1. Something is supposed to begin.
こちらまでいらしてくださりありがとうございます。
完結までの間に予告なく暴力、流血、残酷、性愛描写が出てきます。
町の中はさらりとした空気が流れていた。平地で砂っぽくもあるアレンサールという名前の町。人の流れる活気を覚悟して、ジオはひとり魔物の返り血を浴びた頭をローブで隠したが、移動する間に血は髪を固めた。
「失礼。道を尋ねたい」
声をかけること七人目、やっとジオを振り向いた。顔を隠しているからか、これまで無視されてきた。
「鍛冶屋へはどう行けば?」
緑の影のある金髪が首の半ばで揺れて、みずみずしい葉色の瞳が記憶を思い出すように上を向いた。
「新しい武器をお探しですか?」
「いや……、研ぎができる場所であればそれでいい」
「ああ、研師ですね! でしたらご案内します」
こっちです、と示されたのは商店街だった。通り過ぎる店先には刃物のひとつもなく、日用雑貨や野菜や肉が並べてある。角を曲がって裏手に回るので、戸惑いながらも付いていく。さらに裏道を行くことになるのだろうか。
自分で声をかけておいて言うのもおかしいし、変な気を起こすつもりもさっぱりないのだが、前を歩く女性があまりにも無警戒すぎる。
ーーと思っていたら、ちらほらジオに向けられる視線が通りの四方八方から飛んできた。気配は消しきれてない。むしろジオを見張っているのだと知らせるために発している。統制の取れた組織が町には存在しているようだ。管理下で下手な動きをしたらおそらく飛び出してくる。女性が裏道でこんなにも無防備でいられるのもこのおかげだった。治安の面では安心できる。そうでないのならジオが騙されている側だ。町に着いて早々に親切そうな住人を疑いたくはないのだが。
かまをかけるべきか?
……いや、大人しくして様子を見よう。
そこから一分もしないうちに立ち止まったのは、乱雑に箱が積まれたどこかの店の裏口だった。
「ハミチェヴィさん、こんにちは」
積まれた荷物の上から顔だけ覗かせた。荷物がーーではなく、荷物を乗せた荷台が動いてやっと人ひとり通れるほどの隙間が生まれる。
「おお、ラカシアちゃん。茶でも飲んでいくか?」
出てきたのは壮年の男だった。商店の名前の刺繍を刺したエプロンを着ている。店頭販売員といった雰囲気だ。
「お使いの途中なのでごめんなさい。突然ですけど、研ぎのお仕事をお願いできますか?」
それで親父はジオのほうへ関心を向けた。
「そうか、こっちで話きいとくよ」
「よろしくお願いします」
おうよ、と気負いない返事に女性がぺこりと頭を下げる。どうやらここで彼女とはお別れらしい。
「助かった、ありがとう」
ジオが礼を言うと、慣れた様子で微笑まれた。反対に店のオヤジからはじろりと白い目を向けられる。
「あんた、人に頼みごとすんなら顔ぐらい出しておけ」
彼女が遠ざかるまで待ち、フードに手をかけた。半分だけ後ろに下ろす。「う」と低い唸りが聞こえた。悲鳴でないだけましだ。もったいぶるような顔立ちではない。他人を不必要に怖がらせたくなかったからフードをかぶっていた。
「魔物の血でこの有様だったので……」
「ここで頭だけでも洗ってけ、それじゃ宿も入れてくれんだろ」
桶いっぱいの水と石けんが出される。当たりが強いと思ったが意外と人情家なのかもしれない。
「使わせてもらう」
「おう。武器出しときな」
腰帯を解いて鞘ごと剣を渡すと、店主はつぶさに検分しはじめた。
その間にありがたく石けんを水に潜らせて手の中で擦る。
桶の中が泡立った赤黒い液に満たされるまで洗い、ようやくすっきりとした。幸いにして、毒と言われる魔物の血が目鼻や口に血が入り込むことはなかったし、今夜熱が出ることもないだろう。皮膚の上ならまだいいが、魔物の血が粘膜に触れたり、血を傷口から体内に取り込んでしまうと、病にかかる。薬による完全な治療法は効果が薄い。唯一聖女による治療があるが、彼女らは世界の一部地域に集中しており、そこに辿り着く前に命を落とすものが大半だ。
だから、対策としては触れないよう気をつけるに越したことはない、血がついたならできるだけ早いうちに水で流して薄めるといういい加減なものだ。
「見れた顔になったな、兄ちゃん」
「どうも」
「こいつ、三日は預かるぞ」
鞘から抜かれた剣はていねいに布の上に置かれていた。
「そんなにか」
研いでもらうだけのつもりだった。
「柄も分解して刃の歪みもみるからな」
見た目より信頼できそうな研ぎ師だ。
「失礼ながら、専門には見えなかったが……」
それとも、この男は仲介人でこれから別の専門業者に預けるとか。
「打つほうは引退したけどよ、まぁ研ぎのほうは頼ってくれる客も多くて片手間に続けてんだ。こっちもあの子が連れてきたんでなきゃご新規さんは受けてねぇよ」
あの子、というほど親しい案内人の女性。
本来、一見客はお断りだったらしいところを彼女のおかげで受け入れてもらえた。
「俺を連れてきたあの女性は親戚か?」
外見の特徴は共通点がないが、話しかける距離感は叔父と姪とでも言ってよかった。
「この先にちと大きな店がある。そこの娘さんだよ。商売繋がりでなにかとよくしてくれてる。
ーーで、急ぎならおれの弟子に回してやるがどうする」
「あんたに頼む」
「うし。受け取りは三日後だ。じゃあな」
適当に前金を貨幣で渡した。
宿場を決め、町の中を見て回る。三日間は本拠地によい場所を探すのと近隣を把握するので手いっぱいだった。
研師は三日待たせるに申し分のない仕事をしてくれた。
「次回も頼みたい。俺はジオ・トレハトゥクだ」
「どうもな。研師ハミチェヴィをご贔屓に」
武器は戻った。これから仕事を探すためにこの街のギルドに移転届を出す。
Something is supposed to begin.
(何かが始まろうとしている。)
連載開始です。
初日は3話投稿しています。
一話の文字数は1,500〜3,500程度と一定ではありません。
話は手元で完結してますが、ちょくちょく改稿するやも……。
最後までお付き合いいただけると幸いです。
よろしくお願いします!