2.First time in a while.
扉に手をかけて一呼吸。ラカシアがギルドを訪れたのは子どもの頃以来で、同行した親や周囲の大人がいつも開けて押さえてくれたために、その重さをこの身に知るのははじめてだ。
ギルドは、主に冒険者を統括管理する組合組織であり、施設そのものもそう呼ぶ。仕事の需要と供給を一致させる仲介業者だ。魔物の討伐依頼や護衛依頼を出せば、ギルドで有用な人材を選び紹介してくれる。なにも武器を扱うことばかりでなく、雑用を好んで引き受ける求職者もいた。
長年の摩擦で剥がれた塗装のドアノブは、記憶の中では金色だったと思うが、ほぼ剥げてしまっていた。
押した扉の隙間から懐かしさが吹いてくる。
あの頃は父がそばにいたからこそだったが、幼いながら大人の世界に歓迎される感覚に喜んでいた。正確には保護者がいるからこそ容認されていた。日常ではすれ違うこともない荒くれ者のがさつな挙動を間近で見れること。ギルドの職員に丁寧に接してもらえること。すべてが物珍しく、目新しかった。
室内だと言うのにどこか砂っぽい空気が溜まっている。建物の清掃が行き届いていないわけではなく、ただ利用する人間のほとんどの雰囲気に左右されているためだ。乾燥気味の外の空気に。入っては出てゆく流れ者たち。
受付に向かうと、女性がにっこりとして迎え入れてくれた。
「本日はどのようなご用件でしょうか」
「護衛の依頼です。明日、グレイキーの町まで」
かしこまりました、と手続きに入る。形式に沿って質問され、ラカシアは答えていく。
「ご希望の雇用人数はありますか?」
「ひとりです。あの、それでザカリー・グマレイドさんを指名できますか?」
父から任されたーーというより押し付けられた仕事があった。父母は自営業の店の管理に忙しく、弟も重役を担っており、比較的手の空いていたラカシアへと仕事が割り振られた。それでラカシアはギルドまで護衛を探してやってきている。
昔から父は商品配達のときにはザカリーに身辺警護をお願いしていた。それなりに年嵩だが道にも慣れているし信頼できる男だ。
「確認いたします」
にこにこしていたお姉さんは、こちらを向いたときには表情が歪んでいた。
「ザカリーさんは現在、他の依頼を受けておりまして、帰ってくるのは一週間後となっております。申し訳ございません」
明日にはとうてい間に合わない。ラカシアの依頼が急すぎた。
「そうですか……どうしよう」
思わず天井を見上げてしまう。困った。家族ぐるみで馴染みのザカリー以外に頼れる人を知らない。配達の品も、明後日までには届けると受け取り手に通知してしまっている。注文品はかなり値の張るもので、ただでさえ道すがらは戦う術のない女性一人では心許ない。
「よろしければこちらで適切な人物を推薦させていただきますが」
いつものザカリーおじさんでなければ、他の誰でも同じこと。ラカシアは頷いた。
「では三名ほどご紹介します。ナイルガス・マクラモントさん。七十八歳で特技は茶柱を立てること」
「アッすみません次の方を」
説明を遮ってしまったのは失礼だった。しかし求めるのはお茶会のお供ではないのだ、剣を手にして戦える人でなくては。ラカシアの隣の家で焼き菓子を販売してる小店のおじいちゃんは七十三歳で立派に背中がひん曲がっている。足腰を鍛えている冒険者ならば彼よりも背筋は伸びているかもしれないが、体力は衰えているだろうに。特技は剣技や武術、と言い切ってくれれば万が一ありえたかもしれない。
「はい。ヘナシェ・バイコックさんは中堅でとくに女性からの人気が高い方です」
「女性に……? どうしてまた」
護衛でよっぽど腕が立つとかだろうか。それにしても依頼は老若男女からくるだろうし、性別はとくに関係ないように思える。お姉さんは目線を斜め下にして、ラカシアに体を近づけた。
「ええ……その、依頼者が女性だった場合、依頼完了後に必ずデートに誘っているようです。本人いわく『完全にプライベートだけど、アフターサービスのようなもの』だそうです」
怪しい。
それで喜ぶ女性もいることは認めよう。同時に愛嬌を余計だと思い、嬉しくない女性だっている。ラカシアに護衛役の顔立ちがどうとかのこだわりはないが、しっかり仕事をこなす人がいい。
「それもちょっと。……次の方のこともお伺いしてもいいですか」
「もちろんです。あ……この方は」
言い淀んだお姉さんの表情が暗くなっていく。
「なにか?」
「冒険者として復帰したばかりですが、最後の依頼が未達成のまま完了扱い……というか、過失致死を起こしてます」
ちょっとその単語は穏やかではない。
「過失というからには任務中の事故ではないんですか?」
ならば罪になったとしても軽いもので済んでいるはず。冒険者であれば、無法者に襲われた場合自己防衛の延長として多少なりの加害も認められている。
「護衛任務中に盗賊に襲われて、混乱の最中で誤って護衛対象を……」
そこまで聞いてぞっとする。
守るべきだった人物をその手で殺してしまった、というわけだ。
でもーーもしかしたら、もしかしたらだけれども、依頼主に恨みがあってどさくさに狙ったという考えもできやしないか。
「ああ……」
お姉さんも思わず上目遣いになっている。三人の中から誰を選ぶと尋ねられれば、そうそう迷ってもいられない。
「二番目の方に依頼を出せますか?」
「はい、ヘナシェ・バイコックさんにお決まりですね」
女性とのお出かけを多く重ねて目が肥えている男ならば、ラカシアに目もくれないはず。デートに誘われることはないだろう。誘われたとしても断ればいいだけのこと。
不安な三人の紹介を聞いているだけに、選択肢はほとんどなかった。細かいことを詰めて、受付のお姉さんはほっと笑みを浮かべた。
「では明朝お待ちしております」
「よろしくお願いします」
まだ肝心の商品は届けていない。たかだか依頼を出しただけなのにずんと肩が重くなった気がする。
早く家に帰ろう。じっくり時間をかけて淹れたコーヒーでも飲みたい。
First time in a while.
(久しぶり。)