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11. Not a “honey bunny”.

 夜に家の前で会って依頼、ジオに会うきっかけがないまま、日々は過ぎた。


「ラカシア、町の外出れるだろ」


 とくに差し迫った締め切りのある作業はなかったので、弟の頼みに「うん」と言った。ラカシアも弟も実家の店で開店準備をしていた。


 ラカシアは経営の中枢よりかは外側にいる。事務の経理をすることもあるし、手が足りなければ接客の加勢もする。けれどお得意への外回りだったり経営方針を定めたりはしない。それでいて、お使いなんかも行く。


「ギレブラット製薬会社に特急で配達だ」


 マルセルは掴んだ箱を軽く叩いた。


「えっと、今日?」


「今日。あ、フランは絶対いねぇから」


 姉に箱を握らせ、「よろしく」と弟は仕事に戻ってしまった。マルセルはわざわざ先方にかの不良息子が不在であることを確認してくれたのだろうか。


 ギルドの窓口は混んでいた。ラカシアの番になって受付は挨拶こそしたが、バタバタと手元を動かしてる。


「護衛の依頼を本日、ジオさんにお願いしたいのですが」


 受付女性はリストのようなものを調べる。ページをめくってから謝った。


「現在ジオ・トレハトゥクさんは依頼を遂行中です」


「ですよね……」


 わかってはいたつもりだが、人気の彼はそうやすやすと都合よく捕まらない。訊くだけは訊いた。ザカリーに頼もう。そうでなくても、こんな急に依頼するのだから頼れる誰かが捕まればいいけれど。


「僕が引き受けるよ、うさぎちゃん(ハニー・バニー)


 知らぬ間に斜め後ろに立たれていた。気配の消し方はさすが熟練の域というか。


 どこそこできゃーきゃー聞こえるけれど、彼はにこにこ彼女らに手を振るだけで、ラカシアに視線を戻してしまった。


「ヘナシェさん! よかったです。アンデルサンさま、ちょうど護衛が見つかりましたね。目的地はどちらですか?」


 目を輝かせて、ラカシアの了解も取らず勝手に進めようとしているのは受付嬢だ。彼女もヘナシェのファンなのか。

 反対しようとして、やめた。今回が急ぎの配達でなければジオの空き時間を待って出直すところだが、後日に回すこともできない。何時に現れるかもわからない人を待ち続けることはできなかった。


 あまり気は進まないが、ヘナシェの腕が立つことは確からしいので妥協するのが賢い。


「アレンサールからグレイキーの往復なんですが……」


 最終確認の書類にサインしようとした手のそばに、拳が置かれる。


「どうしたラカシア、配達か?」


 胸を押さえて振り向く。


 この茶髪を見たいと願っていた。青い目(アドマラル・ブルー)が疑わしげに隣の男へ流れる。


「ジオさん? ほかの依頼は……」


「完了した。たったいま手が空いたところだ」


「なんだい、彼女を横取りしないでくれないか」


 ジオは頭を振って否定する。ラカシアは誰の持ち物でもない。それを言うなら仕事の横取りだ。


「デートの邪魔をしないでくれって言ってるんだよ」


 最悪な言い換え方だ。報酬ありきの正当な依頼であって、楽しい物見遊山でもないのだから。とくにラカシアは、これっぽっちも楽しみにしていない。


「いいえ、デートなんかじゃありません!」


 ヘナシェ VS. ラカシア&ジオの構図が出来上がってしまった。


「だ、そうだ。お前に信頼はない。いつもの配達なら俺のほうが段取りを知っている」


「そうですよね!ジオさんのほうが……でも、お疲れじゃないですか……?」


「大丈夫だ。配達は今日中に終わるだろう?」


「はい、もちろん」


 ヘナシェはラカシアの肩を叩く。


「徹夜明けっぽくて疲れてる彼と、体調は万全、準備も万端な僕のどちらがしっかり仕事をこなせると思う?」


 一理ある。疲れているなら休むべきだ。しかし。


「それはでも……ヘナシェさん、私の名前覚えてますか」


「ん? かわいいうさぎちゃん(ハニー・バニー)


 キラン、と効果音さえ聞こえてきそうなにんまり笑顔。


「ごまかさないでください。私の本名は?」


「ナターシャちゃん」


 いい加減な人。音の響きだけで覚えているに違いない。雰囲気の似た名前だが、全く違う。これには受付嬢も怪しいと、ラカシアが手書きして渡した依頼書を見返していた。ジオも呆れた様子だ。


「ハズレですので、今回はジオさんに頼みます」


 たとえ合っていても彼に仕事を任せるつもりはなかった。


「えー。きみには『ナターシャ』のほうが似合うよ」


「そういうところ、ほんと無理です」


 受付のお姉さんが申し訳なさそうにしている。


「あのぅ……ご依頼はヘナシェさんでは……」


 ラカシアは思いきり首を横に振った。


「ジオさんに変更でお願いします!」


「かしこまりました!」


 背後に毛を逆立てた猫の幻想を成しているラカシアの剣幕に押されて、お姉さんはちゃっちゃか手続きをしてくれた。




 ひとつの任務を終えたばかりのため、装備の点検をすると言ってジオは時間をとった。待っている間、自然と口もとをほころばせながら、ラカシアは手櫛で髪を梳く。


「遅くなって悪かった」


「いえいえ! じゃあ今日はよろしくお願いします!」


「こちらこそ」


 商品の配達にかこつけて、ラカシアはジオを勝ち取った。

道のりは前と同じくグレイキーへの往復だ。今度は双方に精神的余裕があり、道に迷うこともない。


「帰りに少し寄り道していいですか? 経路に変更はないですし、すぐ済みます」


「いいぞ、行こう」


「ありがとうございます!」


 ジオといられることが嬉しくて依頼を強行してしまった。見せないようにはしているが、やはり疲れが溜まっているように思う。帰り道の途中で休憩してもらえたらーーあわよくば一緒に過ごす時間が長くなればと考えてしまった。


Not a “honey bunny”.

(「うさぎちゃん」じゃないんで。)

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