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10. Little Bow Wow.

 ジオは旅人として町から町へ移る生活を送ってきた。新しく入った町の住人からは大なり小なり警戒される。結束の固い慎重な人々の輪に入り込みゼロからの信頼を勝ち得ることは容易ではない。ところがアレンサールでは一発目のラカシアの依頼をこなしてから一気に警戒が解けた。あの若さで顔が広いのか頼りにされているのか。とにかく仕事をしやすくなった。

 複数の街の情報屋で利用を重ねて、ここまでやってくることができた。やはり裏社会では手づる(コネ)が強い。


 準備中の看板が下がる軒先に、明かりが落とされた店内ではまず閉店中だと誰しもが思う。

 昼間は小売業 “Solutions & Answers” を営んでいるアンデルサン家は、夜には別な顔を持つ。知る人ぞ知る情報屋だった。


 取引終了後に裏口へと誘導されたジオは方角を確認するために裏寂しい空を見上げた。星は迷った筆で滴る絵の具を落としたようにぽつりぽつりとお互いの距離をとる。よそよそしい。こんなにも空は暗く、寂しげだ。と感じるのは、己の心が荒んでいるからにすぎない。一般の感覚であれば「美しい」と形容する空模様だ。


 唸り声がする。三メートルも離れていない。こんなところに魔物がーーいるはずないか。ただの犬だ。


「キック、チューイー? 誰か来たの」


 牙を見せつけていた犬二匹はジオと対峙していた。やってきた明るい声の人物に、彼らはころりと態度を軟化させてすり寄る。


「……ジオさん?」


 どこにでもあるような、闇にも目立たない茶髪の男へ確認するように尋ねた。


「騒がせてすまない」


 犬が警戒していたのは自分の存在だ。


「いいんですよ。たまにお客さまが間違って家の方に来てしまうことがあるんです。これだけお店と近いですから」


 塀や生垣といった、隣り合う店と自宅を物理的に隔てるものはない。ただ、脅威の番犬を除いては。彼らは店付近の人間に干渉はしないが、店の裏口から出て屋敷に近づこうとすれば唸って警告する。多分に漏れずジオも番犬に引っかかっていた。


「ジオさんは仕事帰りにお買い物ですか?」


「あ、ああそうだな」


 情報屋に関わったのはプライベートだったがそれをラカシアに教える謂れはない。


「すみません、閉店時間を過ぎてしまっていて……もし必要なものがあれば、明日の朝にでもお届けしますよ」


 どうやら彼女は、ジオが物品としての商品を売るほうの店に用事があったのに営業時間内に間に合わなかったのだと思っている。違和感を覚えて、ジオはラカシアを見つめた。そのまま返事を待っている。


 家の中にいたのなら、夜の店の方でまだ彼女の家族が働いていることぐらい把握しているはず。


 ラカシアは、家業の全てを知るわけではないのだろうか。いまのいままで、ジオはアンデルサン家の裏の顔と話していたというのに。わかっていてとぼけているわけでもない。もしかしたら、夜中のうちは建物を貸しているだけだったり。


「いいんだ、最低限必要なものは揃えられた」


 だからジオも下手なことを口にできなかった。


「それより夜にうかつに外に出るのは……」


 あまり勧められない、と言いかけたが頼もしそうなボディガードに目が行く。


「外とは言っても自宅ですから。それにキックとチューイー、なかなか貫禄があるでしょう?」


 のほほんと答える彼女の両脇に控える二匹は体格も大きく、小型の魔物と遜色なしに戦えそうだ。筋肉で盛り上がる足で追いつけない人間はなく、健康そうな白い歯は骨まで一秒で噛み砕けそうだ。


