(ぽろっと失言。)
お酒の名前。
ついばみ酒【Pecker】
なんてお酒実在しません。
モクテル【Mocktail 】
=ノンアルコールのカクテルのこと。
6話のあとがきで言ってた別名です。




