逃走8:ビューン!
こんにちはこんばんは!皆さんいかが
お過ごしでしょうか!
鏡に姿を写してみた。鏡に写し出されたヴァンは黒いブレザーに黒いズボン、唯一黒くない所はブレザーの下に着たカッターシャツと赤いネクタイという格好だ。
「今日からこれ着るのか~。」
しみじみ呟く。
ここはシュメイルの屋敷。昨日ベルを怒らせてしまったのでシュメイルに言われるままに屋敷の空き部屋に泊まったのだ。
コンコンという控え目なノックと共に部屋のドアが開いてシュメイルが入って来た。
「あら!!
お似合いですわ!!
とてつもなく格好いいです!!」
シュメイルも制服に着替えを済ませていたようだ。女子の制服は男子とは真逆でネクタイ以外全部白で統一されていた。白いブレザー、白いヒラヒラの短いスカートに赤いネクタイが栄えて見える。男女共通しているのは左胸に付けた黄金のバッチとネクタイくらいだろうか。
「ふーん、シュメイルも制服似合うじゃねえか。」
ハッキリ言って、シュメイルは巨乳だ。豊かな胸がブレザーを押し上げ、何かとエロい。それがヴァンの男であり淫魔である本能をくすぐった。
「に、似合うって…エッチ!どこ見てるんですのっ。」
「胸、だけど?」
「あんっ!やぁっ…ん!」
左手をシュメイルの背中に回し、右手で胸をゆっくり揉みしだく。
シュメイルは恥ずかしさと気持ち良さが入り交り、顔を真っ赤に染めた。
「すげー!Eだな。
精気貰ってもいい?」
「せ、精気ですの?
んっ!」
ヴァンはシュメイルの返事を待たずに口付けする。
チュク、チュク、チュク…
いやらしい音が続く。その間もヴァンはシュメイルの胸を揉み続けた。
「……ふう!
お疲れ!わりぃなシュメイル。
最近女に触れてないわ、女と見せかけて男だったわで色々溜まってんだ。
………シュメイル?」
長年箱入りで大切に育てられてきたシュメイルには刺激が強過ぎたらしく、ヴァンのキスの嵐が終わるや床にへたりこんでしまっていた。
もっとも、ヴァンが精気を奪ったせいでもあるのだが。
只今午前7時30分。ベルは早々と学園にいた。一週間ぶりの学園なので授業の遅れが心配だったのだ。遅刻が8時30分なので1時間程皆より早い。こんな時間にはベル以外誰もいないと思いきや……
「ベル!
ノート必要だろ?貸すよ。」
……いた。
机に座り、現代魔法の授業ノートを整理していると黒髪の少年が話しかけてきた。
彼の名はフィリップ。ベルに何かと気を配る好青年である。
「ええ、ありがとう…
助かるわフィリップ。」
そう言ってフィリップのノートを受け取るベル。
フィリップは「当然の事だよ」と笑い、ベルの横の席に座り彼女に体を向けた。
「ねぇベル。
どうして学校来なかったの?
あっいや、話したくなければいいんだ。」
「んー、そうねぇ…。」
本当の事を話すべきなのか。フィリップにはいつもお世話になっているし……。
しかし男の淫魔に付きっきりで勉強を教えていたと言えばどうなるだろうか。そして家に泊めていたとなればフィリップは、いや、普通の人はどんな反応を示すだろうか?
―――恐ろしい。
ベルは身震いをした。
ベルの人間性が疑われるに決まっている。
相手が人間ならまだしも、ベルは悪魔を泊めていたのだ。例えヴァンが悪魔のイメージ通りの悪魔でなかったとしても、そんなこと他人は知るはずもない。
「……親戚の人が泊まりに来てたんだけど、その人が熱出して学校に行くに行けなかったのよ。」
結局無難な答えで済ませることにした。
「そうなんだ…大変だったね。親戚の人はもう大丈夫なの?」
フィリップは心底共感したような顔をした。その時ベルの良心がチクリと痛んだが必死に気付かないふりをする。
「ええ!大丈夫よ。
優しいのね。」
「そそそんなことないよ!」
「?
顔真っ赤よ。保健室行く?」
ベルは意外に鈍感なのであった。
「それより、知ってる?」
フィリップがいきなり話を変えた。
「何を?」
話している間もベルの手は忙しくノートを写すのを忘れない。
「今日転入生が来るんだって!唐突だよね?」
「ああ…。」
そのことか。ベルは気付かれないように溜め息をつく。
――最後にあいつを見た時胸にバッチ付いてた事からして転入生は恐らく。
「ベル知ってたんだ!?残念だなあ。朝一で仕入れた情報なのに。」
「ふふ、何かごめんね。」
「悔しいなあ。まあベルだからいいや。」
そんな感じでフィリップとベルが暫く会話をしているとクラスの人がどんどん登校して来た。
ベルは腕時計を覗き込む。
「だいぶ話し込んじゃったみたいね。」
時刻は8時24分。
分針がピッと8時25分を指し示した丁度その時、シュメイルが教室に入って来る様子が見えた。
シュメイルは何かあったのか、素晴らしく上機嫌な様子で鼻歌なんか歌っている。そんな様子は何故かベルを苛立たせた。
「おはようございますわベル、フィリップ。」
そんなベルの気持ちを知ってか知らずか、ドサリと荷物を置くとシュメイルは椅子を引きつつ、にこやかに挨拶する。
「おはよう、シュメイル。機嫌いいね。」
フィリップは挨拶を返したが、ベルは返さなかった。まだ昨日の出来事を忘れてはいないのだ。
「分かります?
