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17. Weight on my shoulder.

 花に埋もれて倒れたラカシアが入院したのは夏の始まりだった。


 うるさい夏虫が姿を消したというのに、悪あがきのような猛暑が戻ってきては次の日は寒さが増す。今日なんてただ立っているだけで汗をかく。


 あれっきりジオはラカシアの見舞いに行かなかった。病院の手前までは来るのだが、マルセルの形相が思い出され、足が止まる。あれほどまで姉を心配している彼がいるのなら病室にも入れてもらえないような気がする。彼女の父親からも極力会うなと忠告されてしまった。




「あ、ジオさぁん」


 間伸びした声は、懐かしく耳に届いた。一ヶ月も会わないでいることは以前もあったのに、会えないと決めていると切ない気がしていた。


「会いたかったです。ちゃんとお話したくて」


 触れた指は氷のようで、ぞくりと鳥肌が立った。およそ血の気を感じない。触れるのでなければ、もしや幽霊じゃないのかと思えるほど。動揺が顔に出ていないことを願う。ここにいるのは生きたラカシアだ。


「……すまない」


「いいんです。仕事もありますよね」


 顔にかかる影が濃いのは、日差しの強さのせいであって、彼女の心象が表に出ているからではない。笑おうとしているし、実際微笑んでいるのだから。


「退院したのか。ひとりで?」


 それにしては手荷物も軽すぎる。病院だって、家族の付き添いもなしにこの状態の患者をひとり帰すだろうか。


「退院はとっくにしましたよぉ。今日は血液検査というか献血、とい……か……」


 話している最中に体が揺らいで、芯を失くしたように崩れる。とっさに腕を掴んで体を支えた。


「どうした?!」


「あー、いえー、ただの貧血、です」


「貧血になるほど血を採られたのか?」


「あの危険種の毒で生き残ったのは私だけなので……、血清を作るために血が、必要だって」


「そうか。……座れる場所に行くぞ。気分が悪くなったら教えてくれ」


 持ち上げたラカシアの体は以前より軽く感じた。原因は夏バテではなく、短かったとはいえ入院生活のせいだろう。高気温のなか微かに震えている。


 あの花畑での恐怖が蘇った。


 みるみるうちに土気色になっていったあのときとは違うだろうに。ラカシアは話せる。倒れた元凶は貧血だとはっきりわかっているし、死ぬことはない。


 病院の隣の公園へ休めるベンチを求めた。昼半ばにはとくに子連れが多い。幸いにも木陰の一基が空いていた。




 貸したローブはすっぽりとラカシアを包む。炎天下に耐えるための薄手のローブだったが、弱った体を温めるには物足りない。他に脱げる余分な服もなかった。


 横に置いたトートバッグに入った水筒に手をかけているが、一向に開けられそうにない。するすると滑っている。


「開ければいいのか?」


 バッグから抜き出して、一息に開ける。きつく閉められてあったわけでもなく、あっけなく蓋は取れた。こんな蓋も開けられないほど疲弊している。ラカシアはゆっくりと水を飲んだ。


「楽になりました。ありがとうございます」


 血は戻らないが、口調もしっかりしてきた。


「病院でも少し休んだんですけど、慌てて出たらクラっときてしまって」


 それもジオが現れてしまったから、追いかけようとしたのだろう。


「無理はするな。辛いなら寄りかかれ」


 瞬いて、俯いた。遠慮するようにして、肩に温かみのある(パイナップル・)金髪(イエロー)の頭を預けられる。ちゃんと、人間の重みだ。幽霊じゃない。


「弟がごめんなさい。理不尽に怒ったと聞きました」


 あの日ラカシアを病院に運び込んだとき、マルセルは誰よりもジオに辛く当たっていた。姉を大事に思うがゆえに、せっかくつけたのに意味をなさなかった護衛へ怒りを抑えることができなかった。


「いや、家族からしたら当然の感情だ」


「いつもはそっけないくらいなのに」


「本音はきみが大切なんだろう」


 この角度からでは、まつ毛の動きしか見えない。繊細な金の扇がふわりと上下した。




「ラカシアッ!」


 公園中に響いた。陽に輝く金髪の色具合はいま肩に乗っているものと全く同じだが、目には嫌悪が浮かんでいた。再び脳内のラカシアに同じ表情を投影してしまって、しくりと胸が痛くなる。


「病院にいないと思えば……!」


 迎えにくる約束がしてあったらしい。なのにジオが攫って連れ出してしまった。


「声を落とせ。彼女は具合が悪いんだ」


「お前が……それを言えたクチか!」


 声は一応小さく、しかし低くなっている。ラカシアが病を得た大元の原因はジオにあるといえど、病人に怒鳴るのはよろしくない。


「やめてマルセル。迎えに来てくれたんでしょ? 帰ろう」


 寄り添っていた温もりが離れる。こんなにも軽いのに、ラカシアはいかにも重そうに体を起こして、弟に手を伸ばした。弟はその腕を取って、姉を背負う。


「もう二度とラカシアに声かけるなよ」


 ベンチに座っているジオをマルセルは見下ろした。捨て台詞をもらうほど、すっかり敵認定されてしまっている。なにかを言い返す前に、ラカシアが弟の頭をポカリと軽く叩いた。


「マルセルの言うことは忘れてください。また配達のときはジオさんに護衛お願いしますね」


 短時間でも回復できたようで、色の戻った頬で微笑む。彼女が元気になって、外を歩き回れるようになるまでどのくらいかかるのだか。襲われて生き延びたラカシアだけが持つ抗体を安定して人工的に作れるようになるまで、血を提供し続けなければならないのかもしれない。だとしたら、気兼ねなく出掛けられるようになるまで月単位か、年単位か。


Weight on my shoulder.

(肩にかかる重み。)

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