12. Still a “ honey bunny”.
配達した製薬会社には、マルセルが言った通りフランの姿がなかった。強引ではあったけれどフランとはご飯を食べただけだったので、ラカシアはさほど気にしていない。なのに「フランが申し訳ないことをした」といき過ぎた謝罪をする社長のコネルは見るからにくたびれていて、世間話もせずに済ませてしまった。ジオも疲れていることだし。
帰り道、約束通り寄り道はさせてもらうけれど。ほんのちょっとだけだ。
人通りの多い道を目の前に、ラカシアはジオにこの場へ留まるようお願いした。グレイキーの街で買っておいた果実水を押し付けて。酸味が利いていて疲労回復によい。
「座ってゆっくりしててください。ひとりで行って戻ってくるので」
「そうはいかない。護衛中だ。俺の目の届くところにいてくれ」
「モンク・サングイナリーを採りに行くだけです」
「なんだそれは?」
「お花です。ジオさんも見たことあると思いますよ。今が季節なんです。野生だとすごく大きいんですよ。母が好きな花で、お土産にと思って。すみません私用で」
「それは構わないが……付いていくからな」
ラカシアにとっては願ってもないことだけれど、この決断がジオを疲れさせてしまうだけなのではと、喜びに後悔が混じりだした。
太い幹に寄りかかって、ジオは花を選別するラカシアを見守っている。小春日和というには暑いくらいだが、影に入ると薄い上着が欲しくなるくらいには涼しい。この辺りは蝶々も飛んでいるし、蜂もいる豊かな土地柄だ。繁殖している花はモンク・サングイナリーのみならず多岐にわたる。
前回のラカシアの護衛から比べれば、今回はずいぶん気楽なものだ。略奪に遭いかけ魔物を倒したり男を追い払ったりしたのに、今日は早急に配達を終えてほのぼのお花摘み。
もらった果実水をジオは飲み進める。このキュッとくる酸味、一口目をごく甘いと感じたのは、自分は疲れているからだ。購入する姿を見たときはラカシアの家族へのお土産かと思っていたけれど、ジオにくれた。今日は労われるほどのことをしていないが。
背の高い草の合間に、たまに金髪がひょこっと現れては緑に隠れる。耳を立てたうさぎみたいな仕草だ。
ラカシアが立ちあがった。茎の長い花を片腕に抱き、もう片方の手の下で、長い葉や花びらが揺れる。歩いて止まって、また膝を折る。
あまりにも平和な景色を、ただぼうっと眺めてしまう。
立て続けにはなってしまったが、ヘナシェから奪ってでもラカシアの依頼を引き受けてよかった。生きた植物の緑色が徹夜明けで乾き気味の目に優しい。ここは仕事終わりにもってこいの憩いの場所だ。
ラカシアの収穫はモンク・サングイナリーだけでは終わらなかった。鮮烈な赤色をやわらげるために、白や黄色も加えていく。
「あれー場所かぶっちゃった?」
流れるような金髪の男が赤毛の女性を連れて歩いてくる。ローズ・ブロンドとタンジェリン・オレンジが混じり合うほどくっついており、新しい髪色が誕生しそうだった。毎度毎度、様相の違う女性と一緒だ。背が高い低い、髪の長さや目肌の色、ことごとく共通点がない。
「僕の秘密のデートスポットだったんだけど」
「ダブルデートでもいいわよ」
赤髪の女性がにっこりと笑う。丸鼻で唇の厚い彼女が笑うと、さらに口が大きく見える。
ここは私有地でもないから、占領できないし、するつもりもない。
「花を集め終えたら私たちは帰りますから、どうぞ楽しんでください」
「あら、わたしも一緒に花束作りたいわ」
ヘナシェからあっさり離れて、彼女はラカシアのそばにつく。
「メイシーって呼んで」
「……ラカシアです」
「あなた、ヘナシェと知り合いなの?」
くるりとしたまつ毛が重たげにしている。髪もきれいに巻いて、散策用ではない服がそこらの棘にひっかかったら簡単に裂けそうだ。ヘナシェのために気合をいれておしゃれをしたのがうかがえる。
実用的な格好に徹しているラカシアと対比になっていた。
「顔と名前は知ってます。ヘナシェさんはたくさんの女性に自己紹介してまわってるみたいですから」
ふふ、と笑みが深まった。彼氏の前に現れた新しい女への嫉妬や詮索でもなく、単純に会話のきっかけとして質問しただけだったらしい。
「そうよね、ヘナシェは町中の女性に知られているでしょう」
赤い花をひとつふたつ手折って、メイシーは自分の男に手を振った。彼の女癖を知りつつも、許容しているとは海よりも心が広い。それか、お互いがそういったお付き合いと割り切っているのかも。どうにもラカシアとは別世界の出来事だ。
「ここ、いい場所ね」
緑の中で、にっこりと自身が花の一輪のように振る舞う。木の下で待つラカシアの護衛を横目で見た。
「あなたたち、お似合いじゃない。あの人はかっこいいし、あなたはかわいい」
お世辞でも悪い気がしなかった。そうだといいのに。でも。
「仕事で、私が彼を雇っているだけです」
ジオを指名したことに下心が含まれることは否めないけれど。
「ふぅん。でも、こんなとこまで一緒に来てくれるんだからまったく見込みがないわけではないわよね」
「真面目な人なので邪な考えはないですよ。彼がお疲れなので帰り道に少し休んでもらいたかったんです。だからあと五分だけ居座ります」
「あら、ゆっくりしましょうよ。あなたたちが先にいたのだし。ほんとうにダブルデートでもかまわないんだから」
「イエ……お二人でどうぞ」
「そう? あなたはヘナシェに口説かれても彼のこと気にならなかったの?」
ここはきっぱり、彼に興味がないことを表明しておかなければならない。
「だって、変なあだ名つけてきますし。言うことがわざとらしいっていうか」
両親はかわいいかわいいと言って育ててくれたが、弟にも同じ態度だし九割九分親の愛ありきの色眼鏡がかかっているからだ。
まかり間違っても、「スイート・ピー」や「ハニー・バニー」が似合う女ではない。
メイシーはきゅっと口角を上げた。
「あの顔でちょっとダサくてベタなのがかわいいんじゃない」
「そういうものですか……?」
人の趣味はさまざまである。
「ヘナシェはね、どんな女の子も差別しないのよ」
「……まぁ……」
女ならば美人不美人、性格も見境いなしに誰にでも声をかける、という点を長所とすればそうとも言えるかもしれない。
「わたしみたいな女の子にも夢を見させてくれるの。デートして、褒めてくれるのよ」
微笑んでいるのに、メイシーはどこか寂しげだった。
「本命になれなくても……、わたしは彼に出会えてよかった。男性に誘われたのなんてはじめてなの。それにとっても優しくしてくれるわ」
赤い花びらを頬につけるメイシーの横顔は、確かに恋をしていた。
Still a “ honey bunny”.
(やっぱり「かわいいうさぎちゃん」だな。)