朝から刺激的な体験をさせていただきましたわ。」
うっとりと夢見るような表情になるシュメイル。
「刺激的な体験?
ピリ辛の朝ご飯でも食べたのかな。」
フィリップはヒソッとベルに耳打ちする。
「………。」
しかし、ベルはその刺激的な体験の正体が何となく分かっていた。
(最低男!とうとうシュメイルに手を出したのね!
…あーイライラする!とにかく何かに当たりたい気分だわ!)
一方、ヴァンは職員室でこれからの説明を聞いていた。
相手の教師はダンディな40越えの先生で、ボタン二個開けのカッターシャツから覗く胸毛もまたダンディだ。
「――であるからしてー、これが寮の部屋の鍵と生徒証を兼ねたブレスレットだ。ほれ、ビューン!」
効果音付きで投げられたソレは、シリコンで出来た赤いブレスレットだった。
「どうやって鍵やら生徒証やらになるのかとか詳しい事は聞いてくれるなよ?俺だって分からんのだし。ハイちゅどーん!」
この先生は効果音を付けるのがお好きらしい。
ちなみに今のは自爆した音と見た。
「そんじゃクリファストのクラスはっと。ABCDEFGHどのクラスがいい?
ちゃっちゃと決めちまえよ?ホームルーム始まるからな。
チクタクチクタク……」
「テキトーだな。」
ダンディが口で言う時間制限の音を聞きながら、ヴァンは吹き出す。
「ま、行くクラスはぶっちゃけ何でもいいから一番最初の…
Aクラスで!」
Aクラスに決めるとダンディは目を輝かせ、手を差し出した。
「パンパカパーン!
おめでとう!
俺の受け持つクラスだ!俺の名はアーサー!
よろしくな?」
ヴァンが差し出された手を軽く握るとブンブン振り回す。
「いていていてーよ!
ホームルーム始まるんだろっ!?行かなくていーのかよっ?」
「しまった!!
今からドビュンと向かうぞ!いいか?ドビュンとだっ!」
ドビュン!
アーサーはヴァンの腕を掴むや他の男性教職員のカツラを吹っ飛ばしながら風のような早さで走った。
まさしく風。階段、廊下、また階段が過ぎ去って行く。
「キキイッ!
とうちゃーく!
ギリギリ5秒前ー!」
キーンコーンカーンコーン。計ったようにチャイムが鳴る。
「…ほうらな?
じゃ、お前は俺が合図したら入って自己紹介してくれ。」
アーサーは最後にウインクを「バチィッ」と決めると教室に入って行った。
扉が閉められ、孤立した気分になる。ホームルーム中に廊下に出ている生徒など廊下で待たされる転入生のヴァンだけだった。
「……。」
ふと中の様子が気になり、耳を澄ます。
「魔法か…。」
教室には防音の魔法がかけられているようだ。ヴァンは、授業中に教師がどんだけでかい声出しても他のクラスに迷惑かけないようにする為の配慮だろうなと勝手に決め付けた。
やる事もなくなったヴァンは辺りを見回し、ポツリと漏らす。
「変な所だな。」
――ヴァンがそう言うのも無理はなかった。
ここは学園という言葉が似合わない。どちらかというと王宮である。
「うわ!『1-A』ってぶら下がってる表札にも細かい模様が彫られてるじゃねーか!どんだけ金持ちなんだぁ!?」
「金ならたっくさーん持ってるぞ。学園長がな。」
「アーサー!!
何で来た?
合図するとか言ってたじゃねえか。」
アーサーが戻ってきていた。彼は「ポリポリ」と頭を掻くと恥ずかしそうに言った。
「合図って言っても肝心の合図どうするか決めてなかったな、と。」
「………いや、決めなくても手招きとかでいい。」
「ガーン!
それはとりあえず置いといて、教室へ入ろうか。皆が目茶苦茶楽しみにしてるぞ。」
「あー。」
教室に入るアーサーに続いてヴァンはヒョイっと顔を出し「キャアァアーーーーーーーーーーーーーーーッッ!!!!!!!」
途端、女子の叫び声が爆発した。
「な、何だあ!?(耳がいてー!)」
アーサーが指で耳に栓をしながら声を振り絞る。
「負けるなクリファスト!自己紹介に移れ!」
女子達が顔を見合わせキャーキャー言っているそんな状況で自己紹介しても声が通る訳がない。ヴァンは溜め息をついた。……女子とは打って変わって男子は恐ろしく静かなのがせめてもの救いか。
「えー、ゴホン。」
――シーン。
(あ、アレ?
俺何か変な事した?
……まあいいか。)
――この時のヴァンには女子がヴァンの自己紹介を一言一句逃すまいと耳をそばだてていた事に気付く余裕など無かった。
ヴァンはチョークを手に取り、名前を書き出す。
カカカカカッ。
「よし!
俺の名前はヴァンジルド=ドレイン=クリファスト通称ヴァンだ。
好きな食べ物はー…カレーライス!
嫌いな食べ物はない!
得意な魔法の属性は闇だ。よろしくなっ!」
最後に愛想良く笑う。
ブシュー!
何人かの女子は鼻血を出し、そうでない女子はふにゃふにゃと力が抜け机にへばり付いてしまった。
「アーサー!
大丈夫なのかアレ!?」
慌てるヴァンだったが、アーサーの呆れたような顔に口をつむんだ。
「シューっと落ち着けクリファスト。
女子のブシュー!(鼻血)は問題ない。
今気にするべきはお前の席だ。お前は一番前の窓際の席になっている。
ハイGO!」
「…りょーかい。」
席につくと机に伏せたヴァンは――。
(このクラス訳分かんねー。やっていけんのかー?)
……早速悩みを抱えていた。