19. Get lost.
「あんたも、ジオと寝た?」
なんてことを。発言を取り消させようにももう遅い。
「トネタ……タ……ネ、……? 」
全く脈絡のない問いに、四つ葉色の瞳がぱちぱちと疑問を表していた。単語を上手く取り込めていない。
「おい、彼女は大事な顧客なんだ。そういう相手じゃない」
苛立ちは思ったより態度に出てしまった。
「ごめんて。ジオが仲良くするならもしかしたらって思っちゃったんだ。だってあたしの誘い断ったわけじゃないし」
「断っただろうが」
会話を拾ってラカシアは理解が追いついたのか、カッと赤くなった姿は少女のようだった。ジオに全幅の信頼を寄せるラカシアの心証をあまり悪くしたくないというのに。彼女の気分を害してしまったらどうしてくれる。浮気でもあるまいし、自分のしたことを特段恥ずべきこととは思っていないが、世の中そう捉えない人間もいる。
「わ、私お店が開く前に戻らなきゃなので」
散歩中の犬たちを置いていく勢いで、ラカシアは走って行ってしまった。
「馬鹿なことを訊くな」
「気になったことははっきりさせないと嫌なんだ。あの子男知らないっぽいし本気になられたら面倒くさそうじゃない? それとも狙っててこれからだった? 育てるのが楽しいとか」
「深入りした気になるな。くどい」
「わー! もうあの子のことでからかわないから。せっかくいい夜過ごしたのにさ、このままでいようよ。ね?」
いい夜とは。酒を飲んだだけで、それ以上でも以下でもない。
するすると二の腕を撫でる、この女のわずらわしい面が目立ってきた。仕事では息の合う貴重な存在だと認めかけていたのに、判断が早すぎた。
「酒の席のことだ、忘れろ」
「えーやだ!」
「これから仕事だ、俺は行く」
「そっか。あたしも依頼入ってるんだ。じゃあまた後でなー!」
元気いっぱいウィステンは手を振っていた。
それから数日とうもろこし頭とは会わない日々が続き、忘れかけていた。
仕事を終え、ギルドに報告に戻るとくすんだ金髪がちらついた。
「ジオ、今日は終わり? 飲もうぜ」
相手が気づかないうちに要件を終わらせようとしたが、先に見つかってしまった。
「このまま帰る」
「じゃあさ、ちょっと話すだけ」
「立ち話でいいならな」
「まったく……わかった、外に出よ」
注意して距離を取りながら、彼女の後に続く。
ギルドからそう離れていない路地裏でジオは立ち止まった。あまり遠くに行きたくない、早く帰せという意思表示だ。
「ここでいいだろ、なにを言いたいんだ」
さっさとしろと威圧をかければ、ウィステンは体をゆらゆらとした。
「えぇ〜。もうちょっとさー、こうさ。ムードとかあるじゃん?」
「帰る」
「ごめんて。待って」
だから、と声を高める。すでに耳を塞ぎたい気分だ。
「わかるだろ? あたし、ジオのこと好きになっちゃった」
媚びる笑顔を作るのに慣れている。悪いことではないし、むしろ対人で上手くやりすごすことが度々求められる冒険者には必要な技能のひとつだろう。ジオはその才に恵まれなかった。
ウィステンは過去何人に同じセリフを聞かせたのだろう。
「それがおまえのやり口か? 恋人になる気はない」
「なんで? 軽いから? それがきっかけでもいいじゃん、あたし付き合うなら一度に一人だけだよ」
同時に恋人として付き合う人数などわざわざ表明しなければならない約束ごとでもないはずだが。酒を共にしたのはお互い決まった相手もいないし、仕事で息が合うと思っていたから振り払わなかっただけだ。
「本気だと思えない」
「真剣に、ジオと生きていきたい。だからジオのこと教えて」
夜に誘ってきたときとは違うトーンで、ウィステンは一歩踏み込んだ。
真剣に、か。
「ひとつ。俺は復讐のために生きている」
ぽけっと呆けた顔をした、それだけでウィステンとの未来はなくなった。
「復讐? なんでそんなことすんの。爽やかではないと思ってたけど、ねちっこい男は嫌われるよ?」
眉をひそめて、心底理解できないと頭を振る。
「そうせずにはいられないからだ」
「過去は忘れようぜ。前向きに生きなきゃ損だ」
ふふ、と口紅を塗った唇からこぼれた笑い声がジオの内に走ったひび割れを深くした。信頼は崩れ落ち、距離は一瞬で遠ざかる。
「お前とは二度と会うことはない」
真剣にと言うからこちらも正直に心の内を晒したのに、笑い話にされて癪に触った。
復讐を掲げる者として「頑張って」などという言葉を期待していたわけではない。ジオの心に巣くう黒いものをかき乱さず、拒絶しないでいてくれたならよかった。そしてそれが大それた考えだということも承知している。だから、ジオは恋人を作らない。
Get lost.
(失せろ。)