 商売をしている場だからといって、人のお宅に侵入しているのはジオのほう。ラカシアにとっては自宅なので自由に振る舞う権利がある。まったく余計なことを口にした。


 背後から獣特有の荒い息遣いが聞こえてきた。

 二つの塊がジオの脇を過ぎて、ラカシアの足にわふわふと絡む。


「リロ・バウ・ワウ。お父さんたち残業終わったの?」


 つぶらな目を閉じてしまえば、真っ白でふわふわの毛の生えたボールが地面を転がっているようにしか見えない。いや、犬なのはすぐにわかったが。先日話した少年が話していたのがこの犬たちだ。確かに、買い物中にこれが店内をころころしていたら思わず笑顔になってしまう。


「バウとワウ、二匹まとめて “Little(かわいい) Bow(わん) Wow(わん)” です。お店の看板犬(マスコット)なんですよ」


 それぞれを指さしながら名前を呼ぶ。初対面のジオにはどちらがどちらだか見分けがつかない。


「ほら、ジオさんにご挨拶して」


 愛玩用の犬種であるこの子たちは、番犬の二匹とは育てられ方が全く違っていた。

 尻尾を振りながら腹を曝け出す仕草はこちらに完全に気を許している。毛は案外しっとりとしていて、長いわりにわしわしと撫でてもこんがらがることはない。よく手入れがされている。















 店の戸締りを二重確認したマルセルは「うげ」と小さい嫌悪を喉の奥に押し込んだ。自宅前で姉が男と話している。浮ついた笑顔から姉の心情は察した。


 姉といえども双子ゆえ、どちらが上とかは気にしたことがない。ラカシアはこだわっていないし、むしろ弟であるはずのマルセルのほうが兄然としていることすらある。


 二人の間を割くべく歩み寄った。


「これはこれは。身内がお世話になっているようで。夜遅くにわざわざ姉にご挨拶くださったんでしょうか」


 手を置いたジオの肩はさすが鍛えているだけあって、厚みを感じた。建前の挨拶は本心でもないし、歓迎してはいない。「さっさと帰れ」と含めておいた。家族に妙な男が関わってたまるか。


 話し方で裏の顔を察知されようが、なりふり構ってられなかった。男とて腹にイチモツあるようで、ぎくりとしたのにマルセルの声を知っていると指摘してこない。


「マルセル、おかえり」


 おしゃべりに夢中でたったいま弟の存在に気づいたといった顔だ。男の本性を知らないとはいえ、ラカシアは無防備すぎる。


「引き止めてすまない……俺は失礼する」


 空気を読んだジオが帰った。暗い夜道に消えていく男を見送って、姉はマルセルの背中を叩いてきた。


「痛ってぇな」


「もう、マルセルわかってない! あそこは家でお茶でもどうぞって言うとこでしょ!」


 姉の眉間にしわが寄った。一分前とはえらい違いだ。

 マルセルは、姉が彼について流した噂を知っている。


「美形で、真面目で優しいだって? 出来過ぎて胡散臭い。そんなにいい男じゃないだろ。ラカシア、男見る目なさ過ぎ」


「ジオさんのこと知らないくせに、なんてこと言うの!」


「今日会ってみてよくわかった」


 家の裏稼業と関わらないラカシアから見れば、マルセルとジオが顔を合わせたのはほんの一分足らず。しかし彼女の預かり知らぬところで彼と長時間話し合っていたマルセルは、ジオの歴史を知る。たとえ身内のラカシアにだって彼から得た情報を漏らすことはないが、真っ当に生きる気のない彼への悪印象を変えることは難しい。


 生真面目だがどこか抜けていて嘘のひとつもつけない、のんきなきょうだいに危険が近づくことを許せなかった。


 闇を抱えた男に大事な姉をどうぞどうぞと引き渡す弟がどこにいるだろうか。それも結ばれることがないとわかりきっているというのに。姉が恋するも失恋するも彼女の勝手と知りつつも、できることなら傷つくことがあってほしくないから、なけなしの抵抗を続けていく。


Little Bow Wow.

(かわいいわんわん。)


番犬たちは

Kikk キック/Kick より

Chewie チューイー/chewy より

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