15. “I’m fine, really.”
翌日もジオは見舞いを許された。ラカシアが昨日よりも良くなっていることを確認しなければ落ち着かない。
外は晴れているはずなのに、この部屋付近だけ曇っている。
「生きている唯一の症例が私だけだというので、後学研究のためにっていろいろ頼まれました」
「……無理をしていないか?」
「いいえ、大丈夫です」
腕は包帯もなくガーゼからも解放されていた。視線に気づいたラカシアは傷跡の近くに指を置く。
「外気に晒したほうが早く塞がるらしいです」
「それはあの虫に噛まれた痕か……」
目を背けたくなるほど醜いものではない。かさぶたの周りは鬱血してひきつれてしまっている。
虫の半身が腕の肉に食い込みどうしても剥がせなかった。虫周辺の肉は毒で変色してその部分の回復は見込めず、切除したとカルテを読み上げる看護師から聞いた。処置で抉れたいびつな三角の蕾を中心に、爪を押しつけたような三日月のような線が無作為にいくつも走る。少し離して見れば、線だけで描いた簡易なバラの形ともいえなくもなかった。
「見かたによっては、花みたいに……見えなくもないかなぁ、…… なんて想像力がたくましすぎますかね」
まっさらな肌には傷の他にタトゥーもほくろもなかった。だからこそえぐれた傷痕や異常を知らせる炎症がひどく目立つ。
前向きなラカシアの言葉が本心からなのか、強がりかも、ジオには読めなかった。とかく女心というものは難解だ。
「すまない。わからない……痛そうだ」
「平気ですよ」
傷跡にかからないように、ラカシアに毛布をかぶせる。
「長居して悪い。ゆっくり休んでくれ」
眠かったであろうラカシアはそっと目を閉じた。
「ジオ・トレハトゥクくん」
病院を出ようとしてすれ違った男に呼び止められる。夜の “Solutions & Answers” でこの声をきいたことがあった。つまりはラカシアとマルセルの父親だ。
「店ではどうも」
昼間の小売店に立ち入ったことはない。だから夜の情報屋でのことだ。ジオは常連になりつつあった。
「改めて、ケデム・アンデルサンだ。こちらこそ、娘が仕事で世話になった」
「……いや、それは」
積み上げた信頼を昨日で台無しにしてしまった。
「今回はラカシアの不注意が招いたことでもある。……と、本人が主張しているし、君のことを責めるなと再三念押しされたのでね。この件に関してはなにも言わない。……まぁ、娘が生きているからだが」
声も表情も穏やかなのに、それが逆に内面のいつまでも冷めない怒りを表しているようで恐ろしい。こういった感情を押さえる術を身につけた人間は底が見えづらく、怒らせると一番容赦がないタイプだ。
はい、と喉からやっと絞り出した。
「顧客として店を利用してくれるのは構わないが、ラカシアを傷つけるようなことはしないでくれ。傷つける、というのは身も心もだ。わかるかね?」
要はラカシアに近づくな、ということだ。逆らえるわけもなく頷いた。
「ありがとう。君の欲しいものが手に入ったら連絡するよ」
「よろしく……頼みます」
これまでも現実にいたつもりなのに、引き戻されたような、夢から突き落とされるような感覚がした。
許してくれたラカシアと話すことで贖罪となっていたか。苦しく感じつつも、彼女が意識を取り戻して安心した。彼女との時間を楽しんでいた。
“I’m fine, really.”
(「平気ですよ。」)